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旅立ちの前に見つけた、もう一つの場所

 外国への旅立ちまで、あと一週間。


 エレナは朝から王都の街を歩いていた。


 今日は特別な用事があるわけではない。


 旅の準備もほとんど終わっている。


 だから――今日は、何となく歩いてみることにした。


「……この道、初めて通ります」


 隣を歩くルシアンが周囲を見る。


「僕も知らないな」


「王都なのに?」


「王宮の周辺と、昔よく行っていた場所くらいしか知らないからね」


「では……」


 エレナは少し嬉しそうに笑った。


「今日は二人とも知らない場所を探しましょう」


「いいね」


 大通りを外れ、小さな路地へ入る。


 そこには、観光客もほとんど来ないような静かな通りが続いていた。


 古い建物。


 小さな花屋。


 焼き菓子を売る店。


 そして――


「あれ?」


 エレナが足を止めた。


 路地の奥に、小さな看板が出ている。


『旅人の本棚』


「本屋でしょうか?」


「入ってみよう」


 二人が扉を開けると、古い紙の匂いが漂ってきた。


 店内には、本が所狭しと並べられている。


 旅行記。


 地図。


 外国の文化を紹介した本。


 古い冒険者の記録。


「すごい……」


 エレナは目を輝かせた。


「こんなお店、王都にあったんですね」


「僕も知らなかった」


「では、ここも寄り道ですね」


「約束通りだね」


 二人は店内を歩き始めた。



 エレナが最初に手に取ったのは、一冊の古い旅行記だった。


『海の向こうへ――ある旅人の記録』


「面白そうです」


 ページを開く。


 そこには、遠い国の港町について書かれていた。


 見たことのない料理。


 異なる言葉。


 異なる服装。


 そして、見知らぬ人々との出会い。


「……こんな場所があるんですね」


「行ってみたくなった?」


「はい」


 エレナは本を閉じた。


「でも、行く前にこういう本を読むのも楽しいですね」


「確かに」


 ルシアンも別の本を手に取る。


「これは外国の料理についてだ」


「料理?」


 エレナがすぐに隣へ移動する。


「何が載っていますか?」


「パンの種類が多いみたいだね」


「パン……」


「それから魚料理」


「……買いましょう」


「決断が早いね」


「旅の参考資料です」


「なるほど」


 ルシアンは笑った。



 しばらくして、エレナは一枚の古い地図を見つけた。


 広げてみる。


 そこには現在の地図には載っていない、小さな道が描かれていた。


「この道……」


「古い街道かな?」


「たぶん」


 地図の端には、小さな文字でこう書かれていた。


『海へ続く忘れられた道』


「……忘れられた道」


 エレナはその言葉をじっと見つめる。


「行ってみたいです」


「まだ王都の近くにあるかどうかも分からないよ?」


「だからです」


 エレナは笑った。


「分からないから、見つけてみたいんです」


 ルシアンは少しだけ驚いた後、笑った。


「そういうところ、本当に変わったね」


「そうですか?」


「うん」


 以前のエレナなら、未来を示す糸があるかどうかを確かめていた。


 今は違う。


 自分の興味だけで、知らない道を見つけようとしている。


「この地図、買いましょう」


「分かった」


 二人は地図を購入した。



 店を出ると、午後の光が路地を照らしていた。


「さて」


 エレナは買った地図を胸に抱える。


「帰りましょうか」


「うん」


 二人が大通りへ戻ろうとした時――


 ふと、エレナが立ち止まった。


「……あ」


「どうしたの?」


 路地の先に、小さな広場が見える。


 そこには一本の大きな木が立っていた。


 木の下にはベンチ。


 その周囲には、小さな白い花が咲いている。


「綺麗ですね」


「寄ってみる?」


「はい」


 二人は広場へ向かった。



 ベンチに座る。


 風が吹くと、白い花が揺れる。


 エレナはその景色を眺めていた。


「……ここも、知らない場所でしたね」


「そうだね」


「でも、見つけました」


「うん」


 エレナは少しだけ笑った。


「昔は、運命の糸を追えば、正しい場所に行けると思っていました」


「……」


「でも、今は違います」


 彼女は白い花を見る。


「道を間違えてもいい。


 予定と違う場所へ行ってもいい。


 そこで、何かを見つけられるかもしれないから」


 ルシアンは何も言わずに聞いていた。


「今日だって、外国へ行く準備をしていたわけじゃありません」


「そうだね」


「ただ歩いていただけです」


「それでも、この場所を見つけた」


「はい」


 エレナは微笑む。


「だから、これからの旅でも寄り道したいです」


「僕もそう思う」


「……本当に?」


「うん」


 ルシアンはエレナを見る。


「予定通りに進むことより、エレナと一緒に何を見つけるかの方が楽しそうだから」


「……」


 エレナの頬が少し赤くなる。


「そういうことを急に言うのは、ずるいです」


「何が?」


「……何でもありません」


 ルシアンは不思議そうに首を傾げた。



 その後、二人は王宮へ戻った。


 部屋に戻ると、ミレイユが地図を見つけた。


「何これ?」


「今日見つけた古い地図です」


「古い地図?」


「忘れられた道が描かれていました」


 ミレイユが地図を広げる。


「へえ……」


 カイルも覗き込む。


「確かに古いな」


「海へ続く道らしいです」


「現在は使われていないようですね」


「じゃあ、次の旅で――」


 ミレイユが言いかける。


「待ってください」


 カイルが遮った。


「外国へ行く前に、国内の忘れられた道へ行くつもりですか?」


「だって面白そうじゃない」


「……」


 カイルは頭を抱えた。


「予定外の寄り道は一つまでにしてください」


「一つならいいんですか?」


 エレナが尋ねる。


「安全が確認できれば」


「では、一つ」


 エレナは嬉しそうに頷いた。


「決まりですね」


「……」


 カイルは何か言いたそうだったが、諦めたように息を吐いた。


「分かりました」


 ミレイユが笑う。


「旅が始まる前から寄り道が決まっちゃったわね」


「はい」


 エレナも笑った。



 夜。


 エレナは今日買った地図を机の上に広げていた。


 海へ続く、忘れられた道。


 その先に何があるのかは分からない。


 危険なのか。


 何もないのか。


 美しい景色があるのか。


 それとも、ただ古い道が残っているだけなのか。


 以前の自分なら、未来を知りたかった。


 けれど今は――


「……行ってみれば分かりますよね」


 エレナは笑った。


 答えは未来を見ることではなく、自分で確かめること。


 それが今の自分の選び方だ。


 地図を丁寧に畳む。


 旅立ちまで、あと一週間。


 海の向こうへ行く旅。


 そして、その前に見つけた小さな寄り道。


 何が待っているのかは、まだ分からない。


 でも――


 分からないからこそ、楽しみだった。

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