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どうか、私のことを嫌いになって――死に戻ったこの世界で、私は二度目の恋を捨て去りたい  作者: ゆうづき


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20/27

事故

 これから仕事に向かうというロジェリオを見送るために、エリシアは玄関ホールへと向かった。そこで、ちょうど帰宅した父親とばったり出会う。姿は見えないものの執事も帰ってきているはずで、エリシアの身体がこわばった。それに気づいたのか、ロジェリオはさりげなくエリシアの肩を抱いてくれた。

「おや、もう帰ってしまうのですか? お茶をご一緒したかったのに残念だ」

「申し訳ありません。このあと仕事の予定が入っておりまして。次回はぜひ」

 父親の言葉に、ロジェリオは感じのいい笑みを浮かべてそう言う。近況について少し言葉を交わしたあと、父親は「次こそはゆっくり話したい」と言いながら執務室へ戻って行った。

 あらためてロジェリオを見送ろうとしていると、執事のザカリアスがやってきた。礼儀正しく頭を下げる執事を見て、ロジェリオはエリシアの腰を抱き寄せる。

「エリシア、外まで見送ってくれる? 少しでも長く、きみといたいんだ」

「えぇ、もちろん」

「本当は、このまま一緒に連れて帰りたいくらいだけどね」

 冗談めかしてそう言いながら、ロジェリオがエリシアの頬を撫でた。そっと指先が耳に触れ、大好きなかすみ草のピアスがここにあることを教えてくれる。エリシアは胸に手を当てて、彼が痕を残してくれた時の甘く幸せな気持ちを思い出そうとしていた。

 執事の視線を避けるようにロジェリオに寄り添いながら、エリシアは馬車のそばまで行く。離れがたい気持ちはあるけれど、仕事の合間を縫って尋ねてくれた彼にこれ以上の無理は言えない。それでも名残惜しくて、エリシアはロジェリオの手を握った。

「気をつけてね、リオ。睡眠は、しっかりとって」

「分かってる。近いうちにまた会おう。印を上書きしなくちゃならないからね」

 悪戯っぽい口調で耳打ちして、ロジェリオがエリシアの胸元を指差す。ついでとばかりに耳元に軽く口づけられて、思わず声が漏れそうになる。

 エリシアの頬が赤くなったのを楽しげに見つめ、ロジェリオは馬車に乗り込んだ。熱くなった頬を手で扇ぎながら、エリシアは馬車が門を出て見えなくなるまでじっと見送った。

 

 その後自室で本を読んでいたエリシアは、やけに外が騒がしいことに気づいて窓の外に目を向けた。

 今日は心地よい風が吹いているので、窓を開け放していたのだ。風に乗って、ざわざわとした人の声が流れてくる。その声はどこか不穏な空気をはらんでいた。

「何か、あったのかしら」

 思わずつぶやくと、侍女のダナも窓の外をのぞきこむ。

「本当ですね。こんなに騒がしいことなんて、めったにないのに」

「ねぇ、様子を見てきてくれない?」

「そうですね、なんだか気になりますもの。見に行ってきますね」

 そう言ってダナが部屋を出て行く。見てきてほしいと頼んだものの、エリシアも後を追うことにした。部屋にいてもすることがないし、自宅の近くで何か騒ぎが起きているのは気になる。

 玄関を出たところで、戻ってきたダナと出会った。どうやらザカリアスも様子を見に行っていたようで、彼も一緒だ。執事とは目を合わせないようにしながら、エリシアはダナの方を見る。

「どうだった? 何があったのか、分かった?」

 ダナは、心配そうに眉尻を下げた顔でうなずく。

「えぇ、馬車の事故のようです。近くに小さな花屋があるでしょう。あちらで働いている少年が、急いでいて道に飛び出したんですって。それを避けようとした馬車が転倒して、怪我人がでているみたいです。詳しい怪我の状況は分からなかったんですけど……」

「まぁ、大変……! お医者様には連絡をしているのかしら」

「恐らく連絡は入れていると思いますが、到着まではまだ時間がかかるでしょうね」

 花屋で働く少年は、エリシアも顔を見かけたことがある。ダナは何度か会話をしたこともあるそうで、顔見知りが怪我をしたことに不安げな様子だ。

「それなら、うちに運びましょう。応急手当くらいはできるもの。お医者様には、ここへ来てもらえばいいんだし」

「ですがお嬢様、どんな人物かも分からない相手を屋敷内へ入れるのは……」

 ザカリアスは険しい顔でそう言うが、エリシアは首を横に振った。すぐそばで怪我をしている人がいるのを知って、放置するわけにはいかない。

「目の前に困っている人がいるのに、手を差し伸べないなんてことがある? あなたはお父様に報告を。ダナは、怪我人をうちへ運ぶように伝えてきてくれるかしら」

 エリシアの指示にダナはうなずいて駆け出していく。ザカリアスはどこか不満げにしていたものの、やがて「分かりました」とうなずいた。

 父親の執務室へと向かうザカリアスが、微かに舌打ちをしたような気がするものの、そんなことには構っていられない。エリシアは怪我人を受け入れる準備のため、通りがかったメイドに湯を沸かし清潔な布を用意するよう伝えた。

 やがて、怪我人が運ばれてきた。見覚えのある十代半ばほどの少年と、中年の男性の二人だ。少年は手足に大きな擦り傷を負って痛みに顔を歪めているものの、命に別状はなさそうだ。大事になってしまったと、申し訳なさそうに身体を小さく縮めている。

 もう一人は中年の男性で、服装から馬車の御者であることが分かる。こちらは顔を打ちつけたらしく、鼻血を止めるために両手で顔を覆っている。更に足を捻ったようで、立ち上がるのは辛そうだ。

 ザカリアスの報告を受けて父親もやってきて、怪我人の手当てをするよう指示を出す。エリシアは邪魔にならないよう壁際へ控えていることにした。

 手当てを受ける様子を見守っていると、御者の男性が懸命に何かを訴えているのが目に入った。何を言っているのだろうと思わず凝視したエリシアは、その顔に見覚えがあることに気づく。

 彼は確か、アルベルダ公爵家の御者ではなかったか――。

 鼓動が嫌な速さで打ち始めるのを感じつつ、エリシアは御者の方へと足を進める。手当てをするメイドに、彼は必死に声をかけていた。

「……ロジェリオ様は、ご無事なのか? まだ馬車に取り残されているのでは……」

「えぇと、怪我人はお二人だけだと聞きましたが……」

「そんなはずない、馬車には確かにロジェリオ様が乗っていたはずだ。今すぐ戻って確認させてくれ」

「でも」

 今にも立ち上がりそうな御者を、メイドが困った様子で押しとどめている。エリシアは御者に声をかけるため、震える唇を開いた。

「あの――」

「もう一人、怪我人が……!」

 エリシアが声を発するのと同時に、大きな声と共に数人の男性が駆け込んできた。どうやら彼らは、怪我人をここまで抱えてきたようだ。

 ハッとしてそちらを見たエリシアは、息をのんだ。

 そこにいたのは、頭から血を流してぐったりと目を閉じるロジェリオの姿だった。その瞬間、エリシアは悲鳴をあげた。

「……っロジェリオ!! いやぁぁぁっ!」

 頭の中の、亡くなったロジェリオの姿と今の彼が重なって、冷静ではいられない。

 エリシアはよろめきながら、床に横たえられたロジェリオのそばに駆け寄る。

 ロジェリオの服は土埃にまみれ、あちこち破れている。下からのぞく肌も、傷だらけだ。

 そして何より、額の怪我が重傷だ。誰かがハンカチで止血を試みてくれたようだが、まだじわじわと彼の顔を赤く染めている。

 どうやら、横転して崩れた馬車の中に取り残されていたらしい。そのため、救助が遅れてしまったのだろう。

「リオ、ロジェリオ……っ!」

 エリシアは、必死に彼の手を握りしめる。だが意識のない彼は、エリシアの手を握り返してくれない。

 胸は微かに上下していて、彼の呼吸が止まっていないことを教えてくれるものの、エリシアの脳裏に浮かぶのはあの忌まわしい記憶。

 また同じようにロジェリオを失ってしまうのか。

「嫌……そんなの……いやぁ……っ!」

 ロジェリオの手を握りしめたまま、エリシアは絶叫した。


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