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どうか、私のことを嫌いになって――死に戻ったこの世界で、私は二度目の恋を捨て去りたい  作者: ゆうづき


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雨のお茶会

 両親を見送ってしばらくすると、部屋の窓からロジェリオが訪ねてくるのが見えた。エリシアは鏡をのぞき込んで髪を整えると、急いで部屋を出る。

 玄関ホールに向かえば、小さな花束を抱えたロジェリオが立っていた。

「やぁ、エリシア」

「いらっしゃい、ロジェリオ!」

「これを、きみに。庭の花がエリシアの瞳の色みたいだったから。今日のドレスにもぴったりだね」

 差し出された花束を、エリシアは笑顔で受け取る。白と水色の花を中心にしていて、とても可愛らしい。

「嬉しいわ、ありがとう。早速お部屋に飾らなくちゃ」

 そばに控える執事へ花束を託すと、エリシアはロジェリオを見上げた。

「今日は、お庭でお茶をしようと思うの。もっと晴れていたらよかったんだけど、今がちょうど薔薇の見頃なのよ。昨日までの雨で一気に開花が進んだみたい」

「素敵だね。エリシアが育てた薔薇だろう? ぜひ見たいな」

「あとで案内するわ。とってもいい香りがするのよ」

 そんなことを話しながら、エリシアはロジェリオと共に庭へ向かった。白い屋根の四阿には、すでにお茶の準備が整えられている。エリシアがリクエストした通り、甘さ控えめのお菓子やチーズを使ったクッキーが並べられていた。もちろん、好物のマカロンもある。

 柑橘を使った茶葉にお湯を注ぐと、四阿の中には爽やかな香りが広がった。

「では、ごゆっくりどうぞ」

 そう言って、侍女のダナが下がっていく。ロジェリオと過ごす時は、いつも気を利かせて二人きりにしてくれるのだ。屋敷の敷地内なら危険なことはないし、少し親密な触れ合いをする時もあるから、人の目がないのはありがたい。

 他愛のない話をしながらお茶を飲んでいると、ロジェリオは何かを思い出したように懐に手を入れた。

「そうだ、ピアスを直してもらったよ。やっぱり、金具が少し緩んでいたみたいだ」

 手のひらの上にあるピアスは、外れかけていた飾りも綺麗に修復され、元通りになっている。

「よかった……。すごくお気に入りだから、直してもらえて嬉しいわ」

「おいで、着けてあげる」

 手招きされて、エリシアはロジェリオのそばへと移動した。彼の手がそっと耳に触れ、ひんやりとしたピアスの金具の感触がやけに鮮明に感じられる。耳たぶをなぞる指先に、エリシアは小さく肩を震わせた。

「できたよ」

「ありがとう」

「シアの耳は、小さくて可愛いな。食べてしまいたくなる」

「あ……っ、ん」

 ぱくりと耳を食まれて、思わず声が漏れる。無意識のうちに逃げようとした身体を捕まえるように、ロジェリオの腕が腰に回され、強く抱き寄せられた。そして、首筋に唇を押し当てられる。

「そういえば、シアが髪を上げるのは珍しいね」

「んっ、皆……同じことを言うのね。今日は湿気が多いから、髪が広がらないようにまとめただけよ」

「皆って、誰?」

 耳元で囁かれて、エリシアの唇からは悩ましげな吐息がこぼれ落ちた。

「弟のヴィクトルと、執事のザカリアスに言われたわ。そんなに珍しいかしら」

「髪を下ろしている印象が強いからかな。もちろん、この髪型もすごく可愛いけど」

 そう言って、ロジェリオはエリシアの首筋に軽く吸いついた。痕を残すほどではないものの、肌を吸われる感覚に腰のあたりがずんと疼く。

「っあ……だめ、そこ……弱いの」

「知ってる。シアは、首筋にキスされるとすぐに腰砕けになるもんな」

 くすくすと笑うロジェリオは、首筋へのキスを止めるつもりはないようだ。吐息が肌をくすぐり、唇が触れるたび、甘く痺れるような感覚に襲われる。だんだんと身体から力が抜け、エリシアはくたりと彼の肩に頭を預けて荒い息を吐いた。ロジェリオは、なだめるようにエリシアの肩を抱き、優しく頬を撫でてくれる。

「シアが可愛いのは間違いないけど、俺以外の男に、シアの髪形に言及されるのはちょっと嫌だな」

 どこか拗ねたようなロジェリオの発言に、エリシアは小さく笑う。

「あら、弟と執事よ?」

「分かってるけど、それでもだめ」

 そう言ったあと、ロジェリオの唇が首に押し当てられた。軽く肌を啄まれて、エリシアは思わず息を詰める。首筋に唇を触れさせたまま、彼は吐息まじりに囁いた。

「嫉妬深くて、嫌になった?」

「まさか。リオがそれほど私を愛してくれているってことだもの」

 背中に腕を回して抱きつくと、ロジェリオは安心したような吐息を漏らした。

 しばらく抱擁を交わし、エリシアはふとロジェリオの顔を見上げる。

「そうだわ、薔薇を見に行かない?」

「いいね。では、お手をどうぞ、お嬢様」

「ふふ、ありがとう」

 立ち上がったロジェリオに手を差し出され、エリシアは笑って彼の手をとった。

 庭の一角に植えた薔薇は見事に咲き誇り、芳しい香りを振り撒いている。朝方まで降っていた雨のせいか、薔薇の花弁に残る雫が宝石のようだ。

「本当に綺麗だ。薔薇といえば真紅という印象だけど、白や黄色も美しいね」

「そうなの。私はこの、ピンクの薔薇が一番お気に入りよ」

「うん、可愛いエリシアのイメージにぴったりだ」

 エリシアはピンクの薔薇に顔を近づけ、大好きな香りを目を閉じて胸いっぱいに吸い込む。その様子を見ていたロジェリオが、ほうっとため息をついた。

「薔薇よりもエリシアが美しすぎて、思わず見惚れてしまうな」

 まっすぐな褒め言葉に照れつつ、エリシアは軽く指先で髪をいじる。ロジェリオはそんなエリシアの手を取ると、指先にそっと唇を押し当てた。

「そうやって、すぐに照れるところも可愛い」

「ふふ、また癖が出ちゃったわ」

「頬が薔薇色になったシアは、まるで薔薇の精みたいだ」

 くすくすと笑ったロジェリオがエリシアを抱き寄せ、今度は頬にキスを落とす。そのまま二人は抱き合い、何度も口づけを交わした。

 濃厚な薔薇の香りの中で甘いキスを何度も受け止め続け、エリシアの身体から力が抜けていく。もちろんロジェリオがしっかりと腰を抱いてくれているから崩れ落ちることはないけれど、頭の中に白い靄がかかったようにぼうっとしてくる。

 思わず熱い吐息を漏らせば、ロジェリオがどこか困ったように笑った。エリシアの顔はきっと真っ赤だけど、彼も目元を微かに赤く染めていて、それがとても色っぽい。

「そんな、とろんとした顔を見せられたら、我慢ができなくなりそうだ」

「ん……っ、だってリオが、たくさんキスをするから……」

「シアが可愛いんだから、仕方ない。この可愛い唇だけじゃなく、本当は全身にキスをしたいくらいだよ」

「私も……リオが欲しいわ」

 エリシアは手を伸ばしてロジェリオの顔を引き寄せると、口づけを贈った。彼と交わすキスは心が震えるほどに幸せだけど、それと同時にもっと深い触れ合いが欲しいと身体が疼いてしまう。キスの先にある快楽を、エリシアはもう何度もロジェリオにもらっているから。

 自分の部屋に移動することを提案しようかと考えていると、ぽつりと冷たいものが額に落ちてきた。見上げた空はいつの間にか暗さを増していて、雨粒が次々と降ってくる。

「大変、雨が降ってきたわ」

 エリシアはロジェリオの手を引いて急いで四阿へ戻ろうと声をかける。ロジェリオは上着を脱ぐと、エリシアを守るように覆ってくれた。

 四阿に入った途端、雨足が強くなった。分厚い雲のかかった空を見る限り、しばらく止まなさそうだ。

 目の前が白く見えるほどの雨を見つめて、ロジェリオが困ったようにため息をついた。

「これじゃあ、動けないな」

「そのうち、誰かが迎えに来てくれると思うわ。お茶を飲みながら、ゆっくり待ちましょう」

「そうだね」

 お茶のおかわりを淹れようと、エリシアはティーポットに手を伸ばす。ロジェリオのカップにお茶を注ごうとした瞬間、微かな違和感を覚えた。

 さっき二人でお茶を飲んでいた時よりも、彼のカップが移動しているような気がしたのだ。着席した時、ちょうど正面に置いていたはずのカップが、少し左に寄っているように思う。

「エリシア、どうかした?」

 ポットを持ったまま手を止めていたため、ロジェリオが怪訝な顔をする。エリシアは慌てて笑みを浮かべると彼のカップに紅茶を注いだ。

「なんでもないわ。ちょっと、ティーカップの位置が移動しているような気がしたけれど、気のせいかしらね」

「ん、そうだったかな」

 彼自身もあまり覚えていないようで、特に気に留める様子もない。やはり気のせいだろうと考えるエリシアの目の前で、ロジェリオはカップを口に運ぶと微笑んだ。

「この紅茶、香りがすごくいいね」

「そうでしょう。私もとてもお気に入りなの。柑橘の皮を香りづけに使っているんですって」

「爽やかですごく……っ、ぐ……ぁ」

 穏やかに話していたロジェリオの顔が、突然苦しげに歪む。がしゃん、と大きな音を立てて、彼の手からティーカップが滑り落ちた。繊細なカップは衝撃でひびが入ったのか、真っ白なテーブルクロスにじわじわと紅茶が広がっていく。

「ロジェリオ?」

 思わず立ち上がったエリシアの目の前で、ロジェリオは胸をかきむしった。その顔は見たことがないほどに青ざめており、苦しげに低く唸る唇から、ごぽりと真っ赤な血があふれ出る。

 背中を丸めた彼の身体は、ぐらりと床へと崩れ落ちた。脚がテーブルにぶつかった衝撃で、ティーカップが落下して砕け散る。

「どうしたの、ロジェリオ!? しっかりして……!」

 急いで膝をついたエリシアは、破片が膝に刺さって痛むのも構わず彼の身体を抱きかかえようとした。だが成人男性の体重を支えることは難しく、さらに彼はびくびくと痙攣するように全身を不自然に引き攣らせている。

「誰か、誰か来て……!」

 悲鳴をあげたエリシアは、使用人を呼ぶためのベルを探してテーブルの上に視線をさまよわせた。だがいつもそこにあるはずのベルが、今日は見当たらない。

 なんとか助けを呼ぼうと声を張り上げるものの、激しく降る雨が、まるで分厚いカーテンのようにエリシアの声を吸い込んでしまう。

「ロジェリオ、どうして……誰か……!」

「っ……シア、……どこ」

 ほとんど吐息だけの声で名を呼ばれて、エリシアは必死に彼の手を握りしめた。彼の目はうつろで、目の前にいるエリシアのことも見えていないようだ。

「リオ、ここよ。私はここにいるわ」

「あぁ……よかっ……。シア、愛して……」

 エリシアの手を微かに握り返したロジェリオは、安心したような笑みを浮かべた。だが次の瞬間、その手はだらんと力を失った。

 見開いたままの瞳に光はなく、さっきまであんなに苦しげな呼吸を繰り返していたはずの胸も、全く上下しない。

「うそ……嘘よ、ロジェリオ……! ねぇ、私はここにいるわ。リオ、返事をして……!」

 何度も彼の手を握って呼びかけるが、彼の身体は力なく揺れるだけだ。さっきまであたたかかった手も、冷たくなっているように思う。

「嘘……、いや、いやあぁぁぁっ!」

 動かなくなったロジェリオの身体を抱きしめて、エリシアは絶叫した。激しい雨音が、エリシアの泣きじゃくる声すらも覆い隠していく。

 どれほど泣き叫んでいたのだろう。薄暗い四阿には、誰も来ない。助けを呼ぶ声も、エリシアの悲鳴も、全て雨音がかき消してしまった。

「……ロジェリオ」

 何度名前を呼んでも、彼はもうエリシアの手を握り返してくれない。ぽたぽたと流れ落ちる涙が頬に落ちても、ロジェリオはなんの反応も見せない。

「毒……なの?」

 泣きすぎて掠れた声で、エリシアはつぶやく。ロジェリオが病気を抱えていたという話は聞いたことがないし、こんなふうに急に倒れるなんて考えられない。

 さっき違和感を覚えたティーカップの位置。もしかしたら、カップに毒が塗られていたのだろうか。

 だが、誰がそんなことをするだろう。ロジェリオは優しく穏やかな人柄で、誰かに憎まれるような人ではない。

 その時、四阿に誰かが近づいてくるのが見えた。真っ黒な雨傘を持ったその人物は、どうやら男性のようだ。

 涙を拭うことなくぼんやりと顔を上げたエリシアの目の前で、四阿に入ってきた男がゆっくりと傘を畳む。

 それは、エリシアのよく知る人物だった。

 男はエリシアを見下ろすと、晴れやかな笑みを浮かべる。

「あぁ、やっとそいつが死んだ。よかったね、エリシア。これで自由になれる」

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