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セレスティアの選択

「ここから先へは、行かせられないわ」


洞窟の入口に立つセレスティアを、私は見つめていた。


黒い糸が彼女の背後から無数に伸びている。


けれど、その中に一本だけ、以前見たものとは違う糸があった。


銀色。


それはセレスティアから仮面の男へ繋がっている。


「……あなたが、敵だったの?」


私が尋ねる。


セレスティアはすぐには答えなかった。


「そう見えるでしょうね」


「だったら、どうして私たちを白銀の塔へ導いたの?」


「あなたに力を目覚めさせるため」


「そして母を助けさせるため?」


「それも理由の一つよ」


母が一歩前へ出た。


「セレスティア」


その声を聞いた瞬間、セレスティアの表情が変わった。


「……久しぶりね」


「あなたは約束を破った」


母の声は静かだった。


「十年前、私たちは七本の糸を守ると約束したはず」


「ええ」


セレスティアは目を伏せる。


「でも、私は守れなかった」


「だから敵側についたの?」


「違うわ」


セレスティアは首を横に振った。


「私は敵側についているように見せているだけ」


「……え?」


私は驚いた。


セレスティアは杖を下ろした。


その瞬間、彼女の背後にあった黒い糸が一斉に揺れる。


「エレナ」


彼女は私を見る。


「あなたが見ている黒い糸は、すべてが敵の糸ではない」


「どういうこと?」


「黒く見えるのは、誰かに支配された糸だから」


私は目を凝らす。


確かに。


彼女の周囲にある糸は黒い。


けれど、その奥には細い銀色の糸が通っている。


「この銀色の糸……」


「私が繋いでいる糸よ」


セレスティアは答えた。


「敵に支配された人たちを、完全に切らずに繋ぎ止めている」


カイルが剣を構えたまま尋ねる。


「では、なぜ我々を止める?」


「ここから先へ進めば、七本目の糸が目覚めるから」


母が険しい表情になる。


「七本目……」


「そう」


セレスティアは洞窟の壁画を見る。


「まだ完全には目覚めていない」


私は壁画へ目を向ける。


七本の糸。


そのうち六本は淡く光っている。


しかし、最後の一本だけが暗い。


「これが七本目?」


「ええ」


「何の糸なの?」


セレスティアは私を見つめた。


「選択の糸」


「選択……」


「人間が自分の意思で未来を選ぶための糸」


私は息を呑んだ。


「それが目覚めたら?」


「運命の源が完全に開く」


ルシアンが口を開く。


「それなら、敵が狙っている理由も分かる」


「ええ」


セレスティアは頷いた。


「七本すべてが揃えば、運命の源へ干渉できる」


「だったら、壊せばいい」


カイルが言う。


「それはできないわ」


セレスティアは首を横に振る。


「七本の糸を壊せば、この世界の運命そのものが崩れる」


母が静かに続けた。


「だから私たちは十年前から守ってきた」


「でも、敵はもうここまで来ている」


ルシアンが仮面の男を見る。


「彼らはどうするつもりだ?」


仮面の男は笑った。


「七本目を目覚めさせるのですよ」


私は彼を見る。


「どうやって?」


「簡単です」


男は私を指差した。


「あなたが、ルシアン殿下との糸を選べばいい」


胸が大きく鳴った。


「……私が?」


「ええ」


「どういう意味?」


「あなたたちの金色の糸は、七本目の糸と繋がっている」


男は黒い石を掲げた。


「二人が互いを選び、強く結ばれれば――」


黒い光が広がる。


「選択の糸が目覚める」


ルシアンが剣を握る。


「だったら、僕たちを利用するつもりか」


「その通りです」


「させない」


ルシアンが前へ出る。


「エレナを利用することは許さない」


仮面の男が笑った。


「では、殿下」


「あなたは彼女を選ばないのですか?」


ルシアンの動きが止まった。


「……」


男は続ける。


「彼女を守るために、何度も生まれ変わってきたのでしょう?」


「それは――」


「ならば、今ここで選べばいい」


私はルシアンを見る。


彼の表情には迷いがあった。


私はすぐに分かった。


彼は私を守りたい。


でも、私の人生を決めたくない。


だから答えられない。


私は一歩前へ出た。


「ルシアン」


「エレナ……」


「大丈夫」


私は笑った。


「私は自分で決める」


そして、仮面の男を見る。


「私はルシアンを選ぶ」


男が笑う。


「それで――」


「でも」


私は言葉を重ねた。


「あなたたちに言われたからじゃない」


黒い石が揺れる。


「運命だからでもない」


金色の糸が輝く。


「私が、今の私の意思で選ぶ」


その瞬間。


洞窟全体が揺れた。


壁画の七本目の糸が、わずかに光る。


「……始まった」


セレスティアが呟く。


仮面の男が笑う。


「そうです!」


「これで七本目が――」


しかし、男の言葉は途中で止まった。


七本目の糸は完全には光らない。


むしろ、金色の糸から一本の青い糸が分かれ、私の母へ伸びていく。


「何……?」


男が動揺する。


「なぜだ!」


私は自分でも分からなかった。


ただ、心の中に一つの答えが浮かんでいた。


私はルシアンを選ぶ。


でも、それはルシアンだけを選ぶという意味ではない。


母も。


ミレイユも。


カイルも。


私自身の人生も。


大切な人たちを、自分の意思で大切にする。


その全部を選びたい。


「これが……選択の糸」


セレスティアが小さく呟く。


「一人を選ぶためのものではない」


母が続ける。


「自分の意思で、何を大切にするかを決める糸」


七本目の糸が、少しずつ輝き始める。


仮面の男が後退する。


「違う……」


「こんな選択ではない!」


男が黒い石を地面へ叩きつける。


巨大な黒い魔法陣が広がった。


「全員、下がって!」


セレスティアが杖を掲げる。


黒い魔力と青い魔力がぶつかる。


洞窟の天井から雪と石が落ちてくる。


「エレナ!」


ルシアンが私の腕を掴んだ。


「ここは危険だ!」


「でも、七本目の糸が!」


「今は逃げる!」


母が叫ぶ。


「運命の源は、この洞窟のさらに奥よ!」


「お母さん!」


「行きなさい!」


「でも――」


母は笑った。


「今度は私も一緒に行くと言ったでしょう?」


その言葉に、私は頷いた。


「……うん!」


私たちは洞窟の奥へ走った。


カイルが先頭。


その後ろを私とルシアン。


母も続く。


最後尾にはセレスティア。


「セレスティア!」


私は振り返る。


「あなたはどうするの?」


「私はここで彼らを止める!」


「でも!」


「大丈夫」


彼女は微笑んだ。


「私は、あなたたちを裏切っていない」


その言葉と同時に、セレスティアの銀色の糸が強く輝いた。


黒い糸が一斉に彼女の周囲へ集まる。


「さあ、行きなさい!」


私たちは走った。


洞窟の奥へ。


やがて、目の前に巨大な扉が現れた。


扉には七本の糸が刻まれている。


その中央には、私とルシアンの金色の紋章。


「これが……」


ルシアンが扉を見る。


母が静かに言った。


「運命の源への入口よ」


私は扉へ近づいた。


金色の糸が手のひらへ伸びる。


そして、扉の向こうから――。


声が聞こえた。


『ようやく来たか』


私は息を呑む。


聞いたことのない声。


けれど、その声には妙な懐かしさがあった。


『エレナ・ヴァレンティア』


『ルシアン・アストレア』


『お前たちが選んだ未来を、見せてもらおう』


扉がゆっくり開く。


その向こうには、無数の糸で満たされた巨大な空間が広がっていた。


そして、その中心に――。


一人の人物が立っていた。


顔はまだ見えない。


けれど、その人物から伸びる糸を見た瞬間。


私は凍りついた。


その人物と私を繋いでいるのは――。


私が一度も見たことのない、真っ白な糸だった。

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