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白銀の塔へ

セレスティアの屋敷を飛び出した私たちは、雪に覆われた森を駆け抜けた。


背後では、何度も魔法がぶつかる音が響いている。


セレスティアはまだ戦っている。


けれど、振り返ることはできなかった。


「エレナ、こっち!」


ルシアンが私の手を取る。


「分かってる!」


私たちは森を抜け、古い山道へ入った。


カイルが最後尾を走りながら、何度も後ろを確認している。


「追手は?」


ルシアンが尋ねる。


「今のところ、姿はありません」


「セレスティアが足止めしているのかも」


私はそう言った。


けれど、胸の奥には嫌な予感が残っていた。


セレスティアの周囲に見えた銀色の糸。


あれはいったい何だったのか。


そして、母と同じ青い糸。


あの糸がセレスティアに繋がっていた理由も分からない。


「エレナ」


ルシアンの声で我に返る。


「大丈夫?」


「うん」


「顔色が悪い」


「少し考え事をしていただけ」


私は歩みを緩めた。


そのとき、胸元のペンダントが淡く光る。


青い糸が、雪山の奥へ向かっている。


「白銀の塔は、近いの?」


カイルが地図を確認する。


「ここから北へ進めば、山道があります。その先に塔があるはずです」


「どれくらい?」


「半日ほどでしょう」


半日。


それなら、日が沈む前に到着できるかもしれない。


けれど、そのときだった。


青い糸が突然揺れた。


「……止まって」


私は足を止める。


ルシアンとカイルも立ち止まった。


「どうした?」


「糸が……」


青い糸が一本ではなくなっている。


無数に分かれている。


そして、そのうちの一本だけが、私たちの目の前にある雪の下へ伸びていた。


「ここに何かある」


私はしゃがみ込んだ。


雪を手で払う。


すると、石でできた小さな扉が現れた。


「地下道?」


カイルが周囲を確認する。


扉には、見覚えのある青い紋章が刻まれていた。


「母の紋章……」


私はペンダントを近づけた。


カチッ。


扉が開く。


中から冷たい風が吹き出した。


「この先は?」


カイルが覗き込む。


「分からない」


私は青い糸を見る。


「でも、塔へ続いている」


ルシアンは少し考えたあと、頷いた。


「入ろう」


地下道は狭く、暗かった。


壁には古い灯りの魔石が並んでいる。


私たちが近づくと、一つずつ青白い光を灯していく。


まるで、誰かが私たちを待っていたようだった。


「不思議……」


私が呟く。


「まるで、この道を使う人を知っているみたい」


「君のお母さんが作ったのかもしれない」


ルシアンが答える。


「十年前から、いつか君がここを通ることを想定していたのかも」


私は少しだけ胸が苦しくなった。


母は、私がここへ来ることを知っていた。


それなら、どうして直接会ってくれないのだろう。


「……お母さん」


無意識に名前を呼んでいた。


その瞬間。


前方から声が聞こえた。


「エレナ」


私は立ち止まった。


「……今、誰か呼んだ?」


ルシアンが私を見る。


「僕には聞こえなかった」


もう一度。


「エレナ」


今度ははっきり聞こえた。


母の声だった。


私は走り出した。


「待って!」


ルシアンが追いかけてくる。


「エレナ!」


声の先には、小さな部屋があった。


中央に一つの水晶が置かれている。


その中に――。


母の姿が映っていた。


「……お母さん」


私は息を呑んだ。


映像だった。


母は少し疲れた顔をしている。


けれど、確かに母だった。


『エレナ』


映像の中の母が語り始める。


『もし、この映像を見ているのなら、あなたはもう白銀の塔へ向かっているのでしょう』


涙が出そうになる。


『ごめんなさい』


母は目を伏せた。


『あなたを置いていったことを、ずっと後悔しています』


「どうして……」


私は水晶に手を触れた。


『でも、あのときはそうするしかなかった』


映像の母の後ろには、幼いルシアンがいる。


『あの夜、あなたのお父様にエレナを預けました』


『私はルシアン王子を連れて逃げました』


『けれど、敵は私たちを追ってきた』


映像が一瞬乱れる。


『そして私は、ある決断をしました』


母が青いペンダントを手にする。


『私自身の運命の糸を切ったのです』


私は息を止めた。


「……糸を切った?」


『この力を持つ者の糸は、普通の人とは違います』


『もし私の糸が敵に見つかれば、あなたも見つかってしまう』


『だから私は、自分自身を世界の運命から隠しました』


映像の母が苦しそうに微笑む。


『それが、あなたと別れることになると分かっていても』


涙が頬を伝った。


「お母さん……」


ルシアンが何も言わず、私の隣に立つ。


『でも、エレナ』


母はまっすぐこちらを見る。


『あなたがこの力を受け継いだとき、きっと私のことを探すでしょう』


『だから、一つだけ伝えておきます』


映像の母が胸元に手を置く。


『私は死んでいません』


時間が止まったように感じた。


「……え?」


私は水晶へ近づいた。


『少なくとも、この映像を残した時点では』


その言葉に、胸が大きく鳴る。


生きている。


母は生きていた。


けれど、続く言葉は私をさらに不安にさせた。


『私が今どこにいるのかは、私にも分かりません』


『自分の糸を切ったことで、私は自分自身の居場所さえ失いました』


『ただ、一つだけ分かっていることがあります』


母の視線が北へ向く。


『白銀の塔』


「……」


『そこには、私が残した最後の手掛かりがあります』


『そして、あなたが知るべき十年前の真実も』


映像が少しずつ薄くなる。


『エレナ』


母の声が優しくなる。


『あなたがこれを見ているということは、きっともう、誰かを大切に思う気持ちを知っているのでしょう』


私はルシアンを見る。


彼も私を見ていた。


『どうか、その人を運命だけで選ばないでください』


母は微笑んだ。


『あなた自身の心で選んでください』


『それが、私があなたに残したかった一番大切なものです』


水晶の光が消えた。


部屋が静寂に包まれる。


私は涙を拭った。


「……生きてる」


ルシアンが静かに頷く。


「うん」


「お母さんは、生きてる可能性がある」


「必ず見つけよう」


その言葉に、私は彼を見る。


「本当に?」


「ああ」


ルシアンは迷いなく答えた。


「君が望むなら、僕も一緒に探す」


胸の奥が温かくなる。


私は小さく笑った。


「ありがとう」


そのとき。


カイルが水晶の後ろを調べていた。


「エレナ様」


「どうしたの?」


「これを」


彼が拾ったのは、銀色の小さな鍵だった。


鍵には白銀の塔と同じ紋章が刻まれている。


私は受け取った。


すると、青い糸が一気に強く輝いた。


地下道の先へ。


その先には、まっすぐ白銀の塔へ続く道がある。


「行こう」


私たちは再び歩き始めた。


しばらくすると、地下道の出口が見えた。


扉を開く。


目の前に広がっていたのは、真っ白な雪原だった。


そして、その遥か先。


巨大な塔がそびえている。


白銀の塔。


その最上階には、青白い光が灯っていた。


「……あれが」


私は息を呑む。


「母が残した答え……」


けれど。


塔を見つめた瞬間、私の目に別のものが映った。


塔の周囲に、無数の黒い糸が張り巡らされている。


まるで塔そのものを守っているように。


そして、その中心には一本の金色の糸があった。


その糸は塔の中から伸びている。


私へ。


「……金色?」


ルシアンが私を見る。


「どうした?」


私は塔を指差した。


「私とルシアンを繋ぐ糸が……塔の中に続いてる」


ルシアンが黙り込む。


「僕たちの糸が?」


「うん」


その先に何があるのか。


母なのか。


過去の記憶なのか。


それとも――。


私たちがまだ知らない、別の真実なのか。


雪が強く降り始める。


私はルシアンの手を握った。


「行こう」


「うん」


二人で歩き出す。


その瞬間。


白銀の塔の最上階で、誰かがこちらを見ているような気配がした。


私は顔を上げる。


窓の奥に、一瞬だけ人影が見えた。


長い髪。


細い身体。


そして――。


私と同じ銀色の髪。


「……え?」


人影はすぐに消えた。


けれど、私は確かに見た。


あれは――。


母だった。

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