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運命の糸を選ぶ

白銀の塔が、大きく揺れた。


眩い光が地下室を満たし、床も壁もすべてが白く染まっていく。


「エレナ!」


ルシアンの声が聞こえる。


けれど、私は目を開けていられなかった。


ただ、両手に伝わる糸の感触だけを感じていた。


金色の糸。


私とルシアンを繋ぐ糸。


その糸から、さらに一本が伸びている。


母へ。


「……お願い」


私は祈るように呟いた。


「切れないで」


金色の糸が震える。


その周囲を黒い糸が締めつけている。


まるで、私の願いを拒むように。


「エレナ!」


ルシアンの手が、私の手に重なった。


「一人でやらなくていい!」


「……ルシアン」


「僕も選ぶ」


彼の声は、はっきりしていた。


「君と同じ未来を」


その言葉を聞いた瞬間、金色の糸がさらに強く輝いた。


青い光が私の身体から溢れ出す。


「……!」


黒い糸が弾かれる。


一本。


また一本。


けれど、すべてを消すことはできない。


「まだ……足りない!」


私は歯を食いしばった。


「この黒い糸は、母を捕まえているだけじゃない!」


「何が見える?」


ルシアンが尋ねる。


「この糸の先に……誰かがいる!」


私は黒い糸を辿る。


塔の地下。


さらにその先。


山の中。


そして――。


遠く離れた場所にある巨大な魔法陣。


その中心に、一人の人物が立っていた。


顔は見えない。


けれど、その手には黒い石がある。


「見つけた……」


私の声が震える。


「黒い糸を操っている人がいる」


セレスティアが目を見開く。


「それは、誰?」


「分からない」


私はさらに糸を辿ろうとする。


その瞬間。


頭の中に声が響いた。


『――見つけた』


知らない声。


低く、冷たい。


『ようやく、目覚めたか』


「誰……?」


『君の母親と同じ力を持つ者よ』


私は息を呑んだ。


『その力を使えば、すべての運命を繋ぎ直せる』


「……そんなこと、しない」


『ならば、君の母親は永遠にここから出られない』


「……!」


母を見る。


水晶の中で、母はまだ目を閉じている。


黒い糸が胸に刺さったまま。


『選べ』


声が続く。


『母親を救うか』


『世界を守るか』


私は拳を握った。


「また……」


仮面の男が笑う。


「どうしました?」


「あなたたちは、ずっと同じことを言ってる」


私は彼を見る。


「二つのどちらかを選べって」


「事実でしょう」


「違う」


私は首を振る。


「それは選択じゃない」


仮面の男が黙る。


「ただ、誰かを犠牲にさせているだけ」


私は青い光を強くする。


「私はそんな未来を選ばない」


仮面の男が黒い石を掲げた。


「ならば、すべてを失えばいい!」


黒い魔力が一気に広がる。


「危ない!」


カイルが叫ぶ。


ルシアンが私の前に立つ。


しかし――。


私は手を伸ばした。


「大丈夫」


「エレナ?」


「今ならできる」


私には見えている。


黒い糸。


その先にいる敵。


そして、その糸に繋がれている人々。


敵だけではない。


塔の外にいる人たち。


王都の人々。


遠くの町。


無数の人間の糸が、この塔へ集まっている。


もしここで無理に切れば、本当に多くの人が影響を受ける。


だから――。


切るのではなく。


ほどく。


私は一本の糸に触れた。


青い光が、その糸を包み込む。


「……っ!」


頭の中に、たくさんの声が流れ込んでくる。


助けて。


怖い。


帰りたい。


誰かに命令されている。


自分では何も決められない。


私は目を閉じた。


「あなたたちは……操られていたんだ」


黒い糸に繋がった者たちの心。


彼ら自身が望んでいたわけではない。


誰かに運命を固定されていた。


私は糸を一本ずつ見つめる。


そして、そっと指を動かした。


一本。


二本。


三本。


黒い糸が、少しずつ薄くなる。


「なぜ……!」


仮面の男が叫んだ。


「なぜ切れない!」


「切ってないから」


私は答えた。


「あなたたちに繋がれていた人たちの糸を、元に戻しているだけ」


青い光が広がる。


黒い糸が一本ずつ解けていく。


男の身体からも、黒い糸が離れていく。


「やめろ!」


彼が叫ぶ。


「これがなくなれば、俺は……!」


「あなたも、自分で選べる」


私は彼を見る。


「それが怖いの?」


男は何も答えなかった。


黒い糸が完全に消える。


その瞬間、彼はその場に膝をついた。


「……俺は……」


震える声。


「何をしていた……?」


カイルが警戒しながら近づく。


けれど、私は首を横に振った。


「今は攻撃しないで」


カイルが驚く。


「しかし――」


「彼も、操られていた」


仮面の男は顔を伏せた。


もう、戦う意思はないようだった。


そのとき。


水晶の中から大きな音がした。


ピシッ。


「……!」


ひびが入る。


「お母さん!」


私は駆け寄った。


水晶に無数の亀裂が走る。


「エレナ!」


セレスティアが叫ぶ。


「まだ金色の糸を離さないで!」


私は両手で糸を掴む。


「分かった!」


水晶が砕ける。


ガシャァン!


光が溢れた。


その中から、一人の女性が落ちてくる。


「お母さん!」


私は受け止めようとする。


けれど、身体が支えきれない。


その瞬間、ルシアンが私を支えた。


そして――。


母が、ゆっくりと目を開いた。


「……エレナ?」


その声。


本物だった。


記憶ではない。


映像でもない。


今、目の前にいる。


「お母さん……!」


私は母を抱きしめた。


「エレナ……」


母の手が私の背中に触れる。


「大きくなったわね」


その一言で、涙が止まらなくなった。


「会いたかった……!」


「私もよ」


母は私を抱きしめ返した。


「ずっと、会いたかった」


十年間。


ずっと探していた。


ずっと待っていた。


ようやく、母の温かさを感じることができた。


「ごめんなさい」


母が謝る。


「あなたを一人にしてしまって」


私は首を横に振った。


「もういい」


涙を拭う。


「お母さんが生きていてくれたから」


母は微笑んだ。


そして、ルシアンを見る。


「ルシアン王子」


「お久しぶりです……と言うべきでしょうか」


ルシアンが少し笑う。


母も笑った。


「そうね」


けれど、次の瞬間。


母の表情が変わった。


「でも、喜んでいる時間はないわ」


「……何かあるの?」


母は頷いた。


「今回の敵は、十年前の者たちだけではない」


「じゃあ、誰?」


母は私を見る。


「あなたの力を狙っている、本当の敵がいる」


「さっき声を聞いた」


「そう」


母は小さく息を吐く。


「その人は、運命の糸を利用して、この世界の未来そのものを書き換えようとしている」


「どうして?」


「すべての人間の運命を一つにするため」


私は眉を寄せる。


「一つに?」


「誰も迷わない世界を作るためよ」


母は悲しそうに言った。


「誰も失敗せず、誰も別れず、誰も自分で選択する必要のない世界」


「……それは」


一見すると、幸せな世界にも聞こえる。


でも――。


「そんなの、幸せじゃない」


私は言った。


母が微笑む。


「そう。私もそう思った」


「だから戦ったの?」


「ええ」


母は頷いた。


「だから、あなたを守った」


そのとき、塔全体が再び揺れた。


セレスティアが外を見る。


「まだ終わっていない」


「何が起きているの?」


「塔の魔力が崩れている」


カイルが叫ぶ。


「ここに長くいるのは危険です!」


母が立ち上がろうとする。


けれど、身体がふらついた。


ルシアンが支える。


「無理をしないでください」


「ありがとう」


母はルシアンを見る。


そして、私を見る。


「エレナ」


「うん」


「あなたには、まだ伝えなければならないことがある」


「何?」


母は私の手を握った。


「あなたが異世界から来たことについて」


私は息を呑んだ。


「……私が前の世界で死んだこと?」


「それだけじゃない」


母は静かに言った。


「あなたが、この世界へ転生した理由を知っている」


私は目を見開いた。


「……理由?」


母は頷く。


「あなたがここへ来たことは、偶然ではない」


その言葉と同時に。


私とルシアンを繋ぐ金色の糸が、今までにないほど強く輝いた。


母はその光を見つめる。


「あなたがこの世界へ来た理由は――」


そこで、塔の最上階から巨大な光が落ちてきた。


「危ない!」


ルシアンが私を抱き寄せる。


轟音。


白い光。


そして、すべてが暗闇に包まれた。


最後に聞こえたのは、母の声だった。


「あなたとルシアンの出会いは――」


その言葉の続きだけが、聞こえなかった。

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