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王都で見つけた、まだ知らない場所

 翌朝。


「それでは、今日はどこへ行きましょうか?」


 朝食を終えたエレナは、テーブルの上に王都の地図を広げた。


 帰国してからまだ一日。


 けれど、エレナの目はすでに新しいものを探している。


「昨日言っていた通り、本当に探すんだね」


 向かいに座るルシアンが笑う。


「はい。王都には長く住んでいますけど、知らない場所がまだあると思うんです」


「確かに」


 ルシアンも地図を覗き込む。


「僕も王宮と学校、それからよく行く場所くらいしか知らないかもしれない」


「王子様なのに?」


「王子だからこそ、自由に歩き回る機会が少なかったんだよ」


「あ……」


 エレナは少し申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさい」


「謝らなくていいよ」


 ルシアンは笑った。


「だから、僕にとっても新しい旅なんだ」


「では、二人で探しましょう」


「うん」



 しばらく地図を眺めていると、ミレイユが入ってきた。


「おはよう!」


「おはようございます、ミレイユ」


「何してるの?」


「王都の地図を見ています」


「旅行の計画?」


「違います」


 エレナは首を横に振る。


「王都の中で、まだ知らない場所を探しているんです」


「面白そう!」


 ミレイユはすぐに椅子を引いた。


「私も参加する!」


「……」


 ルシアンが苦笑する。


「来ると思った」


「何よ、その言い方」


「いや、予想通りだっただけだよ」


「じゃあ、カイルも呼びましょう!」


「なぜ私まで……」


 いつの間にか入口に立っていたカイルが、疲れたような顔をしていた。


「おはようございます」


「おはよう、カイル!」


「おはようございます」


 ミレイユが地図を見せる。


「今日は王都探検よ」


「探検……?」


「そう!」


 カイルは地図を見る。


「危険な場所には行かないでください」


「まだ何も決めてないでしょう」


「だからこそ先に言っておきます」


「カイルは心配性ですね」


 エレナが笑う。


「安全第一です」


「では、四人で行きましょう」


「決まりね!」


 ミレイユが嬉しそうに手を叩いた。



 最初に向かったのは、王都の西側だった。


 そこには古い住宅街が広がっている。


 観光客が訪れるような場所ではない。


 エレナは地図を見ながら歩く。


「この辺りは、今までほとんど来たことがありません」


「僕も同じだよ」


 ルシアンが周囲を見る。


「王宮から近いのに、不思議だね」


「王都って広いんですね」


「そうね」


 ミレイユが前を歩く。


「私も知らない店がいっぱいあるわ」


「ミレイユは王都の店なら全部知っていると思っていました」


「私だって全部は知らないわよ!」


 しばらく歩くと、細い路地の奥に小さな看板が見えた。


『古書・地図』


「……本屋?」


 エレナが立ち止まる。


 古びた木製の扉。


 窓の奥には、古い本が積み重なっている。


「入ってみましょう!」


 ミレイユが先に扉を開けた。



 店の中には、紙と木の匂いが漂っていた。


 棚には古い本が所狭しと並んでいる。


「いらっしゃい」


 奥から年配の店主が顔を出した。


「好きに見ていってください」


 エレナは一冊の本を手に取る。


 王都の古い地図だった。


「こんなものまであるんですね」


「昔の地図ですよ」


 店主が言う。


「今の王都とは少し違います」


「見てもいいですか?」


「もちろん」


 エレナは机の上に地図を広げた。


 そこには、現在は存在しない道や建物が描かれている。


「ここ……」


 エレナが指差す。


「今の地図にはないですね」


「昔はそこに小さな庭園がありました」


「庭園?」


「ええ。王都が今ほど大きくなる前のものです」


 ルシアンも地図を覗き込む。


「場所は?」


 店主が指を動かす。


「この辺りですね」


 現在の王都の地図と重ねてみる。


 そこは、王都の北側。


 人通りの少ない一角だった。


「行ってみませんか?」


 エレナが言った。


 ルシアンは笑う。


「もちろん」


「では決まりね!」


 ミレイユが嬉しそうに言う。


 カイルはため息をついた。


「……庭園を見るだけですよ」


「もちろん!」


 ミレイユが即答した。


「絶対に寄り道しません!」


 カイルは何も言わなかった。



 古い地図を頼りに歩いていく。


 やがて住宅街を抜け、古い石壁の前に出た。


「ここ……?」


 エレナが辺りを見渡す。


 入り口らしきものはない。


「地図では、この辺りのはずなんだけど」


 ルシアンが壁を見る。


 その時――


「ここじゃない?」


 ミレイユが壁の隙間を指差した。


 草に隠れて、小さな鉄の門がある。


 カイルが慎重に確認する。


「壊れてはいませんね」


 門を押す。


 ぎい、と音がした。


 その先には――


 小さな庭園が残っていた。


「……綺麗」


 エレナが目を輝かせる。


 長い年月を経た木々。


 古い石のベンチ。


 小さな噴水。


 花壇には、手入れされていないながらも季節の花が咲いている。


「こんな場所が王都にあったんですね」


 ルシアンも驚いていた。


「僕も知らなかった」


「私も!」


 ミレイユが庭を見回す。


「すごく素敵!」


 カイルは門の周辺を確認してから頷いた。


「危険はなさそうです」


「では、少し休みましょう」


 四人は庭園の中央にあるベンチへ向かった。



 エレナは噴水の近くに立った。


 水は細く流れ続けている。


 以前なら、ここにも何かの糸が見えたのかもしれない。


 けれど今は――


 ただ水が流れているだけ。


 風が木の葉を揺らしている。


 鳥の声が聞こえる。


「……いい場所ですね」


「うん」


 ルシアンが隣に立つ。


「誰にも教えられなかった場所を、自分たちで見つけた」


「はい」


 エレナは笑う。


「それが嬉しいです」


 ミレイユが二人を見て笑った。


「なんだか、宝物を見つけたみたいね」


「宝物……」


 エレナは庭を見渡す。


「そうかもしれません」


 誰かが用意した未来ではない。


 誰かが示した道でもない。


 ただ、自分たちで歩いて、偶然見つけた場所。


 それだけなのに――


 とても大切に思えた。



「そうだ!」


 突然、ミレイユが立ち上がった。


「ここを私たちの秘密の場所にしましょう!」


「秘密の場所?」


「そう。王都の誰にも教えない場所!」


 カイルが眉を寄せる。


「秘密にする必要がありますか?」


「あるの!」


「なぜ?」


「秘密っていうのは、秘密だから楽しいのよ」


「理屈になっていません」


「いいじゃない!」


 エレナは二人のやり取りを見て笑った。


「私は賛成です」


「エレナまで……」


「また来たいですから」


 ルシアンも頷く。


「僕も賛成」


「決まりね!」


 ミレイユが嬉しそうに笑う。


 カイルは小さくため息をついた。


「……分かりました」


「やった!」


 四人だけの小さな秘密ができた。



 帰る前。


 エレナは庭園の入り口を振り返った。


 古い門。


 木々。


 小さな噴水。


 そして、今日という一日。


「また来ましょう」


 ルシアンに言う。


「うん」


「次は、お弁当を持ってきたいです」


「それならミレイユが喜ぶね」


「もちろん!」


 すぐ後ろから声がした。


「聞こえてたの?」


「聞こえるように言いました」


「じゃあ、次は私がお弁当を作る!」


「……」


 カイルが黙る。


「カイル?」


「いえ」


「何か言いたそうね」


「料理の安全確認が必要だと思っただけです」


「失礼ね!」


 庭園に笑い声が響く。


 エレナも笑った。


 海の向こうの国から帰ってきたばかりなのに――


 王都にも、まだ知らない場所があった。


 世界は思っていたより広い。


 けれど、その広さは遠い場所だけにあるものではない。


 自分の暮らしている街の中にも、まだ知らない景色が残っている。


 エレナはそう思いながら、ルシアンと並んで歩き始めた。


 次にどこへ行くのか。


 まだ決まっていない。


 けれど――


 明日になれば、また何かを見つけられる気がした。

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