もう一人の私が知る、最初の約束
運命の源の最奥に開いた扉。
その向こうに立っていたのは――私だった。
銀色の髪。
紫色の瞳。
私と同じ顔。
けれど、その姿は今の私よりも少し大人びている。
長い髪が白い光の中で揺れていた。
「……あなたは」
私は言葉を失った。
隣にいるルシアンも、黙って彼女を見つめている。
彼女はゆっくりと歩いてきた。
「初めまして、エレナ」
「……初めまして?」
「ええ」
彼女は微笑む。
「今のあなたにとっては、初めましてね」
私は息を呑んだ。
「あなたは……私なの?」
「そうとも言えるし、違うとも言える」
「どういう意味?」
彼女は胸元に手を当てた。
そこには、私と同じ青いペンダントがあった。
「私は、あなたの魂に残された最初の記憶」
「最初の……記憶?」
「あなたがこの世界で初めて生きた頃の記憶よ」
私は目を見開いた。
「じゃあ、私の前の人生……?」
「それよりも、もっと前」
彼女の背後に光が広がる。
そこに映ったのは、知らない世界だった。
青い空。
広大な森。
まだ王国が今ほど大きくなかった時代。
そして――。
一人の少女。
私と同じ銀色の髪を持っていた。
その少女が、幼い少年と向かい合っている。
黒髪。
青い瞳。
「……ルシアン?」
ルシアンも映像を見つめる。
「僕……なのか?」
「正確には、あなたの魂の最初の記憶」
銀髪の女性が答えた。
「二人は、この世界で初めて出会った」
映像の中で、少女が少年へ手を差し出した。
『あなた、大丈夫?』
少年は少し驚いた顔をしている。
『……君は誰?』
『エレナ』
少女は笑った。
『あなたは?』
『ルシアン』
私は思わず笑ってしまった。
「最初から……名前が同じなんだ」
「そうね」
女性も微笑む。
「魂が同じだから」
ルシアンが映像を見つめる。
「でも、どうして僕たちは何度も生まれ変わったんだ?」
女性の表情が少し曇った。
「最初は、ただの出会いだった」
「ただの?」
「ええ」
彼女は湖を見る。
「二人は互いを選んだ」
「それだけだった」
「……」
「けれど、その選択が運命の源に記録された」
七本の糸が輝く。
「二人が互いを選ぶたびに、金色の糸が強くなった」
「そして――」
私は続きを尋ねる。
「敵が、それを利用しようとした?」
「そう」
女性は頷いた。
「金色の糸は、他人から強制された運命ではない」
「自分自身で選んだ繋がり」
「だからこそ、最も強い」
私は金色の糸を見る。
ルシアンとの間に伸びている。
「でも、それなら……」
私は女性を見る。
「どうして私は何度も別の世界へ行ったの?」
女性は少し黙った。
「すべての人生が、この世界にあったわけではないからよ」
「……!」
「あなたの魂は、一度この世界から離れた」
「そして、別の世界で生きた」
「その人生が、あなたが前の世界で生きた人生」
雨の記憶が蘇る。
濡れた道路。
白い光。
最後に聞いた声。
『次は、自分の人生を選びなさい』
「……あの声は」
「私よ」
女性が答えた。
「あなたをこの世界へ連れ戻したのではない」
「あなたに、選択肢を示しただけ」
私は黙って彼女を見る。
「私が選んだ……」
「ええ」
「この世界に来ることを?」
「そう」
「ルシアンに会うことを?」
女性は首を横に振った。
「それは、あなたがこの世界へ来た後に選んだこと」
胸の奥が熱くなる。
「じゃあ……」
私はルシアンを見る。
「私がルシアンを選んだことも、本当に私自身の選択なんだ」
「そうよ」
その瞬間。
ルシアンが私の手を握った。
「それなら、十分だ」
「ルシアン?」
「過去に何度僕たちが出会ったとしても」
彼は私を見る。
「今の僕が、今の君を好きだという事実は変わらない」
金色の糸が輝く。
「だから、また君を選ぶ」
私は笑った。
「私も」
二人の間に、金色の光が広がった。
しかし――。
その光を遮るように、黒い糸が運命の源全体へ伸びていく。
『選択など、幻想だ』
声が響いた。
私は振り返る。
黒い影が立っていた。
『お前たちは何度も同じ相手を選んだ』
『それを運命と呼ばず、何と呼ぶ?』
私は答える。
「運命でもいい」
『……何?』
「私たちが何度も出会ってきたことを、運命と呼ぶなら、それでいい」
私はルシアンの手を握る。
「でも」
金色の糸が強く輝く。
「運命だから好きになったんじゃない」
「好きになったから、運命を選んだの」
黒い影が沈黙する。
母が私の後ろから歩いてくる。
「エレナ……」
「お母さん」
「あなたなら、きっとそう言うと思っていたわ」
母は微笑む。
その目には涙が浮かんでいた。
「あなたが生まれたときから、ずっと願っていた」
「自分の力に支配されないでほしい」
「見える未来に従うのではなく、自分で未来を選んでほしい」
私は頷いた。
「うん」
すると、銀髪の女性が静かに手を上げた。
七本の糸が集まり始める。
「今ならできる」
「何が?」
「運命の源を書き換えること」
私は驚く。
「書き換える?」
「正確には、運命を固定する仕組みを壊すの」
黒い影が動く。
『それをすれば、世界は混乱する』
「それでもいい」
私は答えた。
『人々は迷う』
「迷えばいい」
『間違える』
「間違えてもいい」
『後悔する』
私は一度だけ目を閉じる。
そして、はっきりと言った。
「それでも、自分で選べる世界のほうがいい」
七本目の糸が完全に輝いた。
世界全体が揺れる。
白い糸。
青い糸。
赤い糸。
銀色の糸。
そして金色の糸。
すべてが一つに繋がっていく。
黒い糸が次々と弾かれていく。
『やめろ……』
黒い影が叫ぶ。
『選択など――』
「終わらせない」
私は一歩前へ出た。
「あなたが終わらせようとしているものを、私は守る」
金色の糸が私の手の中へ集まる。
その瞬間。
運命の源に、巨大な光が生まれた。
そして――。
世界中に散らばっていた無数の糸が、一度だけ自由に揺れた。
誰かが誰かを好きになる未来。
誰かが別の道を選ぶ未来。
失敗する未来。
成功する未来。
別れる未来。
再び出会う未来。
無数の可能性が生まれていく。
「……これが」
私は呟いた。
「本当の運命」
銀髪の女性が微笑む。
「いいえ」
彼女は首を横に振った。
「これは、運命ではないわ」
「あなたたちが選べる――」
「未来よ」
その言葉と同時に、黒い影が崩れ始めた。
しかし完全に消える直前。
影は私へ向かって言った。
『ならば最後に一つだけ教えてやろう』
私は身構える。
『お前の母が十年前に隠した、最後の記憶』
『それだけは――』
影が笑う。
『まだ、この世界には戻っていない』
黒い影が消える。
静寂が戻った。
「……最後の記憶?」
私は母を見る。
母は驚いた表情を浮かべていた。
「私にも……知らない記憶がある?」
銀髪の女性が、ゆっくりと母を見る。
「ええ」
「あなたが自分で封じた記憶が一つだけある」
母の顔から血の気が引く。
「そんな……」
私は母の手を握った。
「お母さん」
母は私を見る。
「大丈夫」
私は微笑んだ。
「今度は、一緒に探そう」
母はしばらく私を見つめ――。
やがて、静かに頷いた。
「……ええ」
運命の源に、新しい道が開いた。
その先にあるのは――。
十年前、母が自ら封じた最後の記憶。
そして、その記憶の中にいる人物の姿が、ゆっくりと浮かび上がった。




