三人を救う第四の道
「第四の道……?」
私は目の前に浮かぶ糸を見つめていた。
母へ続く糸。
ルシアンへ続く糸。
セレスティアへ続く糸。
そして、その三本の間にだけ存在する、細く透明な糸。
今まで一度も見えなかった糸だった。
「エレナ」
ルシアンが私の隣に立つ。
「それは何?」
「分からない」
私は目を凝らした。
透明な糸は、三本の糸に触れている。
けれど、どこにも繋がっていない。
「誰か一人を選ぶ道じゃない」
母が呟く。
「三人の運命そのものを繋ぎ直す道……?」
「たぶん」
私は手を伸ばした。
透明な糸に触れる。
その瞬間――。
大量の映像が頭の中へ流れ込んできた。
母がセレスティアと出会った頃。
幼いルシアンを救った頃。
国王と話していた頃。
そして、セレスティアが黒い糸に繋がった瞬間。
『私を切らないで』
彼女の声が聞こえる。
『もし私が敵に見えるようになっても――』
『私自身の意思まで奪われたわけではないから』
「……!」
私は目を開いた。
「そういうことだったんだ」
ルシアンが尋ねる。
「何が分かった?」
「セレスティアは、自分から黒い糸を受け入れた」
「敵に支配されたのではなく?」
「ううん」
私は首を横に振る。
「支配されることを利用していたの」
母が驚く。
「敵の内部へ入るために……?」
「そう」
私は透明な糸を見る。
「でも、その代わりに黒い糸が少しずつ彼女の意思を侵食していった」
「だから、今の彼女は――」
「自分の意思と敵の意思が混ざっている」
母が目を閉じた。
「だから、あのとき私に『味方とは限らない』と言ったのね」
「うん」
私は頷いた。
「自分でも、いつまで自分でいられるか分からなかったんだと思う」
その瞬間。
王宮の上空から巨大な魔力が爆発した。
ドォォォン――!
「セレスティア!」
私は走り出した。
「待って!」
ルシアンも続く。
母とカイル、ミレイユも後を追う。
王宮の外へ出ると、空を覆っていた魔法陣がさらに巨大になっていた。
その中心に、セレスティアがいる。
無数の黒い糸が彼女の身体へ絡みついている。
「エレナ!」
セレスティアが叫ぶ。
「来ては駄目!」
「セレスティア!」
「私に近づかないで!」
彼女の声が震えている。
「もうすぐ、私自身が私ではなくなる!」
黒い糸が彼女の腕を締めつける。
「早く逃げて!」
私は立ち止まった。
「嫌」
「エレナ!」
「私はあなたを置いていかない」
「どうして……」
セレスティアの目から涙が落ちる。
「私はあなたを騙した」
「うん」
「敵の側にいるように見せた」
「うん」
「何度もあなたを危険な場所へ導いた」
「それも知ってる」
「だったら――」
セレスティアが叫ぶ。
「どうして私を助けようとするの!」
私は少しだけ笑った。
「だって、あなたが私を騙した理由も見えたから」
「……」
「あなたは私たちを運命の源へ導こうとしていた」
「でも、それだけじゃない」
私は空に浮かぶ糸を見る。
「あなたはずっと、敵の計画を内側から壊そうとしていた」
セレスティアは何も言わない。
「なのに、どうして……」
「怖かったんでしょう?」
セレスティアの瞳が揺れる。
「自分が敵になってしまうことが」
「……」
「だから、一人で全部抱えていた」
私は一歩前へ進む。
「でも、もう一人でやらなくていい」
「エレナ……」
その瞬間。
黒い糸から声が響いた。
『甘いな』
空気が震える。
『一人を救えば、別の誰かが犠牲になる』
『それが運命だ』
黒い糸が母へ向かう。
「お母さん!」
私は手を伸ばした。
金色の糸が母へ伸びる。
同時に、別の黒い糸がルシアンへ向かう。
「ルシアン!」
「大丈夫!」
ルシアンが剣で弾く。
しかし、さらにセレスティアへ向かう黒い糸が増える。
「三人を同時には救えない」
声が響く。
『一人を選べ』
『母を選べば、セレスティアが消える』
『セレスティアを選べば、ルシアンが傷つく』
『ルシアンを選べば――』
黒い糸が母へ向かう。
『母を失う』
私は歯を食いしばった。
「……違う」
『何?』
「その選択肢は、あなたが作ったもの」
私は透明な糸を見る。
「だから、私が従う必要はない」
透明な糸が光る。
「第四の道がある」
『存在しない』
「ある」
私は手を伸ばす。
透明な糸を掴む。
「三人を選ぶ」
黒い糸が一斉に襲いかかる。
「エレナ!」
ルシアンが私の前に立つ。
「大丈夫」
「でも――」
「今回は、私が選ぶ番だから」
私は透明な糸を引いた。
すると――。
三本の糸が一つに繋がった。
母の青い糸。
ルシアンの金色の糸。
セレスティアの銀色の糸。
それらの中心に、透明な糸が入っていく。
「何……?」
セレスティアが驚く。
黒い糸が一本ずつ、彼女の身体から抜けていく。
「嫌!」
セレスティアが叫んだ。
「抜かないで!」
「大丈夫!」
私は叫ぶ。
「切ってない!」
「……!」
「あなたの運命を切ってるんじゃない!」
青い光が広がる。
「あなた自身の意思と、敵に繋がれた糸を分けてるの!」
セレスティアの周囲にあった黒い糸が、少しずつ分離していく。
一本。
二本。
三本。
そして――。
最後の黒い糸が、彼女の胸元から抜けた。
セレスティアが落下する。
「セレスティア!」
私は走る。
ルシアンが先に駆け出し、彼女を受け止めた。
「大丈夫か?」
「……ルシアン」
セレスティアは目を開ける。
「どうして……」
「エレナが助けたんだ」
「そう……」
彼女は私を見る。
「あなた、本当に無茶をするわね」
「セレスティアに言われたくないよ」
「……ふふ」
彼女が小さく笑う。
その瞬間。
空を覆っていた魔法陣が崩れ始めた。
「まだ終わってない!」
母が叫ぶ。
魔法陣の中央。
そこに巨大な黒い穴が開いている。
「運命の源への門が開いてしまった!」
カイルが尋ねる。
「閉じるには?」
母が答える。
「七本の糸を正しい位置へ戻す必要がある」
「なら、やるしかない」
私は空を見上げる。
七本の大いなる糸。
そのうち六本は光っている。
そして最後の一本。
まだ暗い。
「七本目……」
セレスティアが立ち上がる。
「それを目覚めさせるには、あなた一人では足りない」
「え?」
「選択の糸は、一人では生まれない」
セレスティアが私を見る。
「誰かが自分の意思であなたを選ぶ必要がある」
私はルシアンを見る。
彼は迷わず私の手を取った。
「僕はもう選んでいる」
金色の糸が輝く。
母も私の手に触れた。
「私も」
青い糸が輝く。
セレスティアも手を伸ばす。
「私も、あなたの選択を信じる」
銀色の糸が輝く。
カイルも剣を構えた。
「私も、あなた方の選択を守ります」
ミレイユが手を挙げる。
「私も!」
カイルが振り返る。
「ミレイユさんは、今回は何を?」
「えっと……」
ミレイユは少し考える。
「……応援!」
一瞬、全員が黙った。
そして――。
私は笑ってしまった。
「ありがとう、ミレイユ」
「役に立ったでしょ?」
「うん。すごく」
王宮の上空で、七本目の糸が少しずつ光り始める。
しかし。
その瞬間。
王都の中心から巨大な黒い光が突き上がった。
『まだだ』
あの声。
『七本目を目覚めさせても、運命の源は私のものだ』
「……!」
黒い光の中に、一人の影が浮かぶ。
その姿を見た瞬間。
母の顔が凍りついた。
「……そんな」
ルシアンも息を呑む。
「父上……?」
黒い光の中に現れた人物は――。
十年前に死んだはずの、ルシアンの父。
アストレア王だった。




