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私が生まれる前の記憶

「僕は、ずっとその約束を守っている」


ルシアンの言葉が、いつまでも頭から離れなかった。


次の人生でも、必ず君を見つける。


その約束を、本当に何度も守ってきたのだろうか。


私は自分の手を見つめた。


ルシアンに握られていた場所には、まだ彼の温もりが残っているような気がする。


「エレナ」


「……何?」


「大丈夫?」


「うん。ただ……少し混乱してる」


それは当然だった。


昨日まで、私の人生は普通だった。


貴族の娘として生まれ、家族に愛され、親友のミレイユと笑い合い、いつか誰かと恋をする。


そんな未来を漠然と思い描いていただけだった。


それなのに、たった二日で世界が変わってしまった。


死んだはずの王子。


前世の記憶。


何度も繰り返される出会い。


そして、私たちを結ぶ黄金色の糸。


「ルシアン」


「うん」


「私たちは、最初の人生ではどこで出会ったの?」


ルシアンはすぐには答えなかった。


やがて、静かに口を開く。


「それを話す前に、君自身について知ってほしいことがある」


「私?」


「君は、僕が知っている限り……今までとは違う」


「どういう意味?」


「君は今回、初めてこの世界に生まれた」


その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。


「……初めて?」


「うん」


「でも、あなたは私と何度も会ったって」


「会ったよ」


「じゃあ、どうして?」


ルシアンは私の目をまっすぐ見つめた。


「君は、この世界の人間として生まれる前に、別の世界で生きていた」


呼吸が止まった。


「……別の世界?」


「そう」


私は笑おうとした。


けれど、笑えなかった。


なぜなら。


その言葉を聞いた瞬間、頭の奥に知らない記憶が流れ込んできたからだ。


見たことのない街。


高い建物。


馬車ではなく、鉄の塊のような乗り物。


夜なのに明るい道路。


知らない文字。


そして――


一人の少女。


鏡の前に立つ、自分とは違う姿の少女。


「……誰?」


自分ではない。


でも、自分だ。


そう感じた。


「エレナ!」


ルシアンの声が聞こえる。


私は額を押さえた。


「頭が……」


「無理に思い出さなくていい」


「でも、今……見えたの」


「何を?」


「知らない街が……」


ルシアンの表情が少し変わった。


「やっぱり」


「知っていたの?」


「君には前の世界の記憶が残っている可能性があると思っていた」


私は震える声で尋ねた。


「私は……この世界の人間じゃないの?」


「今の君は、この世界の人間だよ」


ルシアンは優しく答えた。


「君は十六年前、この世界で生まれた。それより前に、別の世界で別の人生を生きていたんだ」


「……私が、異世界から?」


「そう」


その瞬間、胸元の黄金色の糸が強く輝いた。


私は目を閉じた。


そして、また一つの記憶が浮かんだ。


雨。


傘。


見知らぬ街。


私は誰かと話していた。


「また明日ね」


それが最後の記憶だった。


次に見えたのは、真っ白な光。


そして――


赤ん坊の泣き声。


「……それが、私?」


「おそらくね」


「私は、死んだの?」


「そうだと思う」


ルシアンは慎重に言葉を選んだ。


「でも、僕にも分からないことが多い」


私はしばらく黙っていた。


自分が異世界から生まれ変わった。


そんな話を突然聞かされても、簡単には受け入れられない。


けれど、奇妙なことに恐怖はなかった。


むしろ、どこか納得していた。


私がこの世界の常識では説明できない「運命の糸」を見られること。


時々、知らない景色が頭に浮かぶこと。


そして、前世という言葉に妙な懐かしさを感じること。


すべてが一本の糸で繋がっていく。


「じゃあ……あなたは?」


「僕?」


「あなたも異世界から?」


ルシアンは首を横に振った。


「僕は違う」


「ずっとこの世界に?」


「そう」


「じゃあ、どうして前世の記憶があるの?」


「僕の場合は、少し特殊なんだ」


彼は自分の胸元へ手を置いた。


「僕はこの世界で死ぬたびに、別の人生として生まれ変わってきた」


「……何度も?」


「うん」


「それじゃあ、あなたは今まで何人の人生を?」


「正確には覚えていない」


ルシアンは苦笑した。


「でも、君と出会った人生だけは忘れられない」


胸が熱くなった。


「どうして?」


「君がいたから」


あまりにもまっすぐな言葉だった。


私は何も言えなくなった。


ルシアンは少し恥ずかしそうに視線を逸らす。


「最初の人生では、君は僕を知らなかった」


「今と同じ?」


「そう。でも、少しずつ仲良くなった」


「その後は?」


「二人とも、運命に抗おうとした」


「……結果は?」


ルシアンは答えなかった。


その沈黙だけで、十分だった。


「私たちは……幸せになれなかったのね」


「全部の人生が不幸だったわけじゃない」


「じゃあ?」


「幸せだった時間もたくさんあった」


彼は微笑んだ。


「だからこそ、別れが辛かった」


私は胸元の糸を見つめた。


これほど強い糸で繋がれているのなら、どうして何度も離ればなれになったのだろう。


「一つだけ、約束してほしい」


ルシアンの声が少し真剣になる。


「何?」


「過去の僕を愛そうとしないでほしい」


私は驚いた。


「え?」


「君が今知っている僕は、十八歳の僕だ」


「……うん」


「過去の人生の僕とは違う」


ルシアンは優しく笑った。


「だから、今の僕を見てほしい」


その言葉に、胸が大きく鳴った。


私は少しだけ笑った。


「分かった」


「本当に?」


「うん」


私は彼の目を見る。


「過去のあなたじゃなくて……今のあなたを知りたい」


ルシアンはしばらく黙っていた。


そして、嬉しそうに笑った。


「ありがとう」


その瞬間。


礼拝堂の外から鐘の音が聞こえた。


遠く、王都の方向からだ。


カイルが窓の外を確認する。


「殿下。そろそろ戻らなければなりません」


「分かった」


ルシアンは立ち上がった。


私も立ち上がる。


「エレナ」


「何?」


「明日、王都へ来られる?」


「王都?」


「君に見せたいものがある」


「何を?」


「僕が十年前に死んだとされる、あの日に関係するものだ」


私は息を呑んだ。


十年前の事件。


それが、私たちの過去と繋がっている。


そして、もしかすると――


私が何度も見るあの光景とも。


「行く」


私は答えた。


「あなたと一緒に行くわ」


黄金色の糸が、静かに輝いた。


まるで次の場所へ、私たちを導くように。

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