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忘れられた道の先で

 外国への旅立ちまで、あと六日。


 エレナたちは王都の外れにある古い街道へ来ていた。


 昨日、本屋で見つけた古い地図。


 そこに描かれていた「海へ続く忘れられた道」を確かめるためだ。


「本当に、この先に道があるんでしょうか?」


 エレナが周囲を見渡す。


「地図にはそう書いてある」


 ルシアンが答えた。


「ただ、かなり古い地図だからね」


「つまり……」


 ミレイユが周囲を見る。


「何もない可能性もある?」


「その可能性は高い」


 カイルが即答した。


「……」


「……」


 エレナとミレイユは顔を見合わせた。


「それでも行ってみましょう」


 エレナが笑った。


「だって、何もないかどうかも行ってみないと分かりませんから」


「そうね」


 ミレイユも頷く。


「それに、こういう場所って何か見つかるかもしれないじゃない」


「ミレイユ」


 カイルが警戒した。


「何です?」


「その言い方をすると、本当に何か見つかりそうだからやめてくれ」


「ふふっ」


 エレナは思わず笑った。



 しばらく歩くと、草に覆われた細い道が見えてきた。


「あっ」


 エレナが声を上げる。


「これじゃないですか?」


 古い石がいくつも並び、その間から細い道が伸びている。


 地図に描かれていた道と一致していた。


「本当に残っていたんですね」


 ルシアンが驚く。


「昔は使われていたんでしょうね」


 エレナは道の先を見る。


 木々の間を抜けて、さらに奥へ続いている。


「行きましょう」


「待ってください」


 カイルが前に出る。


「俺が先に確認します」


「ありがとうございます」


 四人はゆっくりと古い道を進んだ。



 道の両側には、長い年月を感じさせる石の標識が残っていた。


 文字はほとんど消えている。


「昔の人も、この道を歩いたんでしょうか」


 エレナが尋ねる。


「きっとね」


 ルシアンが答える。


「この道を使って海へ向かった人もいたんだと思う」


「知らない人たちが歩いた道を、今私たちが歩いている……」


 エレナは少し嬉しそうに笑った。


「なんだか不思議ですね」


「そうだね」


 しばらく進んだところで、森が途切れた。


 目の前に小さな丘が現れる。


「……わあ」


 エレナの足が止まった。


 丘の上から見えたのは、王都の遠景だった。


 城壁。


 王宮。


 その向こうに広がる草原。


 そして遠くには、青い海。


「こんな場所があったんですね」


 ミレイユも驚いた顔をする。


「王都が全部見える……」


 カイルは周囲を確認してから頷いた。


「見晴らしがいい。昔は見張り台として使われていたのかもしれません」


 エレナは丘の上まで歩いた。


 風が髪を揺らす。


 銀色の髪が陽の光を受けて輝く。


 以前なら、ここにも無数の糸が見えていたのだろう。


 けれど――今は何もない。


 ただ景色があるだけ。


「……綺麗」


 エレナが呟く。


「運命の糸が見えなくなってから、こういう景色を見るのが好きになりました」


「どうして?」


 ルシアンが隣に立つ。


「以前は、景色を見るときも、その先に何があるのか考えていました」


「未来を?」


「はい」


 エレナは頷く。


「でも今は、目の前にあるものだけを見られます」


 風が吹く。


 木々が揺れる。


 遠くで鳥の声が聞こえる。


 何も特別なことは起こらない。


 だからこそ――心地よかった。


「……ここ、好きです」


「僕も」


 ルシアンが答える。


「じゃあ、また来よう」


「はい」


 その約束は、運命の糸では繋がっていない。


 ただ二人の言葉だけで結ばれている。


 エレナは、それが嬉しかった。



「ところで」


 ミレイユが声を上げた。


「もう少し先に何かあるみたい」


「何?」


 エレナたちが振り返る。


 丘の反対側。


 そこには小さな石造りの建物があった。


「……小屋?」


 ルシアンが近づく。


 扉は古いが、壊れてはいない。


 カイルが慎重に確認する。


「危険はなさそうです」


「入ってみます?」


 エレナが尋ねる。


「ええ」


 扉を開ける。


 中には古い木製の机と椅子。


 壁には、かつて旅人が残したらしい文字が刻まれていた。


『ここで一休みした者へ』


『旅の先で、あなたが何を見つけるのかは分からない』


『それでも、歩いてきたことを忘れないでほしい』


 エレナはその言葉を読んだ。


「……素敵ですね」


「昔の旅人が残したんだろうね」


 ルシアンが言う。


 エレナはしばらく文字を見つめていた。


「何を見つけるのかは分からない……」


「うん」


「今の私たちみたいですね」


 ルシアンは微笑んだ。


「そうだね」


 エレナは壁に手を触れた。


「この人も、未来を知らないまま歩いたんでしょうか」


「たぶん」


「だったら――」


 エレナは小さく笑った。


「私たちも同じですね」


 ミレイユが頷く。


「そうよ」


 そして、壁を見上げる。


「じゃあ私たちも何か残す?」


「え?」


 カイルが驚く。


「まさか文字を?」


「いいじゃない」


「勝手に書くのは駄目でしょう」


「……そうね」


 ミレイユは少し考える。


「じゃあ、紙を一枚置いていきましょう」


 エレナは嬉しそうに頷いた。


「いいですね」


 持っていた紙を一枚取り出す。


 エレナは少し考えてから、そこに文字を書いた。


『この道を歩いた私たちは、まだ知らない未来へ向かっています』


 その下に名前を書こうとして――


 エレナは手を止めた。


「名前は書かないんですか?」


 ルシアンが尋ねる。


「……いいえ」


 エレナは笑った。


「誰が書いたかより、これを読んだ人が何を思うかの方が大切な気がします」


「なるほど」


 ルシアンも頷く。


 四人はその紙を机の上に置いた。



 帰り道。


 エレナは何度も振り返った。


 古い道。


 小さな建物。


 丘から見えた王都。


 今日見つけたものは、どれも大きな出来事ではない。


 それでも――


 エレナにとっては大切な一日だった。


「ルシアン」


「うん?」


「今日、この道に来てよかったです」


「僕もそう思う」


「外国へ行く前に、こんな場所を見つけられるなんて」


「これも寄り道のおかげだね」


「はい」


 エレナは笑った。


「これからも、こういう寄り道をしたいです」


「もちろん」


 遠くに王都が見えてくる。


 旅立ちまで、あと六日。


 次は本当に、海の向こうへ行く。


 その先で何が待っているのかは分からない。


 でも――


 それを知るために、エレナは歩いていく。


 誰かに示された未来ではなく。


 自分で選んだ道を。


 そして、その隣には――


 これからも一緒に歩きたいと思える人がいる。


「帰りましょう」


 エレナが言う。


「ああ」


 二人は並んで歩き始めた。


 古い道の先に、新しい道が続いている。


 その先にある未来を、二人はまだ知らない。


 だからこそ――


 楽しみにしながら、歩いていけるのだった。

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