新チャンネル誕生
こうして俺たちと「魔法使いおじさん」こと和泉は、顔を合わせた。場所は紅城のマンションのリビング。時はフォージを撃破してから一週間後にあたる日の午後だった。
和泉という男が本当はどんな顔をしているのか知りたかったんだけど、彼はよりにもよって、番組と同じコスプレ姿で現れた。つまり紅城っぽい恰好だ。
「初めまして。和泉と申します。よろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとうございます。小説家の鏡です。本日はご足労いただきましてありがとうございます」
と、こんな風に礼儀正しく社会人らしく挨拶したは良かったけど、俺の隣で紅城は思いっきりふんぞり返っていた。
「おい、紅城。機嫌直せよ」
「やだ」
天井を見上げたまま頬を膨らませる紅城の姿は、不貞腐れた少年そのまんまだった。ちょっとサイズがでかいけど。
しょうがない。最初に譲歩してもらおう。
「和泉くん。何か意図があるのかもしれないけど、それ、紅城が嫌がるから、止めてくれるかな?」
「それ、というのは何のことでしょうか……?」
和泉は困惑した顔でそう答える。うーん。どうも本気でわかってないぞ。
「いや、その服装と髪型のこと。あとメイクもしてるよね? 紅城に似て……いや、似せてるように見えるけど」
「似てねぇ! 全然似てねえよ! けど、俺が嫌だ」
空に向かって紅城が言った。
「そういうわけだから、普通にしてくれ。つまりあの、その格好は紅城の魔法使いとしてのアイデンティティを著しく侵害しているのだよ。えへへ」
「先生、ここはそんな難しい言葉を使うところじゃないぜ」
「この恰好、いけませんでしたか?」と、和泉。「魔法を使う訓練をしてたときに、まずは形から入ろうとして、紅城さんの恰好を真似してみたんですが」
「あのね。服装も髪型も魔法には関係ないから! 洗面所に行って、メイクも落として、髪型もストレートにしてきてよ。じゃないと、紅城が帰ってきてくれないからー!」
俺に言われた和泉は、すごすごと洗面所へと姿を消した。そして水が流れる音が響くこと数分間の後、彼は戻ってきた。
「おまたせしましたー」
「お手間かけさせてすいませんね……って、誰!?」
戻ってきた人物の顔を見て俺は驚愕する。
魔法使いおじさんの素顔は美男子だったのだ。なんだこりゃ。見た目の印象のせいなのか、顔つきが違うだけじゃなくて体格も人種も変わっているように見えるぞ。
……ああ、紅城はちょっとガニ股なんだ。そこまで模倣してたから、魔法使いおじさんは姿勢が悪かった。今は普通に歩いてるから身長が変わってるんだな。
紅城に指摘するのは避けるけど!
「なめてるの?」
さっきまでとは別の意味で機嫌を損ねたらしい。紅城の目が座っていた。
「この顔ってだいたい人生で不利なんですよ? イケメンって人にはわからない悩みが多いんです」
和泉はこう弁解する。だけど自分で自分をイケメンと言っちゃうか。密かに自慢してるだろコイツ。彼は続けた。
「この顔で動画配信とかやっても、みんな顔のことしか話題にしてくれなくて、番組の中身なんて見てないんですよ。だから数回で飽きられちゃう」
「それで、俺のチャンネルを真似したと?」
「そうです!」
「……それはつまり、遠回しに俺が不細工だと……?」
おいおいおいおい、何かダウナーな方向にスイッチが入っているぞ。俺は紅城の言葉を遮った。
「やめろよ紅城。今日はそんな話のために集まったんじゃないだろ? 和泉さんも、座ってください」
そう言われた和泉が素直に従ってくれたのはありがたかった。ただ単にテーブルをはさんで向かい合うだけで、なんでこんなに手間がかかるのだ。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。それから、ドラゴンを倒していただいて、ありがとうございます」
「うむ! 以後気を付けろよ!」
いざ話が始まってみると、ことは意外と簡単だった。
和泉は変なヤツだけど、性格は素直だったのだ。
正面から謝罪と感謝の言葉をかけられて、そこでやっと紅城も留飲を下げた。
よしよし。これで話し合いができるぞ。
「それで、君はどういう経緯で今のチャンネルを始めたの?」
俺のこの一言から始まる一連の問答で、和泉と言う人間がだいたいわかった。
彼は兼業だ。一流企業の四井商会に所属する正社員だけど、出世競争に脱落してからMooTuberを始めたという。年齢は俺と紅城のちょうど中間だ。
はじめは廃墟探索とかグルメレビューとか、流行っぽいチャンネルを見つけては模倣してたみたいだけど、どれも上手くいかず、方針に迷っていたところで異世界ちゃんねるを見たという。そこから俺の小説を知り、ざっと流し読みして魔法の呪文を抜き出した。
あとは片っ端から詠唱を試して、自分が使える魔法を探し続けたという。
「魔法使いになる方法をハックしたのかよ」
これは紅城。そう言われてみると、確かにこれはハックっぽい方法だ。
こうして魔法使いちゃんねるを立ち上げた。そのあとはもう見た通り。四つ目の動画の収録中に実際に火炎投射が発動したという。
「僕は本番じゃないと実力が出ないんです。魔法の詠唱に失敗して、恥をかくところまで含めて公開することで、自分を追い詰めたかったんです」
彼が失敗動画まで公開するのはこういう事情があるという。
こういうやり方があったのか。紅城を横目で見ると、しきりに首を縦に振って感心している。同じ方法で魔法使いを育てることができるかもしれない。そんなことを考えているんじゃないだろうか。
「それで和泉くん。君はこれからどうするの?」
そう振ってみると、彼は困り顔を浮かべた。
「次の動画は考えてません。もうチャンネルも閉鎖しようかと思っています」
「そりゃ寂しいな」紅城が横から口を出した。「せっかく魔法が使えるようになったんだ。このまま腐らせるのはもったいねえぞ」
「そうだよ。普通の人じゃできないことができたんだし、もうちょっと安全な魔法で何かやってみたらどう?」
と、こんなことを俺は提案したけど、もちろん、最終的な決断は和泉が自分ですることだろう。そうわかってはいるけど、魔法使いがこのまま埋もれてしまうのは惜しい。これは俺も紅城も同じ気持ちのはずだ。
和泉は、どうとも解釈できる煮え切らない返事をして、その日は帰った。
さて、その後彼がどうなったかというと。
数週間後、和泉のMooTubeチャンネルの過去の動画は削除されてしまった。
言っていた通りに、閉鎖するつもりなのか。残念だなぁ。
そう思ったのだけれど、それは早合点だった。
さらに数日が過ぎて、チャンネルの名前が「魔法使いおじさん」改め「異世界キッチン」に変わっていたのだ。なんだか不吉な予感がする。
間もなく、新しい動画が配信された。
『こんにちは! 私の料理研究所へ!』
久しぶりに顔を見せた和泉は素顔だった。もう変なメイクはしていない。
服装は真新しいエプロン、背景はシステムキッチン。和泉の目の前には、包丁とまな板、各種のボウルや計量器具が並んでいる。
……これはひょっとして。
『視聴者の皆さん、異世界の足音が聞こえる今日この頃、お元気でしょうか? 今日は新時代にふさわしい料理の世界に、みなさんをお連れします!』
その一言とともに、和泉は一度カメラの外に出て、戻ってきたときには一抱えもある「食材」を手にしていた。
『本日の食材はコレ! 暴れキノコです! 今朝早く召喚魔法で呼び出して、退治しました! とれたてホヤホヤです!』
暴れキノコ。俺の小説に登場する最弱クラスのモンスターだ。見た目は真っ白なエリンギを人間の胴体くらいまで巨大化したものに、小さな手足がくっついたような姿だ。「食用にでき、美味。市場で売れるので初心冒険者の定番の収入源」という設定がくっついてる。
和泉はとれたてホヤホヤとか言ってるけど、まだ死んでないぞ。頭を割られてるだけでピクピク動いてる
『これだけ大きいと、食べ甲斐がありますね! 本日は、この暴れキノコで、美味しいお酒の肴を作ってみたいと思います!』
その一言を合図に、和泉は暴れキノコを解体しながら、料理を作っていった。
最初は暴れキノコのアヒージョ。次はチーズ焼き。出来上がった料理を肴に、キンキンに冷えたビールをあおって一言。
「美味しい! 皆さんも試してみて下さい! 召喚魔法もご一緒に!』
なんなんだこのチャンネル。
やってることは料理番組なんだけど、食材が非現実的な異世界生物なのでインパクトはある。というか解体されてる最中にもキノコが動いているぞ悪趣味だなぁ。
視聴者の数はそこそこ多いし、ちゃんと魔法を活用している。なにより、前よりずっと安全だ。でもこんな番組が、人気が出るもんなのか?
『では、視聴者の皆さん。次回もまたよろしくお願いします』
カメラに向かって手を振る和泉を正面から映して、番組は終わった。
……ん? おや? 何か変だぞ?
暴れキノコは番組内でまな板の上に載せられていたのだけれど、いつの間にか姿が見えなくなっている。たしか、下半身と両足は食べないまま料理が終わっていたような?
動画を早戻ししながら確認していくと、終盤、和泉がビールを飲んでいる場面の背景で、まな板の上の暴れキノコが音もなく立ち上がっていた。
そして抜き足差し足で、こっそり背後に消えている。
脱走したようだ。
現世と同じく、キノコは菌類だ。湿気と栄養さえあれば身体を再生できる。
この脱走暴れキノコはどこへ行ったのだろうか。
新天地を探して旅に出たのであろうか。
干からびて野垂れ死にかもしれないけど。
「しーらないっと」
俺はそう呟くと、MooTubeアプリを閉じた。




