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王子を狙う者

扉が勢いよく開いた。


私は思わず一歩後ろへ下がった。


カイルがすぐに剣を抜く。


「エレナ嬢、下がってください!」


ルシアンも私の前に立った。


「カイル、ミレイユを頼む」


「殿下は?」


「僕は大丈夫だ」


「しかし――」


「彼女を守ってくれ」


ルシアンの声には、王子としての強い命令が込められていた。


カイルは一瞬だけ迷ったあと、頷いた。


「承知しました」


扉の向こうから入ってきたのは、三人の男だった。


全員が黒い外套を身につけている。


顔の一部は布で隠されていた。


先頭に立つ男が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「ようやく見つけましたよ、殿下」


ルシアンはその男を睨んだ。


「誰だ?」


「十年前にも、同じ質問をされましたね」


その言葉に、ルシアンの表情が変わった。


「……お前」


「覚えておられましたか」


男は笑った。


「では、話は早い」


カイルが剣を構える。


「何者だ!」


「あなた方が知る必要はありません」


男が手を上げた。


その瞬間、後ろにいた二人が一斉に動いた。


カイルが剣を振る。


金属音が響き、保管庫の中に火花が散った。


「ミレイユ!」


「分かってる!」


ミレイユが私の腕を掴む。


私はその場から離れようとした。


でも、黄金色の糸が私の胸から伸びている。


その色はまだ赤く染まっていた。


「……まただ」


「何が?」


「糸が赤い」


私は糸の先を見る。


すると、それは敵の一人へ向かって伸びていた。


「ミレイユ、あの人!」


「え?」


「私たちを狙っている人の中に、知っている人がいる」


「どうして分かるの?」


「糸が……その人を指してる」


私は指を向けた。


黒い外套の男。


その瞬間、男がこちらを見た。


「……見えているのか?」


「!」


男の声が変わった。


驚き。


そして、明らかな警戒。


「まさか……」


ルシアンが叫ぶ。


「エレナ、目を合わせるな!」


しかし遅かった。


男が私へ向かって手を伸ばす。


その瞬間、ルシアンが私の前へ飛び込んだ。


「逃げろ!」


魔法が放たれる。


青白い光がルシアンの身体を包んだ。


「ルシアン!」


彼が片膝をつく。


「殿下!」


カイルが敵を押し返した。


「大丈夫だ!」


ルシアンは立ち上がろうとする。


でも、顔色が悪い。


「僕は平気だ」


「嘘!」


私は彼の手を握った。


その瞬間。


黄金色の糸が強く輝いた。


赤く染まっていた部分が、再び金色へ戻っていく。


「これは……」


ルシアンが驚いた。


「エレナ?」


私にも何が起きたのか分からない。


ただ、彼の手を握っていると、胸の奥が温かくなる。


そして――


また記憶が浮かんだ。


見知らぬ場所。


私は誰かの隣に立っている。


今より幼いルシアン。


いや。


もっと幼い。


八歳くらいだ。


『大丈夫』


私は彼の手を握っている。


『怖くないよ』


小さなルシアンが私を見る。


『君がいるなら、僕は大丈夫』


そこで映像が途切れた。


「……今のは」


ルシアンが私を見つめている。


「僕も覚えている」


「本当に?」


「ああ」


彼は驚いたように目を細めた。


「だけど、あの記憶は……」


「何?」


「僕が死ぬ直前の記憶だ」


私は息を呑んだ。


「じゃあ、あれが十年前?」


「そうだ」


ルシアンは周囲を見回した。


「やっぱり僕の記憶と君の記憶は繋がっている」


敵の男が舌打ちした。


「面倒なことになりましたね」


カイルが剣を向ける。


「お前たちは何者だ!」


男は答えなかった。


代わりに懐から黒い石を取り出した。


石が赤く光る。


「殿下。今度こそ、逃げられませんよ」


「何をするつもりだ!」


男が石を握りつぶした。


その瞬間、保管庫全体が揺れた。


「きゃあ!」


ミレイユが倒れそうになる。


私は彼女を支えた。


棚から大量の本が落ちてくる。


「エレナ!」


ルシアンが私の手を掴む。


「ここから出る!」


「でも、記録が!」


「命の方が大切だ!」


私たちは走り出した。


カイルが最後尾につき、敵を牽制している。


扉を抜ける。


廊下を走る。


階段を下りる。


「こっちです!」


カイルが先導する。


ようやく王宮の外へ出ると、私は大きく息を吸った。


「逃げ切れた……?」


ミレイユが周囲を見る。


カイルは首を横に振った。


「まだ分かりません」


ルシアンは黙っていた。


私は彼の顔を見る。


「どうしたの?」


「……あの男は、十年前の事件を知っている」


「うん」


「そして、君の力も知っていた」


私は胸元を見る。


黄金色の糸は、もう赤くない。


けれど、いつもより強く輝いていた。


「どうして私のことを知っているの?」


ルシアンは答えなかった。


代わりに、私の手を握った。


「それを調べる必要がある」


「一緒に?」


「もちろん」


そのとき、カイルが険しい顔で言った。


「殿下。一つ確認したいことがあります」


「何?」


「先ほどの男が言っていた『今度こそ』という言葉……」


カイルは私を見る。


「彼らは、今回だけ殿下を狙っているわけではありません」


「……どういうこと?」


「おそらく、過去の人生でも」


その言葉に、私は凍りついた。


ルシアンが静かに目を閉じる。


「そうだと思う」


「じゃあ……」


私は震える声で尋ねた。


「私たちが何度も別れていた理由にも、あの人たちが関係しているの?」


ルシアンはすぐには答えなかった。


やがて、私の手を強く握る。


「分からない」


「……」


「でも、今度は調べる」


彼の瞳には決意が宿っていた。


「君を失う未来を、もう繰り返したくない」


その言葉を聞いた瞬間。


胸の奥が熱くなった。


けれど同時に、私は気づいてしまった。


黄金色の糸の向こう側。


ほんの一瞬だけ。


黒い糸が見えた。


それは私たち二人の運命の糸に絡みつくように伸びていた。


「……ルシアン」


「どうした?」


「私たちの糸に……別の糸が絡んでる」


ルシアンの顔が強張った。


「何色?」


私はその糸を見つめた。


「黒」


その瞬間。


遠くで鐘が鳴った。


一度。


二度。


三度。


王都に響き渡る鐘の音。


そしてルシアンは、低い声で呟いた。


「……始まったんだ」


十年前に終わったはずの事件が。


今度は、私たち二人を巻き込んで再び動き始めた。

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