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王都で始まった、小さな休日

 翌朝。


「今日は、どこへ行きましょうか?」


 朝食の席で、エレナは昨日と同じ質問をしていた。


 ルシアンが少し考える。


「昨日は古い庭園を見つけたよね」


「はい」


「その前は古書店」


「はい」


「だったら今日は――」


 その時だった。


「今日は私に任せて!」


 ミレイユが勢いよく手を挙げた。


「ミレイユに?」


「そう!」


 エレナが首を傾げる。


「どこへ行くんですか?」


「それは着いてからのお楽しみ!」


「……」


 カイルが嫌そうな顔をする。


「その言葉を聞くと、少し不安になります」


「どうしてよ!」


「以前も同じことを言って、予定になかった市場へ行ったでしょう」


「あれは偶然よ」


「その後、予定になかった菓子店にも入りました」


「それも偶然!」


「さらに――」


「カイル!」


 エレナは思わず笑ってしまった。


「では、今日はミレイユに任せてみましょう」


「本当?」


「はい」


「やった!」


 ミレイユが嬉しそうに立ち上がる。


「じゃあ、準備して!」


「どこへ行くのか分からないのに?」


「大丈夫よ!」


 カイルが小さくため息をついた。


「……本当に大丈夫でしょうか」



 しばらく歩いて王都の中心部へ向かう。


 昨日までとは違い、今日は人が多い。


 露店が並び、通りには色とりどりの旗が飾られている。


「これは……?」


 エレナが驚く。


「知らなかった?」


 ミレイユが振り返る。


「今日は王都の小さな休日祭りなの」


「休日祭り?」


「毎年この時期に開かれるのよ。大きなお祭りじゃないけど、街の人たちが集まって楽しむの」


 通りには焼き菓子の店や花を売る店、手作りの小物を並べた露店が並んでいる。


 音楽まで聞こえてくる。


「こんなお祭りがあったんですね」


 エレナの目が輝いた。


「私も初めて知ったよ」


 ルシアンが笑う。


「王都に住んでいるのに、知らないことばかりだね」


「だから今日は私が案内役なの!」


 ミレイユが胸を張った。


「任せて!」



 最初に向かったのは、焼き菓子の屋台だった。


「これ、美味しいのよ!」


 ミレイユが小さな焼き菓子を買う。


 エレナも一つ受け取った。


「いただきます」


 一口食べる。


「……美味しい」


 蜂蜜の甘さと、香ばしい生地の味が口の中に広がる。


「でしょう?」


 ミレイユが嬉しそうに笑う。


 ルシアンも一つ食べる。


「確かに美味しい」


「カイルもどうぞ」


「私は――」


「はい」


 ミレイユが強引に渡す。


「……いただきます」


 一口。


「……美味しいですね」


「でしょう!」


 ミレイユが満足そうに笑った。


「やっぱり旅から帰ってきても、食べ物は大事よね」


「ミレイユらしいです」


 エレナが笑う。



 その後、四人は祭りの通りを歩いた。


 花を使った髪飾り。


 手作りの陶器。


 小さな木彫りの動物。


 外国から届いたという珍しい布。


 海の向こうの国で見たものとは違う。


 けれど、そこに暮らす人々が自分たちの生活を楽しんでいることは同じだった。


「これ、可愛い」


 エレナが小さな花の髪飾りを手に取る。


「似合いそう」


 ルシアンが言った。


「本当ですか?」


「うん」


 エレナは少し照れながら髪飾りを見る。


「……買ってもいいでしょうか」


「もちろん」


「では――」


「僕が買うよ」


「え?」


 ルシアンが店主に代金を渡す。


「旅の記念に」


「でも、これは王都で見つけたものですよ?」


「だからいいんだよ」


 ルシアンは髪飾りを受け取った。


「旅から帰ってきても、新しい思い出は作れるから」


 エレナの頬が少し赤くなる。


「……ありがとうございます」


「どういたしまして」


 ルシアンは髪飾りをエレナの髪にそっと留めた。


 ミレイユが横で笑っている。


「……」


 カイルは無言で空を見た。


「カイル?」


「何でもありません」


「絶対何か思ってるでしょう?」


「何も」


 ミレイユが楽しそうに笑う。


「顔に出てるわよ」


「出ていません」


 エレナは思わず吹き出した。



 午後になると、祭りの中央広場で小さな演奏会が始まった。


 楽器の音に合わせて、人々が踊り始める。


「エレナ」


 ルシアンが手を差し出す。


「踊らない?」


「え?」


「せっかくのお祭りだから」


 エレナは驚いた。


「私、あまり得意では……」


「僕も上手くないよ」


「王子様なのに?」


「王子だから踊れるとは限らないよ」


「それは……そうですね」


 エレナは笑った。


 そして――


「では、少しだけ」


 ルシアンの手を取った。


 二人は音楽に合わせて歩く。


 最初は少しぎこちない。


 けれど、何度か繰り返すうちに自然になっていった。


「楽しいですね」


「うん」


「こういうのも、旅とは違う楽しさがあります」


「そうだね」


 周囲では人々が笑っている。


 子供たちが走り回っている。


 楽器の音が響いている。


 エレナはその光景を眺めながら微笑んだ。


 特別な力も必要ない。


 未来を見る必要もない。


 ただ、今ここにいる。


 それだけで楽しかった。



 演奏が終わると、ミレイユが拍手しながら駆けてきた。


「二人とも上手だった!」


「そんなに上手ではなかったと思います」


「でも楽しそうだったわ」


「はい」


 エレナは笑う。


「とても楽しかったです」


「じゃあ、次は私と踊る?」


「え?」


「ほら!」


 ミレイユが手を差し出す。


「もちろん!」


 二人で踊り始める。


「ミレイユ、速いです!」


「祭りなんだからこれくらい普通よ!」


「待ってください!」


 エレナが笑いながらついていく。


 ルシアンはそんな二人を見ながら微笑んだ。


 隣ではカイルが静かに拍手している。


「楽しそうですね」


「うん」


「ルシアン殿下も、もう少し肩の力を抜かれてもいいと思います」


「……そうかな?」


「以前よりずっと自然になられました」


 ルシアンは少しだけ驚いた。


 そして、エレナを見る。


「そうかもしれないね」


 彼女と一緒に歩くようになってから。


 自分も少しずつ変わったのかもしれない。



 夕方。


 祭りの最後に、広場へ小さな花火が上がった。


「わあ……!」


 エレナが空を見上げる。


 小さな光が夜空に咲く。


 一瞬で消えてしまう。


 けれど、また次の花火が咲く。


「綺麗ですね」


「うん」


 ルシアンはエレナの横顔を見る。


 花火よりも、その笑顔の方が綺麗だと思った。


 けれど、それは口には出さない。


「……どうしました?」


「いや」


 ルシアンは笑った。


「楽しそうだなと思って」


「はい」


 エレナは空を見上げたまま答える。


「今日も、来てよかったです」


「僕も」


 最後の花火が夜空に広がった。


 エレナはその光を見つめる。


 海の向こうの旅。


 秘密の庭園。


 そして今日のお祭り。


 どれも特別な運命に導かれたわけではない。


 自分たちが選んで、歩いて、見つけた時間だった。


「明日は何をしましょうか?」


 エレナが尋ねる。


「明日も探す?」


「はい」


「なら、明日は僕が決めようかな」


「本当ですか?」


「うん」


「楽しみです」


 エレナは笑った。


 旅から帰ってきても、日々は終わらない。


 新しい場所。


 新しい出会い。


 新しい思い出。


 そして――


 まだ知らない明日。


 それを一つずつ、自分たちで選んでいく。


 エレナは隣にいるルシアンを見た。


「明日も、一緒に行きましょうね」


「もちろん」


 二人は並んで、夜の王都を歩き始めた。

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