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母へ続く青い糸

礼拝堂を出る頃には、雪はすっかり強くなっていた。


白い雪が森を覆い、来た道さえ見えなくなっている。


私は胸元の青いペンダントを握った。


「……まだ光ってる」


小さな青い石は、雪の中でもはっきりと輝いていた。


その光から伸びる青い糸は、北へ向かっている。


けれど、昨日までとは少し違っていた。


以前は一本の糸だった。


今は、その先が二つに分かれている。


「分かれた……?」


私が呟くと、ルシアンが隣から覗き込んだ。


「どちらが本当の道なの?」


「分からない」


二本の青い糸。


一本は山道へ向かっている。


もう一本は、森のさらに奥へ伸びていた。


カイルが地図を広げる。


「山道を進めば、予定していたヴァルグレンへ向かえます」


「もう一方は?」


「……地図には道がありません」


私は森の奥を見る。


雪が降り続けている。


道などどこにもない。


けれど、青い糸は確かにそこへ伸びている。


「母は、こっちを知っていた」


私は森の奥を指した。


「たぶん、地図に載っていない場所へ続いてる」


カイルが眉をひそめる。


「危険です」


「分かってる」


「ならば、まずヴァルグレンへ向かうべきです」


私は迷った。


確かにその通りだ。


敵に追われている今、わざわざ道のない場所へ入る理由はない。


けれど――。


胸元のペンダントが熱くなった。


森の奥へ向かう青い糸だけが、強く輝く。


まるで、こちらが本当の道だと伝えているようだった。


「……こっちへ行きたい」


ルシアンが私を見る。


「本当に?」


「うん」


私は頷いた。


「母が残した手掛かりなら、私は見つけたい」


ルシアンは少しだけ考えた。


そして、微笑む。


「分かった」


カイルが驚いた顔をする。


「殿下?」


「エレナが自分で選んだ道なら、僕は反対しない」


「しかし、危険が――」


「分かっている」


ルシアンは静かに答えた。


「だからこそ、僕たちが一緒に行く」


その言葉に、胸が温かくなった。


私は馬から降りた。


森の中は馬では進めそうにない。


私たちは馬を木に繋ぎ、徒歩で進むことにした。


雪を踏みしめながら、森の奥へ進んでいく。


しばらくすると、周囲の空気が変わった。


静かすぎる。


風の音さえ聞こえない。


「……何か変」


私が呟く。


カイルが周囲を警戒する。


「魔法の結界かもしれません」


「結界?」


「この森には古い魔法の痕跡があります」


私は目を凝らした。


確かに、木々の間に細い糸が張り巡らされている。


透明な糸。


普通の人には見えない。


けれど、私には見える。


「触れないで」


私はカイルの前に手を出した。


「そこに糸がある」


「……これが?」


「うん」


一本。


二本。


三本。


森全体に魔法の糸が張り巡らされている。


その糸に触れた者は、何かを失うような気がした。


「母が作ったのかな」


「可能性はあります」


カイルが答える。


「あるいは、別の誰かが侵入者を防ぐために作ったのかもしれません」


私は青いペンダントを見る。


青い糸は、その結界の間を迷うことなく進んでいた。


まるで、この道だけが安全だと知っているように。


「私についてきて」


私は慎重に歩き始めた。


右。


左。


少し前。


そして、一歩後ろ。


糸を避けながら進む。


ルシアンとカイルも私の後を追った。


しばらくして、森の奥に小さな石造りの建物が現れた。


「これは……」


古い家だった。


屋根は雪に覆われ、壁には苔が生えている。


けれど、扉だけは綺麗だった。


そして、その扉には青い紋章が刻まれている。


私は胸元のペンダントを握った。


同じ紋章。


「母が使っていた場所……?」


私は扉に手を触れた。


カチッ。


鍵が開いた。


「……」


誰も言葉を発しない。


ゆっくりと扉を開く。


中は小さな部屋だった。


机。


椅子。


本棚。


そして壁に掛けられた一枚の絵。


私はその絵を見て、息を呑んだ。


そこには、若い頃の母が描かれていた。


隣には父。


そして――。


もう一人。


「……この人は?」


見知らぬ女性だった。


黒紫色の長い髪。


紫がかった瞳。


黒い衣装。


手には杖。


「……昨日、見えた女性」


私は呟いた。


ルシアンが絵を見る。


「知っている人?」


「分からない。でも、私の力が目覚めたときに見えた」


カイルが絵の下にある文字を見つけた。


「名前があります」


私は近づいた。


そこにはこう書かれていた。


『セレスティア・ノクス』


「セレスティア……」


その名前を口にした瞬間。


部屋の奥で、何かが動いた。


カタン。


全員が振り向く。


本棚の隙間から、一枚の紙が落ちてきた。


私は拾い上げる。


そこには母の字が書かれていた。


『セレスティアを信じてはいけない』


私は目を見開いた。


「……え?」


その下には、さらに続きがあった。


『けれど、彼女の言葉を無視してはいけない』


意味が分からない。


信じるな。


でも、無視するな。


どういうことなのだろう。


「母は彼女を知っていたんだ」


ルシアンが静かに言った。


「たぶん、十年前よりも前から」


私は絵を見つめた。


母。


父。


そしてセレスティア。


三人の間には、何か大きな秘密がある。


そのとき、壁の一部が淡く光った。


青い糸が一本、壁の向こうへ伸びている。


「隠し部屋……」


カイルが壁を調べる。


すると、古い魔法陣が現れた。


私はペンダントを近づける。


魔法陣が反応した。


ゴゴゴゴ……。


壁がゆっくり開く。


その奥には、小さな部屋があった。


中央に置かれていたのは、一つの箱。


私は箱へ近づく。


青い糸が、その箱へ繋がっている。


「これも母が残したもの……」


箱を開ける。


中には三つのものが入っていた。


一枚の地図。


小さな銀色の鍵。


そして、一通の手紙。


私は手紙を開いた。


『エレナへ』


また、母の字だった。


『もし、この場所まで来たのなら、あなたはすでに自分の力に気づいているでしょう』


私は息を止めた。


『あなたが持つ力は、ただ運命の糸を見る力ではありません』


『糸を辿り、その記憶を見ることができます』


『そして、いつか必要になるときが来れば――』


そこで文章が途切れていた。


「……続きがない」


紙の下半分が破られている。


私は唇を噛んだ。


「また……」


いつもそうだ。


母は大切なことを残している。


けれど、一番知りたいところだけがない。


そのとき。


ルシアンが地図を手に取った。


「エレナ」


「何?」


「この地図を見て」


私は地図を覗き込む。


そこには北の山々が描かれていた。


ヴァルグレンよりさらに北。


その奥に、赤い印が一つある。


『白銀の塔』


「塔……」


私の頭の中に、あの光景が蘇った。


雪の中にそびえる塔。


その最上階に立っていた女性。


セレスティア。


「ここに行けば、彼女に会えるかもしれない」


ルシアンが頷く。


「そして、君のお母さんのことも分かるかもしれない」


私は地図を握った。


その瞬間。


外から馬の鳴き声が聞こえた。


「……!」


カイルがすぐに扉へ向かう。


「誰か来ます」


「追手?」


「分かりません」


私たちは息を潜める。


雪の中から、馬に乗った一人の人物が現れた。


白い外套。


顔はフードで隠れている。


その人物は、まっすぐこちらの家へ向かってくる。


カイルが剣を抜く。


ルシアンも構える。


私はその人物を見つめた。


そして――。


その人から伸びる糸を見た。


金色。


青色。


そして、私が初めて見る色。


銀色。


その銀色の糸は、私の胸元の青いペンダントへ繋がっている。


「……敵じゃない」


「どうして分かる?」


ルシアンが尋ねる。


私は首を振った。


「分からない。でも、この糸は……」


馬から降りた人物が、ゆっくりとフードを外す。


長い黒紫色の髪。


紫の瞳。


私は息を呑んだ。


絵の中の女性と同じ顔。


昨日、私の力が見せた女性。


「セレスティア……」


彼女は静かに私を見つめた。


そして、微笑んだ。


「ようやく会えたわね、エレナ」


その声を聞いた瞬間。


胸元のペンダントが、これまでにないほど強く輝いた。

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