↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/116

港町で見つけた、小さな灯台

 海の向こうの国に来て四日目。


 朝、エレナは昨日書いた旅の日記を閉じた。


 机の上には、これまでの旅で集めた小さな思い出が並んでいる。


 海辺の町で買ったガラス瓶。


 外国の港で買った木製の船。


 昨日もらった小さな貝殻。


 そして、白い花を挟んだ本。


「……少しずつ増えてきましたね」


 エレナはそれらを眺めながら微笑んだ。


 どれも高価なものではない。


 けれど、一つ一つに思い出がある。


 だから、大切だった。


「おはよう」


 部屋の扉が開き、ルシアンが顔を出した。


「おはようございます」


「準備はできた?」


「はい」


 エレナは小さな袋を持ち上げた。


「今日はどこへ行きましょう?」


「昨日、港の船員から聞いたんだけど、この街の外れに小さな灯台があるらしい」


「灯台?」


「うん。古い灯台で、今は使われていないらしいけど」


 エレナの目が輝く。


「行ってみたいです」


「そう言うと思った」


「どうして分かったんですか?」


「昨日から、ずっと港の灯台の話をしていたから」


「……そんなに話していましたか?」


「かなり」


 エレナは少し恥ずかしそうに笑った。


「では、今日の目的地は灯台ですね」


「うん」


 そこへミレイユが入ってきた。


「灯台?」


「はい」


「私も行く!」


 即答だった。


 その後ろからカイルが現れる。


「……また予定が増えましたね」


「灯台を見るだけよ」


「それなら問題ありません」


「やった!」


 ミレイユが笑う。


「今日は寄り道じゃなくて、最初から目的地だからね」


「それなら俺も安心です」


 カイルは頷いた。



 街を出てしばらく歩く。


 港から離れるにつれて、人の数が少なくなっていく。


 道の両側には草原が広がり、遠くから波の音が聞こえてくる。


「静かですね」


 エレナが言った。


「港とは全然違うね」


 ルシアンも周囲を見渡す。


 しばらく進むと、丘の上に白い建物が見えてきた。


「あれです!」


 エレナが指差す。


 細長い塔。


 その先端には大きな灯りを置く場所がある。


「あれが灯台だね」


「綺麗……」


 エレナは足を速めた。



 灯台の近くまで来ると、小さな家が建っていた。


 その前で、一人の老人が庭の手入れをしている。


「こんにちは」


 エレナが声をかける。


 老人は顔を上げ、穏やかに笑った。


「旅の人かい?」


「はい」


 ルシアンが答える。


「この灯台を見に来ました」


「そうか」


 老人は灯台を見上げる。


「今はもう使っていないんだがね」


「どうして使われなくなったんですか?」


 エレナが尋ねる。


「港に新しい灯台ができたからさ」


「なるほど」


「でも、昔はこの灯台が船を導いていた」


 老人は懐かしそうに話す。


「夜の海を進む船にとって、灯台の明かりは大切だったんだ」


 エレナは灯台を見上げた。


「船から見えるんですか?」


「ああ。遠くからでもな」


「……」


 エレナは少し黙った。


 運命の糸が見えていた頃。


 彼女は、未来へ続く道を探していた。


 どこへ行けばいいのか。


 どの道を選べばいいのか。


 灯台も、きっと同じだったのだろう。


 暗い海の上にいる船へ、進む方向を示していた。


 けれど――


「灯台があるからといって、船が必ずそこへ向かうわけではないんですよね」


 エレナが呟いた。


 老人が不思議そうに彼女を見る。


「そうだな」


「船は、自分で進む方向を決める」


「その通りだ」


 老人は優しく笑った。


「灯台は道を決めるものじゃない。暗い海で、自分がどこにいるのかを知らせるものさ」


「……」


 その言葉が、エレナの胸に残った。


 灯台は未来を決めない。


 ただ、そこにあるだけ。


 進む方向を決めるのは、船自身。


「素敵ですね」


 エレナは微笑んだ。


「何が?」


 ルシアンが尋ねる。


「灯台です」


 エレナは灯台を見上げる。


「昔の私は、運命の糸が灯台みたいなものだと思っていたのかもしれません」


「……」


「道を教えてくれるものだって」


 ルシアンは黙って聞いている。


「でも、本当は違ったんですね」


「うん」


「灯台は、道を決めてくれない」


「そうだね」


「だから、自分で進む方向を決めればいい」


 ルシアンは笑った。


「今のエレナらしい考え方だね」


「はい」


 エレナも笑った。



 老人は灯台の扉を開けた。


「せっかくだ。中を見ていくかい?」


「いいんですか?」


「ああ」


 四人は灯台の中へ入った。


 螺旋階段が上へ続いている。


「結構高いですね……」


 ミレイユが上を見上げる。


「登るの?」


「灯台なんだから、上まで行くんじゃない?」


 カイルが答える。


「……頑張るわ」


 四人は階段を登り始めた。


 一段。


 また一段。


 エレナは少し息を切らしながら登る。


「大丈夫?」


 ルシアンが振り返る。


「大丈夫です」


「無理しなくていいよ」


「平気です!」


 エレナは頑張って登る。


 その後ろからミレイユの声が聞こえた。


「エレナ、頑張って!」


「ミレイユは?」


「私は……ちょっと休憩!」


「まだ半分も登ってないですよ!」


「聞こえなかったことにして!」


 カイルがため息をついた。


「先に行きましょう」


「待ってよ!」


 そんなやり取りをしながら、ようやく最上階へ到着した。



「……わあ」


 エレナは言葉を失った。


 灯台の上から見える景色は、想像していた以上に広かった。


 街。


 港。


 海。


 そして、水平線。


 昨日まで歩いていた場所が、すべて小さく見える。


「綺麗……」


 エレナは手すりに近づいた。


「ここからなら、船がどこへ向かっているのか分かりますね」


「そうだね」


 ルシアンが隣に立つ。


「でも、船の中からは灯台が道を決めてくれるわけじゃない」


「はい」


「自分で進むしかない」


「……はい」


 エレナは海を見る。


 その広さに、胸がいっぱいになる。


「私も、こんなふうに生きたいです」


「こんなふうに?」


「はい」


 エレナは笑った。


「どこへ行くのかを誰かに決めてもらうんじゃなくて、自分で決めたい」


「うん」


「もし迷ったら、灯台みたいに目印を探して、それでも最後は自分で選ぶ」


 ルシアンは頷いた。


「それなら僕も一緒に迷うよ」


「……ふふっ」


 エレナが笑う。


「それだと、二人で迷子になるかもしれませんよ?」


「その時は二人で帰り道を探そう」


「はい」


 二人は笑った。



 帰り際、老人がエレナに小さな紙を渡してくれた。


「これは?」


「昔、この灯台を訪れた旅人が残していった言葉だ」


 紙には短い文章が書かれていた。


『灯りは、未来を教えてくれない。』


『ただ、自分の足で進むための夜を照らしてくれる。』


 エレナは静かに読み終えた。


「……ありがとうございます」


「大切にするといい」


「はい」


 紙を旅の日記に挟む。



 帰り道。


 夕日が海を赤く染めていた。


 エレナは今日見た灯台を振り返る。


「ルシアン」


「うん?」


「私、もう未来を見なくても大丈夫だと思います」


「……」


「だって、暗い道でも、自分で歩けますから」


 ルシアンは微笑んだ。


「うん」


「それに――」


 エレナは隣を見る。


「迷ったら、一緒に考えてくれる人もいますから」


「もちろん」


 ルシアンは頷いた。


 運命の糸は、もう見えない。


 けれど、エレナはもうそれを探していない。


 灯台が示すのは、決められた未来ではない。


 ただ、今いる場所を教えてくれる光。


 そして、そこからどこへ進むのかを決めるのは――


 自分自身。


「明日は、どこへ行きましょう?」


 エレナが尋ねる。


「まだ決めていないよ」


「じゃあ、明日の朝に決めましょう」


「それがいいね」


 二人は海へ沈んでいく夕日を眺めながら歩いた。


 知らない街。


 知らない道。


 知らない未来。


 そのすべてが、今のエレナには楽しみだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。