なんばー18 蟻と像
「……聞きたいことは3つあります」
合流したシルちゃんとリダム。
ラエルちゃんを紹介すれば、きっとみんなで仲良くなれて、いい思い出が作れるんじゃないかと軽く考えていた。
しかし現実は違った。
シルちゃんはどう言うわけか敵意をむき出しにしてラエルちゃんと対面している。
「1つは【チロメさんに何もしていないか】、2つは【あの魔力はどのような目的で展開されたのか】、3つは【あなたは何者か】です」
無論、2人は初対面だ。
本来こうして対立が起こる原因はないはず。
何か――何か誤解があるんじゃないかと思う。
シルちゃんの『圧』にもラエルちゃんはどこ吹く風と言った様子だった。
ずっと口角を上げたまま。
「まあまあ、そう質問責めをしないでよ。ええと――お喋りな君は『シルちゃん』で、そっちの藍色の髪の子が『リダム』であってる?」
「…………」
「あ、合ってますよ」
リダムが少しビクビクしながら答えた。
「――答える前に、私から一つ『お願い』してもいいかな?」
シルちゃんが身構える。
私を抱く力が強くなった。
生暖かい風が吹く。金糸が眩く揺れている。
黄金色の波は不気味なほどに美しい。
「シルちゃんのことを『シルリン』って呼んで、リダムのことは『リムリム』って呼んでもいーい?」
場違いなそのお願いに、一瞬間の抜けた空気が流れた。
「私はいいですよ」
「やたっ! じゃあリダムのことはリムリムってこれから呼ぶね!」
「っ! あなた……!」
リダムがオズオズと挙手して軽くOKを出した。
シルちゃんはそんなリダムをきっと睨む。
「シルフィア様、この方危ない人じゃなさそうですよ。魔力の件も事情があるのかもしれません。チロメさんも懐いていますし」
「打ち合わせしたじゃないですか!……やはりあなたは信用できない」
「しかし呼び方くらいは了承しないと話が進みませんよ?」
「………」
2人の会話が終わる。
シルちゃんは数秒顔を押さえて沈黙した後。
「…………構いません」
「あんがとね! じゃあこれからよろしく、シルリンにリムリム!」
「よろしくお願いします」
「…………」
リダムはいつものテンションでニコニコと挨拶を返す。シルちゃんは沈黙していた。
――少し空気が和らいだ気がする。
リダムの計らいか、一触即発と言った感じは無くなった。依然として私は大事に抱きしめられているしシルちゃんの敵意は消えないけれど、相当マシになっただろう。
リダムと目が合うとニッコリ微笑み返される。
……狙ってやってくれたのかもしれない。
「でまぁ、お願いを聞いてもらったからには質問に答えないとね。ええと――まず最初の質問の【チロリンに何もしてないか】だけど、見ての通り何もしてないよ。それにこれに関しては本人に聞いた方がいいんじゃない?」
「………」
「ほ、本当だよ。怪我一つないでしょ?」
ペタペタと体を触られる。
頬をグニグニされたり、腕を上げさせられて脇の辺りも確認された。
くすぐったくて少し笑ってしまう。
しかしあまりにもシルちゃんが真剣な表情をしてたものなので、すぐに口角は引きつった。
「私がこんなに可愛い子を傷つけるわけないじゃない。ちょーっと軽いボディタッチをしたくらいだもんね! チロリン!」
「あはは……」
「……では、次の質問に答えてもらいます」
気まずい!
「【あの魔力は何の目的で展開されたのか】です」
私の確認を終えて話を戻す。
「相当な魔力密度でしたが、街の真ん中でやるなら危険行為と見なされてもおかしくない。率直に言いますと、私のあなたへの不信感のほとんどは件の行為によるものです。納得のいく説明をしてください」
「…………」
二つ目の質問にラエルちゃんが黙り込んだ。
答えに窮していると言った感じではなく、なんて言うのかを推敲しているような印象を受けた。
「まずは『申し訳ない』と謝罪を言わせて欲しいね」
「…………」
「『敵』を見つけたらいったん領域を広げてしまうのは私の癖なんだ。あっちじゃむしろ『技術』と見なされてたもんで、こっちじゃ『悪癖』だってことが頭から抜けたのよ」
ラエルちゃんが謝罪をする。
シルちゃんが言葉に訝しんだ。
「……『敵』とは何ですか? ここは市街地で戦場のど真ん中ではないですが」
「シルちゃんえっとね、さっきそこでひったくりがあったの」
「ひったくりですか!?」
横で立ってたリダムが驚いた。
「巻き込まれませんでした!?」
「大丈夫だよリダム、ラエルちゃんが守ってくれたから」
「ああ、納得しました! つまりラエルさんはチロメさんの防衛に手段として魔力の展開? をなさったんですね! 私は魔力は詳しくないのでよくわかりませんが……」
リダムがうまい具合にまとめてくれた。
そう、ラエルちゃんは私を守るために魔術を使ってくれたのである。
どうやら誤解は解けたようだ。
シルちゃんの目から警戒心が消え、代わりに罪悪感が見えはじめる。
話を聞き終えた後、無事を確認するためなのだろう、最後にもう一度私を一瞥して、そっと抱きしめていた手を放す。
そしてスッと頭を下げる。
「……疑ってしまい申し訳ありませんでした。チロメさんを守ってくださっていたにも関わらず」
謝罪だった。
深々と頭を下げた綺麗な謝罪だった。
「いーのいーの! 他にもっと手段があったにも関わらず街のど真ん中で魔力を出した私が悪いんだし。」
「ですが……」
「ちょっとチロリンにいいとこ見せようって調子に乗っちゃったしね」
ラエルちゃんがこちらに近づき、そっと手を差し出した。
握手である。
シルちゃんがそれを握り返す。
ここに和解が成立した。
「誤解が解けて良かったよ」
心からの声であった。
2人ともいい人なのに些細な誤解で良い関係が築けないなんて、とても残念なことである。
気づくとリダムが隣にいた。
握手をしている2人をニコニコと眺めている。
「リダム、さっきはありがとうね」
「何のことですか?」
「悪い空気を変えてくれたでしょ」
感謝はしてもし尽くせない。
もしリダムがここにいなければ、事態はこうも簡単に進まななかったかもしれない。
「私は何もしてませんよ。事態を改善したのはチロメさんとラエルさん、そしてシルフィア様です。こういうすれ違いはこうも簡単には普通治りません」
「だからお礼を言ってるんだよ? リダムがいなかったら、こうも簡単に治らなかったかもしれないからね」
「えへへ、そう言われると嬉しいです」
藍色の瞳をやんわりと窄めた。
「普通の『すれ違い』ってのは優れた仲介人がいたとしても、もっと因縁深く続くものです」
「?」
「自分を殺せる他人ってのは、視界に入れたくないとすら思うほど恐ろしいものですから」
何を言っているのかをあまり理解はできなかった。
そしてそれを考察しようとする暇もなく、リダムはくるりとこちらを向いて、満面の笑みを作っていた。私の疑問は吹き飛んだ。
「つまり、本当にすごいのはわかり合おうとしたシルフォア様たちってことです!」
「! えへへ、そうかな!」
リダムと同じくそう言われると嬉しくなってしまうのである。私は単純なのだ!
握手をしていたシルちゃんたちの方に視線を戻すと何やら別の会話をしているようだった。
「……しかしあれほどの魔力出力、一体あなたは何者なんですか? よほど高名な実践派の方とお見受けしますが」
「あぁ、3つ目の質問ね」
「無理して答えられなくてもいいですよ。何か重要な理由で日本に訪れられているのかもしれませんし……」
「……チロリン達になら言ってもいいかな」
興味深い内容だった。
そういえば、ラエルちゃんは何者なのだろうか。
ありふれた魔術師と自称していたのでそう言うものかと思っていたが、話を聞いている感じ、どうにもすごい人なんじゃないかと思われる要素がある。
貴族と寿司三昧とか言ってたし。
魔術もなんかすごかったし!
リダムもそば耳を立てていた。
私と同じく気になるのだろう。
「私はね――」
瞬間、ラエルちゃんが腕を振った。
パァンと何かが炸裂する音が響く。
――空中には透明な結界が浮かんでいた。
銃弾が入り込んだ形で。
「この形……麻酔弾?」
宙に浮かぶクリスタルにめり込んだ弾丸を見てリダムがそう言っている。
頭が真っ白になった。
どうしていきなり銃弾なんて飛んできたのか。
あれが少しズレていれば私やリダムに当たったのか。
シルちゃんも動きが止まっている。
「――いやァ、今にょを防ぐとは」
声が聞こえた。
いまいち呂律の回っていない発音。聞いていると背中の辺りに悪寒が走る不気味な声。
軍服と軍帽を身につけている長髪の男が立っていた。
身長は180ほどだろうか。高い。
黒いマスクで口元が覆われており、他の部分は余すところなく包帯で覆われている。
少しばかり透けて見える肌からはやけど跡のようなものが覗いていた。
「! チロメさん、かがんでください!」
「わっ!」
飛びかかってきたシルちゃんに押されて臥せる。
先ほどのように、頭はしっかりと抱きかかえられていた。また発砲された際に被弾する確率を下げるための行動である。
「あなたは絶対に私が守ります……!」
頭に浮かんだのは素敵な私のマネージャーだった。
私と同じく彼も魔力がなく自衛力を持たない人間である。できればシルちゃんの近くで一緒に守ってもらわれてほしい。
抱えられている頭できょろきょろ周りを見渡すが――いない。
頭の可動域が少ないので見つけられなかったのだろうか。少なくともさっきまでいたところには見当たらない。
「シルちゃん、リダムは?」
「リダム――いませんね、何故でしょうか」
シルちゃんも見つけられないらしい。
「急に発砲とは随分な挨拶じゃなーい。ったく、跳弾してこの子達に当たったらどうするつもりだったのよ」
「貴殿は不意打ちくれぇいじゃねぇと倒せねぇいからにぇ。みゃあ、当たらなかったわけだすが」
手に持っていたリボルバーをぶらぶらと見せびらかす。
ラエルちゃんはそれを無言で見つめていた。お茶らけた雰囲気ではない。剣呑な眼差しをもって怒っているようにも見える。
「怒るのは筋ちげぇでせう。貴殿が逃げ出さなけれびゃ私たちもこんなことはしなきゃった」
「…………」
「しかし逃げ切れると思ったんだすか? 『魔力探知』にあれほど引っかからなきゃったにょは想定外だすたが、貴殿ほどの魔力を持つ人間がこの街中で」
包帯の男がラエルちゃんに指をさす。
「にぇえ、『魔導卿』」
その言葉が発せられた瞬間、時間が止まった。
――『魔導卿』
時間を操る魔術師。
魔術協会序列3位。
生きる伝説。
「え!? ラエルちゃんってあの『魔導卿』だったの!?」
そして私は空気も読めず、反射的にそう声を出していた。
「バカ!」
すぐにシルちゃんに口元を押さえつけられる。
しかし時すでに遅しといった具合に、すでに包帯男はこちらに視線を向けていた。
「『魔導卿』、ありぇは何だすか?」
「……観光のための現地ガイドだよ。今回の件とは無関係だから間違っても危害を加えようとなんてしないでよね」
「へぇ……貴殿がガイドなんかをにぇ……」
男が不思議そうなものを見る目でラエルちゃんのことを見ていた。
ラエルちゃんは大きくため息をついた。そして申し訳なさそうに私たちの方を向いて語りだす。
「隠しててごめんねチロリン。何を隠そう私こそ――例の『魔導卿』なのよ」
「……高名な魔術師だとは思っていましたが、まさかここまでとは……」
「船からちょいちょいっと抜け出してね。ニュースにはなってないらしいけど」
私は口を押えられていてしゃべれない。
コメントを返せない代わりにグッと親指を立てた。
ラエルちゃんがそれを見てほほ笑んだ。
「美しき友情を見せつけて下すっている所悪いんだすが、せろせろ『魔導卿』には私に付いてきて欲しいだす」
包帯男がラエルちゃんにそう言う。
下でに出ているように見えるが、言葉の節々から有無を言わさぬ圧力を感じる。リボルバーからは手を放さない――最悪『実力行使』も視野に入れているのかもしれない。
「悪いけどいやだね」
ラエルちゃんがきっぱり断った!
「私は『観光』するためにここに来てるの。まだまだ楽しみ切ってないからあんたたちと一緒には行けない。行きたくない」
「観光してぇいのにゃら私達も協力すると何度も……」
「あんた達のは『観光』じゃないでしょ! 高級懐石料理店を貸し切りにしてお食事とか、護衛が何人もいる中で博物館の見学とか、何々様とのご対談とか! 予定表がぎっちり決められてるし!」
確かにそれは息が詰まる。
「私はそういうのじゃなくて、もっとカジュアルな奴がいいのよ。ふらっと立ち寄った店で郷土料理食べるとか、親切な町の人に道を尋ねて交流したりとか、一人で気楽に本屋を物色したりとか、とにかくそういうのがいいわけ。観光ってそういうものだと思わない?」
「人にはその人なりの『身分』というものぎゃあってだにぇ。それ相応のふるめい方ってものが決まっているもんで」
「うるせぇ! 私は今は『魔導卿』なんかじゃなくて『ラエルちゃん』なの! あんな暑苦しくてダサい戦闘装束なんて着てないでしょ!?」
「……ダセイかにぇありぇ。っていうか、ありぇはどこに?」
「捨てた。重くていらなかったし」
議論は平行線になった。
平行線というか脱線の方が近いかもしれないが、両者引けを取らぬ壮絶な言い合いに発展した。
「ついてこい」「ついていかない!」「ついてこい」「ついていかない!」と言い合っている中、シルちゃんの腕が状況に呆れたのか、気づいたら私の腕を離れていたので、ふと気になったことを聞いてみた。
「ちょっとくらいラエルちゃんが観光したっていいんじゃないですか?」
二人の議論がぴたりと止まる。
包帯男の無機質な瞳が私を捉えた。思わず少し悪寒が走る。怖かった。
しかし目は逸らさない。
「ラエルちゃんに立場上やらなきゃいけないこととか、やっちゃいけないことがあったとしても『ラエルちゃん』として少し自由に行動するくらいなら許されてもいいと思うんですが……」
「ほぉ……言うじぇあねぃか」
不気味である。
「貴殿は……蟻と像が仲良く生きりぇると思いで?」
男がしゃべりだす。
「個人には明確な『力関係』というものぎゃ私たちにはあり、上位の人間は指先一つで人を害せてしまうわけだす。最もそれは――『魔導卿』の場合は意識的にしろないにしろ、にぇ」
像が意識せず蟻を踏み潰すように。
善悪の話ではない。
「『魔導卿』の膨大な魔力は、触れたものに等しく『最悪の恐怖』を与える」
ラエルちゃんは静かにそれを聞いていた。
「貴殿は魔力を知覚できないかりゃわからねいかもしれにぇいが、そちらのエルフの方なら分かるでせう? 圧倒的な魔力密度ってのはつまり、その領域内なら全てを思い通りにできるというわけだす。魔術で燃やすも潰すも何でもできる。そんなものに入るどころか『触れる』だけで、常人ならば卒倒ものの恐怖を感じるのは必然」
――貴殿にも思い当たる節が、あるんじゃないだすか?
そう言われて脳裏をよぎったのは、シルちゃんの過剰な反応と、ひったくり犯の錯乱した様子、そして道端で唐突に走り出した男だった。
前者二人はともかくとして、道ですれ違っただけの男であれだ。
ラエルちゃんに害意はないとしても。
そういう問題ではなく。
その圧倒的で隠せない『凶器』が人に恐怖を覚えさせる。
「そんな人間が、街中をうろつけるとお思いでぇ?」
ここは日本だ。
ほとんど魔力を持たない日本人の居所だ。
でも、出稼ぎに来ているイ世界人など魔力を持った人はたくさんいる。
道ですれ違っておびえさせるくらいならまだいいのかもしれない。
例えば、車。
もしドライバーがラエルちゃんの魔力に錯乱し、事故か何かにつながったとしたら――。
「知られちゃったか」
ラエルちゃんが少し寂しそうな声でそう言った。
「いやまあね、そこの男の言っていることは100%正しいぜ。チロリンが私を擁護してくれたのは嬉しかったけどさ、この状況でわがまま言ってるのは私なんだよね」
「ラエルちゃん……」
「『悪いがいやだ』なんてでかい声で言って恥ずかしいよ。大分抑えてたつもりんなんだけど、やっぱり街を歩けるほどじゃないんだよ。何人かビビらせちゃったりね。申し訳ないぜ」
でもそれは。
それはあまりにも悲しい話なんじゃないか?
『蟻と像が仲良く生きりぇると思いで?』
それができないとしたら、ラエルちゃんは世界のどこにも居られない。
ここ日本でもこうなのだ。
ラエルちゃんの生まれ故郷のあっちではもっとひどいだろう。
「私は帰ることにするよ。ありがと、チロリン。少しの間だけど楽しかったぜ」
そう言ってラエルちゃんは、包帯男の方に向かっていった。
ラエルちゃんからは何か大きな思いをこらえているような印象を受けた。本当はしたいこと、心の中で思っていること。それら全てを諦めてしまうような声音。
――ラエルちゃんはなんで脱走なんかしたのだろう。
十分に彼女はその意味を理解しているように思えた。
自身が歩き回ることで生じる問題、迷惑。それらを正確に把握していたはずだ。そして罪悪感や責任感も感じていたはず。『迷い』があったはずなのだ。
それでもなお、そうしたのは。
ひとえに、それより強い思いがあったからなのでは――?
「ラエルちゃん!」
「?」
「これでいいのかな……?」
私の言葉に責任はなかった。
具体的な案も出ないし、ただ問いかけるだけ。
どうしようもない現実を抜きにして、彼女の理想を聞くだけの何の意味もない言葉だった。
ラエルちゃんは言葉を聞いて瞳を開いた。
「やっぱり――やっぱりあんたには付いていかない」
「……『魔導卿』?」
包帯男が振り返る。
「貴殿はわかっているはずだす。そこのやつよりも、私よりも、自身の危険性をわかっているはずだす。今更何をおっしゃっるので?」
「そんなことはわかってるよ。けどね、チロリンに言われて思った。このままじゃ良くないってね」
ラエルちゃんの顔は晴れていた。
先ほどまでの曇り顔・諦め顔とは違う。
「そもそも日本に行こうと思ったのも最後のチャンスにかけるためだった。ここでチロリンに出会えたことはきっと何かの運命だぜ。私はどこまでも強欲に!傲慢に!それを掴みに行こうって思ったわけ」
「……貴殿の存在が迷惑という話は変わってねいだすぜ」
「魔力は極限まで抑えるし人のいない道も通る! どうにか迷惑の掛からんようにするよ」
「…………はぁ」
包帯男はため息をついた。
ため息をついて、心底がっかりしたという様子で、腰のリボルバーに手を添えた。
「貴殿と戦いたくはなかった」
「私も話し合いで解決したいんだけど」
「絶対に私じゃ勝てないからにぇ。いやぁ、やっぱりこうなるにゃら最初の不意打ちで決めたかってぃあ」
と言いつつ、凄まじい殺気をにじませる。
――早打ち。
西部のガンマンといえばピンとくるだろうか。
ラエルちゃんがピクリとも動こうものなら、その瞬間には心臓に弾丸を打ち込んでやるという気概を感じる。
私に戦いはわからない。
正直、ラエルちゃんがどれくらい強いとかもよくわからないが、そんな素人の私でもわかる。
この人は多分すごく強い。
そもそもラエルちゃんを追っていた人だ。当然の話なのかもしれない。
一触即発。
ラエルちゃんも致し方なしといった具合に真剣な目つきをしている。戦いが始まってしまう。シルちゃんは私の頭を守る力を強めていた。
――来る!
緊張がピークに達したその時、宙に響いたのは銃声ではなく、間の抜けた青年の声であった。
「すみませーん! ピラフが『探知』のしすぎで吐いてて遅れましたー! 『魔導卿』見つかりましたかちょうかーん……って何ですかこの殺気!?」
「ブカンくん、すまねぇっす、もう少しゆっくり走ってくだせぇっす……また吐きそうで、う゛ッ」
「ぎゃああああああ!! 止めろよピラフ! 俺の上で吐くな!」
誰だ?
急に空気が変わったことに、『長官』と呼ばれていた包帯の男は再度ため息をつき、緊張感を解除した。
頭をがりがりと搔いている。
「……てめいは空気を読んでくだせい。ピラフちゃんは吐き癖を直しなせい」
「ハイ長官! 気を付けます! あと長官に質問ですが、絶対に戦闘はするなと上から言われましたが、さっきの殺気は戦闘のものではないですよね?」
変な空気が流れる。
「いやぁ? 違うよぉ? ちょっとばかり交渉が難航しててにぇ」
「ああ! そうでしたか! そうですよね! すみません、少し早とちりをしてしまい!」
「……絶対騙されてるっすよブカンくん。長官はすぐ手が出るのを忘れたっすか」
「ん? なんか言ったかピラフ?」
「………………いや、なんでもねぇっす」
空気が弛緩してしまった。
いや、全然緩んでくれて構わないし、むしろ助かったといった感じなのだが。
「……先ほど会った『連隊』……彼らが動いていたのは脱走した『魔導卿』を見つけるため、か」
シルちゃんがぼそりとつぶやいた。
ラエルちゃんが何かを紙にさらさらと書く。
そしてそれを魔術で包帯男の方に飛ばした。
綺麗にまっすぐ飛んでいく紙を、日本の指で受け止める。
「それ、あんたの上の連中に見せてくれない?」
「これは?」
「私のこの後3日間の迷惑代。下品な言い方ただけどたぶんお釣りがくるんじゃない? それで勘弁してほしいなって」
男が紙を見ると、その無機質な瞳を少しだけ見開いた。
なんすか、何もらったんすか? と聞く部下を無視して電話を取り出す。
小さな声で何を言っているのかはわからなかったが、そこから少し会話をした後、男は言った。
「……許可せよう。3日後のこれくりゃいの時間帯に迎えに行く。それまでは好きにしてくだちぃ」
「なんすか? 何もらったんすか長官?」
「国家秘密でぃあ。知らなくていいこともありゅ」
「そっすか! わかりました長官!」
「……なんかこわいっす」
そして3人は去っていった。
何だか個性の強い方々だったが、チームワークはいいように見えた。
しかし何が何だかわからない私でなのであった。
「――というわけでチロリン! 3日間を買っちゃいました!」
「おお! よかったねラエルちゃん!」
よくわからないがラエルちゃんがうれしそうなので私も喜ぶ。
「……何を売ったんですか?」
「『時間を止める』魔術の技術的情報だね」
「!? そんな、たった3日の観光のために……!?」
「私にとっちゃ大した価値はないしね。止めれるとはいえ、未完成だし。何ならシルちゃんにも教えてあげようか? 陣にも書けるから工業的な利用もできなくはないと思うけど」
「……いったん保留にさせてください」
どうやら大きな売り物をしてしまったらしい。
ぼーっと二人の会話を聞いていると、ひょこっと誰かが隣に来た。
リダムだった。
そういえばリダムは連隊の長官たる包帯の男が現れた時点でどこかに消えてしまっていた。
戻ってきたらしい。
「無事に終わってよかったですね」
「ずっといなかったけど話の内容は知ってるんだね。どこ行ってたの?」
「ポリスのいねぇところでしょうか……」
よく聞こえなかった。
まあリダムがどこに行っていたって別にいっか。
リダムの言う通り、無事に終わって本当に良かった。




