金色の糸に隠された真実
白銀の塔が揺れている。
窓の外では、黒い糸が無数に蠢いていた。
まるで巨大な生き物が塔を包み込もうとしているようだった。
「エレナ、急ごう」
ルシアンの声で我に返る。
私は最後に、母が消えた場所を見つめた。
「……お母さん」
もう姿はない。
それでも、母が生きている可能性は残っている。
北の果て。
そこへ行けば、今度こそ本当に会えるかもしれない。
私は涙を拭った。
「行こう」
ルシアンとカイルとともに階段を下りる。
その途中だった。
「待って」
私は足を止めた。
胸の奥に、奇妙な感覚があった。
「どうした?」
ルシアンが振り返る。
私は自分たちを繋ぐ金色の糸を見た。
昨日までとは違う。
金色の糸の中に、細い黒い線が混ざっている。
「……金色の糸に、何かある」
「黒い線?」
「うん」
目を凝らす。
すると、金色の糸の奥に映像が浮かんだ。
雪。
赤い薔薇。
幼いルシアン。
そして――。
見知らぬ少女。
少女は私ではなかった。
銀色の髪でもない。
今まで見たどの姿とも違う。
けれど、その少女の胸から伸びる糸は、ルシアンに繋がっていた。
「……誰?」
私は思わず呟いた。
「何が見えたの?」
「知らない女の子」
ルシアンが黙る。
「どんな子?」
「あなたと一緒にいる」
「僕と?」
「うん」
私は映像を追う。
少女はルシアンの手を握っていた。
そして、笑っている。
とても幸せそうに。
その光景に、胸が痛んだ。
なぜだろう。
ただの過去の記憶なのに。
「エレナ」
ルシアンが心配そうに私を見る。
私は首を振った。
「大丈夫」
けれど、胸の痛みは消えない。
そのとき、映像の中の少女がこちらを振り向いた。
顔が見える。
その瞬間。
私は息を呑んだ。
「……私」
少女の顔は、私だった。
今の私とは違う。
けれど、確かに同じ目。
同じ魂。
「これが……過去の私?」
ルシアンは答えられなかった。
「僕にも分からない」
「でも、君なんだ」
その声は震えていた。
「何度も見たことがある」
「……え?」
「過去の人生で、君は何度も違う姿をしていた」
ルシアンが静かに話す。
「でも、今の君と同じ魂だった」
私は映像を見る。
過去の私とルシアンが笑っている。
けれど、次の瞬間。
黒い糸が二人の間に入り込んだ。
少女が倒れる。
ルシアンが叫ぶ。
映像が途切れた。
「……また」
私は胸を押さえる。
「また、何かに邪魔された」
ルシアンは苦しそうに目を伏せた。
「そうだ」
「あなたは、このことを知っていたの?」
「全部じゃない」
「でも、何度も同じことが起きていたんでしょう?」
ルシアンはしばらく黙っていた。
そして、頷いた。
「僕たちが出会った人生の中には、幸せだったものもあった」
「……」
「でも、必ず途中で何かが起きた」
「黒い糸?」
「たぶん」
私は彼を見る。
「だから、あなたは私を守ろうとしていたの?」
「……うん」
「私に何も知らせないまま?」
「君を怖がらせたくなかった」
その言葉に、私は少しだけ胸が痛くなった。
「でも、私は何も知らないまま守られるだけなのは嫌」
「エレナ……」
「一緒に向き合いたい」
私は彼の手を握った。
「過去の私が何を選んだとしても、今の私は私だから」
ルシアンの瞳が揺れる。
「……そうだね」
彼は小さく笑った。
「君はいつも、そう言う」
「いつも?」
「何度生まれ変わっても」
彼は私の手を握り返した。
「君は、自分で選ぶことを諦めなかった」
その言葉を聞いた瞬間。
金色の糸が強く輝いた。
けれど――。
同時に黒い糸も動いた。
「来る!」
カイルが叫ぶ。
塔の一階から爆発音が響いた。
「敵が侵入しました!」
私たちは階段を駆け下りる。
一階には、黒い服を着た者たちがいた。
数は十人以上。
先頭にいるのは、あの仮面の男だった。
「また会いましたね」
「あなた……」
私は彼を睨む。
「どうしてここが分かったの?」
「金色の糸が教えてくれる」
男が笑う。
「あなたと王子の糸は、あまりにも強い」
「だから追えるの?」
「ええ」
男は黒い石を取り出した。
「その糸がある限り、あなたたちを見失うことはない」
ルシアンが剣を構える。
「なら、切ればいい」
男が笑う。
「できますか?」
その言葉に、私は黒い糸を見た。
敵の全員から一本ずつ伸びている。
そして、その糸は一つの場所へ集まっていた。
塔の地下。
「……違う」
私は呟く。
「何が?」
「この人たちは、自分の意思だけで動いてない」
黒い糸の先を辿る。
そこには、さらに一本の太い糸がある。
「誰かが命令している」
「どこから?」
「地下……」
私は指を向ける。
「全部の糸が、地下へ繋がってる」
仮面の男の表情が変わった。
「そこを見ることは許しません」
「やっぱり」
私は確信した。
地下に何かある。
「ルシアン!」
「分かってる」
彼が前へ出る。
カイルも敵を引き受ける。
私は地下への入口を探した。
青い糸が一本だけ床の下へ伸びている。
「ここ!」
私は床に手を置いた。
青い光が広がる。
床が開いた。
地下へ続く階段が現れる。
「エレナ、行って!」
ルシアンが叫ぶ。
「でも!」
「僕たちはここを抑える!」
「……分かった!」
私はカイルとともに階段を下りる。
背後から剣戟の音が聞こえる。
私は振り返らない。
母が残した真実。
金色の糸の秘密。
そして、敵を操っている何か。
すべてが、この地下にある。
階段の先には、巨大な部屋があった。
中央に大きな水晶が浮かんでいる。
その中には――。
無数の糸。
金色。
青。
黒。
赤。
銀。
すべてが一本の中心へ集まっていた。
「……これが」
私は息を呑んだ。
「運命の糸の源……?」
カイルも言葉を失っている。
けれど、私はその水晶の中に人影を見つけた。
長い銀色の髪。
「……お母さん?」
人影がゆっくり振り返る。
その顔は、母だった。
けれど――。
母の胸には、一本の黒い糸が突き刺さっていた。
「お母さん!」
私は駆け出そうとする。
しかし、目の前に透明な壁が現れた。
「触れてはいけません!」
突然、背後から声が響いた。
振り返る。
そこにいたのは――。
セレスティアだった。
「どうしてここに……?」
彼女は苦しそうに私を見る。
「あなたのお母様を救いたいのなら」
杖を握りしめる。
「その金色の糸を、絶対に切ってはいけない」
私は母とルシアンを繋ぐ金色の糸を見た。
「……どうして?」
セレスティアは静かに答えた。
「その糸こそが――」
一瞬、言葉を止める。
「あなたのお母様を、この世界に繋ぎ止めているからよ」
私は息を呑んだ。
母は生きている。
けれど、その命を支えているのは――。
私とルシアンを繋ぐ、金色の糸だった。




