再会
お茶会の誘いを断って以来、ロジェリオから手紙は届かない。きっともう、誘われることはないだろう。
ホッとする気持ちと、どこか切ない気持ちを抱えながら、エリシアは日々を過ごしていた。
父親はエリシアに再び夜会へ参加するよう勧めてくるものの、あまり気乗りしないと断り続けている。何故か、ザカリアスもヴィクトルも、無理して夜会に出る必要はないんじゃないかとエリシアの肩を持ってくれるので、父親もあまり強く言わない。二人がどうしてそんなことを言うのかは分からないものの、また夜会に出席してロジェリオと顔を合わせるのは嫌なので、正直助かっている。
ある晩、エリシアは両親と一緒に観劇へ出かけていた。母親の好きな歌手が主役だそうで、母に甘い父がチケットを取ってくれたのだ。
ヴィクトルは学校の試験が近いからと留守番で、楽しんできてと送り出してくれた。
エリシアも舞台鑑賞は好きだし、今日の演目を楽しみにしていた。夜会に行くことは避けていたけれど、華やかなドレスを着ればやっぱり心は躍る。
予約した席に向かおうとしていると、ふいにエリシアの名前が呼ばれた。その声を耳にした瞬間、エリシアは息をのんだ。
「エリシア嬢、こんなところで会えるとは」
「……リオ」
「え?」
思わずロジェリオの名を愛称で呼んでしまい、彼が怪訝そうな顔になる。エリシアは慌てて笑みを浮かべた。
「いえ、なんでもありません。こんばんは、アルベルダ卿」
「そんなかしこまらず、ぜひロジェリオと呼んでください」
にっこりと笑ってそんなことを言ってくるロジェリオに、エリシアは曖昧な笑みを浮かべる。会いたくないと思っているのに、どうしてこんなところで出会ってしまうのだろう。動揺を隠すように、エリシアは指先で横髪をいじった。
「エリシア、お知り合いかい?」
父親の言葉に、ロジェリオは人のよさそうな笑みを浮かべた。もともと見惚れるほどの美貌の彼がそうやって笑うと、場の空気が変わるほどに華やかだ。
「失礼しました。ロジェリオ・アルベルダと申します。エリシア嬢とは、先日の夜会で一曲踊っていただいたのです」
「アルベルダ公爵家の……! まさかそんなご縁があったとは」
父親は満面の笑みでロジェリオと握手を交わしている。あとで、ダンスを踊ったことについて徹底的に聞かれるに違いない。
そこにロジェリオの両親であるアルベルダ公爵夫妻もやってきて、ますます逃げ場がなくなる。婚約していた時、いずれ義理の娘となるはずだったエリシアを、彼らはとても可愛がってくれていた。公爵夫妻は今世でも、優しく笑ってエリシアのことを歓迎してくれた。
「先日の夜会で、ロジェリオがいつになくそわそわとして帰ってきたんですの。運命の出会いをしたと言っていて、どちらのお嬢さんのことかしらと思っていたんですのよ」
公爵夫人の言葉を受けて、エリシアの父がちらりと視線をこちらに向ける。その目は、この縁を決して逃すなと言っているような気がした。
逃げたいのに外堀をどんどん埋められているような気がして、エリシアは背筋に冷たい汗をかいていた。
「そうだわ、よければ席をご一緒しませんか? 劇場の方のご厚意で広い席を用意していただいたんだけど、親子三人では持て余してしまいますもの。うちには息子しかいないから、わたくしも可愛らしいお嬢さんと一緒に観劇したいわ」
「とてもありがたいお話です。ぜひに」
親同士が盛り上がって、あっという間に同じボックス席で観劇することが決まってしまった。
どうしてこうなるのだと頭を抱えたくなる思いのエリシアに、ロジェリオが少し困ったような笑みを浮かべた。
「すまない、うちの母が勝手に」
「い、いえ……」
「だけど正直なところ、俺も嬉しい。きみに、また会いたいと思っていたから」
好意を隠そうともしないロジェリオの言葉に、エリシアはうつむいた。また会いたいと思っていたのは、エリシアだって同じだ。だけど、それを知られるわけにはいかない。
黙ったまま何も言えずにいるエリシアに、ロジェリオはそっと腕を差し出した。
「中央の席だから、きっと舞台がよく見えると思う。さぁ、行こう」
「……ありがとうございます」
なるべく距離を保つよう意識しながら、エリシアは彼の腕に手を添えた。
案内されたボックス席は、二家族が入ってもまだ余裕があるくらい広い。両親たちはそれぞれ楽しそうに盛り上がっていて、必然的にエリシアはロジェリオと過ごすことになりそうだ。
そういえば父も母も、公爵夫妻と共通の趣味があって仲が良かったなと思い出す。
「エリシア嬢、何か飲み物は? 軽食もあるが」
「いえ、結構です」
「……そうか」
エリシアのつれない対応に、ロジェリオがどこかしょんぼりするのが申し訳ない。だけど、親交を深めるわけにはいかないのだ。
やがて舞台の幕が上がり、エリシアは演目に夢中だと装って、ひたすらにじっと前を向いていた。隣に座ったロジェリオから、何度も視線を向けられていることを感じながら。視線は前に向けていても気持ちは落ち着かなくて、何度も髪をいじってしまう。
全然集中できないまま終幕を迎え、エリシアは熱心に拍手をするふりをしながら、速くなる鼓動を感じていた。ロジェリオが舞台ではなくエリシアをずっと見ていたせいで、どんな話だったかもほとんど記憶にない。
「エリシア嬢」
声をかけられて、エリシアはぴくりと肩を震わせる。
「す、素敵な舞台でしたね」
「そうだったのか。俺はずっとエリシア嬢の横顔に見惚れていたから、ほとんど内容を覚えていないんだ」
「……っ、ご冗談を」
「本気だよ。前にも言ったが、きみのことをもっと知りたい。よければ今度の、王家主催の夜会にパートナーとして一緒に出席してくれないか」
「それは」
エリシアの脳裏に、かつて共に参加した夜会のことがよぎる。
すでに婚約関係にあった二人は、お互いの色を身につけて夜会に参加した。何曲もダンスを踊り、庭の四阿で初めてのキスをした。
そんな幸せな未来は、もうどこにもない。このままロジェリオと親しくし続けたら、彼はまた殺されてしまう。
「私……」
「ありがたいお話じゃないか。エリシア、もちろんご一緒させていただくだろう?」
断ろうとエリシアが口を開いた時、父親がそんなことを言った。まさかこの状況で、エリシアが断るとは夢にも思っていない様子だ。
エリシアの母も公爵夫妻も、エリシアがうなずくのを笑顔で待っている。
逃げられないことを痛感して、エリシアは懸命に口角を引き上げた。
「……えぇ、喜んで」




