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祭りの終わりに交わした約束

 王都記念祭の夜。


 昼間から続いていた賑やかな音楽も、少しずつ静かになっていた。


 通りにはまだ多くの人が残っているものの、昼間ほどの混雑はない。


 エレナは広場の端に立ち、夜空を見上げていた。


「……綺麗」


 空には無数の光が浮かんでいる。


 祭りの最後を飾る小さな灯籠が、ゆっくりと夜空へ上がっていく。


 その光景を、エレナは何も考えずに眺めていた。


 以前なら、この光景の中にも何かを探していただろう。


 どこへ向かうのか。


 何を意味するのか。


 未来に繋がっているのか。


 けれど今は違う。


 ただ、綺麗だと思う。


 それだけで十分だった。


「ここにいたのか」


 後ろからルシアンの声が聞こえた。


「ルシアン」


「探した」


「すみません」


「謝らなくていい」


 ルシアンが隣に立つ。


「祭りは楽しめたか?」


「はい」


 エレナは笑った。


「とても楽しかったです」


「それならよかった」


 少し離れた場所では、ミレイユとカイルがまだ屋台を見ている。


「ミレイユはまだ食べているな」


「はい……」


「今日だけで何個食べたんだろう」


「数えないほうがいいと思います」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 しばらくして、ミレイユがこちらへ戻ってきた。


「エレナ!」


「はい?」


「これ、どうぞ!」


 差し出されたのは、小さな袋だった。


「何ですか?」


「お土産です」


 エレナが中を見る。


 小さな花の形をした砂糖菓子が入っていた。


「可愛い」


「でしょう?」


「ありがとうございます」


「私たちの友情の証です」


「友情の証?」


「はい!」


 ミレイユは胸を張る。


「ちなみに一個余ったので、カイルさんにもあげました」


「私は友情の証とは聞いていません」


 後ろからカイルが淡々と言う。


「細かいことは気にしないでください」


「……そうですか」


 エレナは笑った。


 その後、ミレイユとカイルは先に宿へ戻ることになった。


「では、また明日」


「おやすみなさい」


「おやすみ、エレナ」


 二人が去っていく。


 残ったのは、エレナとルシアンだけだった。


「僕たちも戻るか?」


「……もう少しだけ、ここにいたいです」


「分かった」


 二人は広場のベンチに座った。


 夜空にはまだ灯籠が浮かんでいる。


「ルシアン」


「何だ?」


「今日、すごく不思議な気分です」


「不思議?」


「はい」


 エレナは夜空を見る。


「昔の私は、未来を見ることが怖かった」


「……」


「でも、未来が見えなくなった今は、逆に未来を楽しみにしています」


 ルシアンは静かに聞いている。


「変ですよね」


「いや」


 ルシアンは首を横に振る。


「それは、とても自然なことだと思う」


「自然?」


「ああ」


 ルシアンは空を見る。


「未来が決まっていないからこそ、人は楽しみにできるんじゃないか」


 エレナはその言葉を聞いて、微笑んだ。


「そうですね」


 しばらく沈黙が続く。


 やがてルシアンが口を開いた。


「エレナ」


「はい?」


「一つ、約束したいことがある」


「約束?」


「ああ」


 ルシアンはエレナを見る。


「これから先、僕たちの間で何か問題が起きても、運命のせいにはしない」


「……」


「僕が間違えたら、僕自身の間違いとして向き合う」


「はい」


「君が何かを選んで後悔したとしても、それを運命のせいにはしない」


 エレナは静かに頷く。


「そして」


 ルシアンは続ける。


「もし僕たちの考えが違ったら、そのときはちゃんと話そう」


「……はい」


「君の気持ちを、運命の糸で決めつけたりしない」


 その言葉に、エレナの胸が熱くなった。


「私も約束します」


「本当か?」


「はい」


 エレナは彼を見る。


「ルシアンが何かを間違えても、運命のせいにはしません」


「……ありがとう」


「でも」


「?」


「本当に間違えたら、ちゃんと怒ります」


 ルシアンが目を丸くする。


「……分かった」


「遠慮はしません」


「それは少し怖いな」


「ふふっ」


 二人は笑った。


 そしてエレナは、そっと手を差し出した。


「約束です」


 ルシアンも手を重ねる。


「約束だ」


 金色の糸は見えない。


 けれど、二人の手は確かに繋がっている。


 その温もりは、昔見えていたどんな糸よりも確かなものに感じられた。


 そのとき。


 夜空に一際大きな灯籠が上がった。


「わあ……」


 エレナが思わず立ち上がる。


 灯籠はゆっくりと空へ昇り、星々の間へ消えていく。


「綺麗ですね」


「ああ」


 ルシアンも立ち上がった。


「エレナ」


「はい?」


「また来年も、この祭りに来よう」


「……来年も?」


「ああ」


「約束ですよ?」


「もちろん」


 エレナは笑った。


「では、再来年も」


「再来年も?」


「その次も」


「ずっと?」


「……できれば」


 ルシアンは少し驚いたように彼女を見た。


 そして、嬉しそうに笑った。


「それなら、僕もずっと約束する」


 エレナは空を見上げる。


 去年の自分なら、来年の未来を糸から探していた。


 今年は違う。


 来年もここに来られる保証なんてない。


 何が起こるかも分からない。


 それでも――。


 来年もルシアンと一緒に、この景色を見たいと思った。


 その願いだけは、自分自身のものだった。


 祭りが終わる。


 人々が少しずつ帰っていく。


 王都の明かりも、ゆっくりと消えていく。


「帰りましょうか」


「そうだな」


 二人は歩き出す。


 並んで歩く。


 手を繋いで。


 未来は見えない。


 運命の糸もない。


 けれど、それでいい。


 これから先、何度迷っても。


 何度立ち止まっても。


 そのたびに二人で話して、また歩き出せばいい。


 それが、二人が選んだ生き方だった。


 王都の夜空から、最後の灯籠が消える。


 そして静かな夜が訪れる。


 エレナは隣にいるルシアンを見た。


「ルシアン」


「何だ?」


「来年も、一緒に見ましょうね」


「ああ」


 その答えを聞いて、エレナは笑った。


 見えない未来だからこそ。


 二人で迎えに行くことができる。


 それは、運命の糸があった頃には知らなかった――。


 二人だけの、新しい幸せだった。

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