えぴそーど19 お泊り
「――そういえばラエルちゃん、泊るところって決めてるの?」
「……えっ」
チロメが思い出したかのようにそういった。
正体がなんとあの魔導卿だと判明したラエルだが、その肩書に似つかわしくない間抜けな顔を披露した。
「やべぇ! 全く考えてなかった!」
「それなら私の家に泊まらない?」
チロメが申し出をする。
この女はどうしてこうも善良というか、会ったばかりの人間を疑いもせずに家に招こうとできるのだろうな。私なら到底無理である。特にイ人は。
ラエルが「いいの?」という顔をするが、そこに水を差すように冷静な声が間を割った。
「――ダメです」
シルフィア様である。
「ダメかな? ラエルちゃんは悪いことしないと思うけど……」
「そこは心配していませんし、仮にする気だったら私たちじゃあ家に入れようと入れなかろうとどうしようもありません。そうではなく――単純に彼女の『性質』によるものです。思うに、ラエルさんはマンションとめっぽう相性が悪い」
チロメはピンと来ていないらしい。
ああ――私はわかった。
確かに考えてみればそりゃあ無理だ。
「展開してる魔力ですよね?」
「……リダムの言う通りです」
そう、これだ。
ラエルが連隊に追われた理由であり、また街中を歩けない理由。
「……今、ラエルさんと私はだいたい7mほどの距離にいますが、現時点でも魔力は私に触れています」
「えぇ!? この距離で!? シ、シルちゃんは大丈夫なの……?」
「あまり大丈夫ではありませんが、そこはとりあえずいいです。――私が言いたいことは、ラエルさんが無意識に展開している魔力は『彼女を中心とした半径7m以上の球』になっている、ということです」
「あぁ――ああ?」
チロメが首をひねる。
「それはわかるけど……ラエルちゃんがマンションと相性が悪いことと何の関係があるの?」
「魔力は物質を透けます。気体、液体、個体……その全てに触れませんし、抵抗も一切かかりません。現時点でラエルさんの魔力はチロメさんの体を透けていますし、地面の中を浸透しています」
「?」
「つまり――マンションの中にいた際、少なくともラエルさんの上階・下階の部屋には魔力が届くということです」
「――ああ! そういうこと!」
一軒家なら分からないが、少なくともラエルをマンションに住まわせることは無理だ。
触れただけで恐怖に浸され、発狂するこわーい空間を半径7mの球で展開しているのだから。
ラエルが苦笑いしている。
自分が迷惑者と自覚してる自嘲的な笑いである。
「意識してる間は縮められるんだけど、時々忘れるし、寝てる間とかは無理かなぁ」
「……というわけで、大変申し訳ないですが私たちが住むマンションにはラエルさんは招けません。魔力を持つ人間が私以外にも結構住んでいますので」
「そっか……それは仕方ないね。けど、だったらどこに泊まる? カプセルホテルとか? ……あっ、同じ理由でダメかぁ」
「話を聞いている感じ、近くに人がいたらダメそうですね」
「うーん……ネットカフェとか漫喫とかもむりだよね」
4人の間に思考の沈黙が訪れる。
近くに人のいない居住空間――無理じゃね?
人っていうのは集団行動・集団生活を取る生き物で、人の住むところにはだいたい近くに人がたくさんいるものだ。
何なら普通の一軒家でもお隣さんが領域内なんじゃないか?
でっけぇ豪邸なんかがあればうまくいくかもしれないけど、今日中にそれを用意するなんて現実的に不可能である。
ラエルを止められる利用可能な居住地、そんなの思いつくわけがない。
思いつくわけが――、
「…………あっ」
咄嗟に漏らした声は、意識したものではなく、難しいクイズの答えがわかった時、口からポロッと出てしまうものに近かった。
つまり、無意識なものだった。
もう少しいうと、墓穴だった。
自身が答えにたどり着いてしまったことを周りに知らせるべきではなかったのである。
「リダム思いついたの?」
――やっちまった。
後悔先に立たず。気づいた時にはもう遅い。
額に汗が噴き出る。
まずい――いや、まずいのだ!
ここには人を招きたくない。
別にこの魔導卿とかいう怪しい人間が日本のどこにいようがどうでもいいのだが、ここだけはダメだ!
「い、いやぁ、ここはちょっと……」
「何かダメな理由でもあるの?」
「なんというか、その、汚いですし」
「私汚いくらいなら気にしないけど」
「そ、それに人が住むようなところじゃないですよ? ええ、人が近くにいないってだけで泊まるなら他の条件が点でダメですし……」
「とりあえずどこか言ってみては? デメリットの大きさはみんなで判断すればいいですし」
シルフィア様ぁああああああああ!!
やっぱあんた嫌いだわ!
3人の視線が集中する。
逃げ場がない。
3秒、4秒考えて、額に手をつき、先ほどのシルフィア様のように絞り出すように私は言った。
「…………私の住んでる、アパートです」
ここだけは言いたくなかった。
「アパート? アパートこそ他に人がいるんじゃないの?」
「いないんですよ、それが。その……随分古くて傷んでいるアパートでして、人気がないんですよ。管理人さんも最初に契約した時から会ってません」
「へぇ……ってことはリムリム、アパートに一人で住んでるってわけ?」
「ええ」
「リダムが住んでるならラエルちゃんも泊まれるんじゃない? リダムは魔力がないからラエルちゃんの領域内にいても大丈夫だし!」
「で、でも! ラエルさんをひと時でも住まわせられるような場所じゃないですよ!?」
最後の反論。
「思ってる2倍は汚いですよ!? 60年以上前に建てられてますし、建て替えもしてないですし……地震なんて来ようものなら一撃で倒壊する自信があります! 多分建物自体法に触れてます! 建築基準法とか! 天下の大魔導士様がお泊りになられるようなところじゃありません!」
「あなた法に触れてる建物に住んでるんですか?」
シルフィア様が訝しんでるが気にしない!
「リムリムがいいなら全然かまわないよ。戦場で何晩も明かしたこともあるし、屋根があるだけで無問題だぜ。建物が崩れたとて私は死なない自信があるし」
気にしろよぉおおおおおおお!!
くっ……流れ的にもう泊まることは避けられないのか。
チロメは決まったね! みたいな顔で安堵しきっている。
変に抵抗し続けるのも、泊めたくなくて感情的になってるみたいで良くない。
今まで築いてきたイメージ的に。私はチロメにとって、素敵なマネージャーで居続けないといけない。
くそくそくそくそくそくそ!
「……わかりました。ラエルさんがそうおっしゃるなら私は泊めても構いません」
「ありがとう! リムリム!」
ここは引こう。
はぁ……私の城にはチロメ関係の人間は誰も入れたくなかったのに。
まあここら辺が許容ラインか。
月何十万ももらってるなら怪しい魔術師を一人数日家に泊めるくらい、我慢せにゃならんのかも。
「リダムの家でお泊り会かぁ……いいなぁ」
ん?
「あらチロリン、どうしたのそんなこと言っちゃって?」
「ああ、いや、なんでもないよ。ただ、私リダムのお家に行ったことないなって思っただけで……」
「えぇ! そうなの!? 随分二人の仲よさそうだなーって思ってたのに……そうだ! チロリンも来なよ! 一緒にお泊りしたらいいじゃない! みんなで一緒の方が楽しいんでしょ?」
「!」
「!?」
マズイ!
「――チロメさんを泊まらせるわけにはいきません!」
反射的に声が出た。
「ホントにきったないんです! ホントに! それ以前に危ないですし! 建物がつぶれかけで! あんなところにチロメさんを泊めるだなんて……お父様に顔向けができません!」
「建物の倒壊とかなら私が守ってあげるよ? 撃たれた銃弾も防げるくらいにゃ反射神経いいぜ? 闇討ちには慣れてるから寝てる間でもいける」
なんか恐いこと言ってる。
「ラエルちゃん、私も泊まったら迷惑だよ。スペースも限られてるだろうし……」
「リムリム、そこんとこどうなのよ? チロリンも行っちゃダメ?」
「……………イケマスヨ」
「ほら! リムリムはいいって言ってるよ!」
「そうかな?」
私が断れるわけねぇじゃねぇか!
素敵なマネージャーなんだからぁあああああ!!
先ほどまで控えめだったチロメがだんだんラエルに流され始める。
「……でも、後悔すると思いますよ!? 本ッ当に汚いですし! チロメさんが泊まるようなところじゃないんです! いろいろ不便ですし! カルチャーショックがひどいと思います! 過去の事件もありまし……」
やべ、これは言っちゃいけないやつだ。
「……なんでもないです」
「……事件?」
目ざといエルフが反応する。
睨む視線を横目で回避していると、ガシ、といきなりチロメに腕を掴まれた。
「後悔なんてしないよ!」
「へ?」
「住んでるところとか、どんな風に生活してるのかとか、私知りたいし! どんなに汚かったり不便だったって気にしないよ!」
力強い瞳でそう言われる。
箸より重いものは持てません、と言った具合の白く、細い華奢な腕だが、今回ばかりは熱がこもっていた。
ちょっとびっくりする。
「ああ! で、でも、リダムの負担になるなら無理に行きたいとは言わないから……」
あくまで引け目はあるようだ。
しかし、少し子ども扱いしすぎたか。
この子は私とは『対等さ』を意識している気がするので、「箱入り娘のぶるじょあきっずじゃ私の生活にゃ耐えられません(意訳)」というスタンスに思うところがあったのかもしれない。
ラエルがチロメの背中を抱きしめながら、ニコニコと私に言ってくる。
「チロリンはお泊りできそうだね!」
くっ……結局こうなってしまうか。
しかし! まだ希望は消えていない!
後ろを期待のまなざしで見る――シルフィア様!
そう、このお方なら!
過保護を発動して止めてくれるはず!!
いつものごとく私をなじって、蔑んで、何なら私をぶん殴ってでもこの流れを止めてくれるだろう!
「……お父様に許可をもらえばいいんじゃないですか?」
シルフィア様ぁああああああああああ!!
ってめぇやっぱ信用できねーなんでこういう時に限って娘を誑かす悪い男を警戒しない!
お父様!
最後の希望はあなたに託された!
娘のこと大好きでしょあなた! 手塩にかけて育てた箱入り娘を私みてーな馬の骨の知らねぇ男のところに預けていいなんて思わないでしょ!
信じてる! 信じてますよお父様!
私の雇い主様! あの時のように私を救って下
『ああ、いいよ! 存分に楽しんできてくれ! リダム君にはよろしく言っといてね。お泊りセットが必要かな……僕が用意しとくから、いったん帰ってきて回収しに来てね』
「ありがとうお父さん!」
プリャアアアアアアアアアアア!!!
なんなら積極的に許可を出してる。
外面はニコニコ。内面は発狂、憤死、地獄絵図。
チロメは嬉しそうに電話の先のお父様とおしゃべりしていた。私は嬉しくない。
ラエルが嬉しそうにチロメと何か会話をしている。
――なんかもう、疲れた。
どうしてこうも私にとってうまくいかないのだろう。
そもそも、今日はチロメとかかわらず家でゆっくりしているはずだった。なのに今はこれである。二人が家に転がり込んでくることが確定した。なぜ?
精神がぺちゃぺちゃに溶けていく。
私の玉の休みがぁああああ、平穏な日常がぁああああ。
つーかこれ無給だろ?
休日出勤手当出ないってまじ?
「はい、リダム、お父さんから言いたいことがあるって」
「へぇっ?」
チロメからスマホを渡された。
お父様の話したい事? 一体全体なんだ?
精神を切り替えてスマホを受け取る。耳に当てる。
「はい、リダムです」
『おお! リダム君! ご無沙汰だねぇ。いやぁ、娘が突然申し訳ない。大方、話の流れでお泊りしたくなってしまったんだろう? 迷惑をかけてすまないね』
「いえいえ」
許さない。
「それで、私へのお話とはなんでしょうか。いうまでもなく、娘さんには手を出しませんよ!」
『はは、それは心配していないよ。言いたいことというのはだね』
一泊おいて。
『――シルを一緒に泊めてやってくれないかい?』
――、――――――?
は?
『シルはすこーし君のことを嫌っているというか、ちょっと勘違いしてる節があるだろう? これを機に仲を改善してほしいんだ』
「はい?」
『ああ、けどできればでいんだよ。4人も一部屋で過ごすとなると物理的な問題もあるだろうしね』
「私の借りてる部屋は本来は家族用なんでスペース的な余裕はあります」
『おお、そうか! だったらこの件、頼めないかい?』
「大丈夫ですよ。シルフィア様がいいのなら」
『てんきゅー! リダム君! じゃ、またいつか!』
「はい、失礼します」
通話が切れた。
スマホをチロメに返す。
シルフィア様は通話中に自分の名前が出てきたことをいぶかしんでいるようだ。
目が合う。
え。
「え?」
◇ ◇ ◇
あの時、私はあふれんばかりの情報の海に正常な思考ができていなかったみたいだ。
嘘でも「スペース的に厳しいです」といえばよかったのに。
自身に不利な真実を何も考えず伝えてしまった。
人間、いつでも冷静でいることが大切である。
ここまでは随分とやらかしてしまったが、もうこれからは動じない心を持とう!
「あいたッ!」
「リダム!? 前見てる!?」
電柱にごつ、と頭をぶつけた。
嘘だよ! 全然冷静ではない!
正午過ぎ。
いわゆる都心の喧騒を離れていき、静かな住宅街を歩く。
チロメの住んでいる『ぶるじょあー』な雰囲気はない。まあ、ないといってもここは東京。他県で見る同じような建物と比べて価値は何倍もありそうだ。
私たちは文脈通り、運命通り、残念ながら私のアパートに向かっていた。
ラエルの性質上なるべく人が少ないところを通らないといけなかったり、公共交通機関が使えなかったりとかなり手間がかかった。
絶対的な力を持つ『魔導卿』も楽じゃないようである。思うがままにふるまえちゃうとはいかないようだ。現実は人気のないところをコソコソ歩く――通報されるのを恐れるニートと変わらない。
「……リダム」
「はい?」
「先ほど言っていた『事件』に関して、少し聞かせてもらってもいいですか?」
――シルフィア様は無事に付いてくることとなった。
私のことは嫌いなはずだが、どういう心境でここにいるのかは正確には測れない。
チロメを守るためなのか、私の人柄を測るためなのか……。少なくともこの人がいることで私のテンションが50くらいは下がってることは強調したい。
今もめんどくさいこと聞いてきてるし!
「……そんなこと言いましたっけ?」
「減給するように言っておきますね」
「私も詳しいことは知らないですが、一家心中があったらしいです」
多分シルフィア様の中で私の評価が下がった。白旗での投降速度に。
すっげぇ目ぇしてるもん。
「……要は事故物件ですか。なぜ、彼女が泊まりたいというときに説明しなかったので?」
「本当は私も伝えたかったんですよ? 大家さんから契約時口止めされてるんです。シルフィア様に言ってるのも本来はダメなんですからね。40年以上前に起こったものですが、普通の一家心中じゃなくて、なにか『裏』があったとかで」
「裏?」
「当時死んでしまったお父さん、当時の与党の重要な地位にいた人らしいんです」
「……? しかしそれっておかしいですよね。仮にも政界の大物が、小さなアパートに住んでいたというんですか? なぜ一家心中に踏み切ったのかはともかくとしても」
「シルフィア様の言ったことで間違いないです。殺害されたときの現場検証の際、その部屋に生活感は全くありませんでしたし、その人の本来の居住地は全く別のところにあります。交流のある人から見れば、自殺の理由なんかも思い当たるところはなかったらしいですよ」
「……まさか」
「……私も詳しく知らないですし、広めないでくださいね? ……殺された人、イ世界からの経済移民受け入れの反対派のリーダーだったんです」
この事件は大物政治家が死んだにしては報道も少なく、具体的な情報はあまりに少なく抑えられている。
まあ、そういうことだ。
そしてこの事件の捜査の指揮を執ったのは――『連隊』である。
「リダム、シルちゃんと何の話してるの?」
「最近近くにできたカフェの評価を聞いていたんです。たらこパスタが美味しいんですってね!」
「! 私もそこ行ったよ! 食べたのはカツサンドだったけど。シルちゃんも行ってるんだったら伝えてくれればよかったのに。今度みんなで一緒に行こ!」
「……ええ」
アイサインを送る。
もうこの話はやめよう、と。
チロメには悪いがこのことは伝えないことにする。どうせ事故物件といっても霊障なんておきないのだから、数日夜を明かす分には知らぬが仏というやつである。
シルフィア様の気が変わってチロメと家に帰ってくれるのなら嬉しいがね。
「私も話に入りたーい! パスタはわかるよパスタは! 小麦を練って引き延ばしたやつでしょ! サンドイッチはわからないからみんなで教えてよ!」
ラエルが話に割り込んできた。
彼女は異邦も異邦、遠い国からの来訪者である。地元住民にしか通じない話題でトークをされたら溜まったもんじゃない。
チロメがラエルにサンドイッチについて解説をしだす。
女子高校生が世界最高峰の魔術師にサンドイッチについて教えている構図は中々シュールだったが、そんなことを話している内に目的地に着いてしまった。
「着きましたね」
「おお……おぉ」
チロメ、無理に感想を絞り出さなくていいんだ。
言葉が出なくて気まずい顔をしないでおくれ。
「…………」
もはや何も言わないシルフィア様。
3人はその見た目に圧倒されているが、改めて見ると、私もこれをアパートと呼んでいいものか少々疑問を覚えた。
まず、古い。
圧倒的に古い。
材質の木は所々腐食していて、鉄でできているところなど全部さびで覆われている。部屋によっては窓ガラスが割れていて、破片がそのまま下に散らばっていた。
これをアパートと故障するのは全国の管理人に失礼なのかもしれない。良くて廃墟が妥当。
ちょっと家が傾いてるし。
しかして、これでも私の家だ。
殺人事件が起きていても、いつ倒壊してもおかしくなくても、ビー玉を床に置くと勝手に転がって行っても、家賃月2万の私の思い出いっぱいの城なのである。
嫌いになれないのであった。家賃が月2万だし。
「……何というか、すごいねこれは」
「言葉を選ばなくたっていいんですよ、ラエルさん」
「いやいや! 無数の死体が転がる戦場と比べたらよっぽどマシだぜ。ありがとね、リムリム」
今私の家、無数の死体が転がる戦場と比べられた?
「しかし、地球人ってのはみんな裕福で、何不自由ない華やかな生活を送ってるものとばかり思っていたよ。地球は何の苦もないユートピアって聞いてたもんだから」
「どこのセカイにも貧富の概念は存在しますよ。どれだけ巧妙に隠そうとしても」
結構歩いたな……ラエルの都合上ルートも変えたし、本来駅か自転車で移動する距離だったから。
みんな少し疲れている。
「皆さん、家を見て不快になられたなら帰られても良いですよ?」
「ちょっと古いけど不快さなんて感じないよ」
ちっ。
しかし、彼女たちを家に入れる前にやっとかないといけないことがある。
「皆さんちょっっっっと待っててくださいね。少し家の中を片付けてきますので」
――部屋の片づけだ。
私とて年頃の男の子。女の子に見られたくないものが散らばってしまっている。例えばゴミ箱の中とかに。
チロメが「待ってるねー」と許可を出してくれたので、急いで部屋の中に入り片づけを開始する。
ぎしぎしと床を軋ませながら早歩き、最初に目指すはゴミ箱。
『吸殻』が転がっている。
丸めたティッシュなんかだと思ったかい?
残念! そんな恥ずかしいものじゃあないよ(笑)
え? どうして17のお前のゴミ箱に吸い殻があるのかって?
もちろん私が吸ったものではない。
私未成年ぞ? 体に悪いし法に触れることなんてしない。
我が(自称)親友、タイガが犯人である。たまに家に招くのだ。つーか火事になるからゴミ箱に吸い殻入れるの止めろって言っただろ。灰皿も買ってやったのに使わねぇし……。
あんなの何が美味いんだろうな。
昔勧められて吸ったけど、むせて苦しいだけだったわ(怒)
適当に縛って隠す。
次にキッチン。
焼酎。
こんなん見せるわけにはいかない。
キッチン下の木の板を取り外す。そこには私の銀行の通帳や健康保険証など大事なものが入っているが、そこに三本ストックしてある焼酎瓶を入れた。
ん、未成年飲酒は違法だって? 法に触れないことはしないんじゃないのかって?
私は『危険飲食物取り扱い乙種4類』という資格を持っており、特別耐性があることが認められているのでアルコールを飲むのは違法にならない。
これは異世界産の地球人に対して毒性が認められた食材の飲食・調理に関する資格だが、アルコールも対象内なのだ。嬉しい。
違法ではないが東京都内の条例で資格持ちでも飲酒は禁止されているので、見つかると罰則が下るから隠します。
ああ、そうだ。
あとチロメに止められてるから舌が痺れるスライムも隠しとこ。
懲りずに常食してるのがバレたら怒られちゃう。
天日干しのため窓にかけてある黄色いしわくちゃのものをしまう。
その他もろもろ隠したり掃除したり、もうこれでいいかと納得したので外に出る。
「終わりました! 入って大丈夫です!」
「おー、リムリム、ちゃんとエロ本隠した―?」
「ノーコメントでお願いします」
ラエルに茶化される。
彼女たちは腐食した壁をまじまじと見ながら部屋に入った。
「おお、すご! 中は綺麗だね! それに広い!」
チロメが感嘆の声を上げる。
部屋の中は絶対値的には汚いのは確かであったが――外と比べると相対的に『キレイ』なのは事実、か。
チロメの声にはお世辞がなかった。ラエルも感心している。
「すごいね! いや、思った100倍キレイだ」
「掃除は毎日してるんですがこれくらいが限界ですね。ラエルさん、畳はい草がはねて足に刺さるので気を付けてください」
一応家族で住める部屋である。
私とシルフィア様が幼児体系であることを加味しても十分住める広さだろう。
押し入れから座布団なんかを引っ張り出していると、チロメが突っ立ているのに気づく。
「――ここがリダムの家かぁ」
そしてぼそりと呟いた。
畳や壁、棚の中の教材。色々と視線をぐるぐるさせては、満足そうににこにこほほ笑んでいる。
普通こんなぼろ屋にゃ引きそうなものだがね……こいつの考えは未だによくわからない。
「あんまりジロジロ見られると恥ずかしいです」
「! ごめん! そんなつもりはなかったんだけど……」
焼酎や家財を隠した床板に気づかれても困るしな。
突然キッチンの方に視線を向けだしたときは焦ったぞ。
顔を赤くしながら畳の机に着席される。
4人みんなで小さな机を囲む。
「それじゃあ、今後の話でもしますか」
そして、話し合いが始まった。




