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母が封じた十年前の記憶

運命の源に、新たな道が開いていた。


その先に浮かんだのは――。


一枚の記憶。


私は思わず息を呑んだ。


「……お母さん」


映像の中に、母がいた。


十年前。


まだ私が生まれる前の姿。


そして、その隣には――。


幼いルシアン。


国王。


グレアム。


セレスティア。


さらにもう一人。


「……誰?」


その人物だけ、顔が黒く塗りつぶされている。


けれど、母はその人物を見ていた。


まるで――恐れているように。


「この人……」


母が震える。


「私は、この人を知っている」


「誰なの?」


「分からない」


「え?」


「思い出せないの」


母は頭を押さえた。


「でも……」


映像の中の母が、その人物へ向かって言った。


『あなたに、エレナを預けるわけにはいかない』


私は息を止めた。


「……私?」


映像の人物が答える。


『私は彼女を傷つけない』


『そういう問題ではありません』


母の声は強かった。


『あなたは、彼女の未来を知りすぎている』


「未来を……?」


私は映像に近づく。


その人物の手には、一本の白い糸があった。


そして、その糸は――私へ繋がっていた。


『この子には、選ぶ権利がある』


母が言う。


『あなたが未来を教えれば、その瞬間に選択ではなくなる』


人物は黙っていた。


やがて、低い声で答える。


『ならば、記憶を封じればいい』


『私の記憶を?』


『違う』


人物は母へ手を伸ばす。


『あなたの記憶を』


母が目を見開いた。


「……!」


現在の母が息を呑む。


「そうだった……」


「お母さん?」


「私は……自分から記憶を封じたんだわ」


映像の中の母が、胸元の青いペンダントを握る。


『私が覚えていれば、いつかエレナに話してしまうかもしれない』


『だから、忘れる』


『この十年間のことを』


私は震える声で尋ねた。


「じゃあ……」


「私のお母さんが何も知らなかったんじゃない」


母が答える。


「知っていたからこそ……忘れたの」


映像の中で、国王が母へ近づいた。


『それでも、記憶を封じれば危険だ』


『分かっています』


『もし計画が失敗したら?』


母は幼いルシアンを見る。


そして――。


まだ生まれていない私の姿を思い浮かべるように目を閉じた。


『そのときは、娘が選びます』


『私たちではなく』


『エレナ自身が』


セレスティアが静かに口を開いた。


『あなたは、本当にそこまで信じられる?』


母は頷く。


『信じます』


『自分の娘を』


映像が揺れる。


黒い糸が現れた。


それは母の胸へ伸びる。


「危ない!」


私は思わず叫んだ。


しかし、映像の母は動かなかった。


『この記憶を、運命の源へ預けます』


『私が思い出せないように』


『誰にも利用されないように』


グレアムが魔法陣を展開する。


『十年間だけ封印する』


『十年後、この子がここへ来たとき――』


セレスティアが続けた。


『自分の意思で封印を解く』


母は最後に私へ向かって微笑んだ。


『エレナ』


その声は、現在の母と同じだった。


『あなたがこの記憶を見るとき、きっと私はもう答えを知っている』


『でも――』


『私の答えを、そのまま信じないで』


私は目を見開いた。


『あなた自身で決めて』


映像が止まった。


静寂。


母は何も言わなかった。


私はそっと母の手を握った。


「お母さん……」


「ごめんなさい」


母が涙を流す。


「あなたに何も話せなかった」


「ううん」


私は首を横に振る。


「話さなかったんじゃない」


「自分で選べるようにしてくれたんでしょう?」


母は目を見開く。


「……エレナ」


私は微笑んだ。


「だから、ありがとう」


母は私を抱きしめた。


「……大きくなったわね」


「もう、それ何回目?」


「何度でも言いたいの」


私は母の胸に顔を埋めた。


その少し離れた場所で、ルシアンが微笑んでいた。


「……何?」


私が尋ねる。


「いや」


彼は少し困ったように笑う。


「やっぱり、似てるなと思って」


「私とお母さん?」


「うん」


母がこちらを見る。


「そう?」


「ええ」


ルシアンは頷いた。


「二人とも、頑固なところが」


「……」


私と母は同時に彼を見る。


「ルシアン?」


「はい」


「今、何て言った?」


「何も言ってません」


母が笑う。


「逃げたほうがいいわね」


「お母さんまで……」


ルシアンが一歩後ろへ下がる。


「僕は事実を――」


「ルシアン」


「はい」


「あとで話しましょう」


「……はい」


私は思わず笑った。


こんな場所でも、いつも通りの会話ができる。


それが、なぜか嬉しかった。


けれど――。


突然、青いペンダントが強く光った。


「……!」


母が胸元を押さえる。


「どうしたの?」


「違う……」


母が運命の源の奥を見る。


「記憶が、まだ一つ残っている」


「え?」


「この記憶は、私が封じたものじゃない」


「じゃあ、誰が?」


母は首を横に振る。


「分からない」


その瞬間。


湖の水面に新たな映像が浮かんだ。


十年前の王宮。


夜。


一人の幼いルシアンが眠っている。


その傍らに国王がいる。


そして――。


母がいる。


だが、その後ろにもう一人。


銀髪の女性。


あの女性だった。


彼女は幼いルシアンの額へ手をかざしている。


『この子の記憶を、一つだけ残します』


国王が尋ねる。


『何を?』


女性は答えた。


『エレナのこと』


母が驚く。


『なぜ?』


『すべてを忘れさせるより、一つだけ残したほうがいい』


『何を覚えさせるの?』


女性は幼いルシアンを見る。


『彼女を探す理由』


「……!」


ルシアンが息を呑む。


「僕の記憶……?」


女性が幼いルシアンへ手を伸ばす。


『ただし、これは運命ではない』


『彼女を見つけたとしても――』


『彼女があなたを選ぶとは限らない』


国王が頷く。


『それでいい』


『それが、この子自身の選択だから』


映像が消える。


ルシアンはしばらく黙っていた。


やがて、静かに笑った。


「だから……」


「ルシアン?」


「僕は、何度生まれ変わっても君を探していた」


彼は私を見る。


「でも、一度も君に選ばれることを保証されてはいなかった」


私は頷く。


「うん」


「それでも探した」


「どうして?」


ルシアンは少し考えた。


そして――。


「会いたかったから」


それだけだった。


運命でもない。


命令でもない。


誰かに決められた未来でもない。


ただ、会いたかった。


私は微笑んだ。


「私も」


金色の糸が輝く。


その瞬間、運命の源の奥から声が響いた。


『ならば、最後の封印を解け』


母が振り返る。


「最後の封印?」


『十年前に始まった計画は、まだ終わっていない』


『王も』


『母も』


『セレスティアも』


『グレアムも』


『そして二人も』


『すべての選択は、最後の場所へ繋がっている』


目の前に巨大な扉が現れた。


扉には、七本の糸が刻まれている。


その中心には――。


金色の糸。


私はルシアンと顔を見合わせた。


「行こう」


「うん」


私たちは手を繋ぐ。


そして――。


最後の扉へ向かって歩き出した。


扉の向こうに何があるのか。


まだ、誰にも分からない。


ただ一つ分かっていることがある。


そこには――。


十年前、すべての始まりとなった「最初の選択」が眠っている。

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