母が隠していた真実
「お前の母親と同じ力を」
男の言葉が、頭の中に残っていた。
母と同じ力。
私は無意識に胸元へ手を当てた。
黄金色の糸が、強く輝いている。
「どういう意味ですか?」
震える声で尋ねる。
男は答えず、窓の外からこちらを見つめていた。
その目には、私を知っているような色があった。
「エレナ、下がって!」
ルシアンが私の前へ立つ。
カイルも剣を構えた。
「何者だ!」
男は笑った。
「私は、お前たちの運命が繰り返されるのを見てきた者だ」
「何を言っている?」
「十年前も、同じだった」
男が一歩後ろへ下がる。
「王子を救った女がいた。そして、その女の娘が今、王子の隣にいる」
「……お母様を知っているの?」
私が尋ねると、男は私を見た。
「知っているとも」
「どこにいるの?」
その瞬間、男の表情が変わった。
「知らない方がいい」
「どうして?」
「知れば、お前も同じ運命を辿る」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かが弾けた。
「……っ!」
目の前が白くなる。
また記憶が流れ込んできた。
十年前。
雪の降る夜。
まだ幼いルシアンが、血まみれの服を着て倒れている。
その隣にいるのは母だった。
『この子をどうするの?』
父の声。
『王都へ戻すわけにはいかない』
母は首を横に振っていた。
『戻したら殺される』
『だが、王子を隠すなんて……』
『この子を守れるのは、私たちだけよ』
場面が変わる。
母が幼いルシアンの手を握っている。
『大丈夫よ』
『君は……誰?』
『あなたを守る人よ』
そして――
母が私の父へ向かって言う。
『いつか、この子が戻ってくるかもしれない』
『そのときは?』
母は悲しそうに笑った。
『エレナを守って』
記憶が途切れた。
「……お母様」
私は呟いた。
「母は……知っていた」
ルシアンが私を見る。
「何を思い出した?」
「あなたを助けたのは、本当に母だった」
「……」
「そして母は、あなたがいつか戻ってくることを知っていた」
ルシアンは何も言わなかった。
男が静かに笑う。
「ようやく思い出し始めたか」
カイルが男へ剣を向ける。
「お前は何者だ!」
「今は名乗る必要はない」
男が懐から小さな黒い石を取り出す。
ルシアンの表情が変わった。
「その石……」
「覚えているだろう?」
「十年前にも使ったな」
「そうだ」
黒い石が赤く光る。
「では、また会おう」
「待て!」
カイルが斬りかかる。
しかし、男の身体が黒い霧に包まれた。
次の瞬間。
姿が消えた。
「逃がした……!」
カイルが悔しそうに剣を下ろす。
私は呆然と窓を見つめていた。
「……どうして」
ルシアンが私を見る。
「何が?」
「どうして母は、あなたを助けたの?」
「分からない」
「あなたは、母のことを覚えている?」
「顔は覚えている」
ルシアンは静かに答えた。
「でも、あのとき僕は八歳だった。記憶がところどころ途切れている」
父が弱々しく口を開いた。
「……私が話そう」
私たちは父の方を見る。
「十年前、妻は王都へ向かっていた。その途中で、魔獣に襲われた王子を見つけた」
父はゆっくりと話し始めた。
「王子は重傷だった。普通なら助からなかっただろう」
「でも母が助けた」
「そうだ」
父は頷いた。
「妻は治癒魔法を使った」
「治癒魔法?」
私は驚いた。
母が魔法を使えることすら知らなかった。
「ただの治癒魔法ではない」
父は私を見る。
「お前にも、その力が受け継がれている」
「私に?」
「お前が見ている運命の糸。それは普通の魔法ではない」
部屋の中が静まり返った。
「お前の母は、人と人の運命を感じ取ることができた」
「……じゃあ」
私は胸元の黄金色の糸を見る。
「私が見ているものも?」
「同じ力だ」
ルシアンが息を呑む。
「だから、彼女は僕を見つけられたのか」
父が頷く。
「妻は王子の運命の糸を見つけた」
「そして……私も?」
「お前が生まれてから、その力は少しずつ強くなった」
私は自分の手を見つめた。
ずっと、自分だけの力だと思っていた。
でも違った。
母から受け継いだ力だった。
「お父様」
「何だ?」
「お母様は今どこにいるの?」
父は黙った。
その沈黙が答えを示していた。
「……生きているの?」
「分からない」
「どうして?」
「十年前の事件のあと、妻は姿を消した」
私は言葉を失った。
「私が生まれる前に?」
「そうだ」
「じゃあ、私が母を覚えていないのは……」
「お前がまだ生まれていなかったからだ」
私は俯いた。
母。
私が知らない母。
それでも、彼女は私が生まれる前から私を守ろうとしていた。
そして、ルシアンを救った。
「エレナ」
ルシアンが私の隣に立った。
「無理しなくていい」
「……ううん」
私は顔を上げた。
「知りたい」
「何を?」
「母がどこにいるのか」
私は拳を握った。
「どうしてルシアンを助けたのか」
そして、黒い糸を見る。
「誰が十年前の事件を起こしたのか」
ルシアンは静かに頷いた。
「僕も同じ気持ちだ」
そのとき、父が突然苦しそうに咳き込んだ。
「お父様!」
カイルが支える。
父は苦しそうにしながら、先ほどの小さな箱を指差した。
「……それを」
「この箱?」
「妻が……残したものだ」
私は箱を手に取った。
銀色の鍵を差し込む。
カチッ。
蓋が開いた。
中には、一枚の古い手紙と、小さな青いペンダントが入っていた。
私は手紙を開く。
そこには、母の文字が書かれていた。
『もし、この手紙をエレナが読む日が来たのなら』
そこから先を読んだ瞬間。
私の指が震えた。
『あなたの運命の糸を追いなさい』
『そこに、私が残した答えがあります』
そして最後に、一文だけ。
『ルシアン王子を信じて』
私は手紙を握りしめた。
ルシアンもその文章を見つめている。
「……お母さんは、最初から知っていたんだね」
「何を?」
「僕と君が、いつか出会うことを」
胸元の黄金色の糸が、静かに輝いた。
その輝きは、今までよりも強い。
そして糸の先が、屋敷の外へ伸びていく。
私はその先を見る。
そこには、今まで見えなかった新しい糸があった。
青い糸。
それは、手の中にある青いペンダントへ繋がっている。
「……これ」
「どうした?」
「このペンダントにも、糸がある」
ルシアンが目を見開く。
「どこへ?」
私は糸を追った。
王都の外。
さらに遠く。
山の向こうへ。
「……北」
私は小さく呟いた。
「この糸は、北へ続いてる」
ルシアンは立ち上がった。
「なら、行こう」
「え?」
「君のお母さんが残した答えを探しに」
私は彼を見る。
怖くないと言えば嘘になる。
でも、今度は一人ではない。
「うん」
私は頷いた。
「一緒に探そう」
黄金色の糸と青い糸が、月明かりの中で静かに輝いていた。
その先に何が待っているのか。
まだ、誰にも分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
私の人生を変えた運命の糸は、過去へ繋がっているだけではない。
これから進むべき未来へも、続いているのだ。




