出会いたくなかったのに
ロジェリオと出会ったはずの夜会を欠席し、エリシアはこれで彼と人生が交わることはないだろうと考えていた。
噂では、やはりかつてエリシアも参加した夜会にロジェリオが出席し、多くの令嬢が色めきたったのだという。もしかしたらそこで、彼は誰かと出会ったかもしれない。
そう考えると胸は痛むものの、ロジェリオが幸せになるのならそれでいいのだと無理に思い込む。
とはいえエリシアも、年頃の令嬢だ。いずれは誰かと婚約をしなければならない。今もエリシアの心の中にはロジェリオしかいないし、彼以外の人を愛せるとは思わない。だけど、貴族の結婚というのは愛がなくてもできるものだ。きっと家柄の釣り合う誰かと、縁を結ぶことになるのだろう。
ある日の夕食の席で、父親がエリシアの名を呼んだ。
「次の週末、サルガード侯爵家で夜会が開かれる。エリシアも、参加しなさい。おまえもそろそろ婚約者を探す必要があるからね。夜会は、いい出会いの場だ」
「……まだあまり体調が優れないので、夜会に行くのは少し不安なのですけど」
無理だと思いつつ、エリシアは遠回しに行きたくないと言ってみる。
「一人が不安なら、ヴィクトルにつきそいを頼むか?」
「い、いえ、大丈夫です。一人で参加できます」
父親の提案に、エリシアは慌ててかぶりを振る。ヴィクトルと二人で行くことは、なんとしても避けたい。結局、夜会への参加が決まってしまい、エリシアは内心でため息をついた。
そして参加することになった夜会では、エリシアはかつてロジェリオと出会った時とは全く違うドレスを着ることにした。もともと夜会にはめったに顔を出さないロジェリオが、今夜も参加するとは考えにくい。それでも、少しでも前回と違う行動をしておきたかった。
仕立てたばかりの水色のドレスに見向きもしないので、侍女のダナは不思議そうにしていたが、エリシアの希望通り淡いピンクのドレスを用意してくれた。
ホルターネックのドレスは、装飾も控えめなものだ。胸元を覆うデザインにしたのは、左胸の傷を露出させないため。よっぽど近くに寄らなければ分からないけれど、あの忌まわしい記憶を思い出させる傷は、できれば隠しておきたかった。
大抵ハーフアップにする髪も、今夜は緩く編んでサイドに流すことにした。最低限のアクセサリーだけを身につけて、エリシアは鏡の中の自分をじっと見つめる。
「……行きたくないわ」
そんな本音が思わず漏れる。もしもロジェリオと顔を合わせてしまったら冷静でいられる気がしないし、彼が別の女性と一緒にいるかもしれないと考えるだけで、胸が張り裂けそうだ。
「最近のお嬢様は、あまり元気がありませんね。お誕生日のお祝いに仕立てたドレスも、あんなに楽しみにしていたのに……。何か、心を煩わせることがあるんですか?」
化粧品を片付けていた侍女のダナが、心配そうな顔で見つめてくる。この複雑な思いを説明できるわけもなくて、エリシアは曖昧な笑みを浮かべた。
「あらためて自分が誰かと結婚することを考えたら、色々と悩むものよ。まず、私を選んでくれる方に出会えるかも分からないでしょう」
「まぁ! 可愛らしいエリシアお嬢様なら、多くの殿方の視線を一身に集めるに決まっていますわ。きっと、お嬢様を大切にしてくださる素敵な方と、出会えますよ」
「ありがとう。そうだといいわね」
礼を言って、エリシアは立ち上がった。そろそろ出発の時間だ。
今夜の会場であるサルガード侯爵邸へ到着したエリシアは、主催者である侯爵への挨拶を済ませるとすぐに壁際へと移動した。
出会いなんて求めていないし、とにかく参加したという事実さえあれば、父親も文句は言わないだろう。
果実水のグラスを時折傾けながら、エリシアは笑いさざめく人々をぼんやりと眺めていた。時折視線を投げかけてくる男性はいるものの、エリシアは決して誰とも目を合わせないようにしていた。こういう場において目を合わせてしまったら、誘いを受け入れたと捉えられてしまう。
その時、会場の入り口付近で熱っぽいざわめきが起きた。令嬢たちが華やいだ声をあげているから、誰か名の知られた人がやってきたのだろう。
思わず興味を引かれて視線を向けてしまったエリシアの心臓が、どくりと音を立てる。
この状況は、かつてロジェリオがあらわれた時と同じではないか。
見てはいけないと思うのに、視線を外すことができない。凍りついたように会場の入り口を見つめていると、多くの令嬢に囲まれた長身の男性の姿が目に入った。
「――っ!」
濃紺のジャケットを身に纏った、金の髪の男性。少し癖のあるその髪が柔らかいことを、エリシアは知っている。
表情ひとつ変えずに令嬢たちの誘いを断るその顔は、氷のようだ。だけど、笑った顔がどれほど甘く優しいか、エリシアは覚えている。
「……リオ」
エリシアの唇から、無意識に彼の名前がこぼれ落ちる。
場所も時期も違うのに、どうしてここにロジェリオがいるのだろう。
彼と出会った夜会を避けたはずなのに、彼はかつての記憶の中と同じ格好をしている。
決して出会ってはならないと思うのに、ロジェリオの顔を見ただけで今にも涙がこぼれ落ちそうなほどに嬉しい。
死に戻ってからずっと、エリシアの頭の中から離れなかった、彼の最期の姿。
ロジェリオが生きているという事実に、胸が苦しくなるほどの喜びを感じた。
――だけど、絶対に顔を合わせてはだめ。
身を切られるような思いで、エリシアはロジェリオから視線を逸らす。彼が令嬢たちに囲まれているうちに、会場を出なければ。体調を崩したと言えば、さすがに父親だって文句は言わないだろう。
なるべく遠回りをして会場の出口を目指していたエリシアだったが、今夜は盛況で参加者が多い。まっすぐに進むこともできないほどの人だかりで、エリシアは人を避けて蛇行しながら出口へと急ぐ。
その時、背後からどんっと誰かにぶつかられてしまった。突然の衝撃に、エリシアはよろめく。
「きゃ……」
「おっと……。大丈夫ですか?」
ぐらりと傾いだ身体を、目の前の男性が抱き止めてくれる。微かに鼻を掠めた爽やかな香りと、低く艶めいた声に、エリシアの胸が痛いほどの音を立てた。
「……っ」
まるで抱きしめるようにエリシアを受け止めてくれたのは、絶対に出会ってはならないはずのロジェリオだった。




