十年前から続いていた計画
運命の源から伸びた黒い糸は、まっすぐに現在の王宮へ続いていた。
私はその糸を見つめた。
「……まだ終わってない」
ルシアンが頷く。
「十年前に始まった計画が、今も続いている」
母が静かに口を開く。
「そして、その中心にいる人がいる」
「黒い指輪をしていた人……」
「ええ」
グレアムの表情が険しくなる。
「私たちは、その人物を探さなければならない」
私は黒い糸へ手を伸ばした。
すると――。
一瞬だけ、現在の王宮の光景が見えた。
玉座の間。
誰もいない。
その中央に、一人の人物が立っている。
顔は見えない。
けれど、その手には――。
黒い指輪。
そして、青いペンダント。
「……!」
私は目を開いた。
「見えた」
ルシアンが私を見る。
「誰だった?」
「王宮にいる」
「今?」
「うん」
私は頷く。
「まだ、そこにいる」
グレアムが魔法陣へ手を置く。
「ならば急ぎましょう」
「待って」
母が私を止める。
「エレナ」
「何?」
「この糸は、普通の黒い糸ではない」
私はもう一度見る。
確かに違う。
普通の黒い糸は、人の意思を縛っている。
けれど、この糸は――。
何かを「記録」していた。
「これは……」
母が呟く。
「過去と現在を繋いでいる」
「つまり?」
「十年前の計画と、今の事件を繋ぐ記録そのものよ」
ルシアンが剣を握る。
「なら、これを辿れば黒い指輪の人物へ行ける」
「そうね」
私は頷いた。
そのとき――。
運命の源の奥から、声が響いた。
『行くの?』
私たちは振り返った。
そこには、先ほどの銀髪の女性がいた。
「あなた……」
『エレナ』
彼女は微笑む。
『あなたがこれから見るものは、十年前よりも危険よ』
「それでも行く」
『そう言うと思った』
彼女はルシアンを見る。
『そして、あなたも』
「僕も行く」
『ならば、覚えておいて』
彼女の表情が少しだけ曇った。
『黒い指輪の人物が、すべての元凶とは限らない』
私は眉を寄せる。
「どういうこと?」
『彼もまた、誰かの選択によって動いている可能性がある』
「……」
『運命を操ろうとしている者は、一人とは限らない』
その言葉が胸に残った。
私は黒い糸を見る。
「分かった」
銀髪の女性が頷く。
『では、行きなさい』
『今度は、過去を追うのではなく――』
『現在を選ぶために』
光が広がった。
次の瞬間。
私たちは王宮地下へ戻っていた。
「……戻ってきた」
ルシアンが周囲を確認する。
王の姿はまだそこにある。
赤い糸によって守られている。
グレアムが魔法陣を維持していた。
「長くは持ちません」
「父上をどうする?」
ルシアンが尋ねる。
母が答える。
「赤い糸を辿れば、安全な場所へ移せるはずよ」
「僕がやる」
ルシアンが父へ近づく。
「父上」
王がゆっくり目を開けた。
「……戻ったか」
「はい」
「エレナも?」
「ここにいます」
私は頭を下げる。
王は私を見て、少しだけ微笑んだ。
「そうか」
「国王陛下」
私は尋ねた。
「十年前、黒い指輪を持っていた人物を知っていますか?」
王の表情が変わった。
「……黒い指輪?」
「はい」
「その人物が、今も計画を続けている可能性があります」
王はしばらく黙っていた。
そして――。
「知っている」
全員が息を呑んだ。
「誰ですか?」
王は答える。
「王宮魔術師の一人だった」
グレアムが驚く。
「王宮魔術師……?」
「ああ」
「名前は?」
王は目を閉じた。
「だが――」
「十年前、彼は死んだ」
「……!」
私は息を呑む。
「死んだ?」
「そうだ」
王は続ける。
「私は、彼が敵側にいることを知っていた」
「では、なぜ――」
「殺さなかった」
ルシアンが父を見る。
「どうして?」
王は苦しそうに答えた。
「彼は、自分の意思で敵に従っていたわけではなかったからだ」
「……黒い糸?」
「そうだ」
母が呟く。
「彼も操られていた」
王は頷く。
「だから私は、彼を救う方法を探していた」
「でも……死んだ」
「正確には――」
王の声が低くなる。
「死んだことにした」
私は目を見開いた。
「また……偽装?」
「そうだ」
ルシアンが困惑する。
「父上は、何人の人間を死んだことにしたんですか?」
一瞬、静寂が訪れた。
「……三人」
王が答えた。
「私と、お前と、もう一人」
グレアムが震える。
「まさか……」
「そう」
王は彼を見る。
「彼だ」
グレアムの顔から血の気が引いた。
「……では、今も生きている?」
王は頷く。
「生きている」
「どこに?」
「王宮だ」
私は黒い糸を見る。
「やっぱり……」
王宮のどこかにいる。
十年前に死んだとされた王宮魔術師。
そして、黒い指輪。
すべてが繋がっていく。
そのとき。
王宮の上階から大きな音が響いた。
ドォォン――!
「……!」
ミレイユたちのいる方向だった。
「カイル!」
ルシアンが叫ぶ。
返事はない。
「まさか……」
私は走り出した。
「エレナ!」
ルシアンも続く。
母とグレアムも後を追う。
階段を駆け上がる。
一階。
二階。
そして、玉座の間へ。
扉が開いていた。
「カイル!」
部屋の中には、倒れた兵士たち。
床に散らばった黒い糸。
そして――。
ミレイユが立っていた。
「ミレイユ!」
「エレナ!」
彼女は振り返る。
無事だった。
その隣にはカイル。
「何があったの?」
カイルが答える。
「突然、黒い糸が兵士たちを操り始めました」
「セレスティアは?」
「別の場所へ向かいました」
「どこへ?」
カイルが指差す。
玉座の後ろ。
そこに、隠された扉がある。
「黒い糸は、あの扉の向こうへ消えました」
私は扉を見る。
赤い糸。
黒い糸。
そして――。
一本の青い糸。
「……青い糸」
母が息を呑む。
「私の記憶と同じ」
私は扉へ近づく。
すると、扉の向こうから声がした。
『ようやく来たか』
低い男の声。
ルシアンが剣を構える。
「誰だ!」
扉がゆっくり開く。
その向こうに、一人の男が立っていた。
白髪。
黒いローブ。
右手には――。
黒い指輪。
そして、首元には青いペンダント。
男は静かに笑った。
「十年前から、ずっと待っていた」
私は目を見開く。
男は私を見つめた。
「エレナ・ヴァレンティア」
「あなたは……」
男は一礼する。
「私の名は――」
そこで、彼は言葉を止めた。
そして、私の母を見た。
「……久しぶりですね」
母の顔が凍りつく。
「あなた……」
男は微笑む。
「ようやく、記憶を取り戻したようですね」
私は母を見る。
母は震える声で、その男の名を口にした。
「……アベル」
男の笑みが深くなった。
「覚えていてくれたのですね」
黒い糸が、彼の背後でゆっくりと蠢く。
十年前に死んだはずの男。
そして、母が封じた記憶の中にいた人物。
彼が今――。
私たちの前に立っていた。




