えぴそーど23 ピンペン
とても悲しかった。
今日もまたここにいる。
小高い丘の上から黄金の麦畑を一望している。一本だけ生えた木に腕を当て、体を隠し、遠くからそれを見ている。
子供達が遊んでいた。
はしゃいで声を上げ、数人で草の中をかけている。その声が絶え間なく私の鼓膜を揺らす。心臓はどんどん高鳴っていった――私は『期待』していたのである。
ふと冷静になる。これも何度目であろうか。5年、10年、ずっと続けている。
木の裏から同年代の子供達を見る。見て、期待して、それで、望んだ結末にならないことを、私は何度も経験している。知っている。
それでもやはり、私は確かな臨場感を持って、今日も知っている未来を知らない体で進めていくのだ。
――あの。
声をかける。
気づけば私と彼らの距離は声が掛かる程度に近づいていた。それを不思議なこととは思わない。
あるのは期待か緊張かわからない、茹で上がった幼い興奮だけである。
彼らと目が合った。私に気づくまでは楽しそうに笑っていたのに、そこで表情が一変した。
忘れもしないあの目。
私より一回り小さい女の子が小さく悲鳴を上げると、私より一回り大きい少年がその背中に手を当てて、どこかに走って行ってしまった。他の子達も一目散にかけ出していく。
その背中を見送るのも、これで何回目だろう。
自分の気持ちもわからぬままその子達を眺める。どんどん遠ざかっていく。十分離れた頃に、先ほどの少年が振り返った。
――もしかしたら、帰ってきてくれるのかも。
間抜けで虚しい期待であった。
彼は私が後ろからついて来ていないかを確認しただけである。十分距離を離した彼らは、私のことを忘れたみたいに、またはしゃいで声を上げ始めた。
今度は鼓動はならなかった。
言葉にできない激情が私の体を駆け巡り、思いのままに走り出した。
麦畑を凄まじい速さで駆け抜けていく。
私は裸足だったが、地面にある小石なんかを踏んでも毛ほども痛くもなく、小麦の葉を引きちぎりながら、猛然と走った。
やがて母の部屋にたどり着いた。
家の門を潜った記憶もないのにここにいる。が、やはりそんなことはどうでも良かった。
柔和に微笑む母が私を出迎えてくれた。
嬉しかったし、悲しかった。どんなに邪険に扱われて、どんなに悲しい気持ちで戻っても、母はいつも同じ顔で私を慰めてくれる。
目頭を熱くし、大泣きしながら母の胸に飛び込んだ。
さっきまでは持っていなかった、取り出した記憶もないロザリオを握りしめた。そして母の胸に顔を埋めて啜り泣く。頭を優しく撫でられる。泣きながら、慰められながら、必死に私は手を擦り合わせ、神様にお願いをした。
――お願いします。どうか、
この頃は、どうしてこんなに祈っているのに神様は願いを聞いてくれないのか、本気で疑問に思っていた。
一体どれくらいそうしていただろう。
気づけば私は1人になっていた。ベッドの上で起きた。母がいなくなっていた。泣き疲れて寝むった私をベッドに運んでくれたのだろうか。
ベッドを立つと、廊下の方から何か話す声が聞こえた。話者は2人のようで、怒鳴り声とまではいかないが、どちらも随分感情的になっている。うまく聞き取れない。
けど、これだけはわかった。
お母さんとお父さんの声だ。
何を話しているのか気になった。いつも優しい2人がこんなに声を荒立たせることとは何事なのか。
そこに行けば全てが終わってしまう気がした。しかしそれでも私はもう何度目かもわからないが、廊下の先へ行こうとしていた。
明かり一つない暗い廊下を進むにつれ、両親のいる明るい部屋に近づくにつれ、声が明瞭になっていく。
それで、それで。
もう何度目かもわからないくらい繰り返したことだけど――。
そのあとは、どうなったんだっけ?
◇ ◇ ◇
「よっしゃ! 今日は遊ぶよラエルちゃん!」
「いええええええええい! 遊ぶぜチロリン!」
朝食も済ませ朝9時ごろ。
東京の僻地の街中で、チロメとラエルがはしゃいでいた。
私のアパートからはすでに離れており、チロメが考えた『遊び場』に向かっているところである。
今日を入れた2日間がラエルが観光して遊べるリミットだ。この短い期間で存分に遊び倒さなくてはならない。
人のいるところに行けないラエルでも遊べるところを見繕っているらしいが、いったいどんな場所なのか私もまだ知らなかった。
「いぇいいぇいいぇい! 今日は遊ぶぜー、ラエルちゃん!」
「ふぉおおおおおお! 今日は遊ぶぜチロリン!!」
やけにテンションが高い2人であった。
ラエルは観光気分で浮かれていると解釈できるが、チロメはよくわからない。
私はそんな2人の後を3歩後をついていく。
あの上がりに上がった雰囲気に呑まれると一日持たない。避難行動である。
「…………」
そしてそんな私の横にはこわーいエルフがいた。
会話なんかは全く発生しない。しかし物を言わずとも、まるで怪しい薬を飲ませて来た危険人物を見るかのような目で睨みつけては、何かを視線で語ってくるのであった。
おお、こわいこわい。
「よっしゃ! 着いたぜラエルちゃん!」
「おお! 着いたかチロリン!」
シルフィア様に怯えていると目的地に着いたらしい。見るとそこは――バッティングセンターだった。
しかしだいぶ寂れていた。
思わず私もびっくりしてしまう。あのボロアパートに住み始めて1年以上、どんなおんぼろ物件を紹介されたところで鼻で笑える程度には「慣れ」ていると思っていたが、その考えは甘かったらしい。
禿げた壁の塗装、鳥の廃巣と糞だらけの壁、至らない点を挙げればキリがない。
思わず唾を飲んでしまう。
――人がいないってこういうタイプかぁ……。
ラエルも「お、おう……」と困惑気味であった。私も驚きを隠せない。
「へ、へいチロリン、これって本当にやってんの? どっちかと言うとお化け屋敷に見えるんだけど……」
「私のアパートといい勝負ですね」
「……チロメさん、場所は合っているので?」
割と散々に言う。
そんな私たちを見て、チロメが「ちっ、ちっ、ち」と指を振った。
「外観を見ると期待が削がれるかもしれないけど、中は結構綺麗なんだぜ。まあ、騙されたと思って入ってみてよ」
「そうなん?」
「エグザクトリー!」
多分あんまり意味をわかって使っていないんだろうな、と思わせる返事を聞きながら、私たちは入り口に向かう。
ガラスにヒビの入った自動ドアをくぐろうとして、くぐろうとして……開いてくれない。
「……チロリン?」
「ああ、それもう壊れてるの。だから手動で開けないといけないんだよね」
チロメが横に「よいしょ!」と声を出してドアを押した。畳のように自動ドアが手動で開く。
ラエルがギョッと目を見開いた。
原始的だった。
「すごいですね、自動ドアなのにこんな開け方するなんて初めて見ました。世界にはこんなのもあるんですねー」
「あなたのアパートも大概でしたけどね」
シルフィア様に突っ込まれる。
返す言葉もなかった。
しかし前後多難である。
入り口でこれの時点で中が営業しているのかも怪しいが、本当にここで遊ぶことなんてできるのだろうか。不安が増すばかりである。
「ふんふふ〜ん――あ、ネズミ」
「えぇ……」
ネズミが2匹廊下を通る。
不安が増すばかりである。
しかしどうして面白いもので、受付に着いた時、私たちはいい意味で期待を裏切られるのであった。
結構ちゃんとした施設がそこには広がっていた。
確かに古い施設ではあったが、外観と比べると十気にならない程度である。
「へぇー、結構綺麗じゃない。外観からは想像できないねぇ」
「私のアパートとは違いますしたね」
仲間意識を持ちかけたが、こっちの方がよっぽど良い建物である。
「へいおじちゃーん! バッティングさせてー」
「おー、チロメじゃねぇか! 久しぶり! 今日は友達と一緒かぁ! いいぞ! 好きなだけ打ってけ!」
受付にちゃんと人もいた。
なぜか額にバンダナを巻いている、メガネをかけた白髪のおじさんである。
新聞片手にチロメに喋りかけている。
ずいぶん親しげな様子である。
「あの人は表蔵おじさん。ここの管理人だよ。魔力のない日本人だからラエルちゃんの影響もないはず、安心してね」
こちらにゆらゆらと手を振ってくる。
ラエルと私は振返した。シルフィア様は軽いお辞儀をしている。
確かにここなら人は来ないだろう。
中身はともかく外観はほとんど廃墟だ。知らなければ入ろうなどとは思えない。
ラエルも何も気にせることなく過ごせるに違いない。
挨拶に軽く済ませると意気揚々としたチロメに連れられてバッティング場までやって来た。借りたラケットをチロメが私たちに手渡す。
そしてでかい声でこう言った。
「日本に来たら何する? 答えは簡単、異文化交流! スポーツ編!!! 誰が1番打率がいいかゲーム!! いええええええええええい!!」
「いええええええええい!!」
――こういうノリを見るとチロメが人気動画配信者って思い出すなぁ。
ラエルが合わせて歓声をあげた。
私は軽く拍手をした。
「今からするのはとあるゲーム! 日本人なら誰でも知ってる伝統スポーツ『野球』!! 日本に来たならやってみたいよね、でも人数足りないのでバッセンです!」
「野球って日本のスポーツなんですか?」
「……諸説ありますがイギリスかアメリカ発祥だと言われていますね」
「はいそこおしゃべり禁止!」
黙らされる。
「へぇー、ヤキュウ? ってスポーツがあるの? で、それに関することをやるのね?」
「そうそう、楽しいよ」
「あそこに謎の機械があるけど、あれで何かするってことで合ってる?」
ラエルは野球を知らないらしい。
無論、バッティングセンターのことなんて全く知らないだろう。
ここに来た時から興味深げにキョロキョロと辺りを見渡していた。
今は弾を出す発射装置に指を刺している。
「私何すればいいのかよくわかんないんだけど」
「あの機械が拳大の弾を飛ばしてくるので、それをそのバットで力一杯打つんですよ。それで飛距離をどれくらい稼げるかを競って楽しむんです」
「はえー、それ楽しいの?」
私が説明すると怪訝な顔をされた。
まあ確かにやってることだけ聞いても楽しそうとは思わないかもしれない。
ちなみにかく言う私も1ミリたりとも面白さを理解できていない。
「百聞は一見にしかず! 一度やってみるから見てて!」
そういうと勇ましく肩にバットを担いだチロメがグラウンドに立った。白のスカートを着込んだ足を目一杯に広げ、なかなか様になったスイング姿勢を見せてくる。
頭には青いメットを被っている。
鋭い目つきでバッドを持ち上げ、機械の様子を注視し――。
弾が発射される!
「うおおおおおおおおお!!」
渾身の一振り!
チロメの後ろを容赦なく通過する弾!
空振り! ストライク!!!
あ、あれだけ威勢のいい雄叫びをあげて空振った!
「……ん? 今のは成功? チロリンは何ポイント稼いだのよ」
「失敗ですね。本当は小気味いい音と共にボールが打ち上げられるんです。ちなみに野球はポイントとかじゃないです」
チロメがプルプルと顔を赤くして震え出した。
実に見事な構えをとるので打ってくれると思ったが、やはりチロメ、ドジには変わりないのであった。
「……とまあ、こんな感じなわけよ」
チロメが帰ってきた。
シルフィア様がなんとも言えない目で我が娘を見つめていた。それは慈愛か呆れか。どっちにしろ、私をみる際にはない優しさが込められているのは確かである。
「ふーん、でも……これが本当に楽しいの?」
今までの流れを見てなお、ラエルはよく分からなさそうな顔でそう言った。
「自分でやってみたら楽しいもんなんじゃないですかね」
「そうなのかなぁ、ようは飛んできた弾を撃つだけなんでしょ?」
「まあそう言っちゃえばそうなんですが。とりあえずやってみては?」
それもそうだね、とラエルがマウンドに立つ。
流暢な動きでバットを構えた。バットを握るのも初めてのはずなのにチロメよっぽど様になっている。
「……綺麗に握りますね」
「ですねー」
シルフィア様も感嘆する。
これは期待できそうである。やはり魔導卿、運動神経ははかりしれないほどいいはず。初めてにしてでかい当たりを引くかもしれない。
見守っていると機械が動き出し――弾を発射した。
「来た!」
チロメが思わず叫ぶ。
弾が勢いよくラエルの前まで進んでいく!
その時!
「うんしょ」
気の抜けたラエルのセリフと共に、ビタ! と弾が空中で静止した!
「!?」
「え!?」
「…………」
どういうこと!?
答えが出る間もなく、ラエルは空中で静止した弾を「これの何が面白いんだろう」と言った顔で、数秒かけて位置調整したバットで思う存分フルスイングするのだった。
結果はもちろんホームラン。
緑のネットにすごい速度で当たり、シュルシュルシュル! と凄まじい回転音と煙を立ててポト、と地面に落ちる。
脱帽!!
「えっと、これでいいの?」
ラエルがずっと「面白いのかなぁ」と言っていた理由が理解できた。
そりゃあそれができるなら面白くねーわ。
「え、えええええええええ!!? ラエルちゃんそんなことできるの!?」
チロメが声を上げる。
世にも奇妙なボールストップに1人驚きを見せなかったシルフィア様が、小声で解説をし出す。
「……ボールの進行方向とは逆に魔力で力をかけて、ボールを静止させたんでしょうね」
「そんなことできるんですか?」
「普通はできませんよ。ボールが魔力のテリトリー内に入って術者に当たる1秒にも満たない時間で、ボールの速度をかき消せるほどの負の加速度をかけねばならないんですから」
ラエルが災害級の魔力を持つからこそできることなのか。
「……よっしゃラエルちゃん! それは無しで行ってみよう!」
チロメがそう提案した。
ラエルが「これは無しなのね」と納得してまたマウンドに立つが。
「よっ」
「ほっ」
「ふんっ」
機械が打った弾の悉くが、いとも簡単に返された。
それも当たっただけとかではなく綺麗にラケットのど真ん中にヒットしているようで、清々しいほどまっすぐ弾は飛んでいくのであった。
そういえば初対面時、連隊の包帯男が撃って来た銃弾を見切ってたっけ。
運動神経・動体視力共に我々と全然違うらしい。
チロメは唖然としていて、私とシルフィア様で打つたびに拍手をする。
お金を入れた分を全て綺麗に打ち尽くしたラエルが、帰って来て発した一言は。
「これ、あんまり私には向いてないかもなぁ」
申し訳なさそうな顔が印象的だった。
◇ ◇ ◇
「まだ諦めないよ私はぁああああああ! 第二ゲーム! 異文化交流、スポーツ編! ピンポンゲーム! いえええええええい!!」
「いええええええええい!!」
またもやチロメとラエルが歓声を上げる。
次にやって来たのは、卓球のラケット台だった。
ここはまだバッティングセンターの中で、建物の2階の謎の卓球スペースにいる。
野球がダメそうなので第二案に考えていたらしい。チロメはできる女、何か問題があった時のため別の案も用意していたようだ。
「これはどうすんのよ? このラケットで何するの?」
ラエルがラケットを持ってチロメに聞く。
バットと同じように不思議そうな目でラケットを見つめていた。
チロメが私を手招きする。
ラケットを渡されて、
「えっとねぇ、これは見てもらったほうが早いと思うから、先にリダムと私が実践してみようか」
チロメと戦うことになった。
先制はチロメから。
ボールを高く上げ、ラケットで打ってくる。
「基本的には飛んできたボールをラケットで打ち返すゲームだよ。最初の打球は自分のコートをバウンドさせてから相手のコートに入れるの」
弾がこっちのコートに飛んできた。それをラケットで弾いて返す。
「最初の一球以外は自分のコートでバウンドさせちゃダメだよ。相手のコートに直接弾を返して、それを打ち返されなかったら一点ゲット。どっちかが返せなくなるまでラリーを続けて競うゲームだよ」
チロメもきちんと返して来た。私もそれに応じて返す。
何度かのラリーの後、徐々にチロメのスピードが上がってくる。どうやら説明のために手を抜いていたようだ。そこそこチロメは卓球の経験があるらしい。
「ふふふ、ラリーを続けるのも楽しいけど」
私は素人である。
上がっていくスピードに翻弄される。なんとか打ち返すが、玉が高く上がってしまった。それを待っていたと言わんばかりにチロメはラケットを振り上げると。
「こうやって、スマッシュで思いっきり相手を屠る! それが1番楽しいよね!」
「ぬあっ!」
容赦なく玉をスマッシュで叩きつけてきた!
初心者狩り! 全く反応できない!
凄まじい速度で迫る玉!
私の台に当たらずあらぬ方向に飛んでいく!
チロメ、痛恨のミス!
ここに来て先ほどできなかったホームラン!!
「……ん? 今のはチロリンの勝ち? 何ポイントとったの?」
「……今のはチロメさんの負けです。相手のコートに返せなかったので。あと卓球も何ポイントとかじゃありません」
「え、そうなの? でもあんなにかっこいい決め台詞を言ってたじゃん。何にチロリンの負けなの?」
「……そういうこともあります」
「ぬああああああああああああ!!」
チロメが顔を赤くして地面に倒れ込んだ。
まあ、うん。元気を出して欲しい。
しかしやっぱりラエルは怪訝な顔をしている。
先ほど見た顔だった。
「ねぇねぇリムリム、でもこれって……」
チロメVSラエル!!
「ほい」
「ええええええ!!?」
空中で止まる玉!!
「えいっ」
「ぐあああああああ!!」
凄まじい速度で打ち出されるスマッシュ!!
「やぁっ」
「ぎゃあああああああ!!」
全く反応できないチロメ!!
……惨敗!!
悲しくなるほどでかい種族差!
初めてやったとは思えないほど華麗なプレイを見せつけてくれた。女の子が出しちゃいけない類の悲鳴をあげ続けたチロメは、地面に座り込む。
「ごめんね、これもあんまり合わないみたい……」
「くっそおおおお!!」
「まあ正直球技持って来た時点でこうなることはわかってましたけどね」
「……ええ、そうですね」
卓球の時点でわかっちゃいた。
本質的な問題が野球と変わってないし。
しかし……このままだとラエルが楽しむことができない。なんとなく気まずい空気が流れ始めてしまった。
やはり種族差、魔力のある無しの差がでかい。
基本的な身体能力も違いすぎるしスポーツは無理があったか。バスケなんかで日本人選手が外国人に圧倒されているところを思い出す。
どうしたものかと困っていると、シルフィア様が前に出た。
「……ラエルさん、私と一戦やりましょう」
意外な人物の登場である。
緑のボリューミーな癖っ毛を後ろで一本にまとめている。うなじが可愛い。
「え、シルリン? でも、勝負になるかわかんないけど……」
「私も一戦やってみたくなりました」
相変わらず何を考えているのかわからない人だ。
有無を言わさぬ言葉選びでラエルと一緒にコートに立った。
しかしすごい身長差だなぁ。
140cmと180cm。40cm以上の差がある。すごい。子供と大人、絵面からすでに勝負になりそうにない。
ラエルのつよつよスマッシュなんか受けたら死んじゃうんじゃないかと思うほどだ。
「大丈夫かなぁ……」
「ちょっと心配ですね」
私とチロメと同じく、ラエルもどことなく不安そうである。
初球はシルフィア様。
ふわっと手で玉を上げる。
瞬間、急に目つきが変わった。
「え?」
凄まじい速度で打たれたサーブ。
ダァン! と雷が落ちたんじゃないかと思うほどにでかい床を踏み抜く音と共に放たれたそれは、気づけば凄まじい速さでラエルの真横を通り過ぎた!
「っ!?」
しかしそこは魔導卿!
ギリギリのところで反応して撃ち返す!
が、
「…………」
シルフィア様のコートに入った瞬間、バックでラエルと真逆の方向に打ち返す。
魔力である程度強化もしていたのだろう。これまた凄まじい速さだった。
今度は反応できずにラエルの後ろを通り過ぎていく。
ラエルから一点とった。
す、すげー。
「……何今の?」
「……サーブですか? バックですか?」
「……どっちもかなぁ」
「……魔力の量や出力だけじゃないということです。卓球は」
シルフィア様の返答にラエルはニヤリと口角を上げた。火がついたらしい。
いや、卓球に魔力とかそういう概念ねぇだろ。
そう突っ込むのも憚られてしまうほどには、なんか熱い空気が流れていた。
「シルちゃん卓球やってるってのは知ってたけど、あんなにうまかったんだぁ」
「卓球やってたんですね……」
美食家だったり博物館巡りが趣味だったり、おまけに卓球やってるとか結構人生充実してるな。
ワークライフバランスがすごい良さそう。
「近所の体育館にラケット持ってよく行ってるの。あんなに上手いとは思わなかったけど」
あんな怖い競技行われてるなら近所の体育館行くのやめるわ。
「――ピンペンじゃッ!!」
知らぬ間に私の横に来ていたジジイ――先の受付の表蔵爺が突然でかい声を上げた。
「うわ! びっくりしました! いつのまに!? というかどうやって!?」
「おじさんどうしたの、急にこっち来て……」
「ピンペンじゃ! 忘れもしないこの闘気、何十年ぶりに感じたと思えば……まさかこの老ぼれ、死ぬ前にまたピンペンを見えるとは」
「ピ、ピンペン?」
何言ってんのこの人。
突然どう現れたのかは言わないし。
チロメと私のそんな疑問をよそに、勝手に馬
場を仕切り出す。
「お嬢ちゃんお二方! それをするにはその卓球台じゃ耐えられん! こっちの特別性を使うが良い!」
「あら、そうなの?」
「…………」
2人が移動する。
表蔵爺が案内した先には見るもピカピカな怪しい卓球台があった。
それを見るとシルフィア様とラエルは同時に目を見開き「へぇー」と感嘆の吐息を漏らした。
「すごい質のいいマナタイトじゃない。よくこんなの持ってるねぇ」
「……素晴らしい出来です」
「そう言ってもらえて何よりじゃ。何せこれはわしがピンペンのために特注で作ってもらった自慢の台じゃからの」
何が起こっているんだ。
全く状況を理解できない私たちをよそに勝負は始まった。シルフィア様とラエルが凄まじい応酬を繰り広げはじめる。
表蔵爺がこっちに来た。
「あの、おじちゃんこれは……」
「――ピンペンじゃよ」
だからなんだよその馬鹿みたいな名前のものは。
「ピンペン、お主みたいに異世界人との交流をスポーツでできんかと考えた者が考案したものとされているスポーツ。バスケやサッカーなんかのような危険性があるものではなく、卓球のような比較的安全なものならスポーツ交流できないかと……それで生まれた悲劇のスポーツ、それがピンペン!!」
「ひ、悲劇なの?」
なんかよくわからなくなって来たな。
「異世界人がやることを前提とした卓球での、魔力の使用ありのアウトレイジ卓球じゃ。1980年代後半に考案されたゲームなんじゃが、一度だけ世界大会が開かれた後は、ほとんど日の目を浴びずに衰退してしまったスポーツでの」
「アウトレイジ……」
「だから悲劇なんですね。しかし、世界大会も開かれたのに流行らなかったんですね」
「ああ、全治3ヶ月の怪我人が出たせいで苦情が入ったらしくての」
残当じゃねーか。
「しかし、どんなスポーツでも危険があって当然じゃ。スポーツに関わるものは皆それを理解して試合に臨む。運悪く最初の世界大会で怪我人が出たことで、危険なものだと誤った認識が広まってしまった……」
確かにそう聞くとかわいそうかも。
「ちなみに怪我したのは流れ弾を喰らった魔力のない審判じゃ」
残当じゃねーか。
「まあそんなことはどうでも良い! 見よ! あの戦いを!」
その言葉を聞き試合を見る。
シルフィア様は台からかなり離れた位置で玉を特殊な打ち方で返しており、ラエルはそれを台の近場で鋭い威力の弾を打ち返していた。
「あの小さい子はカットマンじゃな。それも相当の腕じゃ。あの金髪のねーちゃんの凄まじい玉を的確に距離をとって捌いておる」
「カットマンってなんですか?」
「台から離れた位置で戦う、守備に優れたスタイルを得意とする者じゃ。台から離れるほど玉のスピードは遅くなって返しやすくなる。それに、なんと言ってもあの子は回転が上手い」
「回転?」
「みておけ」
シルフィア様が玉を返す。
緩やかなスピードの玉だった。これでは私でも見切れてしまうほどだ。
ラエルがニヤリと笑った。
明確なミスだ。これは勝負あったかと思ったが、
「は!? ま――曲がった!?」
玉が直角に曲がった!
ラエルのコートに着いた瞬間、90度曲がって凄まじい速さで真横に飛んだのだ!
「……んえ!?」
そしてなぜか私の方に飛んでくる!
慌てて首を横に捻る!
ベキ! と後ろから音がした。
振り返ると玉が壁にめり込んでいる!
結んでいた髪が落ちてきた。少し避けきれなかったらしくて、髪留めのゴムが持っていかれてしまったらしい。
…………。
滅んでよかっただろこのスポーツ!
「……うっそーん」
「……これで2:4ですね」
シルフィア様が押している。
この意味わからん競技で彼女は相当強いみたいだ。
「横回転じゃな。ピンペンの面白さはなんと言ってもここじゃのう。普通じゃありえない玉の軌道を実現できる! 見てて楽しい! まあ、あれほど玉を曲げるのは相当骨が折れるはずじゃが」
「確かに見応えはあるかも」
チロメが私の髪を結びながら表蔵爺の言葉に賛同する。
…………。
チロメからの視線を感じる。
「……髪結ぶのってなんかいいね」
「そうですか」
妙に嬉しそうである。
私は死にかけて機嫌が悪いがね。
危うく卓球玉で死にかけたのだ。壁にめり込んでいたところを見るに、当たっていたらどうなっていたことか。
その時ふと疑問に思った。
「さっきの玉、壁にめり込んでいましたよね? あの玉が打ち込まれてる台はなんで無事なんです? それに普通の卓球玉じゃ壁にめり込むには硬度が足りないと思うんですが……」
「いい質問じゃの」
表蔵爺がそう言った。
「まず卓球台について説明すると、先ほども言ったがあれは特別性の台、マナタイトを材料に作られている」
「マナタイト? 確か私化学で習ったよ……マナが練り込まれた合金だよね」
「そうじゃの。制作難易度が高いため、質のいいマナタイトはとても高価じゃが、その硬度は抜群じゃ。近距離からアサルトライフルを連射されても少し凹むだけ、というくらいには硬い。よってピンペンにも耐えられるのじゃ」
「そんなすごいもの使ってるんです?」
「ああ、当時借金してまで買ったんじゃが、そのせいで経営が傾いてこのザマじゃ!」
「そうだったの!?」
「ああ! こんなマイナースポーツ誰もやりに来ないもんだから、買ったはいいものの今日の今日まで置物じゃ!」
卓球台に人生狂わされてる!
「続いてピンペン玉じゃが、実はあれは普通の玉じゃ」
「壁に穴開けてますけど」
「普通はああはならんよ。あれはあの2人が異常なだけじゃ――ピンペン玉は、2人の魔力によって硬度が上げられておる」
硬度なんて上げられるのかよ。
「玉に纏わせる魔力の密度を上げることで硬度が上がっているのじゃ。それによってあの威力に玉自身も耐えられるようになっているのじゃがな、ちなみにピンペン公式ルールには『玉が破損した場合は最後に玉を打ったプレイヤーが一点失点する』というルールもある」
もう人間のする競技じゃねーな。
これを初めて考案した奴はどうしていけると思ったんだろう。
「玉に魔力を纏わせる――それは戦いの主導権を握ることでもある。硬度だけが目的ではない。玉に回転をかける、玉の軌道をずらす、速度を上げる、何でもできる」
「さっきのシルちゃんの異常な回転も魔力を纏わせてたからかな?」
「そうじゃの。しかし魔力を纏わせる、と一言で言っても難しい。チャンスはラケットで玉を打つその刹那のみ。纏わせられる魔力は微量! しかも相手の方に玉を打てば相手も魔力を纏わせようとする。その『纏わせ合い』にも勝たねばならん」
「難しいんですね」
「あの小さい子はよくやっとるよ。魔力がわからんワシにも分かる、暴力的な魔力を持つあのねーちゃん相手に――『纏わせ合い』では圧勝しておる」
「えぇ!?」
チロメが驚いた。
「そうなの!? ラエルちゃんの魔力はすごい強いって聞くけど、シルちゃん勝ってるの!?」
「ああ」
「しかし……『主導権を握っている』ほどシルフィア様が優勢には見えませんよ? 纏いを独占的に行えていたら、もっと一方的なゲームになるんじゃないんですか?」
シルフィア様とラエルは『いい勝負』をしている。
玉を自在に動かせるのならもっとシルフィア様が優位になってもいいはず。
「それもまた――金のねーちゃんが強すぎるからじゃな」
今またスマッシュを打ち込むラエルの方を見ていた。
「いくら『纏わせ合い』で勝てているとは言え、玉につけれる魔力は微小。できて回転をかけたり、少し起動を変える程度。さながらラジコンのように自在に動かすことはできない」
「それができたらすぐに試合は終わっちゃうしね」
「あの金髪の娘はのぉ、ボールに魔力はつけれてないが、ラケットを振る威力を高めて劇的な威力のスマッシュを実現しておる」
……というと?
「金のねーちゃんはさながら『大砲』、コントロールはないが、直線で打ち込む威力が強すぎるのじゃ。小さい子が制御しきれんほどにの」
「そっか! シルちゃんの纏わせた魔力による制球力を持ってして、御しきれないほどラエルちゃんが強く撃ってるってわけね!」
シルフィア様がスマッシュを決められた。
台を跳ねた後天井にボールが「ダァン!」とすごい音を立てて突き刺さった。
「まあ、それでも小さい子はよくやってるんじゃがの」
次のゲームが開始し。
数度のラリーの後、またラエルがスマッシュを打ち込むが。
「おお! 外した!」
「違う、外されたんじゃ!」
ラエルが放った玉は台に当たるギリギリ上を走り抜けた。外したのである。
一瞬私も外したのかと思ったが、ラエルは「やったね」とシルフィア様の方を鋭く見つめていた。
ラエルが怪物だとしても、シルフィア様も達者である。見事あの玉の軌道を御したのだ。
そこから10分ほど経ったことだろうか。
お互い一進一退の攻防、その果てはなんと10-10の同点だった。
「同点かぁ……次の一球で決まるね」
「……マッチポイントは無しでいいですね」
あの化け物相手によく同点なんて持っていけたな、と素直に感心してしまう。私も魅入ってしまっていた。
ゲームが始まった。
最初はシルフィア様のボールで、なんか難しそうなサーブを打つがラエルに対応される。
そこからは鋭いラリーの連続だったが、その時はやってきた。
「――ッ!」
シルフィア様の返した玉が直角に曲がった。
先ほどラエルが対応しきれなかった玉。
勝負あったかに思われたが、なんとラエルがラケットを投げた。
そのラケットはすごい速さで逃げる玉に追いつくと、まるで意志を持つかのように1人でに動いて玉を打ち返す!
「えええええええええ!!? な、何あれ!?」
「オートマティック・ラケット法! 素晴らしい! 初のピンペンでそれをするとは! 精密な魔力操作でラケットを操って打つ技じゃ! 打ち返す威力は下がるが普通じゃ返せない玉を返せる利点がある!」
これは返されると思っていたなかったのだろう。
シルフィア様の瞳が僅かに見開かれた。
何とか反応して打ち返すも、あの玉は少し浮いてしまう。ラエルがギリギリスマッシュを打てるくらいの高さに。
その隙を見逃すラエルではなかった。
「っしゃあッ!」
「っ!」
渾身のスマッシュ。
今日一の威力で放たれたそれは、まっすぐシルフィア様の方に飛来した。
――ギリギリ反応できている。
シルフィア様は目で玉を追えているように見えたが、ずる、と打ち返す寸前に靴が滑ってしまった。
転倒はしなかったものの、体の体制が崩れて玉を打ち返せない。
「! 勝者は金髪のねーちゃん!」
表蔵爺が声を上げた。
勝負はついたようだ。
「おおおおおおお!! いい勝負だった!」
チロメが完成をあげた。
ふぅーと息を吐くラエルに近づき興奮している。両手を取るとぶんぶん振り始めた。
それを終えるとラエルはシルフィア様の方に行き、そっと手を差し出した。
「シルリンつえー、最後体制崩してなかったら打ち返されて負けてたわ」
「……お強いですね、さすが魔導卿です」
2人が握手する。
シルフィア様は疲れているのか少しふらついていた。小さな体であんなに激しい運動をしたのだから当然と言えば当然である。
「シルフィア様、惜しかったですね」
「…………」
「……そんなに動き回って良かったので?」
そう言うと少し警戒して私を見てくる。
私は心配しているだけなのに。善意が伝わらないとは何とも悲しいことである。
最後の「滑り」も本来ならばしなかっただろうに。
まあ、シルフィア様も勝負の結果に納得していそうなので、特に大きな声で言ったりしないが。
「……っ」
「あら」
シルフィア様がふらついた。
近くにいたので肩を支えてやる。やっぱり無理をしていたらしい。
汗だらけの体は運動後で湿気ながらも暖かかった。
髪を結んでいるので見えるうなじがえろい。
「タオルとドリンク買ってきたんです、どうぞ使ってください」
肩を抑えながら渡す。
ついでに近くにあった椅子も持ってきてやった。ラエルとチロメは2人でおしゃべりに夢中だ。
不機嫌そうにしながらも渡したものは受け取ってくれる。小さな口でくぴくぴとペットボトルに口をつけた。可愛い。懐かないハムスターに餌をやってる気分である。
「安心してください、私はあなたの味方ですので」
「………」
最後のそう呟くと、特に反応はないままシルフィア様は無言だった。まあ真には伝わっているはず。
そんなシルフィア様を、ラエルはじっと眺めていた。
「でっででーん! 今日は魔力硬化について紹介するぜ! ラエルちゃんです!」
「教えてもらいます! リダムです!」
「それじゃあ早速説明を開始するんだけど、まず魔力硬化ってのは魔力置換の4大特性と呼ばれるものの一つなんだ」
「そんなのあるんですね」
「力を加える、物質を作る、熱エネルギーを加える、物質に仮想質量及びそれに付属する硬度の上昇をもたらす、これらが魔力置換の4大特性! 魔力を語る時これ無くして、ってくらい重要だね」
「硬度に関わる特性って最後のやつですよね? なん長くなかったですか? 仮想質量とかなんとか」
「魔力密度を上げると硬度も上がるんだけど、同時に纏ったものの衝突の際の力積も上昇するんだよね。力積は質量×速度で定義できるけど、速度が上がってないのに魔力密度を上げると力積の大きさが変わるんだ」
「?」
「ということで、わかってないことも多いんだけど便宜上私たちはこれを仮想質量の増加と呼んでいるんだよね。実際に物質の重さが変わってるわけじゃないから、力積計算の際にだけ「あると仮定する」質量を定義する、だから仮想質量」
「よくわからないけどわかりました!」
「おお! それは良かった! ちなみに、戦闘の際はいかに自分の体の魔力密度を上げるかがかなり重要になるよ。硬度と質量、つまり攻撃力と防御力を司るすごく強力な技術だからね!」
「さっきはそれが卓球に使われてたんですか」
「ちなみにマナタイトっていうのは、魔力密度が極限まで高まってる合金だよ」
「へぇー、そうなんでで……ってちょっと良いですか?」
「何よリムリム」
「魔力って物質を透けるんですよね? でも、どうして金属に堆積できるんですか? というか、そう考えると人間の体にまとわりつけるのも謎ですね。物質に干渉できないなら、ふわふわと空気のようにどこかに行ってしまうのでは?」
「おお! 良い質問だねリダム! それには物質化した魔力、『マナ』の性質が大きく関わってるんだ!」
「マナですか。魔力とはまた別の言葉なんですね」
「ある一定の密度を超えると魔力は結晶化し始めると言われてて、本来気体でも液体でも個体でもないはずの魔力が物質となって現れるんだけど」
「物質化した魔力、マナには魔力を引き寄せる力があってね、それが物質中に含まれているものは魔力をスタックさせられるようになるんだ!」
「なるほど、それで人体やマナタイトには魔力がまとわりつけるんですね!」
「大雑把にはそうだね! まあ、人間の場合は意のままに魔力を操るために『魂』って器官があったり色々他にもあるんだけどね」
「マナってのはどうやって取ってくるんですか? マナタイトってのを作るには、察するにマナが必要じゃないかと思うんですが」
「リムリムの考えは当たらずも遠からず、かな。マナは取ったりできるもんじゃないのよ。さっき散々マナについて語ったけど、実はマナってこの世界の誰も見たことないのよね」
「えぇ!? そうなんですか!?」
「あると仮定されてるものなのよ。人間の細胞とかよりも極小の、魔力を引き寄せる性質を持つ粒があるんじゃないかって。レンバリーっていうおじさんが魔力密度を特殊な手法で極限まで高めた物質の重さを観測したときに、ちょっとだけ重さが増えてるってなもんで定義された概念なんだ。実際にあるとはされてるけど、観測論とか色々ここら辺は学説があってー」
「中卒には理解するのが辛いです。でも、マナが取れないならマナタイトはどうやって作るので?」
「電気分解」
「?」
「電気分解で作んの」
「?」
「マナを豊富に含む食塩水を利用して、その中の塩化物イオンが吐き出した電子で鉄イオンを還元すると、マナを豊富に保有した鉄ができるのよ」
「――?」
「ここ最近研究されてる分野だから、わかってないことも多いんだけどねぇ」
「その電気分解? ってのをすれば、食塩水中のマナを鉄に移すことができるんですか?」
「そうだね。マナってのは私たちが思っているよりも小さいらしくて、物質の電子中に存在しているらしいのよ。だからその電子を鉄に移せばマナも付いてきてくれるってわけ」
「マナが豊富な食塩水ってのはどこから持ってくるんです? あんまりピンと来ませんが」
「聞きたい?」
「え、聞いちゃいけない感じなんですか?」
「うーん、実はこれあんまり人に教えちゃダメなんだけど教えてあげる」
「やっぱ聞きたくないです」
「そこまでいうなら教えてあげよう」
「話を聞いてくださいよ」
「血だね」
「!?」
「マナが多く含まれてる動物の血。自然界にはこれくらいしかないのよ、マナが入ってるものって。選り好みもしなきゃいけない。マナが少ないといいマナタイトができないから」
「難しいですね」
「魔力量の多い動物は総じて良い材料になるよ。だから竜だったり強い動物の血が最近高値で取引されてる。そういう仕事もできたみたい。命懸けだけどね」
「……動物だけなんです?」
「……さぁ、どうだか。いひひひ、こっちは教えないぜ」
「知りたくないので良いですよ……」
「ま、そんなことでマナタイトってすげぇお値段お高いのよね。素材の入手難易度が高いから。m別の手法だと、人が長年魔力を入れて物質内のマナをちょっとずつ増やして作れなくはないけど」
「時間かかりそうですね」
「そうだね。こっちは死ぬほど時間かかるし、質もあんまり良くない。人のマナって他人の魔力を弾く性質もあるから、誰でも使えるわけじゃないってのもバットポイントだよね」
「誰でも使えないのは嫌ですもんね」
「ま、逆に本人の魔力はすごいスルッと通るようになるんだけどね。物質内のマナが流暢に魔力を導いてくれて。だからあっちじゃ強くなりたいんだったら同じ武器を使い続けるべきだし、壊れたら替えが聞かなくなる」
「長年使い古した武器は魔力の通りが段違いだからね。剣聖っていう名門貴族は、生まれた時から一本の刀を与えられて、それが折れたら剣を止めるとも聞くね」
「そんなに重要なんですね」
「ま、今日はこんなところかな。どう? リムリムわかった?」
「ぶっちゃけあんまりわかりませんでした」




