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十年前に隠された王の決断

運命の源の湖に映し出された映像。


そこには、十年前の王宮があった。


幼いルシアン。


私の母。


そして――ルシアンの父である国王。


「……父上」


ルシアンの声が震える。


映像の中で、国王は一枚の書類を机に置いていた。


そこには、こう書かれている。


『ルシアン・アストレア殿下、死亡』


「……!」


ルシアンが息を呑む。


しかし、国王はその書類に署名しなかった。


代わりに、書類を破り捨てる。


『この記録は偽物だ』


その場にいた数人の貴族がざわめく。


『ですが陛下、殿下の死亡を公表しなければ――』


『分かっている』


国王は冷静に答えた。


『あの者たちは、王子が生きていると知れば、必ず再び狙う』


母が映像の中で尋ねる。


『では、どうなさるおつもりですか?』


国王は少し黙った。


そして――。


『ルシアンは死んだことにする』


ルシアンが目を見開く。


「父上が……」


映像の中の国王は苦しそうに目を伏せていた。


『王子を守るためには、王子という身分そのものを消すしかない』


母が尋ねる。


『そして、王宮からも?』


『ああ』


『それでは陛下自身が疑われます』


『構わない』


国王は即答した。


『息子を生かすためなら、私は王としての名誉など捨てる』


ルシアンは何も言えなかった。


私は隣にいる彼の手を握る。


「……ルシアン」


「父は……僕を捨てたんじゃなかった」


「うん」


「僕を守るためだったんだ」


その声には、長い間抱えていた寂しさが混じっていた。


母が静かに続ける。


「でも、まだ続きがあるわ」


映像が変わった。


王国の地下。


国王。


母。


そして、十年前にルシアンを救った記録官。


三人が一つの魔法陣を囲んでいる。


その中心には幼いルシアンがいた。


『この魔法陣で、殿下の存在を運命の糸から隠します』


記録官が説明する。


『ただし、完全に消すことはできません』


『では?』


『誰かと強く結ばれた糸だけは残ります』


国王が尋ねる。


『その糸は?』


記録官が答える。


『金色です』


私は息を呑んだ。


国王が母を見る。


『それが、あの娘との糸か』


『はい』


『まだ生まれていない娘との?』


母は頷く。


『エレナです』


ルシアンが驚く。


「僕が八歳のときには、まだエレナは生まれていなかった」


「そう」


母が答える。


「でも、あなたたちの魂はすでに繋がっていた」


国王はしばらく黙った。


そして言った。


『ならば、その糸だけは残せ』


『陛下?』


『すべてを消せば、息子は完全に孤独になる』


私は胸が熱くなった。


『いつか、あの子が戻ってくるなら――』


国王は金色の糸を見る。


『その娘のところへ戻れるようにしてやってくれ』


ルシアンが目を伏せる。


「……父上」


その瞬間。


映像が途切れた。


「ここまでしか見えないの?」


カイルが尋ねる。


母は首を横に振った。


「違うわ」


「え?」


母が金色の糸を見る。


「まだ記録は続いている」


金色の糸が湖の奥へ伸びている。


私たちはその糸を追った。


すると、別の映像が現れた。


今度は王宮ではない。


森の中だった。


幼いルシアンが、一人の人物に連れられて歩いている。


「……あれは」


ルシアンが呟く。


記録官だった。


『殿下、ここから先は一人で行けますか?』


幼いルシアンが頷く。


『うん』


『本当に?』


『大丈夫』


少年は少しだけ笑った。


『僕は、死んだんでしょう?』


記録官が悲しそうな顔をする。


『……はい』


『だったら、もう怖くない』


私は胸が痛くなった。


そのとき、森の奥から母が現れる。


『ルシアン』


幼いルシアンが振り返る。


『あなたのお母様から預かったものがあるわ』


母は青いペンダントを見せる。


『これは……?』


『いつか必要になる』


『いつ?』


母は微笑む。


『あなたが、本当に守りたい人に会ったとき』


幼いルシアンは首を傾げる。


『誰?』


『まだ生まれていない女の子よ』


『……女の子?』


『あなたの運命の糸が繋がっている子』


少年は少し考えた。


そして、真剣な顔で言った。


『じゃあ、僕が守る』


母は苦笑する。


『それだけは約束しないで』


『どうして?』


『その子が自分であなたを選ぶまで、あなたは待たなければならないから』


幼いルシアンはしばらく考えた。


そして――。


『分かった』


『じゃあ、何を約束する?』


少年は笑った。


『その子が僕を選んでくれたら、そのときは僕も、その子を選ぶ』


私は思わずルシアンを見る。


彼は顔を赤くしていた。


「……子供の僕は、そんなことを言っていたのか」


「可愛い」


「エレナ……」


「ふふっ」


思わず笑ってしまう。


カイルが横を向いた。


「……殿下」


「何?」


「昔から変わっていませんね」


「どういう意味だ?」


「いえ」


カイルは真顔で答えた。


「今も同じことを言っているので」


「……」


ルシアンが黙り込む。


私はさらに笑ってしまった。


「確かに」


「エレナまで……」


母まで小さく笑っている。


「ふふ」


ルシアンが困ったように頭を抱えた。


「この場所で笑われるとは思わなかった……」


ほんの少しだけ。


重かった空気が軽くなった。


けれど、その直後。


金色の糸が突然強く輝いた。


「……!」


全員が振り返る。


映像がまた変わる。


今度は現在。


王宮のどこか。


誰かが一枚の古い記録を燃やしている。


その人物の顔は見えない。


しかし、その手には黒い指輪があった。


『王子の生存記録は、まだ残っている』


『あの方に報告しなければ』


私は息を呑んだ。


「まだ王宮の中に敵がいる……」


母が頷く。


「ええ」


記録官が険しい顔になる。


「十年前から、ずっと潜んでいた者かもしれません」


ルシアンが拳を握る。


「なら、王都へ戻らなければ」


しかし、私は首を横に振った。


「まだよ」


「エレナ?」


私は金色の糸を見る。


その先は王都ではなく――。


運命の源の最深部へ続いている。


「敵が王宮にいるなら、なぜこの場所から王宮へ糸が伸びているの?」


「……」


全員が沈黙する。


金色の糸の奥。


一本の黒い糸が王宮へ向かっている。


そして、その黒い糸は――。


私たちの前に立つ記録官の胸へ繋がっていた。


「……え?」


記録官が凍りつく。


「違う……」


彼は胸元を押さえた。


「私は……」


黒い糸が突然、彼の身体から伸びる。


「違う!」


彼が叫ぶ。


「私は裏切っていない!」


母が杖を構える。


ルシアンが剣を抜く。


私は黒い糸を見つめた。


これは――。


彼自身の糸ではない。


誰かに繋がれている。


「待って!」


私は手を伸ばした。


「この人は操られている!」


黒い糸の先を辿る。


その先には――。


王都。


王宮。


そして、王座の間。


そこに座っている人物がいた。


顔はまだ見えない。


けれど、その手には黒い指輪がある。


私は息を呑んだ。


「……王宮にいる」


そして、運命の源から伸びる黒い糸が一本。


その人物の指へ繋がっていた。


「本当の敵が……王宮にいる」


ルシアンの表情が険しくなる。


「なら、急いで戻らないと」


私は頷いた。


けれど、心の中には一つの疑問が残っていた。


あの人物は――。


十年前から王宮にいたのだろうか。


それとも――。


今、誰かに操られているだけなのだろうか。


金色の糸が静かに揺れる。


まるで、まだ答えを隠しているように。

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