母を繋ぎ止める運命の糸
「その金色の糸こそが――」
セレスティアは、水晶の中にいる母を見つめた。
「あなたのお母様を、この世界に繋ぎ止めているの」
私は言葉を失った。
水晶の中。
母は目を閉じたまま、静かに浮かんでいる。
その胸には黒い糸が突き刺さり、身体の周囲には無数の糸が絡みついていた。
その中でも、一本だけが違っている。
私とルシアンを繋いでいる金色の糸。
その糸の一部が、母の胸へ伸びていた。
「……どうして?」
私は震える声で尋ねた。
「どうして私とルシアンの糸が、お母さんに繋がっているの?」
セレスティアはすぐには答えなかった。
「十年前、あなたのお母様は自分自身の運命の糸を切った」
「聞いたわ」
「でも、完全に切れば死んでしまう」
私は息を呑んだ。
「だから、別の糸に自分を繋いだ」
「それが……私たち?」
「そう」
セレスティアが頷く。
「あなたのお母様が選んだのは、最も強い運命の糸だった」
「私とルシアンの……」
「ええ」
私は水晶の中の母を見つめた。
母は私を守るために、自分の人生を捨てた。
そして最後には、私たちの糸に自分を繋いだ。
「じゃあ、この糸を切ったら……」
「あなたのお母様は死ぬ」
胸が締めつけられた。
「そんな……」
私は水晶へ手を伸ばしかける。
「触れてはいけない!」
セレスティアが叫ぶ。
私は手を止めた。
「今の状態で水晶に触れれば、糸が乱れる」
「でも、お母さんをこのままにしておけない!」
「分かっているわ」
セレスティアの声が少し震えていた。
「だからこそ、あなたをここへ導いた」
「……私を?」
「ええ」
彼女は私を見る。
「あなたなら、別の方法を選べる」
「別の方法?」
「切るのではなく、繋ぎ直すの」
私は水晶を見る。
無数の糸。
金色。
青。
銀。
そして黒。
「繋ぎ直す……」
「あなたのお母様が持っていた力よ」
セレスティアは静かに説明した。
「運命の糸を見る力」
「糸を選ぶ力」
「そして――」
杖の先が私の手を指す。
「糸を繋ぎ直す力」
私は自分の手を見る。
昨日、初めて青い光を放った。
あれが、その力だった。
「でも、私にはできない」
「まだ完全にはね」
「だったら……」
「だから、あなた一人ではやらない」
セレスティアがルシアンを見る。
「彼と一緒にやるの」
「僕と?」
ルシアンが驚く。
「あなたたち二人の糸だからこそ、彼女を繋ぎ止められた」
セレスティアは続けた。
「なら、二人で選び直せばいい」
私はルシアンを見る。
「できる?」
「分からない」
彼は正直に答えた。
「でも、やってみる」
その言葉に、私は頷いた。
「私も」
その瞬間だった。
地下室の入口から、大きな音が響いた。
ドンッ!
カイルが階段を駆け下りてくる。
「殿下!」
ルシアンが振り返る。
「どうした?」
「敵が地下まで追ってきます!」
「何人?」
「かなりの数です」
カイルが息を整える。
「仮面の男もいます」
セレスティアが目を細める。
「もう時間がないわね」
「何をすればいい?」
私は尋ねた。
セレスティアは水晶を指差した。
「まず、金色の糸を探して」
「この中から?」
「ええ」
私は目を閉じた。
糸を意識する。
無数の糸が見える。
黒。
赤。
青。
銀。
そして――。
金色。
一本。
二本。
三本。
たくさんある。
けれど、その中でも特別に強い糸が二本あった。
一つは私。
もう一つはルシアン。
二本の糸は絡み合いながら、水晶の中心へ伸びている。
そして、その中心に母がいる。
「見つけた」
「なら、触れて」
私は手を伸ばす。
ルシアンも隣に立つ。
「一緒に?」
「うん」
私たちは同時に糸へ触れた。
瞬間。
世界が白く染まった。
私は知らない場所に立っていた。
雪が降っている。
目の前には幼いルシアン。
そして――。
若い母。
「エレナを守って」
母が言っている。
「彼女の力は、いつか目覚める」
幼いルシアンが頷く。
「僕が守る」
「いいえ」
母は首を横に振る。
「守るだけでは駄目」
「……?」
「エレナ自身に選ばせて」
その言葉を聞いた瞬間。
私は胸を押さえた。
母は十年前から、私が自分で選ぶことを願っていた。
運命に従わせるのではなく。
守るだけでもなく。
自分自身で未来を選ぶこと。
場面が変わる。
今度は別の人生。
少女の姿をした私。
隣には若いルシアン。
二人は笑っている。
その二人を、母が遠くから見ていた。
そして、黒い影が現れる。
母は二人の前に立った。
黒い糸が母を貫く。
「お母さん!」
私は叫んだ。
母はこちらを見た。
「エレナ」
「やめて!」
「大丈夫」
母は微笑んだ。
「あなたがここまで来ることは、分かっていたから」
「じゃあ、どうして……」
「あなたに、この力を渡すためよ」
母が手を伸ばす。
その手から青い光が広がる。
「私の力を、あなたに託す」
「でも……!」
「怖がらないで」
母は優しく笑った。
「運命を変えるのではない」
「選択する道を、自分で見つけるだけ」
青い光が私の胸に入ってくる。
そして――。
私は現実へ戻った。
「……っ!」
膝をつく。
ルシアンが支えてくれた。
「エレナ!」
「大丈夫……」
私は息を整える。
自分の手を見る。
青い光が指先に集まっている。
「できる」
セレスティアが頷く。
「ええ」
「でも……一つ問題がある」
「何?」
私は黒い糸を見る。
母の胸に突き刺さっている。
「この黒い糸をどうするの?」
セレスティアの表情が険しくなる。
「それが、彼女をここに閉じ込めている」
「切れば?」
「母親は助かるかもしれない」
「なら――」
「でも、切った瞬間に別のものが崩れる」
「別のもの?」
セレスティアが水晶の中心を見る。
「この塔そのもの」
私は息を呑んだ。
「この塔が?」
「塔は巨大な魔法装置なの」
「あなたのお母様は、その中心にいる」
「もし黒い糸を切れば、塔が崩壊する」
「それだけ?」
「違う」
セレスティアは静かに答えた。
「この塔が崩れれば、周囲に張られている運命の糸も一斉に切れる」
私は顔を上げた。
「それって……」
「何百、何千という人々の運命に影響する可能性がある」
簡単には選べない。
母を助けるために、他の人たちを危険にさらす。
そんな選択はしたくない。
そのとき。
地下室の入口から声が響いた。
「感動的な再会ですね」
仮面の男。
黒い服の者たちを連れて立っている。
「ですが、もう終わりです」
ルシアンが剣を構える。
「お前は何を知っている?」
「すべてです」
男は笑う。
「その女性を救いたければ、金色の糸を切ればいい」
私は睨みつける。
「あなたは、私に母を殺させたいの?」
「違います」
男は黒い石を掲げる。
「あなたに、運命そのものを選ばせたいのですよ」
「……何?」
「母を救うか」
「それとも――」
黒い石が光る。
「あなたと王子の糸を守るか」
地下室に黒い魔力が広がる。
私はルシアンの手を握った。
怖い。
けれど、逃げたくはない。
私は水晶の中の母を見る。
そして、母から伸びる糸を見る。
金色。
青。
黒。
「……違う」
私は小さく呟いた。
「二つから一つを選ぶ必要なんてない」
ルシアンが私を見る。
「エレナ?」
私は青い光を両手に集めた。
「どちらも救う」
「そんなことが――」
セレスティアが目を見開く。
「できるかもしれない」
私は自分の中にある力を感じた。
「だって、私が選ぶのは……」
母を見る。
ルシアンを見る。
そして、二人を繋ぐ金色の糸を見る。
「誰かを犠牲にする未来じゃない」
青い光が地下室いっぱいに広がる。
金色の糸が輝き始めた。
黒い糸が激しく揺れる。
仮面の男が叫んだ。
「やめろ!」
私は一歩前へ進む。
「私は――」
両手を金色の糸へ伸ばした。
「この未来を、自分で選ぶ!」
その瞬間。
白銀の塔全体が、眩い光に包まれた。




