本当の敵(4)
トマスは、暗くなっていく空を見上げながらオリバー少尉から戦闘の被害報告を聞いていた。
≪———以上です。残ったセパードで周囲を警戒しつつ、救助と手当てを続行します≫
≪了解≫
通信を追えると、トマスは思わずコンソールを拳で殴った。
死者が出るとわかっていても、実際にその報告を聞いて心が動かないわけがない。彼らは数字ではなく、人間だ。家族だっている。胸中で冥福を祈る。
ただ、うな垂れているわけにはいかない。ここはまだ戦地だ。
『……こっちの話は終わった。で、さっきの通信で常緑から送り付けられてきたデータの中身はどうだったんだ、イオリ? 連中は誠意の証とか言ってたが、裏切り者の居場所がわかるような情報が入ってたのか?』
呼びかけるとイオリが慌てた声で答える。
『ちょい待ち。さすがにこの物量を瞬時に解析するんはうちでも無理……なんやけど、うーん、拠点の位置の特定までは連中もできとらへんみたいやな。東北から九州まで可能性がありそうな拠点のデータが並んどるけど、肝心のここは含まれとらん。どうやら西園寺はホンマに裏切りモンってことみたいやで。組織には正解を知らせてへんってことやろ?』
ホノカが付け加える。
『さっきの常緑からの一方的な通告は真実ってことかしらねー。
西園寺が裏切って独断で動いていたならナノマシンが二種類あった説明が付くし、常緑自体が騙されていたのなら、軍が今回のテロの目的を見誤っても無理はないものー』
すべては常緑さえ利用した西園寺了嗣の凶行———
そうであれば、外道を通り越して邪悪とさえ思える。どれほどの理由があろうとも、全人類を巻き添えにすることを正当化はできない。
「……マジかよ。僕はそこまで悪人だと思わなかったんだがな。目が節穴だったか」
『わたしも同感だけどねー。でも、そういうもんじゃないー? 他人がなにを考えてるかなんてわかるものじゃないし、ともすれば自分が何を考えてるかもわからなかったりするしー?』
ホノカの弁ももっともだ。外面的なやりとりだけでわかったつもりになっていただけだろう。彼の心の内まで聞いたわけではないのだ。
『うちもようやく理解が追いついたわ。やっぱりうちの直感が当たっとったんやな。これだけ設計を更新しまくっとるナノマシンが本命やないわけあらへんし。
……ただ、そのわりには更新履歴が不自然っちゅーか、なーんか気持ち悪いんやけど』
「気持ち悪い? はぁ?」
エンジニアの言うことはときおり理解しがたい。論理的な話をしていたと思ったら、急にオカルトじみたことを言い始めることがある。今回もそれだ。
『いや、改めてこのナノマシンの設計データを眺めとったんやけど、作成者は西園寺自身なんや。ナノマシン・セルフレプリケーターとか人体機能付与型ナノマシンとか、そのあたりの基礎技術を上手く組み合わせて作ったんやろうな。
で、うまく言えへんけど、あのむかつくくらいクレバーな西園寺が設計したにしては、設計の更新履歴がむやみやたらと多い気がするっちゅーか、もうちょいスマートにやれる気がするんよな。まぁ、うちはナノマシンは素人やから、はっきりとはわからんのやけど』
結局のところイオリが何を言いたいのか、いまひとつ理解できなかった。
「いずれにしても、とんでもないナノマシンをバラまこうって話は変わらないんだろ? だったらやることは一緒だ。リゼを救出して脱出する———それだけだ」
ちらりと時計を見ると、ホノカが設定したタイムリミットまであと四十五分。
「……まあ、今となっちゃ東軍が自力でこの場所が本命と気付く可能性も高いから、時間制限にたいした意味は無いのかもしれないけどよ。
ミサキとアーニャなら、なりふり構わず脱出するのに十分もかからないだろうが……シビれるぜ」
通信が途絶えてから時間が経っている。様子がわからないのはもどかしいが、信じるしかない。
相変わらず、攻性機動無人機が工場から出てくる気配はない。すでに囮としての役割を十分に果たしたのだとすると、リスクは高いが工場の中に突入して脱出を支援する手もあるかもしれない。
そんなことを考え始めた矢先、イオリが妙なことを口走り始める。
『……なぁ、うちのBMI、故障しとるかもしれん』
「は? 今度はなんだよ。故障? ちゃんと通信できてるぞ」
『いや……さっきから見覚えのない景色がチラチラ頭の中によぎるんや。視覚野の入力がバグったんか? それにしても……えらい……懐かしい……感じが……』
その通信を聞いて、ホノカが割って入ってきた。ひどく慌てた声で叫ぶ。
『イオちゃん! だめ! 気をしっかり持って!』
怒声にも似た声に呼び戻されたのか、イオリが我に返る。
『———はっ!? お、おう、大丈夫や。幻覚を見るとかさすがに疲れたんかな』
覇気の無いイオリに、ホノカが「それは違う」と告げる。
『イオちゃん、トマちゃん。よく聞いて。
郷愁を伴う見覚えの無い光景の知覚———それは、感覚増幅拡張機構の使用者が直面するサイドエフェクトよ。
たとえば近くにいる人間の記憶だったり、過去の時代の光景だったり、未来予知と考えられているケースだってある。まるで自分が過去に体験したことを思い出すように、『知らないのに知っていて、懐かしい』と感じる景色や出来事が思考をよぎる。
すぐに命までは取られないけど、自分の記憶と混同したら面倒なことになる。もし夢を見るような気分になったら、現実を強く意識して』
感覚増幅拡張機構のサイドエフェクトが、適応者でもないイオリに現れた。それが意味することはひとつだけ。
「……おい待てよ。ホノカ。ってことは何か? もうナノマシンの散布は———」
『始まっている、ということでしょうね』
間に合わなかった。このままでは地球は超能力者の巣窟だ。
『でも、まだ散布開始から間もないはず。臨界まで濃度が高まるのにどれくらいかかるのかわからないけど、諦めるには早い。散布を止められれば収束する可能性はある。
信じて、待ちましょう』
ホノカは思い出す。いつか見た夢を。
広い閉鎖空間でにらみ合っている二人。
ハルキとリョウジ。
起きるかもしれないし、起きないかもしれない。
そんな、世界の記憶の残滓。
今なら確信できる。
あれは、世界が必要とした未来だ。
***
飛ぶことはできない。けれども、力場を踏み台にして空を駆けることはできる。
ハルキは、自らの体に力をぶつけて一気に加速していく。反動で全身に激痛が走る。衝撃を殺しきれず、手足の骨が耐えきれずにひび割れる。しかしそれでも止まらない。
『損傷部位の自動修復を継続』
破損しても直るならばダメージではない。
宙を縦横無尽に走り抜ける最中、リョウジの槍が迫る。本数は減っていたが、ひとつひとつの出力が高まっていると肌で感じる。守りを確実に貫くために戦術を切り替えたのだろう。
回避させまいと槍の雨が複数の方向から同時に迫り、しかしハルキは逃げ場がなくなる寸前に転身して強引に回避する。そのたびに体のどこかが壊れた。そして直した。
逃げ回りながら複数の槍を叩き折り、わずかずつリョウジへの距離を詰めていく。
だが、近づくほどに槍の攻撃速度と威力は跳ね上がっていく。どうしても懐に入り込めない。
『———乖離指数、二百三』
修復されながらも、少しずつ蓄積する傷。
しかし、決定打がないのはリョウジも同様だった。
「———くっ!」
逃げ回る標的を捉えようと攻撃の速度と精度を高めると、威力が犠牲になってハルキの守りを突破できない。逆に威力を高めると命中しない。緩急を付けて追い込んでも、ほんのわずかな隙間をかいくぐって逃げられる。
さながら未来予知でもしているようだ。ともかく足を止めなければ話にならない。
「これでは追い込み漁だが———やむを得まい!」
唐突に、暴れていた無数の槍が消え去る。
一拍おいて現れたのは、巨大な力場の格子。
縦と横に直線の力場を幾重にも重ねた、まるで碁盤の模様。
平面に格子状に編まれた斥力場が、ハルキに向かって迫る。
ひとつだけではない。二つ、三つと周囲を取り囲んで狭めていく。
「身動きを封じるつもりか!」
ハルキは咄嗟に方向転換して迫り来る格子から距離を取ろうとする。
しかし、そのわずかな隙をリョウジは逃さなかった。
「がぁっ?!」
ハルキの左腕と右足が切り飛ばされる。
視界の端に、薄く練られたリョウジの斥力場が見えた。
日本刀の刀身のように精密に鍛えられた、長大なカミソリ。
格子状の力場で取り囲んで動きを止めると見せかけて、その中に切り裂くことに特化した斥力場を潜ませて四肢を切断したのだ。
足を切り落とされれば、ヒトは立っていられない。その自己認識は適応者にとっては致命的である。空中を走っていたハルキは斥力場を維持するイメージを失う。そして為す術もなく落下し、追撃を受けて敗北する。
「———それでもっ!!」
残った左足で踏んばって、どうにか空中に留まる。
それどころか———
「君は自分の体を、なんだと思っているのか!」
切断された左腕は迷うことなくリョウジに向かって空中を直進し、右足だった部位は大きく迂回するように弧を描き、脇腹を目がけて遠隔で体幹不在の回し蹴りを放つ。
リョウジが斥力場で身を守ると同時、ハルキは残った左足だけで踏み切ると、高く上方に跳び上がった。
「はああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
落下しながら、斜め下に向かって右の拳を振り下ろす。
正面、右側面、上方からの同時攻撃。
「面倒な———」
しかし、切り離された肉体による攻撃に目が慣れたのか、リョウジも初回ほどは動じていない。冷静に斥力場の軸をずらして初撃の左腕の弾道を逸らし、回し蹴りもどきを放っている右足を翼手で上から殴りつけて叩き落とす。
ハルキ自身の右の拳がリョウジに届く頃には、リョウジの迎撃態勢は万全に整っていた。
「二度も同じ手は食わんよ」
分厚いリョウジの斥力場に阻まれて、ハルキの正拳が弾かれる。
その瞬間、何の前触れもなく脳裏に見知らぬ光景が『よみがえった』。
「なんだ———?!」
———痩躯の研究者が、ホロに浮かんだメッセージを見つめている。
『はじめまして。ボクはアラン。アラン・スミシー。
キミなら、きっとこれだけでボクが何者か理解できるだろう?』
しばらく思案したあと、男はメッセージを打ち返す。
『何者だ』
『ボクは常緑の幹部のひとりだ。興味があるんじゃないかな?』
すぐに正気に返ると、リョウジの斥力場に拳を弾かれた直後だった。
(今の映像は———記憶? 夢?)
チラリと脳裏をよぎった場面。知らないはずなのに知っている。
まるで過去にあった出来事を思い出しているようだった。
懐古と既視感。
正体はわからないが、戦闘は続いている。判断を迷っていたら敗北する。
(———とにかく、一度距離をとって仕切り直さないとマズい!)
力押しだけで破壊できるほど、リョウジのそれは柔い守りでは無い。斥力場に弾かれた勢いのまま、空中でバックステップして大きく距離を取る。
後ろに下がりながら、切り飛ばされていた左腕と右足を回収して接合する。
着地する頃には元通りに戻っているはずだ。そうしたら再度攻撃を———
ところが、見覚えのない景色が再び目の前を通り過ぎていく。
痩せぎすの眼光鋭い男が、ホロに向かって話している。
『———人類への復讐と同胞の救済のために社会を破壊しようというのか。常緑さえも裏切って』
『良い読みだ、リョウジ。動機としては十分だろう?』
それからいくつかの会話のあと、男は首肯して答えた。
『———いいだろう。君のプランに乗ろう』
そうして男は不気味に嗤った。




