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王都で見つけた、小さな手紙

 約束の庭に種を植えてから、三日が過ぎた。


「……まだですね」


 エレナは花壇の前にしゃがみ込んでいた。


 土には、昨日と変わった様子がない。


「まだ三日だからね」


 隣に立つルシアンが笑う。


「分かっています」


「本当に?」


「……少しだけ期待していました」


 エレナは土を見つめる。


「昨日より少しだけ芽が出ているとか」


「そんなに早く育つ種だったら、庭師たちが驚くだろうね」


「そうですよね」


 エレナは苦笑した。


 その時――


「おはよう!」


 ミレイユの声が聞こえた。


 振り返ると、ミレイユとカイルが庭園へ入ってくる。


「今日も来たの?」


「はい」


 エレナが立ち上がる。


「少し様子を見たくて」


「私も気になっていたの!」


 ミレイユが花壇を見る。


「……何もないわね」


「まだ三日ですから」


 カイルが冷静に言う。


「植物の成長を急かしてはいけません」


「分かってるわよ」


 ミレイユが腕を組む。


「でも、早く見たいじゃない」


「私もです」


 エレナが頷く。


 二人の様子を見て、ルシアンが笑った。


「二人とも、もうすっかり花の成長を楽しみにしているね」


「当然です」


 エレナは小さな笑顔を浮かべた。



 その日は、庭園の掃除をすることになった。


 古い庭園には落ち葉が多く、伸びすぎた草もあった。


「これくらいなら私たちでもできますね」


 エレナが箒を手に取る。


「うん」


 ルシアンも別の箒を持った。


 ミレイユは落ち葉を集め、カイルは伸びた枝を整理していく。


「なんだか、本当の庭師になった気分ね」


 ミレイユが笑う。


「ミレイユ、そちらに落ち葉が残っています」


「どこ?」


「そこです」


「……見えない」


「目の前です」


「え?」


 ミレイユが足元を見る。


「あ、本当だ」


 カイルは小さくため息をついた。


「どうして見えないんですか……」


「カイルが細かすぎるのよ」


「庭を綺麗にするなら細かい方がいいでしょう」


「もう!」


 エレナは二人のやり取りを聞きながら笑った。



 しばらくして、東屋の近くに置かれていた古い木箱を掃除していると――


「あれ?」


 エレナが声を上げた。


「どうしたの?」


 ルシアンが近づく。


「ここに何か入っています」


 木箱の中には、古い紙が数枚入っていた。


 昨日、エレナたちが残した紙とは別のものだった。


「昔のものかな?」


 ルシアンが一枚を手に取る。


 紙は少し黄ばんでいる。


 そこには短い文章が書かれていた。


『この庭を見つけたあなたへ』


 エレナは続きを読む。


『もし、ここへ誰かと一緒に来たのなら、その人との時間を大切にしてください。』


「……」


 ミレイユも隣から覗き込む。


「素敵な手紙ね」


 さらに下には続きがあった。


『私はこの庭で、たくさんの人と笑いました。』


『いつか、この庭を離れる日が来ても、その思い出は消えません。』


『だから、この場所を見つけたあなたにも、ここで大切な思い出ができることを願っています。』


 最後には名前が書かれていなかった。


「誰が書いたんでしょう」


 エレナが呟く。


「分からないね」


 ルシアンが答える。


「でも、きっとこの庭園を大切にしていた人なんだと思う」


「はい」


 エレナは手紙を大切そうに見つめた。



「ねえ」


 ミレイユが突然言った。


「私たちも返事を書かない?」


「返事?」


「この人に」


 ミレイユは木箱を見る。


「いつか誰かが見つけるかもしれないでしょう?」


「……いいですね」


 エレナが微笑む。


「私たちが昨日書いた紙とは別に、もう一枚残しましょう」


「うん」


 ルシアンも頷いた。


 エレナは新しい紙を取り出した。



 少し考えてから、ペンを走らせる。


『この手紙を書いたあなたへ。』


『私たちは今日、この庭であなたの手紙を見つけました。』


『あなたが大切にしていたこの場所を、私たちも好きになりました。』


 ここで一度、ペンを止める。


 そして――


『私たちは、この庭に小さな種を植えました。』


『まだ芽は出ていません。』


『でも、いつか花が咲くのを楽しみにしています。』


 最後に書く。


『あなたが願ってくれたように、私たちはここで新しい思い出を作っています。』


 エレナは書き終える。


「どうでしょう?」


「素敵」


 ミレイユが笑った。


「うん」


 ルシアンも頷く。


「きっと、この手紙を見つける人も嬉しいと思う」


 カイルも紙を見る。


「良い文章だと思います」


「カイルが褒めるなんて珍しい!」


「……なぜ驚くんですか」


「だっていつも安全確認ばかりだから」


「それと文章の評価は別です」


 四人は笑った。



 エレナは手紙を木箱へ戻す。


 古い手紙の隣に、新しい手紙を置く。


 過去の誰かから届いた言葉。


 そして、今日の自分たちから未来の誰かへ送る言葉。


 時間を越えて、二つの思いが同じ場所に残った。


「不思議ですね」


 エレナが呟く。


「何が?」


「私たちは、この人のことを知りません」


「うん」


「でも、この人が大切にしていたものを少しだけ知ることができました」


 ルシアンは静かに頷く。


「そして、いつか誰かが僕たちの手紙を見つけるかもしれない」


「はい」


 エレナは微笑んだ。


「その人も、何かを残してくれたら嬉しいですね」


「そうだね」



 午後。


 庭園の掃除を終えた四人は、東屋で休んでいた。


 エレナは日記を開く。


 今日の出来事を書き始める。


『約束の庭で、昔の誰かが残した手紙を見つけました。』


 少し考える。


『その人がどんな人だったのかは分かりません。』


『でも、この場所で誰かと過ごした時間を大切にしていたことだけは分かりました。』


 さらに一行。


『私も、ここで過ごす時間を大切にしたいと思います。』


 ペンを置く。


 ルシアンが日記を見る。


「いい記録になったね」


「はい」


 エレナは笑う。


「旅の記録だけじゃなくて、こういう一日も残しておきたいです」


「それがエレナの日記なんだね」


「そうかもしれません」


 エレナは庭を眺める。


 まだ花は咲いていない。


 種を植えてから三日。


 何も変わっていないように見える。


 でも――


 土の中では、何かが始まっている。


 そして、自分たちの思い出も同じだった。


 大きな出来事ではなくても。


 一日、一日を重ねることで、いつか振り返った時に大切な時間になる。



「エレナ」


 ルシアンが呼ぶ。


「はい?」


「そろそろ帰ろうか」


「そうですね」


 エレナは立ち上がる。


 庭園を出る前に、花壇を見る。


「……明日も来ますか?」


「もちろん」


 ルシアンが答える。


「毎日じゃなくても、時々ね」


「はい」


 エレナは笑った。


 そして、ほんの少しだけ土に目を向ける。


「またね」


 小さな種に向かって呟く。


「ゆっくりでいいから、育ってくださいね」


 ミレイユが後ろから笑う。


「種に話しかけてる」


「いいじゃないですか」


「うん。私も話しかけようかな」


「何を言うの?」


「早く花を咲かせてね、って」


 カイルがため息をついた。


「だから急かしてはいけません」


「分かってるってば!」


 笑い声が庭園に響く。


 四人は門を出た。


 東屋の木箱には、過去から届いた手紙と、今日書いた新しい手紙。


 そして花壇の土の中には、まだ誰も見ることのできない小さな種。


 どちらも、今はまだ答えを返してくれない。


 けれど――


 いつか、何かを残してくれるかもしれない。


 エレナは振り返り、静かに微笑んだ。


 待つことも、未来を楽しむことの一つなのだと。


 そんなことを、少しずつ覚え始めていた。

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