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誰がために(4)

『———リョウジ、悪くない発想だったよ。でも相手が悪かったね』


 唐突に発せられたアランの言葉。

 ハルキもリゼも即座にその意味を飲み込めず、リョウジだけが血相を変えた。そして忘我のままに叫ぶ。

「貴様っ!? まさか気が付いていたのか?!」

 対照的にアランは穏やかに語り始める。

『それ以外にないだろう?

 ボクがナノマシンには詳しくないと踏んでワールド・メーカーにトラップを仕掛けたところまでは正解。実際、基本的な知識しか知らなかったからね。失敗作であることを隠蔽するためにわざと不合理に書かれた設計を読み解いて修正するのに、『ちょっとばかり』苦労したよ。

 いやぁ、割とおもしろいショーだったな。結局、リョウジは最後までボクを騙せているつもりだったね。遠回しにいろいろヒントをあげたつもりだったんだけど。

 街中で攻性機動無人機《ワンダラー》に襲撃させて自作自演してみたり、キョウヤをけしかけてみたり、キミのかわいい部下たちをあえて皆殺しにしてみたり。

 そろそろバレてるって気が付かないとマズいんじゃないの———ってね』

 言いながらホロの向こう側でにやにやと嗤っている様子が目に浮かぶ。

「なんという———ことだ」

 リョウジががくりと膝を突いた。その眼光から鋭さがたちまち失われていく。

「……いや、気付かれている可能性もどこかで考えてはいた。私に対する警告なのではないか、と。

 だが、気付いたところでどうすることもできない。だから私は……」

『そう。キミは最後まで壇上で踊り続けるしかなかった。哀れだね、リョウジ。最初からキミに選択権なんてなかったんだ。キミという友人を得られてボクは幸せだったよ』

 血の気の引いたリョウジの顔色を見て、それを友人と呼ぶアランの正気が知れない。

 もはやリョウジへの興味を失ったのか、アランのホロがハルキに向き直った。

『さて、残った問題はそこにいる齋藤悠貴君だね。

 キミ、体の中にある増殖抑制用ナノマシン(プルーナー)を使えばワールド・メーカーを破壊できると考えて……いや、そそのかされて、わざわざこんなところに来たんだろう?』

「……なんでもお見通しってわけか」

 ハルキがアランのホロに脅しを利かせる。

『おっと、そう睨まないでくれよ。この場で敵対する理由なんてないんだ。

 だって、増殖抑制用ナノマシン(プルーナー)を使うことはもうできないんだから』

「———どういう意味だ」

 詰め寄ると、アランのホロはハルキから距離を取って逃げる。

『増殖抑制用ナノマシン(プルーナー)を血中から抜き取ってプラントに送り込む算段だろうけど、関連モジュールのソフトウェアをたった今すべて削除させてもらったよ。

 このあとボクが工場の全回線をロックしてしまえば、外部からソフトウェアを復旧する手段は失われる。残念だったね』

 ハルキが慌ててリゼの方を振り返ると、彼女の青い瞳と視線が交差した。

 リゼは首を横に振っている。

「……ここまで来たのに、打ち手がないのか……くそ……」

 ハルキの青色吐息がホロの向こうのアランに届いて、決着の号砲代わりになった。

 満足げに、アランが最後の挨拶を述べる。

『———さて、これでチェックメイトだ。ボクもそろそろ身を隠さないとね。

 スタッフロールを一緒に見られなくて残念だけれど、ここで退場させてもらうよ。

 上映後の余韻は、残った三人でお楽しみください———さようなら』

 ぷつりとアランのホロが消滅する。

 そのあとに残されたのは、完全な静寂だった。

 リョウジはうな垂れたまま身じろぎひとつしない。

 五年間の命がけの綱渡りが無残な失敗に終わったのだ。その失望の重みは彼にしか理解できない。

 しかし———ハルキは意気を殺がれてはいなかった。

(まだ終わりじゃない)

 リゼに視線を送ると、彼女はこくりと頷いてコンソールを叩き始める。

 言葉は必要ない。意思疎通なら、さっき『目が合った』ときに済ませている。

「———確認完了。増殖抑制用ナノマシン(プルーナー)、抽出モジュール、消去済み。

 全回線、ロックアウト済み。どこにもつながらない」

 すなわち、もはやハルキの体内にある増殖抑制用ナノマシン(プルーナー)を活用する術は失われている。

 絶体絶命。だが、それは同時に起死回生の機会を告げてもいた。

「このプラント、孤立した。

 ……だから、あの怖い人、もう聞いてない。話して、大丈夫」

 その合図を皮切りに、ハルキがリョウジに話しかける。

「西園寺———のおっさん。まだやれることはある。諦めるには早いんだ」

 顔を伏せていたリョウジがゆっくりとハルキを見返す。

「……どういうことだ? もうやれることなど何も……」

「リゼと目が合ったとき、何を考えてるのかわかったんだ。まだ諦めないで。方法はある。でもそれを今は口にしてはいけないって。

 首を横に振っていたのは、リゼなりの演技だ」

 話している間に、コンソールの近くにリゼが寝台を移動させて設置していた。

 ハルキが寝台に横たわると、リゼは手際よく彼の脈を探り当てて首筋に太い点滴の針を打ちこんだ。

 リゼは、コンソールまでとことこ歩いて戻りながら種を明かしていく。

「リョウジ、頑張った。だから、ワールド・メーカー、欠陥だらけ。

 たしかに、怖い人、致命的なバグ、取り除いた。でも、完全じゃない。残ったバグ、いくつもある。

 バグのせいで増殖速度、シミュレーション結果ほど伸びてない。もし、バグ、なかったら、もう、とっくに、手の打ちよう、ないくらい、増殖してた。

 でも、まだ可能性、ある。リョウジの努力、無意味じゃない」

 アランはワールド・メーカーの欠陥を取り除いたと言ったが、リョウジが仕込んだすべての欠陥が取り除かれたわけではない。残ったバグはワールド・メーカーの増殖速度を鈍化させ、増殖抑制用ナノマシン(プルーナー)で対応できる可能性を残していた。

 そして、増殖抑制用ナノマシン(プルーナー)を保有する唯一の存在が、ここにいる。

「ハルキ、ここまで辿り着いた。リョウジと戦ったの、悲しかった。

 でも、ハルキ、来てなかったら、この先の選択肢、なかった。

 だから、ハルキのがんばり、無駄にしない」

 もし、最初から争わずにリョウジと和解する手段があったのだとしたら———

 そんな発想がよぎって、しかしすぐに無駄だと気付いた。

 それぞれが全身全霊を打ち込んだから今がある。どこかひとつでもボタンの掛け違いが起こっていたら、きっと未来は全く異なる形になっていた。

 だから、いまこの瞬間こそが、全員の終着点だ。

「リョウジ、ハルキ、がんばった。だから、リゼ、これから頑張る」

 最後に、この場に残る可能性。

 それは———リゼ自身だ。

「ナノマシン抽出用のソフトウェア、消された。復旧手段、ない。増殖抑制用ナノマシン(プルーナー)、このままだと、使えない。

 でも、ソフトウェア、ないなら———今から書いて作ればいい」

 その直後、無数のホロが展開される。

 五十を超え、百に至り、さらにその数を増していく。

 見上げるばかりに天井までを埋め尽くし、さらに視界を飲み込まんと左右に広がっていく。

 リゼはすべてのホロが展開されたことを確認して、小さく頷いた。

「並列思考《パラレル・シンキング・》支援機能《サポート・ファンクション》、限定解除《リミット・オフ》。

 BMI《ブレイン・マシン・インタフェース》、オーバードライブ」

 ここにいる藤原利世が何者であるのか。

 彼女は、十七年前に製造された最新世代の撰修人種《ブレイデッド・レース》。

 第一世代から幾度と無い改善を重ねて辿り着いた至高のホモ・サピエンス。

 そして彼女が究めた得意分野は、ナノマシン工学と医療工学。

 それはすなわち———

「ナノマシンプラントのソフトウェア、リゼ、とても仲良し。大丈夫。

 怖い人、リゼの能力、過小評価した。後悔、するといい」

 風が吹いた。そんな気がした。

 リゼの静かな怒りが、ビリビリと空気を震わせる。確固たる意志が、リョウジとハルキにも伝播する。

 すべてのホロに、一斉におびただしい情報が流れ込み始める。呼応してリゼの両腕が軽やかに踊り始めた。

 彼女がコンソールを操る様子は、まるでオーケストラの指揮者だ。BMIによる脳波制御で大量の情報をさばきながら、両手で要所要所の処理を確定させている。淀みなくなめらかな運指はアートのように美しい。そうして、思考時間による中断を一切挟まずに、すべての営みが成し遂げられていく。

 無数のホロの燐光に照らされたリゼは、壇上に舞う可憐なエトワールを彷彿とさせた。

 その光景を前に、リョウジは思わず声を漏らしていた。

「……リゼ」

 名前を呼んだだけの一言。そこに込められた想いを汲み取ることはできない。ただ、その眼差しには暖かくも厳しい慈愛が宿っていた。

 やがて、リゼが手を止めて振り返る。

「———完成。機能、最低限。試験、してない。でも、自信ある。ばっちり。

 ハルキ。これから、血液、抜き取る。でも、増殖抑制用ナノマシン(プルーナー)の必要量、シミュレーション困難。

 だから、限界まで、血液、無理矢理、抜き取る。けっこう、辛い。大丈夫?」

 寝台の上でハルキが頷く。

「やってくれ。心配すんなって。そう簡単には死なないって———見てただろ?」

 手足が切り飛ばされようが腹を貫かれようが、ピンピンしていた。そう簡単には死にそうにはない。

 スプラッタな光景を思い出したのかリゼが思わず眉根を寄せるが、その手は躊躇することなくエンターキーを叩いていた。

「プラントタンク内の製造済みワールド・メーカーの中和処理———開始」

 途端、ハルキの血管から強引に大量の血液が奪われていく。

「———ッ?!」

 献血ではなく、もはや吸血である。全身から血を吸い上げられる違和感と痛みに叫びそうになるが、ハルキは歯を食いしばる。リゼに無用な心配をかけてはならない。

 これは自分にしかできないことだ。

 体内の増殖抑制用ナノマシン(プルーナー)が役に立つ可能性は、もともと高くなかった。ハルキの同道を提案したアーニャも、リゼのことを最優先に考えたら連れて行った方がプラスだと判断していたに過ぎない。その提案に乗ってここまで来たのは、自分自身だ。

 そして、実際にその可能性が目の前にある。

(だったら、耐えるしかないだろぉ———!)

 トマスがここにいたら「男の子だな!」と肩をバシバシ叩いたに違いない。あの陽気な兄貴分の顔を思い出して、少しだけ誇らしい気持ちになる。

 ホノカだったらどうだろう。困った顔をしながら応援してくれるだろうか。果ては「上手くいったら盛大にお祝いするからー!」などと言い出しそうだ。

 イオリは、興味なさそうに横目で様子を見ながら、何だかんだ助けてくれる気がする。コンソールを叩きながら「貸しにしといたる」とニタリと笑って手を貸してくれるだろう。

 アーニャは、リゼの未来を守るためなら協力を惜しまない。きっと「私にはこれくらいしかできませんが」と素敵な笑顔で励ましてくれる。

 ミサキは———ふいに彼女の怒った顔が思い浮かんだ。それでもきっと、最後には背中を押してくれる。はにかみながら、「仕方ないじゃない。言ったって聞かないんだから」と肩を並べてくれるに違いない。

 だから、とにかく耐えた。この場に送り出してくれたみんなのためにも。

「進捗確認。増殖抑制用ナノマシン(プルーナー)、血中から分離。プラントに移送中。

 異常なし。処理継続。マニュアル補正……タンク内圧力正常値」

 リゼのアナウンスを子守歌に、ハルキの意識がわずかずつ遠のいていく。全身から熱気が失われ、同時に時間の感覚が薄らいでいく。

「……リゼ、まだか。そろそろ、気が遠くなって……」

 その言葉を発してから、どれほどの時間が経ったのか。

 リゼが、重々しく口を開いた。

「リゼ、ハルキ、死なせたく、ない」 

 血が足りず空回りする思考がその意味を捉えきれず、問い返す。

「どういう、意味だ?」

 リゼがコンソールから手を離してハルキに向き直る。その顔色は蒼白としていた。

「もう、失血死寸前まで、血、抜いた。

 ううん。グリちゃんなかったら、とっくに死んでる。でも、臨界値、下回りそうにない。

 これ以上、やったら、ハルキ、死んじゃう!」

 気が付くと、全身から熱量を抜き取られる悪寒は消えていた。

 リゼが処理を中断したのだろう。世界の秩序とハルキの命を天秤にかけて、社会を崩壊させることを選んだのだ。リゼ自身も禁忌の技術を開発した魔女として断罪されることを覚悟して。

 ———選択の時だ。

 命を賭して、世界とリゼを救うか。

 世界秩序とリゼの未来を犠牲に、生き残るか。


 迷う必要など、ない。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 「後悔、するといい」リゼが哀しむでも謝るでもなく怒ってくれたのが良かったですね。リョウジとハルキをこんな目にあわせた奴を許さないぞと。強くなったんだなあ。リョウジでなくても感動ですよ。
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