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灯台の光が照らした、次の一歩

 海の向こうの国に来て五日目。


 エレナは朝食を終えると、昨日灯台でもらった紙を旅の日記の間に挟んだ。


『灯りは、未来を教えてくれない。

 ただ、自分の足で進むための夜を照らしてくれる。』


 何度読んでも、不思議と心に残る言葉だった。


「気に入ったみたいだね」


 隣でルシアンが言う。


「はい」


 エレナは日記を閉じた。


「昨日、灯台へ行ってよかったです」


「僕もそう思うよ」


「それに……」


 エレナは窓の外を見る。


「今日は、昨日までとは違う場所へ行きたいです」


「いいね」


「どこか、まだ知らない場所へ」


「じゃあ、今日は地図を見ないで歩いてみる?」


「地図を?」


「うん」


 ルシアンが笑う。


「目的地を決めずに歩いて、気になった場所があったら入ってみる」


 エレナは目を輝かせた。


「それ、とても楽しそうです」


「決まりだね」


「はい!」



 宿の外へ出ると、ミレイユとカイルが待っていた。


「今日はどこへ行くの?」


 ミレイユが尋ねる。


「まだ決めていません」


「え?」


「今日は、目的地を決めずに歩いてみるんです」


 ミレイユの顔が明るくなる。


「それ、いいわね!」


「……」


 カイルが黙る。


「どうしました?」


 エレナが尋ねる。


「いえ」


 カイルは少し遠い目をした。


「予定がない旅ほど、護衛にとって怖いものはありません」


「でも、安全そうな場所だけ歩きます」


「それなら大丈夫です」


 カイルは頷いた。


「ただし、危険を感じたらすぐに戻ります」


「はい」


「それから――」


「分かっています」


 エレナが笑う。


「勝手に一人で行動しません」


「……」


 カイルは満足そうに頷いた。


「それなら問題ありません」



 四人は街の中心から離れ、昨日とは反対方向へ歩き始めた。


 しばらく歩いても、特に目立ったものはない。


 小さな住宅。


 商店。


 洗濯物を干す家。


 子供たちが遊ぶ広場。


「普通の街ですね」


 エレナが言った。


「そうだね」


 ルシアンが答える。


「観光名所じゃないからこそ、この国の人たちの生活が見える気がします」


「うん」


 エレナは楽しそうに周囲を眺めた。


 道を掃除する人。


 店を開ける人。


 学校へ向かう子供たち。


 朝の市場から戻ってくる人。


 どれも特別な出来事ではない。


 けれど――


 エレナには新鮮だった。


「王都と少し似ていますね」


「僕もそう思う」


「国が違っても、朝はみんな同じなんですね」


「そうだね」


 ルシアンは笑った。


「起きて、食べて、働いて、笑って」


「……そして、旅をする人もいる」


「うん」


 エレナは空を見上げた。


「世界って、思っていたより繋がっているんですね」



 その時、ミレイユが道の先を指差した。


「ねえ、あれ何?」


 そこには小さな建物があった。


 木製の看板に、この国の文字が書かれている。


「お店でしょうか?」


「入ってみよう」


 ルシアンが扉を開ける。


 中にはたくさんの陶器が並んでいた。


 皿。


 カップ。


 花瓶。


 小さな置物。


「綺麗……」


 エレナは一つの青いカップを手に取った。


 白い波の模様が描かれている。


「海みたいですね」


「この地方の伝統的な模様らしいよ」


 店主が説明する。


 ルシアンが通訳すると、エレナは興味深そうにカップを眺めた。


「この街では、海を身近に感じている人が多いんですね」


「港町だからね」


「素敵です」


 エレナはカップを棚へ戻した。


「……」


「買わないの?」


 ミレイユが聞く。


「迷っています」


「気に入ったなら買えばいいじゃない」


「でも、旅の荷物が増えてしまいます」


 ルシアンが笑う。


「じゃあ、僕が持つよ」


「それでは意味がありません」


「そう?」


「自分で持てるものだけにします」


 エレナは少し考えた。


 そして――


「やっぱり、今日はやめておきます」


「どうして?」


「次にこの街へ来た時、まだ欲しかったら買います」


 ルシアンが微笑んだ。


「いい選び方だね」


「はい」


 買わなかったことも、一つの選択。


 欲しいと思ったから必ず手に入れる必要はない。


 いつかまた来る理由を残しておくのも悪くない。


「では、次の場所へ行きましょう」


 エレナは店を出た。



 さらに歩いていると、街の外れに小さな丘が見えてきた。


「登ってみませんか?」


 エレナが言う。


「もちろん」


 四人で丘を登る。


 頂上には、木製のベンチが一つだけ置かれていた。


 そこから見えるのは――


 街と海。


 昨日の灯台も、小さく見えている。


「……ここからも灯台が見えます」


 エレナが嬉しそうに言う。


「本当だ」


 ルシアンが隣に立つ。


 遠くに見える小さな灯り。


 昼間だから、光は見えない。


 それでも、そこに灯台があることは分かる。


「昨日の言葉を思い出します」


「灯台の?」


「はい」


 エレナは海を見る。


「未来を教えてくれるわけじゃない」


「うん」


「でも、自分が今どこにいるのかは教えてくれる」


 ルシアンは頷いた。


「そして、そこからどこへ行くかは自分で決める」


「はい」


 エレナは微笑んだ。


「だから今日は、ここへ来たんですね」


「どういう意味?」


「昨日の灯台を見たから、今日この場所から灯台を見つけられたんです」


 ルシアンは少し考えた。


「なるほど」


「旅って、こういうことなのかもしれません」


「こういうこと?」


「一つの場所で見つけたものが、次の場所へ繋がっていく」


 エレナは海を見る。


「でも、その道を歩くかどうかは、自分で決める」


「……うん」


 ルシアンは優しく笑った。


「それなら、これからもたくさん歩こう」


「はい」



 しばらく四人で丘に座っていると、ミレイユが突然立ち上がった。


「ねえ!」


「どうしたの?」


「次の国も行ってみない?」


「次の国?」


「そう!」


 ミレイユは海の向こうを指差した。


「この国のさらに向こうにも、国があるんでしょう?」


「ありますね」


 エレナが答える。


「じゃあ、そこも見に行きましょうよ」


「……」


 エレナは海を見る。


 確かに、その先にも世界がある。


「行きたいです」


「エレナも?」


「はい」


 ルシアンが笑った。


「じゃあ、次の目的地を探さないとね」


 カイルがため息をつく。


「まだこの国に来て五日ですよ」


「五日もいたわ」


「五日しか、ですよ」


「どっちでもいいじゃない」


 ミレイユが笑う。


「旅は長い方が楽しいんだから」


 エレナも笑った。


「次の国について、帰ったら調べてみましょう」


「そうしよう」


 ルシアンが頷く。



 夕方。


 宿へ戻る途中、エレナは昨日買った小さな船の置物を思い出していた。


 そして、今日見つけたものを心の中で数える。


 海。


 灯台。


 知らない街。


 陶器の店。


 丘。


 遠くに見える灯台。


 そして、次の国へ行きたいという新しい願い。


 どれも運命の糸が教えてくれたものではない。


 自分たちが歩いて、見つけたものだ。


「今日も、いい一日でしたね」


 エレナが言う。


「うん」


「何も大きなことは起こりませんでしたけど」


「それがいいんじゃないかな」


 ルシアンが笑う。


「普通の一日を楽しめるようになったんだから」


「……はい」


 エレナも笑った。


 昔は、未来を変えるために走っていた。


 今は――


 ただ、知らない街を歩いている。


 それだけで幸せだった。


「明日はどうしましょう?」


「まだ決めなくていいよ」


「そうですね」


 エレナは空を見る。


「明日の朝、また決めましょう」


 夕暮れの空が、ゆっくりと夜へ変わっていく。


 その向こうには、まだ見えない星がある。


 明日になれば、また見えるかもしれない。


 未来も同じだ。


 今は見えない。


 でも――


 その時が来れば、自分の目で見ることができる。


 エレナはルシアンと並んで歩きながら、小さく笑った。


「明日も、何か見つけられるといいですね」


「ああ」


 二人はまだ知らない。


 明日、何を見ることになるのか。


 けれど、それを知らないことが――


 今のエレナには、何より楽しみだった。

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