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それでも、私は自分で選ぶ

七本の糸が、私たちの頭上で輝いていた。


白。


青。


赤。


銀。


金。


そして、まだ名前を持たない可能性の糸。


そのすべてが運命の源の中心へ集まっている。


目の前に立つ女性は、その中心にいた。


長い銀髪。


紫色の瞳。


私とよく似た顔。


けれど、彼女から感じるものは私とはまったく違う。


「見せてあげる」


女性が手を上げる。


瞬間、世界が変わった。


「……!」


目の前に無数の未来が広がる。


私は、そこに映るものを見て息を止めた。


ルシアンと一緒に歩く未来。


王都で暮らす未来。


母と笑う未来。


ミレイユと一緒にお茶を飲む未来。


そして――。


そのすべてが、途中で崩れていく。


ルシアンを失う未来。


母を失う未来。


友達を失う未来。


私自身が一人になる未来。


「これが……」


女性が静かに言う。


「人間が選択を持った世界の未来」


「選べば、必ず何かを失う」


「誰かを選べば、誰かを選べなくなる」


「愛すれば、失う恐怖を知る」


「生きれば、いつか死を迎える」


私は黙って映像を見つめていた。


確かに怖い。


怖くないはずがない。


「だから私は、すべてを決める」


女性が言う。


「誰も失わない未来を選ぶ」


「誰も迷わない」


「誰も後悔しない」


「誰も、自分の選択に苦しまない」


ルシアンが静かに尋ねた。


「それは、本当に幸せなのか?」


女性が彼を見る。


「幸せよ」


「どうして?」


「苦しみがないから」


「違う」


ルシアンは首を横に振る。


「苦しまないことと、幸せであることは同じじゃない」


女性の表情が変わった。


「……」


私はルシアンの隣に立った。


「私もそう思う」


「エレナ」


「私は怖い」


正直に言った。


「ルシアンを失うのは怖い」


ルシアンが私を見る。


「お母さんがいなくなるのも怖い」


「友達を失うのも嫌」


「間違えるのも怖い」


私は胸に手を当てる。


「でも――」


金色の糸が輝く。


「だからこそ、今を大切にしたい」


女性が黙って私を見る。


「未来に何が起こるか分からないから」


「今、ルシアンと一緒にいる時間を大切にする」


「母と話せる時間を大切にする」


「ミレイユと笑える時間を大切にする」


「失う可能性があるからこそ、今あるものを選ぶ」


私は女性を見つめる。


「あなたは、失うことをなくそうとしている」


「でも、それは同時に――」


「今を選ぶ理由まで奪ってしまう」


女性の瞳が揺れた。


『……』


初めて、彼女が何も言わなかった。


そのとき。


一本の白い糸が、彼女の背後から伸びた。


「……白い糸?」


私は目を凝らす。


その糸は彼女自身へ繋がっている。


「あなたにも可能性がある」


私は言った。


女性が眉を寄せる。


「私に?」


「うん」


「私は運命そのものよ」


「それでも」


私は一歩近づく。


「あなたも選べる」


「……」


「あなたが本当に運命そのものなら」


私は手を伸ばす。


「どうして自分だけ、選択できないと思うの?」


女性の顔が歪んだ。


「……私は」


声が震える。


「私は、選べなかった」


「え?」


「最初から役割を与えられた」


女性の背後に、古い記憶が浮かぶ。


まだ何もない世界。


無数の糸だけが存在する場所。


そこに、一人の小さな少女が生まれる。


『すべての可能性を管理する器』


誰かの声が響く。


『この世界に必要なのは、迷わない未来』


『だから、お前がすべてを決める』


少女は一人で座っている。


誰も彼女に尋ねなかった。


何がしたいのか。


何を望むのか。


誰を愛したいのか。


ただ、役割だけを与えられた。


「……」


私は胸が苦しくなった。


彼女は悪意から世界を支配しようとしているのではない。


最初から、自分自身の選択を知らなかった。


「だから……」


私は静かに言う。


「あなたは、他の人から選択を奪おうとしているの?」


女性は答えなかった。


代わりに、目から一粒の涙が落ちた。


『……私は、怖かった』


初めて聞いた彼女の本当の声だった。


『誰かが選んで、傷つくのを見るのが』


『誰かが後悔するのを見るのが』


『そして――』


彼女は自分の胸に手を当てる。


『自分で選んだことを、後悔するのが』


私はゆっくりと近づく。


「だったら」


私は手を差し出した。


「あなたも選んで」


女性が私の手を見る。


「……私が?」


「うん」


「何を?」


「あなた自身がどう生きたいのか」


長い沈黙。


やがて女性が手を伸ばした。


けれど――。


黒い糸が彼女の腕を掴んだ。


『許さない』


声が響く。


女性の表情が苦しみに変わる。


「……っ!」


「あなた!」


私は彼女の手を掴んだ。


黒い糸が私にも絡みつく。


「エレナ!」


ルシアンが私の腕を掴む。


「離して!」


「嫌だ!」


「でも、このままだとあなたまで!」


「それでも離さない!」


金色の糸が輝く。


その光が黒い糸を押し返す。


母も魔法を放つ。


「エレナ!」


「お母さん!」


「その糸は、あなた一人では無理よ!」


母の青い糸が重なる。


さらに――。


銀色の光が加わった。


「私もいるわ」


セレスティアだった。


「セレスティア!」


「遅くなったわね」


彼女は少し笑う。


「王宮の黒い糸を全部外してきたわ」


アベルもその後ろに立っていた。


「こちらも終わりました」


「アベル……」


「今度こそ、私自身の意思でここにいます」


グレアムの声も聞こえる。


『赤い糸の防壁も維持しています!』


そして、遠くからミレイユの声。


『エレナ! 絶対帰ってきてね!』


私は思わず笑った。


「……みんな」


一人ではない。


誰かを犠牲にして未来を選ぶ必要はない。


みんなが、それぞれの意思でここにいる。


私は女性の手を握った。


「あなたも」


女性が私を見る。


「あなたも、自分で選んで」


「……」


彼女は震える手で、私の手を握り返した。


その瞬間。


白い糸が輝いた。


そして――。


彼女自身から、新しい金色の糸が生まれた。


『……これが』


彼女は驚いたように自分の手を見る。


『選ぶということ……?』


「うん」


私は笑う。


「怖いけどね」


「……そうね」


彼女も、初めて笑った。


その瞬間。


黒い糸が一斉に崩れ始めた。


『やめろ!』


あの声が響く。


『運命は固定されなければならない!』


七本の糸が光る。


「違う」


私は答える。


「運命は、固定するものじゃない」


ルシアンが続ける。


「選ぶものだ」


母が続ける。


「そして、受け入れるもの」


セレスティアが続ける。


「時には、繋ぎ直すもの」


アベルが言う。


「過去から学び」


グレアムが言う。


「未来へ進む」


そして――。


私たち全員の糸が、一つに繋がった。


巨大な光が運命の源を包み込む。


黒い根が砕けていく。


けれど、完全には消えなかった。


その奥から、最後の黒い声が響く。


『ならば、最後の一つを見せろ』


『お前たちが本当に自由を選べるというなら――』


空間の中央に、一つの扉が現れる。


その扉には、金色の文字が刻まれていた。


――最初の選択。


女性が私を見る。


「……あの扉の向こうにある」


「何が?」


「この世界が、最初に『運命』を必要とした理由」


私はルシアンと顔を見合わせた。


彼は静かに頷いた。


「行こう」


私は手を握り返す。


「うん」


そして、私たちは扉へ向かった。


その瞬間。


女性が背後から私を呼んだ。


「エレナ」


振り返る。


彼女は微笑んでいた。


「ありがとう」


「……何が?」


「私に初めて、自分で選ぶことを教えてくれて」


私は笑った。


「私も、あなたから教えてもらったことがあるよ」


「何を?」


「自分の過去に縛られなくていいってこと」


女性は静かに頷いた。


そして――。


扉が開いた。


その向こうにあったのは。


この世界がまだ「運命」という言葉を知らなかった頃の――。


最初の一日だった。

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