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23/24

えぴそーど22 イ世界とかあっちとかイとか読みが安定しないのはいい名称を考えてないからです。

「……上がりました」



シルフィア様が風呂から帰ってきた。

頬は赤みを帯びていて、ボリューミーな緑の癖毛がふんわりしっとり揺れている。

風呂に入って血流でも良くなったのか目元のクマは薄れていて、いつもの鋭い雰囲気が緩和されていた。


小さな体には可愛らしいパジャマがセットされており、本格的に子供にしか見えない――ぷぷっ。



「…………」


「どうかしましたかシルフィア様」


「……いえ、なんでも」



じっと睨まれる。

私の顔は今も外行き用のニッコリフェイスだ。人を馬鹿にする雰囲気なんて毛ほども出していないはず。


なんで毎回感知されんの?


本人も確証はないみたいだが勘がよすぎやしないか。



「シルリンのパジャマ可愛いー!」



ラエルがシルフィア様の風呂上がりを見て色目気だった。両腕を組んで彼女を見ている。

シルフィア様からラエルに矢印は飛んでいないが、ラエルからの矢印は大きいな。



「それではみんな揃ったので晩御飯にしましょうか。私準備してきますね」


「風呂上がりの幼女ってのもまた乙なものですなぁ。パジャマのボタンが幼なさを強調している。シルちゃん、私の娘にならない?」



私が席を立つ後ろで会話が進む。

準備していた料理の一部とみんなの飲み物をトレーに載せていると。



「娘って……私、今年で52ですよ」



今年一驚いた。



「へぇー、シルリンそんくらいなんだ。ぶっちゃけ100いくつと予想してたよ。やっぱエルフの年齢はわからんわ」


「シルちゃん昔から全く見た目変わらないよね。私が子供の時は見上げてたのに、今じゃすっかり抜いちゃったよ」



もう一度言う、私は今年一驚いた。

しかしそんな私とは対照的に周りの面々は全く驚きの様子を見せていない。


え? 5、52だぞ?

あの見た目で52だぞ? いくらエルフとはいえ納得できない。20くらいかと思ってた。いや、確かに遠い異国である日本に働きに来るくらいには年も取ってるし、エルフだから寿命も全然違うのでおかしい話でもないのだが――道理で納得しても感情が追い付かない。


合法ロリじゃなくてロリババアだったのかよ!



「晩御飯だー! ……って何コレ!?」



私が料理を持ってきた瞬間、ラエルがギョッと驚いた。



「家庭料理じゃない!!」



小綺麗に盛られた料理群。

揚げ物には小皿に大葉が飾られて添えられていたり、煮物なんかもただ調理されただけではなく、エビやネギ、素材が見栄えよく配置されている。


ちょっとした料理が数多く入っていた。

明らかに手間がかけられている。



「ラエルさんのために腕を振るってみました!」


「すげえええええ! 料理できるってこのレベルなん!? 日本の一人暮らしってのはみんなこんなに凝ったの作ってんの?」



そんなことないんじゃないかなぁ。



「でも、なんというか、確かに料理はすごいんだけど……」


「……なぜ容器がプラスチックなので?」


「お皿がなかったんでこれが限界だったんですよ」



シルフィア様とチロメに至極当然な質問をされた。


そう、料理が盛られている皿がプラスチック製の安物なのである。


私の出した『料理』自体はその手の店でもある程度通用するものであるが、いかんせん、盛られている皿の質がカスである。


どんなに豪華な食事も100均の容器に盛られていたら雰囲気もなくなるというもの。



「どこでこんな料理できるようになったの? 美味しいパスタが作れるとかならまだしも、これは普通に生きてたら覚えないよね」


「昔個人経営の和食料理店でバイトしてた時期がありまして、そこで教わりました」


「……バイト? バイトで調理方法を教えられるんですか?」


「最初の2年はただの雑用でしたけど、そこからちょっとずつ色々と教えてくださったんです」


「2年!? バイトで2年ってすごいねぇ。ちなみにどれくらいその店で働いてたの?」


「ざっと7年くらいでしょうか」


「!?」



チロメが黒い瞳ををいっぱいに広げて驚いた。



「な、7年!? 7年ってことは――リダムが今17歳だから、少なくとも10歳のころからは働いてるわけで……これって、児童労ど」


「チロメさん、人に秘密はつきものです」



若い頃から苦労してるんですよ。



「えっと……ラエルさんはフォークとスプーンで食べられますか?」



日本語が流暢なため忘れそうになるが、ラエルは異邦人である。箸など使えないはずなのでそう提案してみたら、



「あ、私お箸は使えるから大丈夫だよ」


「あら、そうなんですか?」


「うん。ここに来る前に本見ていっぱい練習したのよ」



すると、右手で確かに洗練された箸使いを見せてくれた。澱みない動きで料理についた飾りをつまみ、持ち上げる。比較的難易度の高そうなミニトマトもぷに、と持ち上げて披露した。みんなが拍手をする。


啓蒙人ってすげー。



「とりあえず食べ始めましょうか」



実食。

みんなで手を合わせて箸をとる。



「うま!」


「うめええええええ!!」



チロメがかじりかけのエビを箸に持ち、それをわなないて見つめていた。ラエルもサクサクと揚げ物を頬張っていく。料理は美味しかったらしい。



「へぇー! 天ぷらってのはこんな味なんだねぇ! 日本に行くならこれを食え! って教えられてたけど、いやぁ、確かにこれはうまいわ」


「揚げ物ってあっちにはないの?」


「ないね、少なくとも中央には。私の行ったことのない別の国にはあるかもしれないけど」



わざわざ和食を作った甲斐がある反応をしてくれる。私の役目は果たせたらしい。



「……おいしいですね」



シルフィア様からのご好評もいただいた。

聞こえるか聞こえないかくらいの声量でそう言われる。

この人も人を褒めれるんだな、と感慨深い気持ちになっていると、チロメが突然ぎょっとした。



「シ、シルちゃんが『おいしい』……!?」



何かおかしなことでもあるのか?



「シルちゃんすっごい美食家でね、最後にシルちゃんの口から『おいしい』なんて聞いたの5年前とかだよ!? 三ツ星レストランにみんなでご飯行ってもほとんど言わない激レアセリフだよ! すごいねリダム!」


「そうなんで……え!? シルフィア様5年もおいしいって言ってないんですか!?」


「…………」



しかしこの人美食家なのか。

てっきり仕事一筋なビジネスパーソン、美食を始めとした娯楽類には興味がないと思っていた。


無言でちむちむと小さな口に料理を運んでいるが、見ると箸使いがとてもうまい。正座で座り姿勢もよく、湯飲みをすする姿もとても様になっていた。確かにこう見るとふむ、美食家と言われてもおかしくない。


馬鹿みたいなロリっ娘パジャマじゃなければ所作の綺麗さに目を奪われていたかもしれない。笑える。



「そういえば、答えずらいなら無理には聞かないけど……ラエルちゃんって何歳なの?」


「え?」



チロメが突然そう聞いた。

ラエルが虚を突かれる。



「さっきシルちゃんの年齢の話が出てたじゃん? その時思ったんだけど、ラエルちゃんって何歳くらいなのかなーって」


「!? そ、それ……それ聞いちゃう!?」


「答えたくないなら全然いいけど」



見るからに動揺しだした。

つぶらな金色の瞳も焦りを隠しきれていない。


言いたくないのだろうか。

イでも女性の年齢の話はご法度なのか……随分若そうにも見えるけど。


数秒ラエルは腕を組んで考えた。何とも言えない顔であごに手を添えうんうん唸る。



「……よっしゃあ! 教えてやるよチロリン!」



覚悟が決まったらしい。



「――2、27です!」



そしてそう言った。

言った後にちょっと顔が赤くなる。


27、27か。うん。


はい。



「……十分若いじゃないですか。なんで言うのをためらっていたんですか?」


「いや、シルちゃんならそう言ってくれると思ったけど……アースじゃ30近くでもうおばさん扱いされるって聞いてたからさ」



地球人とイ人とでは年齢感覚にかなり差がある――と聞くが、今実感した。


率直に言って、私は今『結構年食ってるね』と思った。

チロメも私と同じことを思っているのだろう、何とも顔に出やすいことで、『結構年上だったな……』と今までのフランクな対応を恥じている顔つきになっている。


そんな我々アース組と違って、イ世界組のシルフィア様はラエルを見た目相応の年齢と認識しているようである。


年齢に対する考え方が違うわけだ。

まあそんなことはどうでもいいが。


『せんしてぃぶ』な話題なので無言に徹していると、チロメが何やら考え事をしていた。


飯を口に運びながらの会話が始まる。



「――エルフとイ人の寿命ってどれくらいなの?」



チロメがそう聞いた。



「イ人の平均寿命は60ちょっとだよ。アースと同じくらいだけど、実際のところそのほとんどは外的要因・病気で死んでて、限界寿命は170くらいって言われてる。私は130歳までは見たことあるかな」


「……エルフの限界寿命は350年ですね。平均寿命は120くらいでしょうか」


「……ん? それって」



3人の視線が私に集中する。



「シルフィア様が今50歳ですよね? それで寿命が350年ですから……地球人の寿命が100年なので、シルフィア様は……地球人換算でいう14歳!?」



じゅ……14!?


14ってことは……犯罪!?

シルフィア様、あんた合法ろりやなくて脱法ろりだったんか!


衝撃の事実に戦慄いていると、シルフィア様が呆れたような視線を送ってきた。



「……残念ですがリダム、あなたの年齢計算は間違っています」


「そうだねー」



ラエルもうなづいている。



「私たちエルフは寿命の限界が350年ほどですが、成(・)熟(・)し(・)た(・)体(・)になるのに、人でいう寿命の5分の1……70年もかけません」


「ま、生物学的に考えて、成体になるまで70年もかけてちゃその種は滅んじまうってわけよ。私たちも体が育ち切るのは言って20年、チロリン達と同じくらいだよ」


「エルフも同じく20年ほどで大幅な成長は止まります」



最初の20年は成長速度は一緒ってことか。



「代わりに長いのが青年期後半から中年期……地球人で言う20代前半~40代ほどまでです。イ人は20歳から1(・)0(・)0(・)歳(・)くらいまでがこの時期とされます」


「100歳って……それでまだおじさんなの? 日本人だったらよぼよぼのおじいさんだけど」


「いんや? シルリンが言ってるのはあくまで科学的な『理論値』だよ。実際は平均寿命を見てわかる通り60歳までに半分は死ぬし、50過ぎればもう大分老け込んでる」


「寿命的にはまだまだ100年ほどあるんですよね?」


「最大値ってのはただの最大値で、期待値とは違うわけ。60年も浮世で生きればよぼよぼよ。アースでも、昔の平均寿命は50年とかじゃないの? ま、イ世界人は例えば日本で便利な機械に囲まれて平和に暮らしたら、100歳になってもまだ『おじさん』くらいなんじゃないかなってこと」



魚を箸でつつきながら議論する。


そっかぁ。シルフィア様、やっぱり合法ろりだったのね。

怪しい白い粉がバックから出てきたと思ったら、実はただの小麦粉でしたみたいな展開である。


しかしこの人、もう成長期来ないのか。可哀そう。



「……地球人換算で年齢を確認したいのなら、(年齢-20歳)×(人間の寿命限界/その種族の寿命限界)+20である程度は出せます。まあ、エルフは人生終盤でしか老けませんし、獣人の一部は10歳で成人するとも言いますから、種族差はありますのであくまで概算です」


「えーっと……シルフィア様の年齢は」



カタカタカタカタ(脳内で計算する音)

ぱちーん!(結果が産出される音)



「だいたい29です!」


「おおー!!」


「すごいよリムリム!」



何故か二人に褒められる。

褒められて悪い気はしない。


シルフィア様は口に入れている茶わん蒸しを飲み込むと、いつもの小声で言った。



「はい。合ってますよ」


「やりました!」



あってた!

計算なんて久しぶりにしたので疲れた。


私も勝利の茶わん蒸しを口に入れる。

あんまり茶わん蒸し好きじゃないけど気持ち美味しい気がする。



「おー! さっすがリダム、ちゃんと正解したねー!」


「義務教育が怪しくとも計算くらいはできるってわけです」


「そんなリダムにはご褒美あげちゃおっかな!」



そう言うとラエルは機敏に動き、私の後ろに回った。すわ何ごとかと思う間もなく、私は後ろから抱き着かれた。



「きゅ、急になんです?」


「ご褒美だよご褒美! 嬉しいでしょ? 美人のハグだぜ!」



彼女の長い金髪が頭の上から降ってくる。目の前3㎝といったところに髪の毛が。この距離で見ると本当にキレイだ。すげぇいい匂いもする。


背中で感じる柔らかさ。さっきは正面から感じたが今度は後ろからだ。要はおっぱい。でけー。

同じハグといえど別感覚だ。やくとくー!



「……もっと照れてくれてもいいんだよ?」


「あら、そう言われなくても十分照れてますよ?」


「そう言う割には反応薄いんだけど……私結構スタイルいいし、健全な思春期男子ならもっと動揺するもんでしょ?」


「私、実は男色家なんですよ」


「!? え、マジ!?」


「えぇ!? うそぉ!?」


「嘘です」



チロメも引っかけてしまった。


ニッコリ笑っているとラエルが不満げにどいた。私が慌てふためく様子でも見たかったのだろう。照れないし、照れない理由もわからずじまい。彼女は目的の一つも達成できていない。


しかし、うーん……少し引っかかる。

さっきのハグはあんなに照れていたのにどういう変化だろう。随分と積極的である。

もう少し恥じらいそうなものだけど。


思えば彼女は初めから積極的ではあった。

ハグで顔を赤くするような一面も見せたのに、である。


不思議に思っていたらチロメと目が合った。

瞬間、分かる――チロメも同じことを思っているらしい!

マネージャーと配信者の絆の情報伝達であった。


ぴ、とチロメがラエルの方に視線を向ける。

そして親指をグ、と立てた。私には通じる――私も親指を立てる。

ラエルは気づいていない。そしてチロメがそれを確認した後、うんと頷き動き出す。



「――ラエルちゃん!」


「きゃ!!!」



チロメはラエルにハグをした。

完全に虚をつく形。


――でけぇ声が部屋に響く。


音源はラエルであった。

抱き着かれた瞬間、びく、と大きく肩を揺らして飛び上がった。そして出たのがこの情けないさけびである。


そして私とチロメは確信したのである。



この人、自分が攻めるときだけ強気なタイプなんだな、と。



「ど、どどどどどどうしたのチロリン!?」


「リダムとハグしてるの見てたら私もしたくなっちゃって!」


「ひゃ! そ、そそそっかぁ……」



顔は真っ赤になっていた。

同性同士でもこれであった。チロメがハグの力を強めると、さらに顔が赤くなり、言葉尻の勢いが失せていく。借りてきた猫のように抱かれるがままである。



「チロメさん、はしたないで……」


「シルフィア様、今いいところなんですよ」



母親を全うしようとするシルフィア様の口に出し巻き卵を突っ込んだ。

むぐ!? とこっちに抵抗のまなざしを送ってくるが、食べ物が口に入ったまましゃべるのははしたないと思ったのか説教を発動中止しむぐむぐと咀嚼をする。口が小さい。



「ラエルちゃんあったかーい!」


「え、あ、う、そ……そう?」



しかし、高身長外人系金髪美女が恥じらっているのは見ごたえがあるな。

完全な『美』というか、我々黄色人種からして憧れの存在である白人が『かわいらしい』姿を見せているのは、何というか、心に来るものがありますね。


普段はせめっけが強いのに受けでは弱いのがかわいらしい。

チロメがグ! と強く親指を立ててきた。

食べ終わり抗議を始めようとしたシルフィア様の口に春巻きを突っ込みつつ親指を立てる。


実験は成功である。

結果にチロメと二人でテレパシーで満足しあっていると。



「チ、チロリン……」


「ん? どうしたのラエルちゃん?」


「これは女の子同士だけど本番まで行っていいってことで、いい……?」



…………。

むぐむぐ、ごくん、とシルフィア様が飲み込む。



「……この展開になるってさっきので分かっていたでしょう」


「いや、まあはい。それはそうなんですけど」



ラエルは受けには弱いが、最終的に興奮して手が付けられなくなるため注意が必要と分かった。




◇    ◇    ◇




「ぎ、ぎぎぎぎぎ…………!!」


「返せない? じゃあチロリン12枚ドローだね。で、私はこれ出してあがり!」


「すみませんチロメさん、私も上がりです」


「……私も」


「う、嘘だ……! 嘘だ! いかさまだこんなの!!」



ご飯も食べ終わって片付けもして、みんなでカードゲームをしていた。

今は何戦目だったか。少なくとも5戦はしたと思ったが、チロメがだいたい大負けしていた。


みんなチロメ一人に嫌がらせを集中させているわけでもない。

そういうわけでもないのに、なぜか毎回奇跡的な手札の采配でチロメが負けるのである。青色が一枚も手札に回ってこなかったり、チロメの隣の人間に異常にドローカードが回っていたりと。



「あー、また負けた……ってそろそろ寝る時間か」



チロメにつられて、横に清掃用の作業着がかけられている時計を見た。

針は23時を指している。明日も早いのでそろそろ寝た方がいい。

ラエルも目をこすっている。



「布団出しますか」



布団を出すことにしよう。

確認を取るとみんな寝ることを了承したので、押し入れの戸を引いて布団を取り出す。

いつもは私のワンセット分だけだが、今日は大人数なので大変だ。普段使いしないから、ちょっと取り出しにくい位置でたたまれてるし。


ふんぬー!と小さな体で布団を引っ張っていると、ラエルがひょいとこっちに来る。



「手伝ったげるよ」


「まあ、ありがとうございます」


「ちょっとは興奮してくれてもいいんだぜっ……と」



私の小さな体をすっぽり包んで一緒に布団を引っ張ってくれる。

圧倒的体格差からなる現象。背中辺りが柔らかい。

先ほどまで苦戦していたが、いとも簡単に取り出せた。これが魔力の力……!?


感動していると、ラエルが何とも言えない目で私を見ていた。



「チロリン、これ取り出せないのはちょっと弱すぎるかも。地の筋力で簡単に取り出せたよ?」



そっかぁ。



「…………」


「シルフィア様、どうかなされたので?」


「……いえ、一人暮らしなのに布団は複数人分あるんだな、と」



目ざといな。



「引っ越しのときに業者さんが色々くれまして」


「……そんなことあるんですか?」


「ええ、新生活サービスですって」



適当に嘘をついて誤魔化した。



「ん? リムリム、布団3枚しかなくない?」



ラエルが布団を取り出し終えてそう言った。

私はそれを聞いてハッとした。



「あ!」



……そうだ!

布団、この家にゃ三枚しかないぞ!?


これは素で私のミスであった。

普段まともな来客なんて来ないので忘れてしまっていた。まともじゃない来客はたびたび床で寝かせていたのでそれによる感覚のズレもある。無意識に布団が足りると思い込んでいたのである。


4人に対して布団は3枚。



「すみません、人数に対して一枚足りませんね……私は廊下で寝ます」


「家主を床で寝かせるのは悪いよ! 一枚足りないなら私がなしでいいよ」


「こっちこそ雇い主を床で寝かせるのは悪いですよ」



心臓に。



「私別に床でもいいよ? 戦場じゃ地べたに座って寝てたし慣れてるから」


「ラエルさんほどのお方にそんな対応できませんよ! シルフィア様も同じくですが……」


「……同じベットで二人寝ればいいのでは?」



シルフィア様がそう提案した。

……それだ!



「はいはいはい! 私、私誰かと一緒に寝ます! 寝させてくださいぐへへへへ」


「いい案ですねシルフィア様、しかし誰と誰で組みます? 私は男ですので無理ですが……あ、長年の付き合いですしチロメさんとシルフィア様でですか?」


「お、シルちゃん久しぶりに一緒に寝る?」


「私! 私一緒に寝たい!」


「…………」



そう聞くが、意外にもシルフィア様は渋い顔をした。

表情が変わっていないので何とも言えないところはあるが、何となく気の進まなさそうな顔をしている。

チロメとお寝んねなんてしそうなものだけど。



「……チロメさん、著しく寝相が悪いんですよね」



そして、そんなことを言った。

チロメの顔が赤くなる。



「シ、シルちゃん!? 何言ってるの!?」


「ね、寝相ですか?」


「……あまりこういうことは言いたくないんですがね。今まで本人にも言ってこなかったんですが、チロメさんと寝ると問題が発生しまして」


「え!? うそ!? もしかして、中学から一緒に寝てくれなくなったのってそれが原因だったの!?」



寝相、寝相ねぇ……。

――チロメを起こしに行ったとき、抱き着かれたことを思い出した。


…………。


チロメと誰かを組ませるのは無しだな。



「わ、私寝相悪くないよ! そんなはしたない女じゃないから……信じてリダム!」


「しかしそうなるともう二組作れませんよ。ラエルさんもチロメさんも『2人』枠に入れませんので」


「ねぇ、私さっきからガン無視されてない? 私は全然人と寝れるんだけど」



私は男なので論外、『2人』枠に入れるのはシルフィア様一人だけだ。


顔を真っ赤にしているチロメと魔導卿ラエルを無視して悩む。

するとシルフィア様がさらりと言った。



「……私とあなたで一緒に寝ればいいじゃないですか」


「え!?」



マジで言ってます!?



「そ、それは問題があることないですか? 私こんななりでも男ですし……」


「……私はいいですよ。あなた、変なことしたりしないでしょう。それに二人で一つの布団を使うなら、最も体が小さい私たちが効率的ですし」


「そりゃまあ、そうですけど……」


「私には変なことしてもいいんだよリムリム、だから一緒に寝ない?」


「ラエルちゃん、私たちはもう黙ってよ?」



いやだなぁ、この人と寝るなんて。

しかしこうも言われると頑なに拒否するのも悪印象、か。「手は出さないでしょう?」と言われてムキに拒否していたら、まるで下心が少なからずあるみたいだ。


素敵なマネージャーに下心なんてものは存在しないのである。


というわけで――承諾してしまった。



掛け布団を畳の上に引き終わる。

みんな各々布団に入った。北からラエル、チロメ、私とシルフィア様の順である。


布団の上で座っているが、本当に隣にシルフィア様がいる。

内心すごい動揺している私と違って全く動じておらず、いつもの隈目でどこかを見ていた。


つらい。


一旦それは考えないようにして、寝る準備のために髪留めを頭からとる。

ポニーテールがほどけて髪が肩下くらいまで落ちてきた。そしてナイトキャップを被ろうとしていると、チロメから視線が向けられていることに気付く。



「な、なんです?」


「いやぁ、髪おろしてるの初めて見るなって思って。……すごい似合ってるよ!」


「はぁ」


「生活感を感じていいね」


「そうですか」



そうとしかいえない。



「それじゃあ電気消しますね」



天井のライトから紐を引いて電気を消す。

私の家の電球はえるいーでぃーですらない。


そして布団に入った。

――とうとうこいつと寝る時が来てしまった!!


変な汗が出る。隣にやつを感じる。お互い寝返りを打てば振動が布団を伝わり相手に伝わってしまう距離だ。

できるだけ隅による。よる……! 真横にいる敵対生命体に近づかないように!



「……別に気にしませんよ?」


「私が気にしますよ」



シルフィア様と同じ布団に入る日が来るなんて、夢にも思っていなかった。

私たちが小さいため体がぎちぎちということはないが、少し手を伸ばせば簡単に届く距離にいる。今も彼女の体温で布団があったまっていくのを感じる。感じる!



「リムリムとシルリン、ラブコメしてるねぇ!」



暗闇の中、横からヤジが飛んできた。

ラエルである。顔を見ずともにっこにこだとわかる声音である。



「いいなぁ、私も誰かと寝てみたかったなぁ」


「あ、じゃあ私と手つながない?」


「え!? ま、まじ!?」



横でラブコメが始まった。

ラエルとチロメのあたりからごそごそ聞こえる。

暗くてわからないが、手をつないだのか「あったかいね!」「う、うん……」とチロメと恥じらうラエルの声が聞こえてくる。これは『責められている』判定なのか弱々しい。


躊躇なくあの二人は百合を展開するね。



「うおおおおおお!! なんか眠くなくなってきたぁ!」


「手つないで興奮しちゃったかな。離す?」


「そういう意味じゃない! 絶対離さない! 深夜テンションってやつ? 興奮しちゃってさ。みんなでしりとりでもしない?」


「……早く寝ましょう」



シルフィア様がしゃべるたびに吐息が伝わってくる。

嬉しくはない。


私も今日はどっと疲れたのでゆっくり目を閉じる。

こうして夜は更けていった。



◇    ◇    ◇



起きた。

目覚ましなんてかけていないが、毎日同じ時間に起きているので、体内時計が自然と同じ時間に私をたたき起こすのである。


時計を見ると4時である。

いつも通りの時間だ。


まだ太陽は登っておらず、中は暗い。

まあ登っていたところで南の窓は建物で日光が防がれているためあまり明るくはならないが。


寝ているシルフィア様を起こさないようにのそのそと布団から出る。

朝ごはんの支度をしないといけない。客人をもてなすのは大変である。


眠気眼をこすりながら台所に向かおうとすると、不思議なものを見た。



「…………うわ」



思わず声が漏れた。


――チロメがラエルの頬にキスをしていた。


2人は抱き合いながら眠っていた。

別の布団で寝ていたはずが、チロメがラエルの布団に覆いかぶさるように侵入しており、何があったのか抱きしめあっている。


そして、チロメがラエルにキスを落としているわけである。

『……チロメさん、著しく寝相が悪いんですよね』というシルフィア様の言葉もバカにできない。これが寝相とはあきれるばかりであった。



チロメには睡眠と関係したキス癖があるらしい。



新発見。



「とりあえず放置しますか」



触らぬ神に祟りなし。

起床後の2人がどんな反応をするのかは知らないけど、まあ、彼女たちは両方百合属性がありそうなので重大なことにはならないだろう。


チロメの体に掛け布団だけかけておくことにした。

ラエルの布団に攻め込んでいるため、チロメの体に掛け布団はかかっていない。


幸せそうにラエルに抱き着いているチロメに布団をかける。

くすぐったそうな顔をした。黒髪がベッドの上で揺れる。



暗い中畳を歩いて厨房に行った。

チロメのせいで寄り道をしたが、ようやく朝ごはんの準備を始められる。

冷蔵庫を漁って必要なものを取り出し、調理を開始する。できるだけ音は抑える。また、明るくないところで包丁を使うのは危ないので懐中電灯で少しだけ明るくした。


そして20分ほどたったころだろうか。


布団の方からゴソゴソと聞こえてきた。



「あら、おはようございますシルフィア様……起こしてしまいましたか?」


「……いえ、朝はいつも早いので」


「よく眠れました?」


「……はい」



シルフィア様だった。

しかし彼女を見ると、少し違和感を覚えた。


いつもより少し目の隈が濃くなっている。立ち上がる姿も何となく覇気がない。いつも動きに活発さを感じる人ではないが、やはりいつもより弱弱しく感じる。



「……朝食の準備ですか」


「ええ」


「……手伝いますよ」


「大丈夫ですよ、シルフィア様は座っていてください」



一瞬料理を中断して、椅子を用意した。

彼女はいい人なので、泊めてもらっている立場として少しでも手伝いをしなければと思っているのだろう。だが、彼女は私からすれば客人なのである。もてなす義務があるのは私なのだ。


大人しくシルフィア様は椅子に座ってくれた。

彼女の家にあるものとは違う、安物であるのが申し訳ない。


そこから私たちは無言であった。

私がちゃきちゃきと準備を進め、シルフィア様がそれを静かに眺めている。

居心地の悪さは感じない。味噌汁を作っているときに、彼女は小さく口を開いた。



「……あなたのその調理技術はどこで手に入れたので?」



質問であった。



「昨日答えたじゃないですか。バイトですよ」


「……店の名前です。あなたの勤めていた」


「…………」



鍋をかき混ぜる手が止まった。

ちょっとして、ようやく手を動かし始める。



「気になりますか?」


「……ええ。あなたの料理が素晴らしかったので、そちらにも行ってみたくなりました」



私はその発言が嘘であることを知っていた。


私が感じている違和感。

それは『どうしてこの人が私のアパートに泊まる選択をしたのか』ということであった。


チロメのことが心配なのなら、そもそもお泊まりの許可を出さなければいい。チロメパパに意見を聞くまでもなく止めることが彼女にはできたはずだ。



「言えません」


「…………」



簡潔に、答える。

この人は私のことを知りたくてたまらないのである。


私の挑発的とも取れる返答に返ってきたのは沈黙だった。そして間を開けてやはり小さな声で喋りかけてくる。



「……あなたは隠し事が多いですね」


「情報リテラシーが高いと言ってください」


「……チロメさんが悲しんでいましたよ」


「そうですか」



そうですか。

私の簡素な返しに、



「……やはりあなたは信用できませんね」



シルフィア様はこう言うのであった。

もはやあまり包み隠さない私に対して、彼女は、睨みつけるような真似はしてこない。



「私はシルフィア様のこと信用してますよ」


「……本当に、チロメさんのことをあなたは大切に思っているんですか?」


「ええ、そりゃあもちろん。仕事ですしね」



また黙ってしまった。

今度のそれは長かった。


こいつが今ここにいる大きな要因が『私のことを知りたくてたまらないから』というのは事実であるが、また逆に、それが全てでないことを私は知っている。


人の心とは複雑なもので、物語のように一つの行動に対してたった一つの理由があるわけではない。


そうわかりやすくないのだ。

もっと多角的で、内包的で、わかりづらいものなのである。


先ほど私はシルフィア様がここにいるのは『チロメの防衛のためではない』というようなことを言ったが、それは半分嘘だ。


まず間違いなくそれも含まれているはずである。

私があの時言いたかったのは、大きな要因ではないということ。


そして今言いたいのは、大きな要因は一つだけではないということだ。



シルフィア様は疲れた様子で椅子に座っていた。

寝起きだというのに随分体力を消耗しているようである。可哀想に。とても辛いはずだ。



こ(・)う(・)な(・)る(・)こ(・)と(・)は(・)わ(・)か(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)は(・)ず(・)だ(・)。



私はシルフィア様の奥――布団の方に目を向けた。


暗闇の中でも見える。

恐ろしいほど美しい、黄金の、髪。



「シルフィア様はお優しいんですね」


「……いきなりなんですか」


「チロメさんがあんなふうに育ったのも、あなたが一つの原因なんでしょうか。親は子に似ると言いますもんね。あなたたちは血は繋がってないませんが」



羨ましい限りである。


鍋の火を止めた。

煮立って水面を荒ぶらせていた気泡の勢いが徐々になくなる。


後ろを向いた。

シルフィア様に目を合わせる。

今度の彼女は私を訝しげに睨みつけていた。私の雰囲気が変わったとでも思っているのか。随分警戒している。


見つめあって、それから、言う。



「――味見してくださいませんか?」



言われた彼女はきょとんとした顔をした。



「……いきなりなんですか」


「本日2回目ですね。味見ですよ味見、うまくできたか確かめてもらいたいんです」


「…………」



料理の一部を小皿によそって持っていく。

未だ彼女は怪しんでいる。



「はい、あーん♡」


「馬鹿にしてますか?」


「馬鹿になんてしてませんよ、私はシルフィア様のこと尊敬してますからね」



近くで見ると一層目の隈は濃かった。


アーンをしてみた。

彼女のいう通り普通に馬鹿にしている。

しかし、悪態を突かれるが案外彼女も寛容なので、小さな口でちゃんと食べてくれる。


上品に咀嚼して飲み込む。

所作が綺麗である。


食べたことを確認したので、シ(・)ル(・)フ(・)ィ(・)ア(・)様(・)の(・)頬(・)に(・)手(・)を(・)添(・)え(・)る(・)。(・)



「……なんですか、本当にこれは」


「なんだと思います?」


「…………」



力強く睨まれる。

私を睨んで、そして――何かに気づいたらしい。


グラ、と重心を崩した。



「……あなた」


「…………」


「私に何を……!」


「…………」



答えない。



「シルフィア様はお優しいんですね」


「……?」



この人の頬は柔らかかった。


堅い性格をしているくせに、鋭い三白眼をしているくせに、この人は本当は柔らかいのである。善良な人間。どこまでも柔和な笑みを浮かべるくせに、どこまでも穏やかな目つきをしているくせに、本当は罵倒と文句でいっぱいの私とは違うのである。



「私は昨日確信しました。シルフィア様は優しいです。あんな化(・)け(・)物(・)と寝食を共にすることなんてできないと、あなたはわかっていたはずですのに。結局あれのためここに来た」


「……!」



突然ラエルを『化け物』呼ばわりしたことに目を見開いた。

しかし、脳に薬が周り始めたのか意識は朧げで、なんとか持たせようとしているものの、うまく行ってはいないようである。

後1分もしないうちに彼女は夢の中だ。



「……っ!」


「安心してください、毒物なんかじゃねーですよ。これはただの『手助け』です。あなたのその不器用で温かな、私には1ミリも理解できないその素晴らしい思いやりに対する善意の手助けです。何か手を加えるわけじゃねぇ」


「……リ、ダム…………」



彼女の目が閉じていく。

だんだん頬に体重がかけられる。



「それではおやすみ、シルフィア様」



完全に眠ってしまった。

頬に手を添えていなければ床に倒れ込んでいただろう。


一服盛ったのであった。


あ(・)の(・)化(・)け(・)物(・)の(・)魔(・)力(・)に(・)震(・)え(・)て(・)眠(・)れ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)ろ(・)う(・)。このままじゃ今日一日も持たない。

このあと少し眠れたところで、1日持つかはわからないがね。


お姫様抱っこで持ち上げる。

実に軽い体だ。私でも持ち上げられる。重さよりもこのボリューミーな緑髪の方が手に絡まって面倒だ。


寝かせて布団をかける。

ラエルからは限界まで離しておいた。どこまで効果があるのかは知らないけれど、近いよりはマシなはず。



「わかりませんねー、どうしてみんな見ず知らずの他人の心を慰めよう、なんて発想が出るんでしょうか」



そして調理の続きに取り掛かる。

使った薬の瓶は焼酎や家財を隠しているところにぶっ込んだ。



「特にシルフィア様はどうかしてますよ、ほんと。怖くて怖くて堪らないはずですんに」



今回ばかりは、チロメではなくシルフィア様の方が私を動揺させている。

チロメはラエルの恐ろしさを知れない。だから友好的に接することも簡単だ。


包丁で野菜を切っていく。



「あれが『可哀想』にでも見えたんでしょうか? シルフィア様は」



事実ただの化け物でしょう。

その心がどうであれ。

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