読書室に並ぶ、最初の物語
王宮の図書館を訪れてから、数日が過ぎた。
エレナの机の上には、読書室に置く予定の本が並んでいた。
竜と旅人の物語。
森の動物たちを描いた絵本。
さまざまな国の暮らしを紹介する本。
そして、色鮮やかな動物図鑑。
まだ数は多くない。
それでも、子供たちが教えてくれた希望を思い出しながら、一冊ずつ選んだ本だった。
「これで、竜のお話を探していた男の子の希望は叶えられそうですね」
エレナは、竜が描かれた表紙を手に取り、嬉しそうに微笑んだ。
「そうだね。優しい竜が登場する話もあるし、きっと喜んでくれると思う」
向かいに座るルシアンが頷いた。
「動物の本も揃いましたし、遠い国についての本も見つかりました。あとは、子供たちが自分で選びやすいように整理したいです」
「本棚の分類を決めるんだね」
「はい。難しい文字ばかりだと、小さな子供たちには分かりにくいと思うので、絵を使った案内を作ろうと思っています」
エレナは手帳を開いた。
例えば、竜の物語には竜の絵。
動物の本には小鳥やウサギの絵。
遠い国についての本には、船や地図の絵。
まだ文字を読むのが得意ではない子供でも、好きな本を見つけられるようにしたかった。
「いい考えだと思うよ。子供たちが自分で選べることも、大切だからね」
「そうですよね。誰かに選んでもらうのを待つのではなく、自分で見つける楽しさも知ってほしいんです」
ルシアンは、彼女の手元を見つめて微笑んだ。
「なら、案内の絵も子供たちと一緒に作ってみたらどうかな?」
「子供たちと?」
「うん。前に、みんなが絵を描いてくれたでしょう? あの絵を使えば、自分たちも読書室作りに参加していると感じられると思う」
エレナは目を輝かせた。
「それは、とても素敵です!」
自分が用意した案内を飾るだけではなく、子供たちが描いた絵を使う。
そうすれば、読書室は本を置くための場所であると同時に、みんなで作り上げた場所にもなる。
「ありがとうございます、ルシアン。次に子供たちに会った時、お願いしてみますね」
「きっと喜んでくれるよ」
エレナは頷き、手帳に新しい計画を書き加えた。
その日の午後、エレナたちは職人街の集会所へ向かった。
建物の中では、家具職人の見習いと数人の職人が作業を進めていた。
以前よりも床はきれいになり、傷んでいた窓枠も修理されている。
壁際には、補強を終えた本棚が並び始めていた。
「こんにちは。作業の進み具合はいかがですか?」
エレナが声をかけると、家具職人の見習いが振り返った。
「こんにちは。床の修理は、予定していた部分がほぼ終わりました。あとは細かな確認と、棚の固定です」
「本棚も、ずいぶん増えましたね」
「はい。職人街の方々が木材を提供してくださったので、予定よりも多く用意できそうです」
エレナは、並んだ棚を見つめた。
ここに本が並ぶ日も、少しずつ近づいている。
「皆さん、本当にありがとうございます」
「いえ。こちらこそ、こういう仕事を任せてもらえて嬉しいんです」
青年は照れくさそうに笑った。
「自分たちが直した棚に、子供たちが選んだ本が並ぶんですよね。そう考えると、細かいところまで丁寧に仕上げたくなります」
「きっと、子供たちも喜びます」
エレナは微笑んだ。
その時、カイルが窓のそばへ歩いていった。
「窓の開閉も問題ありませんね。ただ、子供たちが窓辺に登らないよう、机や椅子の配置には注意した方がよさそうです」
「分かりました。家具を置いた後、もう一度確認します」
青年が答える。
カイルは満足そうに頷いた。
「お願いします。安全を確認できれば、残りの備品についても配置を考えられます」
ミレイユは、修理された机を見て声を上げた。
「ねえ、エレナ。この机の上に、子供たちが描いた絵を置くのはどう?」
「絵を?」
「ええ。最初に読書室へ来た時、みんなの絵が見えるようにするの。自分が描いた絵を見つけたら、きっと嬉しいでしょう?」
エレナは嬉しそうに頷いた。
「はい。案内の絵と一緒に、飾れる場所を作りたいです」
「決まりね!」
ミレイユは得意げに胸を張った。
「私、飾り方を考えるのは得意なのよ。任せてちょうだい!」
「それなら、子供たちの絵を大切に扱う方法も考えておきましょう」
カイルが冷静に付け加えた。
「壁に貼る場合は、落ちないように固定する必要があります。机の上に置くなら、紙が汚れないようにした方がよいでしょう」
「……カイルって、どんな話でも最後には安全の話になるわね」
「必要なことですから」
「分かっているわ。でも、たまには夢のあることだけ考えてもいいじゃない!」
「夢を安全に実現するためにも、必要な確認です」
ミレイユは口を開きかけ、結局、肩を落とした。
「……正論なのが、余計に悔しいわ」
エレナは思わず笑った。
こうして冗談を交わしながらも、読書室の準備は着実に進んでいた。
作業を確認した後、エレナたちは広場へ向かった。
子供たちに、本が少しずつ集まっていることを伝えたかったのだ。
広場では、数人の子供たちが木の枝を使って遊んでいた。
「あ、お姉さん!」
エレナに気づいた男の子が駆け寄ってくる。
「こんにちは。今日は、みんなに見せたいものがあるの」
エレナは持ってきた本を取り出した。
表紙には、大きな竜と旅人が描かれている。
「わあ! 竜だ!」
男の子の目が輝いた。
「これ、竜のお話?」
「そうよ。図書館で見つけたの。まだ読書室は完成していないけれど、みんなが読みたいと言っていた本を少しずつ集めているのよ」
「本当に?」
「ええ。ほら、こちらは動物の本。こっちは、遠い国について書かれた本よ」
子供たちは、次々に本を覗き込んだ。
「この鳥、見たことない!」
「この国には、こんな大きなお城があるの?」
「ねえ、竜のお話はいつ読んでくれるの?」
エレナは一人ずつの顔を見ながら答えた。
「読書室が使えるようになったら、みんなで読もうと思っているわ」
「早くできないかなあ!」
男の子が本の表紙を見つめながら呟いた。
「僕、この竜がどんなことをするのか知りたい!」
「私も!」
その声を聞いて、エレナの胸が温かくなった。
自分が探した本を、子供たちが楽しみにしてくれている。
それだけで、これまでの準備が報われたような気がした。
「それから、もう一つお願いがあるの」
エレナが言うと、子供たちは不思議そうに顔を上げた。
「読書室の本棚に、案内の絵を飾りたいと思っているの。竜の本や動物の本が、どこにあるのか分かるようにするためよ」
「絵を描くの?」
「そう。もしよかったら、みんなにも手伝ってほしいの」
「やる!」
男の子がすぐに手を挙げた。
「僕、竜を描く!」
「私は小鳥!」
「じゃあ、僕は船を描きたい!」
子供たちは次々に声を上げた。
エレナは笑顔で頷いた。
「ありがとう。みんなが描いてくれた絵を、読書室で大切に使わせてもらうわね」
「うん!」
子供たちの明るい声が、広場に響いた。
帰り道、ミレイユは満足そうに頷いていた。
「やっぱり、子供たちに参加してもらうことにしてよかったわね」
「はい。みんな、とても楽しみにしてくれていました」
「これなら、案内の絵もすぐに集まりそうね」
「そうですね。でも、みんなが描いてくれた絵は、どれも大切に扱いたいです」
エレナは持ってきた本を抱え直した。
「上手かどうかではなく、どんな気持ちで描いてくれたのかを大事にしたいと思います」
ルシアンは、彼女の言葉を聞いて微笑んだ。
「それがいいと思うよ。誰かと比べるための絵ではないからね」
「はい」
エレナは頷いた。
子供たちが描く竜は、きっと一匹ずつ違う姿をしているだろう。
翼が大きな竜もいれば、小さな竜もいるかもしれない。
けれど、そのどれもが、描いた子供にとっては大切な竜なのだ。
読書室には、そんな一人一人の思いを置いておきたかった。
その夜。
エレナは机に向かい、集めた本をもう一度確認していた。
竜の物語は、最初の一冊が見つかった。
動物の本も、いくつか揃っている。
遠い国について知るための本も、少しずつ集められそうだった。
まだ希望のすべてを叶えられたわけではない。
それでも、最初に読書室の話を思いついた頃と比べれば、確かな変化があった。
エレナは日記を開いた。
『今日は、子供たちが読みたいと言っていた本を見せることができました。』
『竜の物語を見た男の子は、とても喜んでくれました。読書室が完成したら、みんなで一緒に読む約束もしました。』
そこでペンを止め、少し考えた。
『本を用意することは、物語を届けること。そして、その物語を通じて、誰かの心に新しい興味や夢が生まれることなのかもしれません。』
最後に、こう書き加えた。
『次は、子供たちが描いてくれる案内の絵を、読書室に飾る準備をしたいです。』
エレナは日記を閉じた。
読書室の完成は、まだ少し先だ。
けれど、そこに並ぶ本は増え、子供たちの絵が飾られることも決まった。
いつか扉が開く日。
子供たちは、自分たちが選んだ本を見つけ、自分たちが描いた絵を見つけるだろう。
その時、ここが自分たちの場所なのだと感じてもらえたら。
エレナは、そんな未来を思い描いた。
そして明日もまた、一つずつ準備を進めていこうと決めたのだった。




