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異世界から来た理由

目を開けると、そこには白い天井があった。


「……ここは?」


身体を起こそうとした瞬間、頭に鈍い痛みが走った。


「無理をしないで」


聞き慣れた声。


振り向くと、母が椅子に座っていた。


「お母さん……」


「目が覚めたのね」


母は安心したように微笑んだ。


私は周囲を見回す。


白い石造りの部屋。


窓の外には雪。


どうやら白銀の塔の別の部屋らしい。


「ルシアンは?」


「隣の部屋にいるわ。カイルも無事よ」


「よかった……」


胸を撫で下ろす。


あの光の中で、みんなが無事だったことが分かって安心した。


けれど、一つだけ気になることがある。


「お母さん」


「何?」


「さっき言っていたこと……」


母の表情が少し曇った。


「私が、この世界に転生した理由」


「覚えているのね」


「うん」


私は母の手を握った。


「教えて」


母はしばらく黙っていた。


やがて、静かに口を開く。


「あなたが前の世界で亡くなったことは、本当よ」


私は頷く。


「でも、それがすべての始まりではない」


「……?」


「あなたがこちらの世界へ生まれ変わったのは、偶然ではないわ」


胸が高鳴る。


「じゃあ、誰かが私を呼んだの?」


「違う」


母は首を横に振った。


「あなた自身が、この世界を選んだの」


「私が?」


「ええ」


母は窓の外を見る。


「正確には、あなたの魂が」


私は言葉を失った。


「前の世界で、あなたは一度死を迎えた」


「そのとき、あなたの魂はこの世界へ繋がる糸を見つけた」


「……どうして?」


「あなたには、生まれる前から運命を見る力があったから」


「生まれる前から……?」


母は頷く。


「あなたの魂は、普通の魂とは少し違う」


「どう違うの?」


「複数の世界の運命を感じ取れるの」


私は前の世界の記憶を思い出した。


高い建物。


車。


雨。


鏡に映る自分。


そして、死の直前に感じた不思議な光。


「あのとき……」


私は呟く。


「私、何かを見た」


「ええ」


「白い光の中に、誰かがいた気がする」


母は驚いたように目を見開いた。


「覚えているの?」


「少しだけ」


私は目を閉じた。


断片的な記憶。


雨。


濡れた道路。


遠くの光。


そして、どこからか聞こえた声。


『――こちらへ』


誰の声だったのか分からない。


けれど、あの声を聞いた瞬間、私は恐怖よりも不思議な安心感を覚えていた。


「その声……」


母が呟く。


「お母さん、知ってるの?」


「いいえ」


母は首を横に振る。


「私にも、正確には分からない」


「じゃあ……」


「ただ、一つだけ確かなことがある」


母は私の目を見る。


「あなたがこの世界へ来たのは、誰かに強制されたからではない」


「……」


「あなた自身が、この世界で生きることを選んだのよ」


胸の奥が少し温かくなった。


それなら――。


私は自分の人生を、誰かに決められたわけではない。


前の世界で死んだことも。


この世界へ来たことも。


すべてが誰かの計画だったわけではない。


「じゃあ、ルシアンとの出会いは?」


母の表情が少しだけ変わる。


「そこが一番重要なの」


「……」


「あなたがこの世界へ転生したとき、金色の糸がすでに存在していた」


「私とルシアンの?」


「そう」


母は頷いた。


「でも、その糸はあなたがこの世界へ来たから生まれたわけではない」


「え?」


「もっと前から存在していた」


私は息を呑んだ。


「ルシアンが何度も転生してきた理由も、それに関係している」


母は静かに続ける。


「あなたの魂とルシアンの魂は、何度もこの世界で出会っている」


「でも、私は前の世界から来たんでしょう?」


「ええ」


「じゃあ、どうして?」


母は少し考えてから答えた。


「魂には、記憶だけではなく、繋がりも残るからよ」


「繋がり……」


「前の世界で生きていたあなたにも、過去の世界で生きていたあなたにも、同じ魂の核がある」


私は理解しようとする。


つまり――。


今の私は、前の世界で生きていた私でもある。


同時に、ルシアンと何度も出会った魂でもある。


「でも、私は過去の人生をほとんど覚えてない」


「それが普通よ」


母は優しく言った。


「記憶をすべて持ったまま転生すれば、今の人生を自分で生きることが難しくなる」


「だから……」


「あなたは、今のあなたとして生きるために、過去を忘れて生まれてきた」


胸の奥が温かくなる。


ルシアンが何度も言っていた言葉を思い出す。


過去の自分を愛してほしいわけではない。


今の自分を見てほしい。


「だから、ルシアンは私に選ばせようとしていたのね」


「ええ」


母が微笑む。


「あなたの魂の記憶ではなく、あなた自身の意思で彼を選んでほしかったのよ」


「……お母さんも、そう思っていた?」


「もちろん」


母は私の手を握った。


「あなたの人生は、あなたのものだから」


その言葉が胸に響いた。


そのとき。


扉が開いた。


「エレナ」


ルシアンだった。


「ルシアン!」


私は思わず立ち上がる。


彼も安心したように笑った。


「よかった。目が覚めたんだね」


「うん」


ルシアンは母を見る。


「話は聞いた?」


「今、聞いたところ」


「そう」


彼は少しだけ緊張した表情を浮かべた。


「なら、僕も話さなければならない」


「何を?」


「僕が何度も転生してきた理由」


私は黙って彼を見る。


「実は、僕も知らなかった」


「……え?」


「これまで、ただ君を探していると思っていた」


彼は窓の外を見る。


「何度生まれ変わっても、君を見つける」


「それだけだと思っていた」


「でも、十年前の事件で知った」


母が静かに頷く。


「あなたの転生にも、仕掛けがあった」


「仕掛け?」


「ええ」


母が答える。


「あなたの魂には、ある力が刻まれている」


ルシアンが眉を寄せる。


「僕にも?」


「運命を記憶する力」


私は驚いた。


「だから、過去の人生を覚えているの?」


「そう」


母は頷いた。


「あなたの魂には、過去の記憶を保持するための糸がある」


ルシアンは自分の胸元を見る。


「だから、僕は彼女を何度も見つけられた」


「ええ」


母は答えた。


「でも、それを利用しようとしている者がいる」


「敵……」


私は呟いた。


「そう」


母の表情が険しくなる。


「あなたたち二人の力を合わせれば、運命の糸そのものに干渉できる」


「だから狙われているの?」


「それだけではない」


母は二人を見る。


「あなたたちが出会うことで、ある力が完成するからよ」


「ある力?」


その瞬間。


部屋の奥に置かれていた水晶が光った。


金色の糸が浮かび上がる。


その糸は私とルシアンを繋ぎ、さらに遠くへ伸びていた。


「これが……?」


私は水晶へ近づく。


「この先に何があるの?」


母は答えた。


「運命の源」


「……」


「すべての運命の糸が最終的に繋がる場所」


ルシアンが息を呑む。


「そこへ行けば、敵の目的も分かる?」


「ええ」


「そして、お母さんの力も完全に理解できる?」


「おそらく」


母は頷いた。


「ただし、そこへ行くには一つ問題がある」


「何?」


母が私を見る。


「運命の源へ入れるのは、二人だけ」


「二人?」


「金色の糸で結ばれた二人」


私とルシアン。


「……」


私は彼を見る。


ルシアンも私を見ている。


母は静かに続けた。


「でも、そこへ入れば、二人の関係は大きく変わるかもしれない」


「どうして?」


「運命の源は、二人の過去をすべて見せるから」


私は息を呑む。


過去の人生。


出会い。


別れ。


そして、これまで知らなかった真実。


すべてが明らかになる。


けれど――。


私はルシアンの手を握った。


「行く」


「エレナ」


「知りたい」


私は彼を見る。


「過去を知りたいからじゃない」


「……」


「今の私が、これから何を選ぶのか知りたい」


ルシアンは静かに笑った。


「僕も行く」


母は二人を見つめた。


そして、少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「そう……」


その瞬間。


塔の外から鐘の音が響いた。


ゴーン……。


一度。


二度。


三度。


カイルが部屋へ入ってくる。


「エレナ様、殿下」


「どうしたの?」


「北の空に、巨大な魔法陣が出現しています」


母の顔色が変わった。


「……始まった」


「何が?」


母は窓の外を見る。


「敵が、運命の源を起動させようとしている」


私の胸元の金色の糸が強く輝いた。


その先は、遥か北へ向かっている。


私はルシアンの手を握り直した。


「行こう」


彼は頷く。


「うん」


母も立ち上がった。


「私も行くわ」


「お母さんも?」


「ええ」


母は微笑んだ。


「今度は、あなたを置いていかない」


その言葉を聞いて、胸がいっぱいになった。


十年前とは違う。


今度は三人で進める。


母が残した青い糸。


私とルシアンを繋ぐ金色の糸。


そして、北の果てへ続く道。


その先に待っているのは――。


私がこの世界へ来た本当の理由。


そして、私とルシアンが何度も出会ってきた理由だった。

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