竜退治のその後に
魔法使いおじさんの無事を確認した以上、俺たちがその場にとどまる理由はもうなかった。バイクで紅城のマンションまで戻ると、簡単に食事をとって、その日はぐっすり寝た。
翌日の午後になっても、俺は紅城のところでごろごろしていた。
風呂は大きい。ベッドもふかふか、飯も酒も美味い。紅城のマンションは実に居心地が良いので、このまま寄生しちゃいたいなぁという悪魔のささやきが聞こえてくるわけだが、それはそれとして、まだ帰るわけにはいかない。
昨日のドラゴン騒ぎがマスコミやネットでどういう扱いになるのかを確認しておきたかったし、魔法使いおじさんのSNSに送ったメッセージに返信があるかもしれない。その上で、紅城と今後の対応を相談したかったわけだ。
マスコミの反応はおおむね予想通りだった。
いくつかのニュース番組で、ドラゴンの目撃証言や、目撃者によって撮影された写真、動画、現地の住民の反応が取り上げられたものの、最終的には「誰かのイタズラ」で結論付けられて終わっていた。
中には、どこかの大学の生物学の教授がコメンテーターとして呼ばれる番組もあって、教授は「目撃されたドラゴンが、いかに生物学的な常識に反しているか」を延々と解説していた。もちろん、この番組も「どこかの愉快犯が遊んでいた」という結論で落ち着いた。
MooTubeの紅城の動画に直接触れた番組は、一つもなし。中には、モザイク入りでほんの数秒だけ紅城のドラゴン退治動画を紹介した局もあったけど、これもまた騒ぎに便乗した動画の一例として扱っただけだ。
さて。ここで一つの疑問が湧くだろう。フォージと紅城が戦って、破損してしまったビル。あのビルはどうなったのだろうと。
恐るべきことに、あれは「原因不明の事件」として扱われ、今回のドラゴン騒ぎとは無関係なものとされたのである。
今回の事件は目撃者が少なからずいた。フォージと紅城の戦いを配信動画で見た人々はもちろんのこと、現場で警戒していた警察官たちや、それぞれの事情で避難せずに現地にいた一般の人々だっていた。
そうした人々の中には、戦いの様子を動画に撮影して、テレビ局に送る人もいたし、各種のSNSに投稿する人もいた。
ところが、オールドメディアはそれらの動画を、片っ端から無視したのである。
「そんな非現実的なものが実在するわけがない」
「売名のためにCGで作られた動画を配信しているだけ」
各番組の司会者や、ゲストたちは、ただ一言そんな風に言って、片づけてしまった。
なんともまぁ。いい加減なものだ。あまりにも雑な扱いに、何か不自然ささえ覚えるが。
「紅城くん。メディアが君のやったことに何も気が付いてないのは、良いことなのかな。それとも悪いことなのかな?」
俺が声をかけると、紅城は答えた。
「異世界ちゃんねるの動画が注目されると、視聴者は増えるけど、変なのも増える。視聴者さんの数はもう十分だから、これでいいんだよ、先生」
変なの、というのは先日の魔法使い養成講座に来た小太りの男みたいなのだろう。
今度のドラゴン退治を自主製作の映画みたいなものと勘違いして、俳優志望者が現れたりしたら困る。そういう奴のことを思えば、まだ魔法使いおじさんの方がマシなのか。
俺はスマホを手に取った。魔法使いおじさんがどうなったのか、テレビじゃ報道されないだろうし、本人のSNSに何か動きが無いかを確認したかったんだ。
または、昨日送ったメッセージに、何か返答があるかも。
そんな期待はあっさりと現実になった。魔法使いおじさんのSNSアカウントから返信があったのだ。それもつい数十分前。
「紅城くん、これ!」俺は紅城にスマホの画面を見せた。
彼はしばらくメッセージを読んでいたが、その意味を理解するや、露骨にイヤそうな顔をした。
「え? アイツが来るつもりなのかよ? こっちに?」
うん。紅城の言い分ももっともだ。魔法使いおじさんからの返答は、できるだけ早く紅城に面会したいという内容だったのだ。
「紅城直哉様
魔法使いおじさん、こと和泉と申します。
異世界ちゃんねるの管理人であり、魔法使いでもある紅城先生にお声をかけていただき、光栄に思います。
昨晩の魔法の失敗により、現在は入院中ですが、怪我などはありません。
念のため精密検査を受けたのち、数日内に退院する見込みです。
ご忠告されたとおり、魔法が危険なものであることを、身をもって知りました。
つきましては、今後のMootubeチャンネルの運営を継続するか否かも含めて、紅城様とご相談させていただきたく思います。
ご都合のよろしい日にちと時間をお知らせください。
よろしくお願いします。」
このメッセージを読むや、紅城は渋面を作る。何か今までとは違う怒りの感情が喚起されたようだ。顔が青筋とシワで梅干しのようになっている。
「番組はあんだけふざけてんのに……舐めてやがるのに……メッセージの文章はマトモなのかよ! なんなんだコイツは!」
「いやぁ、礼儀正しいビジネス文書になってるねぇ」紅城の反応が面白かったので、俺は隣で笑いをかみ殺した。「それで、紅城くん。いつにする?」
「いつって、やっぱりコイツに会うつもりなのか? 先生は?」
「そうだよ。当然じゃないか。彼はこれで動画配信も止めちゃうかもしれないけど、貴重な魔法使いじゃないか。連絡を欠かすべきじゃないよ。ひょっとしたら、君のチャンネルで使い道があるかもしれないだろ? さ、日にちを決めて、会おうよ」




