↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/116

十年前の事件

翌朝。


私はいつもより早く目を覚ました。


昨日聞かされたことが、まだ頭から離れない。


私はこの世界に生まれる前、別の世界で生きていた。


そして、その人生を終えたあと、この世界でエレナ・ヴァレンティアとして生まれた。


それだけでも信じられない話なのに、さらに私には、ルシアンとの過去がある。


何度も出会い、何度も別れた。


そのたびに、何かが私たちを引き離した。


「……本当に、何が起きているの?」


鏡の中の自分を見る。


銀色の髪。


紫色の瞳。


十六歳の少女。


昨日まで、それが私のすべてだった。


今は違う。


鏡を見るたびに、もう一人の自分がいるような気がする。


この世界に生まれる前の私。


まだ名前も思い出せない少女。


どんな家に住んでいたのか。


誰と暮らしていたのか。


どんな人生だったのか。


何一つ思い出せない。


ただ、最後に見た雨だけが頭に残っていた。


「エレナ?」


扉の向こうから声がした。


「入っていい?」


ミレイユだった。


「ええ」


扉が開き、ミレイユが顔を出す。


「昨日の夜もいなかったでしょう?」


「……気づいてたの?」


「もちろん」


ミレイユは腕を組んだ。


「あなた、最近おかしいもの」


「ごめんなさい」


「怒ってるんじゃないわ」


彼女はため息をついて、私の隣に座った。


「ただ、心配なの」


私は少し迷った。


昨日、ルシアンから聞いたことを話していいのだろうか。


異世界からの転生。


過去の人生。


死んだはずの王子。


どれも普通の友人には話せない。


でも、ミレイユにはいつか話さなければならない気がした。


「……私ね」


「うん」


「最近、自分でも知らない記憶を見るの」


ミレイユの表情が真剣になる。


「どんな記憶?」


「知らない街。見たことのない乗り物。それから……雨」


「それって、この国の景色じゃないの?」


「違うと思う」


私は窓の外を見る。


「たぶん、私が生まれる前の世界」


ミレイユはしばらく黙った。


そして、私の手を握った。


「分からないことだらけだけど、エレナがエレナなのは変わらないわ」


「ミレイユ……」


「だから、無理に全部思い出そうとしなくていい」


その言葉に、少しだけ心が軽くなった。


「ありがとう」


「それより」


ミレイユが急に笑顔になる。


「今日は王都に行くんでしょう?」


「どうして知ってるの?」


「あなたのお父様から聞いたの」


私は目を丸くした。


「父が?」


「王都で用事があるから、一緒に行ってきなさいって」


まさか。


偶然なのだろうか。


それとも、誰かが裏で手配したのか。


私は胸元を見る。


黄金色の糸が、王都の方向へ伸びている。


「……行ってみよう」


昼過ぎ。


私はミレイユと共に王都へ向かった。


城門を抜けると、いつもとは違う緊張感が街を包んでいた。


人々が何かを噂している。


「王宮で何かあったのかしら?」


ミレイユが尋ねる。


「分からない」


そのとき。


「エレナ」


後ろから声がした。


振り返る。


そこにいたのはルシアンだった。


今日は貴族の青年らしい服装をしている。


王子だと知らなければ、ただの上級貴族にしか見えない。


「待っていた」


「ここで?」


「うん」


彼は私を見ると、安心したように微笑んだ。


その瞬間、ミレイユが私の耳元へ顔を近づける。


「……この人が?」


「うん」


「本当に王子様?」


「そう」


ミレイユはルシアンをじっと見つめた。


「なるほど……」


何が「なるほど」なのか分からない。


「初めまして。ミレイユ・ローゼンです」


「ルシアン・アストレアです」


二人は互いに礼をした。


ルシアンが私を見る。


「君の友人?」


「そうよ」


「そうか」


彼は少し嬉しそうだった。


「君に信頼できる友人がいることを知れて安心した」


「どうして?」


「僕がいない間も、君を支えてくれる人が必要だから」


その言葉に、ミレイユが私を見る。


私は少し恥ずかしくなった。


「それで、どこへ行くの?」


「王家の記録保管庫だ」


「記録保管庫?」


「十年前の事件について調べる」


王宮の奥。


一般の貴族ですら簡単には入れない場所へ、私たちは案内された。


そこで待っていたのはカイルだった。


「殿下」


「カイル。準備は?」


「できています」


カイルは私を見る。


昨日より警戒心は薄れているようだった。


「エレナ嬢」


「はい」


「昨日は失礼しました」


「気にしていません」


「ありがとうございます」


カイルは扉を開けた。


中には大量の本と書類が並んでいる。


「十年前の魔獣襲撃に関する記録は、こちらです」


ルシアンが一冊の古い記録を手に取った。


「これだ」


ページをめくる。


私は隣から覗き込んだ。


そこには十年前の事件について詳細に書かれていた。


王都北部で魔獣の群れが発生。


王子ルシアンが避難誘導を指揮。


その後、魔獣の攻撃によって死亡。


……ここまでは、私が知っている歴史と同じだった。


しかし。


ルシアンが一枚の紙を取り出した。


「これを見て」


そこには、事件当日の報告書があった。


私は文章を読んでいく。


そして、ある一文で止まった。


『王子の遺体は確認されず』


「……え?」


私は顔を上げた。


「遺体がない?」


「そう」


ルシアンは頷いた。


「公式発表では僕は死亡したことになっている。でも、実際には遺体が見つかっていない」


「じゃあ、どうして死んだことになったの?」


「王宮がそう発表したから」


「誰が?」


ルシアンは答えなかった。


代わりにカイルが一枚の紙を差し出した。


「こちらも見てください」


それは、事件から三日後に作成された文書だった。


そこには王家の紋章が押されている。


しかし、その下に書かれていた名前を見た瞬間。


私の頭に激しい痛みが走った。


「……っ!」


「エレナ!」


視界が歪む。


知らない光景が現れた。


暗い部屋。


誰かが怒鳴っている。


「王子を逃がすな!」


別の声が叫ぶ。


「彼女を先に!」


そして――


私の手を握る小さな手。


幼いルシアン。


『怖がらないで』


『僕が君を守る』


「……!」


私は現実へ戻った。


息が乱れている。


ルシアンが私の肩を支えた。


「大丈夫?」


「今……見えた」


「何を?」


「十年前のこと」


カイルが驚いた顔をする。


「十年前?」


私は頷いた。


「誰かが……あなたを追っていた」


ルシアンの表情が変わった。


「やっぱり……」


「何か知っているの?」


「少しだけ」


彼は記録を見つめる。


「僕が死んだあの日、魔獣だけが敵だったわけじゃない」


「……どういうこと?」


ルシアンは答えようとした。


その瞬間。


保管庫の外から、足音が聞こえた。


カイルが剣に手をかける。


「誰か来ます」


扉の向こうで、男の声がした。


「王子殿下。そこにいらっしゃるのは分かっています」


ルシアンの顔から血の気が引いた。


そして私は見た。


黄金色の糸が、初めて赤く染まり始めている。


「……ルシアン」


「エレナ、下がって」


「糸が……」


「え?」


私は震える指で、黄金色の糸を指した。


「今まで金色だったのに……赤くなってる」


ルシアンが糸を見つめる。


そして、低い声で呟いた。


「……始まった」


その言葉と同時に、扉が大きな音を立てて開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。