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運命の源で待つ、もう一人の私

運命の源へ続く門が、目の前で静かに開いていた。


その向こうには、空も大地もなかった。


ただ、無数の糸が存在している。


白。


青。


赤。


銀。


黒。


そして、私とルシアンを繋ぐ金色。


すべての糸が遥か彼方へ伸び、巨大な光の中心へ集まっている。


「これが……運命の源」


私は思わず息を呑んだ。


母が隣で静かに頷く。


「ええ」


グレアムは後ろを振り返った。


「私はここまでです」


「グレアム?」


「王を支えている赤い糸を維持しなければなりません」


彼は地下に残された魔法陣へ手を置く。


「ここから先へ行けば、王を繋ぎ止める力が弱まります」


ルシアンが頷く。


「分かった」


「殿下」


グレアムは少しだけ笑った。


「あなたが自分で選んだ未来を、最後まで貫いてください」


「……ありがとう」


その横では、カイルが剣を鞘に収めた。


「私もここに残ります」


「カイル?」


「王宮内には、まだ黒い糸に操られている者たちがいます」


彼はミレイユを見る。


「ミレイユさんも、ここに」


「えっ」


ミレイユが目を丸くする。


「私も行くつもりだったんだけど」


「危険です」


「……でも」


ミレイユは少しだけ唇を尖らせた。


「エレナが行くなら、私は待ってる」


「ミレイユ……」


「その代わり、絶対に帰ってきて」


私は笑って頷いた。


「約束する」


母もこちらへ歩いてくる。


「私も行くわ」


「お母さんも?」


「ええ」


母は私の手を握った。


「あなたを一人にはしないと約束したでしょう?」


「……うん」


そして、セレスティア。


彼女は門の前で立ち止まっていた。


「私は、ここで戻るわ」


「どうして?」


「黒い糸が完全に消えたわけではないの」


彼女は自分の胸元に手を当てる。


「まだ一本だけ、残っている」


私は目を凝らした。


確かに、細い黒い糸が残っていた。


しかし、それは彼女の身体から伸びているのではない。


運命の源へ向かっている。


「私も一緒に行けば、あれがあなたたちを追う可能性がある」


「でも――」


「大丈夫」


セレスティアは微笑んだ。


「今度は、私自身の意思でここに残るの」


銀色の糸が淡く輝いた。


「あなたが教えてくれたでしょう?」


「……何を?」


「選ぶことを」


私は少しだけ笑った。


「じゃあ、また会える?」


「もちろん」


セレスティアはそう言った。


「今度は、敵か味方かなんて聞かれない場所でね」


私は頷いた。


そして、ルシアンと一緒に門をくぐった。


一歩進んだ瞬間――。


世界が変わった。


音が消える。


身体が浮かぶ。


無数の糸が私たちの周囲を流れていく。


「……すごい」


ルシアンが呟く。


「僕は、こんな場所を知らない」


「ルシアンにも見えるの?」


「少しだけ」


彼は目を細めた。


「僕には、過去の糸が見える」


「過去の?」


「うん」


彼の視線の先に、青い糸が一本伸びている。


そこには映像が浮かんでいた。


幼いルシアン。


その隣にいる母。


そして――。


幼い私。


いや。


私と同じ魂を持った、別の人生の私。


三人が笑っている。


「また……」


私は胸を押さえた。


「また会っていたんだ」


ルシアンは黙って映像を見ている。


「でも」


彼は静かに言った。


「僕は、この記憶を全部覚えているわけじゃない」


「え?」


「僕が覚えているのは、出会ったことや別れたことだけだ」


「それだけ?」


「うん」


彼は私を見る。


「だから、今の君を知ることができた」


その言葉に、胸が温かくなる。


「もし全部覚えていたら……」


「過去の君と今の君を混同していたかもしれない」


「ルシアン……」


「だから僕は、今の君に恋をしたかった」


彼は私の手を握る。


「運命だからじゃない」


金色の糸が輝く。


「何度出会ってきたとしても――」


「今ここにいる君を、僕自身の意思で選びたい」


私は微笑んだ。


「私も」


その瞬間。


目の前に巨大な湖が現れた。


水面には無数の人生が映っている。


私たちの過去。


私たちの未来。


まだ選ばれていない可能性。


「これは……」


「魂の記録よ」


母の声が聞こえた。


振り返る。


母もこちらへ来ていた。


「この場所では、すべての糸が記録されている」


「じゃあ……私の最初の人生も?」


「ええ」


母は頷いた。


「あなたがこの世界に来る前の人生も」


湖の中央に、一人の少女が映った。


現代の街。


雨。


傘。


濡れた道路。


そして――。


死ぬ直前の私。


私は息を止めた。


「……これが」


私が前の世界で死んだ瞬間。


しかし、その映像には今まで見えなかったものがあった。


私の前に立つ、銀髪の女性。


あの女性だ。


彼女は私へ手を伸ばしている。


『あなたは、もう一度生きたい?』


過去の私は答えていた。


『……生きたい』


『どうして?』


少女はしばらく考えた。


そして――。


『今度は、自分の人生を自分で選びたい』


私は目を見開いた。


「私……」


今まで私は、どうしてこの世界に来たのかを知りたかった。


ルシアンと出会うためだったのか。


運命の源に呼ばれたからなのか。


誰かに選ばれたからなのか。


違った。


私は自分で選んだ。


この世界へ来ることを。


もう一度生きることを。


自分の人生を選ぶことを。


「だから……」


私は涙を拭う。


「私がこの世界に来た理由は、ルシアンじゃなかったんだ」


ルシアンは静かに頷いた。


「うん」


「少し寂しい?」


「いいや」


彼は笑った。


「むしろ嬉しい」


「どうして?」


「君が僕のためじゃなく、自分自身のために生きることを選んだから」


その瞬間。


湖の水面が大きく揺れた。


銀髪の女性がこちらを向く。


『ようやく思い出したのね』


「あなたは誰なの?」


女性は答えなかった。


代わりに、背後の闇から巨大な黒い糸が伸びてくる。


そして、その糸の先に――。


一人の人物が立っていた。


顔は見えない。


ただ、声だけが響く。


『思い出したところで、何も変わらない』


『彼女がこの世界を選んだことも』


『お前たちが何度出会ったことも』


『すべて、私が用意した可能性に過ぎない』


ルシアンが剣を抜く。


「……何者だ」


『私は、運命を終わらせる者』


黒い糸が湖を覆う。


『選択など必要ない世界を作る』


私はその言葉を聞き、ゆっくりと立ち上がった。


「違う」


『何?』


「あなたは、運命を終わらせたいんじゃない」


私は金色の糸を握る。


「選択を終わらせたいだけ」


黒い糸が止まった。


「私は失敗するかもしれない」


私はルシアンを見る。


「後悔するかもしれない」


母を見る。


「誰かを傷つけるかもしれない」


そして、運命の源を見上げる。


「それでも――」


金色の糸が七本の糸へ繋がっていく。


「自分で選んだ人生を生きたい」


湖全体が光に包まれた。


その瞬間。


銀髪の女性が、初めてはっきりと微笑んだ。


『それが、あなたがここへ来た本当の理由よ』


そして彼女は告げた。


『エレナ』


『あなたは、この世界を選んだだけではない』


『この世界そのものに――』


『もう一度、選択する力を与えるために来たの』


私は息を呑んだ。


七本の糸が、一斉に輝き始める。


しかしその直後――。


運命の源の最奥から、巨大な扉が開いた。


その向こうにいたのは――。


もう一人の私だった。

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