運命の源へ
北へ向かう準備を終えた頃には、白銀の塔の外はすっかり暗くなっていた。
窓の向こうには、異様な光が浮かんでいる。
北の空。
そこに巨大な魔法陣が広がっていた。
金色と黒色の光が混ざり合い、まるで夜空そのものを染めている。
「あれが……敵が起動させようとしている魔法陣」
母が静かに呟いた。
「運命の源へ繋がる門よ」
私は窓の外を見つめた。
胸元の金色の糸が、その魔法陣へ向かって伸びている。
「なら、私たちもそこへ行けばいい」
「そう簡単にはいかないわ」
母は地図を広げた。
「魔法陣があるのは、北の果てにある古代遺跡」
「古代遺跡……」
「そこまで行くには、銀雪山脈を越える必要がある」
カイルが地図を確認する。
「この時期の銀雪山脈は危険です。吹雪だけではなく、魔物も多い」
「それでも行く」
ルシアンが即答する。
母は彼を見る。
「あなたは相変わらずね」
「何度生まれ変わっても、たぶん変わらないと思います」
「そうでしょうね」
母は少しだけ笑った。
「でも、今回は私も一緒に行く」
「大丈夫なの?」
私は母を見る。
十年間も運命の糸に繋がれていた。
身体はまだ完全に回復していない。
「大丈夫よ」
母は優しく笑った。
「あなたと一緒に歩くために、ここから出たのだから」
その言葉を聞くと、胸が熱くなった。
「……うん」
私たちは翌朝、白銀の塔を出発することにした。
その夜。
私はなかなか眠れなかった。
ベッドの横に座り、窓の外を眺める。
北の空に浮かぶ魔法陣。
あれが、運命の源への入口。
そして、その先には私がこの世界へ来た理由がある。
「眠れない?」
振り返る。
そこにはルシアンがいた。
「ルシアン」
「僕も」
彼は窓の近くまで歩いてくる。
「明日が来るのが少し怖い」
「……あなたも怖いんだ」
「もちろん」
彼は苦笑する。
「僕だって普通の人間だからね」
私は少し笑った。
「なんだか安心した」
「どうして?」
「あなたが何でも平気そうに見えるから」
「そんなわけないよ」
ルシアンは窓の外を見る。
「僕はずっと怖かった」
「何が?」
「また君を失うこと」
その言葉に、胸が痛くなる。
「過去の人生で、何度も君を失った」
「……」
「だから今度こそ、守らなければならないと思っていた」
私は彼の横顔を見る。
「でも、それは違った」
「え?」
ルシアンが私を見る。
「君は守られるだけの人じゃない」
「……」
「今日、それを改めて分かった」
私は少しだけ笑った。
「私も、一人では何もできないけどね」
「それでいい」
ルシアンが言う。
「僕たちは一人で戦う必要はない」
その言葉に、自然と手が伸びる。
彼の手を握る。
金色の糸が淡く輝いた。
「ねえ、ルシアン」
「何?」
「もし、運命の源で過去を全部見たら」
「うん」
「あなたはどうする?」
「何を?」
「もし、過去の人生の中で私があなたを選ばなかったことが分かったら」
ルシアンは少し考えた。
そして、微笑んだ。
「それでも、今の君を好きになる」
胸が大きく鳴った。
「過去の君に愛されることを求めているわけじゃない」
「……」
「僕が好きなのは、今ここにいるエレナだから」
私は顔が熱くなるのを感じた。
「……ずるい」
「何が?」
「そんなことを言われたら、何も言えない」
ルシアンが笑う。
その笑顔を見ていると、不思議と不安が消えていった。
翌朝。
私たちは白銀の塔を出発した。
母。
ルシアン。
カイル。
そして私。
四人で北へ向かう。
雪原を越え、山道へ入る。
数時間ほど歩いたところで、雪が強くなってきた。
「吹雪になる前に山を越えたい」
カイルが言う。
「急ごう」
私たちは歩みを速めた。
しかし、山の中腹に差しかかったところで、突然、母が立ち止まった。
「待って」
「どうしたの?」
母は周囲を見回す。
「この場所……」
「知ってるの?」
「ええ」
母は雪の中を見つめた。
「十年前、ルシアン王子を連れて逃げたときに通った場所よ」
ルシアンが驚く。
「ここを?」
「そう」
母は指を指した。
「この先に洞窟がある」
私には何も見えない。
けれど、青い糸がその方向へ伸びている。
「行ってみよう」
洞窟の入口は雪で半分埋まっていた。
カイルが雪をどける。
中へ入る。
壁には古い傷跡が残っていた。
母が触れる。
「ここで、あなたのお父様と別れたの」
「……」
私は母の横顔を見る。
十年前の記憶。
父に私を預け。
ルシアンと逃げた母。
そして、この場所で何かが起きた。
「お母さん」
「何?」
「十年前、この先で何があったの?」
母は少し黙った。
「敵に追いつかれたの」
「それで?」
「私はルシアンを逃がした」
ルシアンが母を見る。
「僕は……一人で逃げた?」
「違うわ」
母は首を横に振る。
「あなたを逃がしたのは、もう一人いた」
「もう一人?」
母は洞窟の奥を指した。
「その人が、あなたを助けたの」
私は息を呑む。
「それって……」
「あなたが十年間、誰に救われたのか分からなかった理由」
母は静かに言った。
「その人物は、王家の人間でもなかった」
「じゃあ、誰?」
母は答える前に、洞窟の奥へ歩き出した。
私たちも続く。
そして、最深部に辿り着いた。
そこには古い壁画があった。
七本の巨大な糸。
その中央に、一つの光。
私は壁画を見た瞬間、頭の奥に強烈な痛みを感じた。
「……っ!」
視界が揺れる。
壁画が動いて見える。
七本の糸。
そのうち一本が金色に輝く。
そして――。
私とルシアン。
その二人を見つめる、一人の人物。
「……誰?」
私は呟いた。
その人物の顔は見えない。
けれど、声だけが聞こえた。
『また、出会ったのね』
私は目を見開いた。
『今度こそ、運命を終わらせる』
その瞬間、視界が元に戻る。
「エレナ!」
ルシアンが私を支える。
「大丈夫?」
「うん……」
私は壁画を見つめる。
「七本の糸があった」
母の顔が険しくなる。
「……七本」
「知ってるの?」
「ええ」
母は壁画へ近づいた。
「これは、運命の源を守る七つの糸」
「七つ?」
「この世界の運命を支えていると言われている」
私は壁画を見る。
そのうち一本だけが、私たちの金色の糸と繋がっている。
「じゃあ、敵が狙っているのは……」
「七本すべて」
母が答えた。
「七本の糸を支配すれば、世界中の運命を操れる」
背筋に寒気が走った。
「だから、私たちを狙っている」
「そう」
母は頷く。
「あなたとルシアンの糸は、その七本の中心にあるから」
そのとき。
洞窟の外から、足音が聞こえた。
一つ。
二つ。
そして、何人もの足音。
カイルが剣を抜く。
「敵です」
ルシアンも剣を構える。
母は私を見る。
「エレナ」
「うん」
「ここから先は、もう逃げられない」
私は頷いた。
「逃げるつもりもない」
洞窟の入口に、黒い影が現れる。
その先頭に立っていたのは――。
仮面の男だった。
しかし、その隣には別の人物がいる。
黒い外套。
長い髪。
そして、見覚えのある紫色の瞳。
「……セレスティア?」
私は息を呑んだ。
彼女は私たちを見つめていた。
その手には、黒い杖。
そして彼女の背後には――。
無数の黒い糸が伸びている。
「どうして……」
私の声が震える。
セレスティアは悲しそうに微笑んだ。
「ごめんなさい、エレナ」
そして、静かに杖を構えた。
「ここから先へは、行かせられないわ」




