なんばー17 ただの可愛い女の子
「えぇ!? リダムもいるの!? 一緒に来れる?ーーそっか、やった! じゃ、またねシルちゃん!」
通話を終了してスマホをしまう。
隣にいる、金髪の長い三つ編みが特徴的な女性ーーラエルちゃんが不思議そうに話しかけてくる。
「ずいぶん嬉しそうに話してたね」
「そう見えた?」
「そりゃあもう、そんな満開の笑みをされたらねぇ。何かいいことでも聞いたの?」
「そうだね」
頷く。
そんなに顔に出ていただろうか。少し恥ずかしい。
「シルちゃんとリダム――私の知り合いが近くにいるらしくて、今から合流できるらしいの。中でもリダムは休日にはあんまり会えないから、ちょっと嬉しくなっちゃった」
ラエルちゃんの肩が少し揺れた。
「へぇー、そうなんだ」
「ラエルちゃんにも紹介するね! 2人ともとっても素敵な人だからきっと気にいると思うよ」
クレープを食べた後。
目的もなくぶらぶらと歩いていたら、私たちが出会った公園に戻ってきてしまっていた。
それでベンチの座って一休みしてい時、電話がかかってきて今に至るというわけだがーー私はとても幸せだった。
なんとシルちゃんとリダム、2人とこの後合流できるのである。
前述の通りリダムとオフの日に関われる日は少ない。あの人はとても忙しいのだ。
一緒に遊びに行くなんてほとんどできないのである。
それを不満に思っていたりする訳でもないのだが、やっぱり憧れの人と関われる時間が増えるのは嬉しい。
それに、なんとシルちゃんとリダムが今一緒にいるらしいじゃないか。
シルちゃんはリダムを目の敵にしていたし、リダムもシルちゃんを怖がっているようだった。
2人に仲良くしてほしい私としては複雑な思いだったが……。
そんな2人が今一緒に歩いている!
いつの間に仲良くなったのかは知らないが、こんな休日の朝に2人で街に繰り出しているとは、相当な仲になったに違いない。
ちょっと妬けてしまうくらいだ。
そんなこんなで嬉しくてニコニコしてしまう私だが、隣に座るラエルちゃんがこんなことを言ってくる。
「その2人は、魔力を持ってるのかな?」
少し彼女に違和感を感じた。
が、すぐに気のせいだろうとその考えを切り捨てる。
しかしどうしてそんなことを聞くのだろう。
「リダムは持ってないけどシルちゃんは持ってるよ。シルちゃん、珍しいけどエルフだしね」
「……そっか」
多分軽い世間話だ。
少しラエルちゃんの雰囲気が変わった気がしたが、何のことでも無かったようである。
今一度確認したら今まで通りニコニコと笑っていた。
「魔力といえばね、シルちゃん――この後来る1人は昔に理論派魔術を学んでたらしいんだよね。ラエルちゃんは魔術師らしいけど、実践派か理論派かどっちなの?」
「私はどっちもやってるけど、どちらかというなら理論派かなぁ。実はこう見えて幾つか新しい魔術を作ってるしね」
「そうなの!? かっこいいねラエルちゃん! 私、魔術って生では全然見たことないんだよね……シルちゃんは危ないからダメって見せてくれないし。テレビとかではみたことあるんだけどね」
やっぱり肉眼で見てみたい。
日本人は魔術へのコンプレックスが強いのである。
「そうなんだ。じゃあ私が見してあげよっか? 案内のお礼にさ」
「ホント! それなら私見てみたいな!」
何と見してくれるらしい。
ラエルちゃんが「えへへ、そんなに見たい?」と笑いながら杖を取り出し準備を始める。
ラエルちゃんはどうも話を聞くに貴族と寿司三昧だったりと、中々高名な魔術師と見える。
過去にテレビで見たもの以上の素晴らしいものが見られるかもしれない。
期待に胸が膨らむ!
「ーーひったくりよぉおおおおおお!!」
突然、金切り声が耳を鳴らした。
――いったいなんだ?
見ると女性が地面に手をつき叫んでおり、視線の先には怪しいコートの男がいた。
手には高そうな鞄を抱えており、顔はマスクやサングラスで囲われて見えない。
すごい速さで逃げている。
明らかな犯罪現場であった!
「ラ、ラエルちゃんどうしよう」
「ふふふ、チロリン良かったじゃん。これぞおあつらえ、絶好の機会だよ。私の魔術、見せてあげる」
焦る私とは対照的に、ラエルちゃんは余裕綽々といった感じであった。
彼女はゆっくり立ち上がると、懐から杖を取り出して男に向ける。
背中の纏められた金髪がゆらゆらと靡いていた。
最初は「風か?」と思ったが、よく見ると違う。彼女の周りを中心に見えない何かが渦巻いている。
犬歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべる。
「ま、とりあえず足を止めてもらおうか」
ラエルちゃんの体から何かが発せられたらしい。
圧倒的な力の本流。
スカートがバタバタと揺れ、私もあまりの「圧」に体がよろめいた。
「――!」
「おーっとチロリン、すまんすまん」
彼女に抱きかかえられる。
右手に杖を持ち、左手はしっかりと私の背中に回している。
環境の変異に色々と混乱してしまう!
少し冷静になると、どういう原理なのか、ラエルちゃんと密着していると先ほどの「圧」はあまり感じないことに気づいた。
「〜〜〜〜〜!!! ああああああああ!!?」
遠くの方からでかい声が響く。
そうだ――先ほどのスリ師はどうなった?
ラエルちゃんの手の中でゴソゴソと体を動かしてそっちを向く。
すると、ひどく狼狽した男が腰を抜かしていた。
直接的な攻撃は加えられていないはずだが――ラエルちゃんのした『何か』によるものだろう。
私は少し飛ばされたくらいだったが、あの人をあそこまで驚愕させる効果が何かあったのか。
「チロリン、ちょっと飛ぶぜ」
「えぇ? ――わっ!!」
ラエルちゃんに抱き抱えられてのジャンプ。
凄まじい跳躍力だった。
――私は空を飛んでいた。
だいたい10mほどは地面から離れている。
体いっぱいの浮遊感。この高さから落ちたら助からないが、不思議と恐怖は感じなかった。
見慣れた公園でも、ここの木々を上から見下ろすのは生まれて初めての経験である。
私の心を満たしていたのは爽やかな感動だった。
「舌噛まないようにね」
最高高度にいるのは一瞬なもので、すぐさま強力なGを一身に浴びて落下する。
どう言う原理かは知らないが、着地の瞬間にふわりと重力がなくなり、衝撃もなく着地した。
蹲るひったくりの前に。
一瞬だったが――も、ものすごい体験をした気がする。
「お、おお〜! ラエルちゃん、すごいね!」
「いひひひひ、喜んでくれたならなりよりだぜ」
心臓がドクドクと激しく脈打っていた!
これが高所から落下した恐怖なのか空を飛んだ興奮からなのかは定かではないが。
ありのままの興奮を伝える。
ラエルちゃんはニコニコと笑って私を見ていた。
「ぎ、ぎ、ぎ、ぎぃいいいい!! オレをムシしてんジャネ!!」
ひったくりが立ち上がり怒鳴ってくる。
思い出した。そうだ、今は緊急事態であった。
空を飛んだあまりの興奮により切迫している状況を忘れていた。
独特のイ世界訛りの怒鳴り声に体が強張る。
ラエルちゃんの服を握る。
しかし彼女は気丈な態度で、私とは対照的に余裕な視線を男に向けた。
ビク! と男の体が震える。
ガタガタと身震いし出した。
「触ってるから分かるぜ。アンタ結構やるねー。結構喧嘩慣れしてるでしょ?」
「……ルセェ」
「しかし見たとこ、地方の貴族に引っ付いてきた『労働力』ってところかなぁ? いくらこっちでもうだつの上がらない人生だからって、人様に迷惑かけちゃダメでしょ」
「ウルセェ! バケモノ! こ、ここ、コチに、クルナ!」
「コチ? ああ、『こっち』ね。日本語は覚えたてだからちゃんと喋ってくれないと分かんないんだよねぇ。しかし、そんな言い方傷つくなぁ」
「クルナ、クルナ、クルナ!!」
「私、ただの可愛い女の子なのに」
「ッッッ!?」
抱き抱えられている私からじゃうまくラエルちゃんの顔は見えない。
ひったくりは脂汗を顔中に浮かべて、顔の色をみるみる青くさせていった。
「ク、クルナ……クルナアァアアアアアア!!」
ひったくりが突如立ち上がり、錯乱しながら拳を振るう!
すさまじい速度だった。
なにせ私の眼前で拳が止まった時はじめて、拳が振るわれていたことに気づいたくらいだったから。
「遅い」
キィン、と大きな音が鳴る。
私と振るわれた拳の間に、透明なガラスに似た水晶が入り込んでいた。
ふわふわと浮いてる。
私の顔ほどの大きさ。厚さは薄い。
目と鼻の先の拳。
それを遮る結界。
死の恐怖が文字通り目の前まで来ていたことを認識しつつ――私を守った水晶の『美しさ』に目を奪われた。
それほどまでに綺麗だった。
「ラエルちゃん、これは……?」
「ふふふ、無論、魔術だよ。共有結合でできた炭素の分子結晶――いわゆる『ダイヤモンド』さ!」
「ダ、ダイヤ!?」
随分綺麗だと思ったが……まさかダイヤだったとは。
しかし、薄いとは言え私の顔くらいの大きさはあるが……これ、全部ダイヤなの?
「C結界なんて呼ばれてるね。私のCBRは約89%! 1000㎤辺りの平均発動時間は0、4秒! アンタも中々やるけど、その程度の威力じゃ破れないし、拳見てから展開余裕! コマンド練習して出直しな!」
「よく分かんないけど、すごいねラエルちゃん! とっても綺麗だし!」
「もっと褒めてくれてもいいよ! 可愛い子からの賞賛ほど気分の良くなるものってないから!」
高いもんでもないし記念に持ち帰ってもいいぜ、とパンチを防いだダイヤの結界を渡される。
人工ダイヤみたいなものだろうか……ありがたく貰っちゃおう。
結界にパンチを阻まれた男は、手首を押さえてラエルちゃんを睨みつけていた。
かなりの速度でぶつけていたもんね。
よく見ると拳から出血している。
手首も押さえているし、骨も折ったのかもしれない。
「……ク、ククク……クソッ!!」
背中を向けて走り出す。
逃亡を図ったようだ。
手が折れていて万全な状態でもないはずなのに、そこはイ世界人。
まさに脱兎のごとく、すごいスピードで走っている。
「ハァッ! ハァッ! 『レンジ』からデラれれば……!」
「――残念、君の足じゃあ出られないぜ」
ラエルちゃんが杖を振るう。
ひったくりのいく手を阻むように、巨大なダイヤモンドの壁が空気中にできていった。
先ほどのものとはまるで規模が違う。
まるで鳥籠。太陽の光を反射し、屈折し、虹色に輝く様は息を呑むほど美しい、が――『鳥』からすれば絶望的な現実だ。
ひったくりの足が止まる。焦り焦って、焦燥のままに何発か殴って蹴るもヒビ一つはいらない。
結界を破るのを諦め、後ろを向いた頃にはもう遅い。
「ギ、ギ、ギィ〜〜〜!!」
「終わりだぜ」
ラエルちゃんがいる。
圧倒的な実力差。
素人の私から見ても分かる。
完封。これほどこの言葉に適した状況もなかなかないと思う。
完封だった。何をしても防がれるだろうという絶対的予感、確信、絶望感。
「あんたも運がなかったね。私の前でひったっくっちゃうなんて」
「ッッ!! クソ、クソ! ナンナンだよ!」
男が叫ぶ。
「ナンナンダヨ! この『レンジ』! フツウ4m〜5mってトコダ! バケモノメ! オカシイダロ! イマモ、マトワリついてヤガる!」
「ほぉー? よく知ってんじゃん。間髪入れずに殴ってきた時も思ったけど、魔術師との戦闘経験あるな? ただの喧嘩野郎じゃないねぇ、アンタ」
ラエルちゃんが顎に手を当てて考えてる。
「戦争経験者って感じもしないけどなぁ。あーゆうのは心の根っこがおかしくなってる感じがするし。『労働力』より『用心棒』かな? 日本って平和だからいらなくなって切られたタイプ?」
「……くそッ!!」
図星らしい。
あんまり話を理解できないが、ラエルちゃんのいったことは正しいようだ。
「私が言うのも悲しいけど、アンタみたいなのを見てると移民に反対する日本人の気持ちがよく分かるぜ。――まあいいや、そろそろ決めさせてもらうよ」
「……!」
杖を向ける。
男も拳を握ってポーズをとった。
2人とも臨戦態勢。
しかし両者には大きな差があるようで、男の体は緊張で強張り、汗が額を流れていた。瞳は震えて拳は震えている。
過度な緊張。
そして恐怖、恐怖、恐怖!
「アアアアアアアアアアアア!!」
男が走り出す!
「――ハイドロ○ンプ!」
杖から著しい量の水がまっすぐ噴出された!
悲鳴を上げる間もなく男はそれをモロに食らって、何mも飛ばされる。
ワンバウンド、ツーバウンド、スリーバウンドから地面を転がっていく。
木に衝突して止まった彼は、完全に意識を失っていた。
勝負は一瞬だった。
一瞬にして劇的だった。
「ふぅ」
「お、おぉ〜」
杖からでる煙をふぅ、とふくラエルちゃんに、あっけに取られた私は放心のまま拍手を送った。
◇ ◇ ◇
ダイヤモンドで体をカチカチに固められた男がパトカーに乗せられて消えていく。
事件は無事に終わった。
被害者の方にもバッグは返した。
とても感謝しているらしくラエルちゃんにペコペコ頭を下げていたのは記憶に新しい。
そういえば、警察の人が言っていたが、男は最近何度もひったくりを繰り返している常習犯だったのだとか。
かなり戦闘力・身体能力が高いことから警察も追うのに苦労していたらしい。
バトルに全く詳しくない私は「へぇ〜」としか説明されても感想は出なかった。ラエルちゃんが警察の人にあまり顔を見せないようにしていたのが少し気になるくらいか。
「ラエルちゃん、すごいかっこよかったよ!」
「……えへ!!」
いやぁ、本当にすごいものを見してもらった。
大満足である!
ダイヤモンドの結界に最後のハイドロ○ンプ。
見応え抜群だった。
テレビで見たものなんかよりよっぽどすごい。
ラエルちゃんは照れたのか顔を赤くしている。
「かっこよかった? 嬉しいねぇ。うーん、もっと言って!」
「すごいかっこよかったよ! やっぱり魔術師って素敵だね!」
「ああ、脳ミソがワクワクしちゃうこの快感! 自尊心が満たされるのを感じる! わ、わんもあぷりーず!!」
「とってもかっこよかった! 私、将来魔術師になるのが夢だったんだ!」
「ああ、もう一回!」
無限ループに入った。
求められるがままに「かっこよかった!」と言い続ける。
ラエルちゃんも嬉しそうだし、実際彼女のかっこよさは、私も言葉で言い尽くせいないほどだった。
こう言い続けるのはやぶさかではない。
そんなこんなでこのループをやり続けること幾ばくか。
聞き馴染みのある声が聞こえた。
「――チロメさん?」
リダムである。
わっと嬉しい気持ちになる。
そういえば、会う約束をしていたんだった。
見ると、自転車にまたがりなんとシルちゃんと2ケツしている。
おお、ここまで仲良くなっているとは。
少し面食らった。
まあいいか。いいことに間違いはないのだから。
……ん? あれ、どうしてだろ。
――2人とも、いつもと違う顔をしている。
リダムは何かにひどく怯えている。
シルちゃんはすごい熾烈な表情を浮かべていた。
なんでだろ。
シルちゃんが走ってこっちに来る。
すごい焦ってる。こんなシルちゃんを見るのは初めてかもしれない。
「どうし――」
「早く離れなさい!!」
驚くまもなく手を引っ張られた。
バランスを崩しつつも何とか歩行を保つ。
シルちゃんはどしどし進んでいる。
わけがわからない。
軽いパニックだった。
離れなさい?
離れなさいって……何から?
シルちゃんはその小さな体で私の体を抱きしめた。
そう、先ほどのラエルちゃんのように。
何かを守るための行動。
リダムも私の前に出る。
いつもニコニコしているリダムには目ずらしく、額に汗を浮かべて焦っているようだった。
そう、先ほどのひったくりのように。
命の危機を覚えている様相。
「あなたは」
シルちゃんが敵意をむき出しにして話しかける。
ラエルちゃんに。
「あなたは何者ですか?」
なんで、ラエルちゃんにそんな感情を向けるの?
どうしてリダムはそんなに怖がってるの?
わからないまま。
「ふふふ、そんな言い方傷つくなぁ」
ラエルちゃんがニヤリと笑う。
「私、ただの可愛い女の子なのに」
CBRとは?
Covalent Bond Rate の略。
共有結合割合。
物質の炭素の何割が共有結合で繋がっているかを示す割合。(どれくらいダイヤモンドに近いか)
高ければ高いほど結界として硬度が高いことになる。
魔術師の平均CBRは75%くらい。
80%で上級者、8割後半は相当の使い手。
CBR以外でも発生速度の大小、魔力硬化の熟練度でも結界魔術の完成度は測れる。
結界は他にもFe型やSiO2型など様々あるが、1番スタンダードかつ簡単、応用が効くのはC結界。
残念ながら死に設定。




