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死んだはずの王

黒い光の中に浮かんだ人物を見て、私は息を止めた。


白銀の髪。


深い青の瞳。


王冠を戴いた姿。


その顔は、私が何度も見てきたルシアンによく似ていた。


けれど――。


「……父上」


ルシアンの声が震える。


アストレア王。


十年前に亡くなったとされている人物。


私たちが今まで追ってきた事件の中心にいた人物。


その人が、黒い光の向こう側に立っていた。


「どうして……」


ルシアンが一歩前へ出る。


「父上は十年前に亡くなったはずだ」


王は何も答えない。


ただ、こちらを見つめている。


その目には感情がなかった。


「……違う」


私は呟いた。


「エレナ?」


「ルシアンのお父さん本人じゃない」


私は目を凝らした。


王の身体には、無数の黒い糸が絡みついている。


その中に一本だけ――。


赤い糸があった。


「赤い糸が……」


母が私の視線を追う。


「王家の防壁」


「うん」


私は頷く。


「でも、黒い糸がその上から覆ってる」


グレアムが顔を青ざめさせた。


「そんな……」


「グレアム?」


「十年前……」


彼は震える声で呟いた。


「私は、陛下が亡くなったとは聞いていません」


ルシアンが振り返る。


「何?」


「正式な死亡記録を見たこともない」


「でも、父上の葬儀は――」


「偽装だった可能性があります」


その言葉に、全員が黙った。


ミレイユが恐る恐る手を挙げる。


「つまり……」


「はい」


グレアムが頷く。


「十年前に死んだのは、王ではなかった」


私は王を見上げた。


「じゃあ、どうして今まで姿を隠していたの?」


その瞬間。


王の口が動いた。


「……ルシアン」


低い声だった。


本物の声。


ルシアンの顔が強張る。


「父上……?」


「近づくな」


王はそう言った。


「この場所から離れろ」


黒い糸が王の身体を締めつける。


「父上!」


ルシアンが走り出そうとする。


私は彼の手を掴んだ。


「待って!」


「でも!」


「まだ黒い糸が繋がってる!」


「……!」


王が苦しそうに顔を歪める。


「ルシアン……」


「はい!」


「エレナを……連れて逃げろ」


「嫌です」


即答だった。


王の目が僅かに見開かれる。


「僕はもう、逃げない」


ルシアンは剣を抜いた。


「十年前も、父上は僕を逃がした」


「……」


「母上やエレナの母君も、僕を守った」


「……」


「でも、その結果、多くの人が傷ついた」


ルシアンは剣を構える。


「今度は僕が選びます」


金色の糸が輝いた。


「父上を助ける」


王の目に、初めて光が戻った。


「……馬鹿な子だ」


その声は、ほんの少しだけ昔の父親のものだった。


「それは……お前が選んだのか?」


「はい」


「誰かに決められたのではなく?」


「僕自身が決めました」


王は静かに目を閉じた。


「そうか……」


赤い糸が強く輝く。


その瞬間、黒い糸が一斉に動き出した。


「来る!」


カイルが叫ぶ。


大量の黒い糸が地下空間を埋め尽くす。


母が魔法を放つ。


「エレナ!」


「分かってる!」


私は目を閉じた。


無数の糸が見える。


黒。


赤。


青。


金。


銀。


そして透明な糸。


私はその中から一本を選んだ。


「ここ!」


指先から光が走る。


透明な糸が黒い糸の間へ入り込んだ。


「切らないで!」


セレスティアが叫ぶ。


「分かってる!」


私は黒い糸そのものを切るのではなく、一本ずつ王の身体から外していく。


一本。


二本。


三本。


王の身体から黒い糸が抜けていく。


しかし、最後の一本だけが動かない。


「……これは?」


その黒い糸の先を辿る。


地下からさらに下。


王宮の遥か深く。


そして――。


運命の源へ。


「この糸……運命の源に繋がってる」


母の表情が変わる。


「まさか……」


グレアムが震える。


「陛下自身が、門の鍵にされている……?」


王が静かに笑った。


「そういうことだ」


ルシアンが振り返る。


「父上……」


「十年前、私は自分自身を囮にした」


王は語り始めた。


「お前を守るためだけではない」


「運命の源が、誰か一人の意思によって支配されないようにするためだ」


「だから、父上は自分を……」


「運命の源の門を閉じる錨にした」


私は理解した。


十年前の王の選択。


ルシアンの偽装された死。


母が自分の運命の糸を隠したこと。


セレスティアが黒い糸を受け入れたこと。


すべては同じ目的に繋がっていた。


「じゃあ……」


私は王を見る。


「あなたを助ければ、運命の源の門が開いてしまう」


「そうだ」


ルシアンが唇を噛む。


「なら、どうすればいい?」


王は答えなかった。


代わりに、私を見た。


「エレナ・ヴァレンティア」


「はい」


「お前なら分かるはずだ」


「……何が?」


「私を救うことと、世界を救うことを、別々の選択だと思うな」


私は息を呑む。


「二つを繋げろ」


その言葉と同時に、赤い糸が金色の糸へ伸びた。


そして――。


七本目の糸が、完全に光り始めた。


「……!」


空が震える。


運命の源へ続く巨大な門が開いていく。


黒い闇の向こうに、無数の糸が見えた。


その中心に――。


誰かが立っている。


銀色の髪。


紫色の瞳。


私とよく似た顔。


あの女性だった。


『ようやく、ここまで来たのね』


声が響く。


『エレナ』


私は彼女を見つめる。


「あなたは……誰?」


女性は微笑んだ。


『それを知るためには――』


黒い糸が彼女の背後から広がる。


『まず、あなた自身の魂が何者なのかを知らなければならない』


ルシアンが私の手を握る。


「エレナ」


「うん」


私は彼の手を握り返した。


「一緒に行こう」


七本の糸が光を放つ。


そして、私たちの前に――。


運命の源へ続く道が開いた。

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