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十年前の計画を知る者

「お久しぶりです」


その声が玉座の間に響いた。


私は目の前の人物を見つめる。


黒い指輪。


左手には、母が持っていたものと同じ青いペンダント。


そして、その顔には見覚えがあった。


「……あなたは」


ルシアンが低い声で呟く。


「王宮魔術顧問、グレアム・アルヴェイン」


カイルが驚く。


「まさか……!」


グレアム。


十年前、ルシアンの死亡が発表された直後に王宮を去った人物。


当時は、ただの魔術顧問だと聞かされていた。


「なぜ、あなたがここに?」


ルシアンが尋ねる。


グレアムは微笑んだ。


「ここが私のいるべき場所だからですよ、殿下」


「十年前も、あなたは父上のそばにいた」


「ええ」


「では、僕が死んだことにされた理由も知っているのか?」


「もちろん」


グレアムは答えた。


「すべて知っています」


母が一歩前へ出る。


「だったら、そのペンダントは何?」


グレアムは左手を上げる。


青いペンダントが光った。


「あなたから預かったものですよ」


「……私から?」


「十年前に」


母の表情が変わる。


「そんなはずはないわ」


「覚えていないのですか?」


「私は、あなたにそれを渡していない」


「いいえ」


グレアムは首を横に振る。


「あなたは私に渡した」


「違う!」


母が強く否定する。


「私は――」


その瞬間。


母の顔から血の気が引いた。


「……まさか」


「思い出しましたか?」


「あなたは……」


母がグレアムを睨む。


「十年前、私がルシアンを逃がした後に現れた男」


グレアムは静かに頷いた。


「そうです」


ルシアンが剣を構える。


「母君の後を追っていたのか?」


「追っていたわけではありません」


「なら、なぜそこにいた?」


グレアムは答えなかった。


代わりに、右手の黒い指輪を見せる。


「これを見れば分かるでしょう」


黒い指輪から黒い糸が伸びる。


その糸は天井へ向かい、王宮の外へ消えていく。


「これは……」


私は目を凝らした。


黒い糸の奥に、いくつもの細い糸がある。


その中に――。


銀色の糸。


「セレスティアと同じ……」


「そうです」


グレアムが微笑む。


「彼女も、この計画に関わっています」


「違う!」


母が叫んだ。


「セレスティアは――」


「あなたはまだ、彼女を信じているのですね」


「……」


「それは構いません」


グレアムは淡々と続ける。


「ですが、彼女が十年前に何をしたのかを知れば、その考えも変わるでしょう」


私は眉を寄せた。


「何をしたの?」


グレアムは私を見る。


「あなたの母親と、私と、国王陛下」


「そしてセレスティア」


「四人で、ある計画を立てました」


ルシアンが驚く。


「父上も?」


「はい」


「何のために?」


グレアムは玉座の横にある古い魔法陣へ手をかざした。


「運命の源を封じるためです」


部屋の床が青く光る。


「十年前、運命の源が初めて不安定になりました」


「原因は?」


「あなたたち二人の魂です」


私は息を呑む。


「私とルシアン?」


「正確には、あなたたちの金色の糸」


グレアムは続ける。


「何度も生まれ変わり、何度も出会い、何度も互いを選んだ」


「その繰り返しによって、金色の糸は七本の大いなる糸の中心へ近づいていった」


「だから、敵が狙った」


「そして、王国はあなたたちを守ろうとした」


ルシアンが尋ねる。


「だったら、なぜ僕を死んだことにした?」


「それが唯一の方法だったからです」


「僕を隠すため?」


「それだけではありません」


グレアムは首を横に振った。


「あなたの死を偽装することで、金色の糸を一時的に眠らせる必要があった」


「……」


「しかし、完全には眠らせられなかった」


グレアムが私を見る。


「なぜなら、エレナ様が生まれたからです」


「私が……」


「あなたが生まれた瞬間、金色の糸が再び輝いた」


母が静かに目を閉じる。


「だから、私はあなたを守った」


「でも……」


私はグレアムを見る。


「あなたは敵側にいる」


「ええ」


「私たちを攻撃した」


「それも事実です」


「じゃあ、どうして?」


グレアムは初めて、少しだけ悲しそうな顔をした。


「私は、敵に協力しているのではありません」


「……え?」


「私は、敵の計画を利用している」


母が驚く。


「まさか……」


「彼らが運命の源を開こうとしているなら、私もそこへ入る必要がある」


「なぜ?」


グレアムは黒い指輪を見る。


「中にいる者を止めるためです」


部屋が静まり返る。


「中にいる者?」


私は尋ねる。


グレアムは頷いた。


「あなたが運命の源で聞いた声」


「それを発している者です」


「……!」


「あなたたちは、まだ本当の敵を見ていない」


ルシアンが剣を握る。


「では、誰なんだ?」


グレアムは答えようとした。


しかし――。


突然、黒い指輪が激しく光った。


「ぐっ……!」


グレアムが胸を押さえる。


「グレアム!」


私は反射的に手を伸ばした。


黒い糸が彼の身体へ食い込んでいる。


「エレナ、触らないで!」


母が叫ぶ。


「でも!」


「その糸は危険よ!」


私は糸を見る。


確かに黒い。


けれど、その奥に一本だけ白い糸がある。


「……違う」


「何が?」


「この人は、完全には支配されていない」


私はグレアムを見る。


「自分で黒い糸を受け入れてる」


グレアムが驚いた。


「よく分かりましたね」


「あなたは、何かを守るためにわざと繋がっている」


「……」


「違う?」


グレアムはしばらく黙っていた。


そして、小さく笑った。


「あなたは、本当にあの方に似ています」


母が険しい顔になる。


「あの方?」


「あなたの前世を導いた女性です」


私は息を呑む。


「彼女を知っているの?」


「知っています」


「誰なの?」


グレアムは答えようとした。


その瞬間。


王宮全体が激しく揺れた。


「きゃっ!」


ミレイユの声が遠くから聞こえる。


カイルが振り返る。


「外で何か起きています!」


窓の外を見る。


王都の上空に巨大な黒い魔法陣が浮かんでいた。


そして、そこから無数の黒い糸が街へ降りている。


「始まった……」


グレアムが呟く。


「何が?」


「王都全体を使った儀式です」


母が青ざめる。


「まさか……」


「運命の源への道を、王都そのものを使って開くつもりです」


ルシアンが前へ出る。


「止める方法は?」


グレアムは私を見る。


「あります」


「何?」


「あなたです、エレナ様」


「私……?」


「七本の糸をすべて支配する必要はありません」


グレアムは黒い指輪を外した。


「一本だけ、正しく繋ぎ直せばいい」


「どの糸?」


グレアムが王宮の地下を指差す。


「王家の血筋に繋がる赤い糸」


私は目を見開いた。


「赤い糸……」


「十年前、王子の死亡を偽装したときに封じられた糸です」


ルシアンが尋ねる。


「その糸が何を?」


「あなたのお父上が、最後に残した防壁です」


私は理解した。


赤い糸は危険を示すだけではない。


王家の決意。


そして、十年前に誰かが守ろうとした未来。


「なら、地下へ行こう」


ルシアンが頷く。


「僕も行く」


母も杖を握る。


「私も」


カイルが剣を抜く。


「私も同行します」


ミレイユが走ってくる。


「私も!」


カイルが即座に言う。


「ミレイユさんは外に――」


「嫌!」


「……」


「私だって役に立てるんだから!」


カイルが困った顔をする。


私は思わず笑ってしまった。


「ミレイユ、危険になったら絶対に逃げてね」


「分かってる!」


「本当に?」


「……たぶん」


「そこは即答してよ!」


私たちは思わず笑った。


ほんの一瞬だけ。


世界の運命を巡る戦いの真っ只中なのに。


けれど、その笑いが消えた直後。


地下から大きな音が響いた。


ドン――。


赤い光が床を突き抜ける。


そして、王宮の地下へ続く階段が現れた。


その先から、声が聞こえる。


『エレナ』


私は立ち止まった。


『ようやく、最後の糸へ辿り着いたな』


あの声。


運命の源で聞いた声。


私は拳を握る。


「今度こそ……」


ルシアンが隣に立つ。


「一緒に行こう」


「うん」


私たちは階段を下りる。


その先にあるのは――。


十年前、国王が隠した最後の防壁。


そして、王国そのものを揺るがす真実だった。

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