もう一度、あなたに会いたい
翌朝。
私はほとんど眠れなかった。
ベッドに入ってから何度目を閉じても、昨夜の出来事が頭から離れなかった。
十年前に死んだはずの王子。
ルシアン・アストレア。
そして、私たちは過去の人生で何度も出会っていたという。
「……夢だったのかな」
そう呟きながら、私は窓の外を見る。
朝の光が街を照らしている。
いつもと変わらない朝。
なのに、私の中では何かが大きく変わってしまった。
胸元へ手を当てる。
そこには、昨日と同じように黄金色の糸が見えていた。
糸は屋敷の外へ伸び、遠くへ続いている。
昨日までは、その先に誰がいるのか分からなかった。
今は分かる。
「……ルシアン」
名前を口にしただけで、胸が高鳴った。
どうしてこんな気持ちになるのだろう。
会ったのは昨日が初めてなのに。
そのとき、部屋の扉が勢いよく開いた。
「エレナ!」
「きゃっ!」
「起きてる?」
入ってきたのはミレイユだった。
「ミレイユ……? どうして朝から?」
「昨日の誕生日会で、あなたが途中からいなくなったでしょう?」
「えっ……」
「探したのよ。お父様に聞いても知らないって言うし」
ミレイユは私の顔をじっと見つめた。
「それで?」
「何が?」
「何かあった?」
「……何もないわ」
反射的に答えた。
しかし、ミレイユは疑うように目を細める。
「嘘」
「どうして分かるの?」
「あなた、嘘をつくときに右手で髪を触るもの」
私は慌てて手を下ろした。
「……しまった」
「やっぱり何かあったのね!」
ミレイユがベッドへ身を乗り出してくる。
私はどう説明すればいいのか分からなかった。
森の中に行ったこと。
そこで死んだはずの王子に会ったこと。
そして、彼が私を知っていたこと。
どれも簡単には信じてもらえない。
「少し……変な人に会ったの」
「男の人?」
「……うん」
ミレイユの目が輝いた。
「恋?」
「違う!」
思わず大きな声が出た。
「まだ、何も始まってないから!」
「まだ?」
「……」
しまった。
ミレイユはにっこり笑った。
「詳しく聞かせてもらいましょうか」
私はため息をついた。
結局、昨夜のことを全部話すことはできなかった。
ただ、森で一人の青年に会ったことだけを伝えた。
「名前は?」
「……ルシアン」
その名前を口にした瞬間、ミレイユの表情が止まった。
「ルシアンって……?」
「え?」
「まさか……」
彼女の声が小さくなる。
「ルシアン・アストレア?」
私は答えられなかった。
ミレイユの顔から血の気が引いていく。
「エレナ……冗談よね?」
「……私も、そう思いたかった」
しばらく沈黙が続いた。
やがてミレイユが震える声で尋ねる。
「本当に……王子様だったの?」
「本人はそう名乗ったわ」
「でも、十年前に亡くなったはずよ」
「知ってる」
「じゃあ……」
その先の言葉は出てこなかった。
私は窓の外を見る。
黄金色の糸は、今日も見えている。
「私も、何が起きているのか分からないの」
その日の昼。
私は父と母に呼ばれ、屋敷の食堂へ向かった。
「エレナ」
父はいつになく真剣な表情をしていた。
「今日、王都で重要な発表があるそうだ」
「発表?」
「アストレア王国に関することらしい」
その名前を聞いた瞬間、胸がざわついた。
「まさか……」
父は首を横に振った。
「詳しいことはまだ分からない。ただ、昨夜から王宮周辺が騒がしいそうだ」
私は何も言えなかった。
昨日、ルシアンは言っていた。
しばらく王都にいる、と。
まさか、もう何かが始まっているのだろうか。
食事を終えた私は、自室へ戻った。
そして、窓から外を見た。
黄金色の糸が揺れている。
昨日とは違う。
糸の先が、少しだけ近くなっている。
「……どうして?」
その瞬間だった。
コンコン。
窓を叩く音がした。
「え?」
驚いて窓を開ける。
そこには一羽の白い鳥がいた。
足には小さな紙が結ばれている。
私は紙を外して開いた。
そこに書かれていた文字を見て、息を止める。
『今夜、昨日の礼拝堂で待っている』
署名はない。
でも、誰からなのかは分かっていた。
「ルシアン……」
胸が高鳴る。
会いたい。
その気持ちが、自分でも怖いくらい強くなっていた。
昨日まで知らなかった人。
それなのに、どうしてこんなにも会いたいと思うのだろう。
もしかすると、これも運命の糸のせいなのかもしれない。
そう思った瞬間。
私は紙を握りしめた。
「……違う」
運命のせいにしたくなかった。
ルシアン自身も言っていた。
運命が私を彼のもとへ連れてきても、私が彼を好きになる理由にはならない。
だったら、この気持ちが何なのか。
自分で確かめたい。
私は手紙を胸元へしまった。
「今夜、もう一度会おう」
そのとき、黄金色の糸が淡く輝いた。
まるで、私の決意を待っていたかのように。
けれど私はまだ知らなかった。
その夜の再会が、十年前に隠された王子の秘密を大きく動かすことになるなんて。
そして――
私自身の失われた記憶が、少しずつ目を覚まし始めていることも。




