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デウスエクスマキナ

 バイクを停めたところまで戻った。すでに紅城が待ち構えていて、その隣には、あいつがいる。アレクトーだ。

「先生、助かったぜ」

 紅城はそう言うと俺の肩を叩いた。ヘルメットは被っておらず、汗まみれの髪が夜風に吹かれている。片手にはスポーツドリンクの缶が握られているけど、きっと自販機で買ったんだろう。疲労の色は濃いものの、晴れ晴れとした顔だった。


「今回の配信は大成功さ。ライブ配信での視聴者が百万を超えたのは初めてだよ。投げ銭も四百万円を超えてる。運営に三割取られちゃうけど、大儲けだ」

「そっか。おめでとう」俺は素直にお祝いする。けど、俺の視線はどうしても紅城の隣にいる女に向かってしまう。「ねぇ、なんでコイツがいるの?」


 ふん、と忌々しいものを見るかのように、アレクトーは俺を一瞥した。彼女が何か説明してくれるとは思えない。ここは紅城が教えてくれた。

「フォージを倒すのに俺一人で勝てるとは思えなかったんだよ。前回は近くに湖があったけど、今回はペットボトルに詰めた分の水しかない。だからSNSで連絡しておいたのさ。先生に言ったら絶対に反対すると思ったから、黙ってたんだ。ごめん」

「ま、いいけどさ。勝ったし」いまさら文句をつけてもしょうがない。俺は承認するしかなかった。「それで、どうして俺に小説を書くことを急がせたんだ?」


「俺の仮説を聞いてくれ。以前、アレクトーは先生が書いた筋書きを覆して見せた。そうだよな?」

「ああ。そうだな」

「あれは、先生の小説をアレクトーが読めたからだ。読んで、神の意図を理解できるなら、登場人物はシナリオを無視することができる。だけど、読めなかった、または読まなかったらどうだ?」

「それは……」俺は返答に窮する。「その場合は、俺の書いた通りになるってことか?」

「そうだ! それも、適当な書き方でも効くんだ!」

 我が意を得たりという顔で紅城はガッツポーズをする。フォージ戦で勝ったばかりなのが原因なんだろうか、やけにテンション高いぞ。しかも早口だ。


「コイツから連絡があったと思ったら、いきなりドラゴン退治を手伝えだと」アレクトーは横から口を出す。コイツというのは紅城のことだ。「しかも、その作戦もおおざっぱで、具体的な指示もない。偶然フォージが私の待機していたビルに突っ込んできたから勝てたものの、あと少し運が悪ければアカギは死んでいたぞ」

「そうか、よくもまぁ都合よく作戦が成功したもんだな」

 俺は思わずそう返す。アレクトーとはあんまり話をしたくないけど。

 相変わらず笑顔の紅城は、俺の言葉に反応して自分の仮説をまくしたてた。

「運が良いとか悪いとかじゃないのさ。アレクトーには、この近くで! 蜘蛛の使い魔の糸でドラゴンを捕まえてほしいってことと、待機しててくれってことだけ頼んだんだよ! それだけだ! 詳しい話は何もしなかった!」

「え? それで、なんで上手くいったんだ?」「なぜだ?」

「だからさ! 先生が戦いの結末を書いて、誰も逆らわなければその通りの結末になる! 偶然じゃなく、そうなるように登場人物は動く! フォージもな! フォージは自分でも知らないうちにアレクトーが待機している場所に近づいてきて、アレクトーが蜘蛛の糸を繰り出せば、必ず小説に書いた通りに、糸に拘束される結末になる! そうなった!」


 紅城って説明が下手だなぁ。

 こうして文章に直して読んでみると、なんとなく意味がわかるだろう。でも現実に俺とアレクトーが聞かされた内容は、以下のような感じだったんだ。


「だからさ(息継ぎ)! 先生が戦いの結末を書いて、誰も逆らわなければ(息継ぎ)その通りの結末になる! 偶然じゃなく、そうなるように登場人物は動く(息継ぎ)! フォージもな! フォージは自分でも知らないうちにアレクトーが待機している場所に近づいてきて(音を立ててスポーツドリンクを飲み、むせて、荒い息をつく。これが約十秒間)アレクトーが蜘蛛の糸を繰り出せば、必ず小説に書いた通りに、糸に拘束される結末になる(息継ぎ)! そうなった(汗の飛沫が髪の毛から飛び散る)!」


 この空気、伝わるだろうか。

 なんかコイツ怖いぞ。

 俺とアレクトーは顔を見合わせた。魔法剣士の顔は、はっきりと『コイツやべえ』と言っている。俺も同じ感想だ。

 わかったような、わからないような、スッキリしないような話だ。

「ああ、もう。わかんねえかな先生。じゃあ大事なことだけまとめるぞ。先生の小説は、小説を読んでない登場人物の動きに限定すればコントロールできるんだ! だいたいのモンスターは、この方法で制圧できる! 俺と先生がいればな!」

「それはつまり……物語の『ご都合主義』とか『デウスエクスマキナ』と呼ばれるものが、俺の武器だってことか?」

 いまいち自分の理解に自信が持てずにそう言うと、紅城は大きくうなずいて「そうさ先生! 俺たちは無敵だ!」と叫んで、バンバンと俺の肩を叩いた。痛い痛い、勘弁してくれ。お前、自分が肉体強化の魔法を使ってることを忘れてないか?


「盛り上がるのは後にしろアカギ」

 女魔法剣士の白けた声。紅城の勢いに押されてばっかりだったから、正直、アレクトーが話の腰を折ってくれたのは助かった。

 アレクトーは両腕を組むと、こう言った。

「小説で異世界の存在の運命を操れる。それがこの小説家とやらの能力なんだろう。だが、私がお前たちを地下鉄で襲撃したように、小説にまだ書いていないところを先制攻撃された場合は無効。そして病院の戦いのように、相手が小説の内容を読んでしまっていた場合も効果がない。そういうことだろう?」

 紅城は何も言わず、ただ渋面を向けた。アレクトーの解釈は、俺の能力を「できること」ではなく「できないこと」の視点でまとめたものだったから、紅城からすれば冷水をぶっかけられたようなものだろう。

「私はそれだけわかれば十分だ。さて、商談に移りたいんだが」

「商談?」

 アレクトーの言葉が俺にはわからない。代わりに紅城が答えた。

「今回の配信で上がった収入の半分って約束だったな。ざっとした計算だが百四十万円くらいにはなる。そこから税金を引いた金額を指定の銀行口座に振り込んでおく。明日の昼には手続きが終わるから、待っててくれ」

「いいだろう」

 アレクトーの不機嫌そうな表情の口元が緩くなる。何か嬉しいことがあったけど人に知られたくない、という表現がぴったりの顔だ。満足できる金額だったようだ。というか、この女、生意気にも現世に銀行口座なんか持ってるのか。まぁスマホも難なく使いこなしてるし、きっとこの世界に順応済みなんだろうな。

「明日の昼だな。昼の三時ごろまで待とう。振り込まれていなかったら殺す」

 この魔法剣士、脅し文句だけは異世界転生小説のままだ。しかし隠しきれない笑顔を浮かべていて、喜んでいるのはお金の話。ずいぶんと俗っぽくなったもんだ。

 俺の思いをよそに、アレクトーは夜の街へ去っていった。

 背中を見送ったあと、俺は紅城にふと思いついた疑問の言葉を向ける。

「四百万円ってのは大金だけど、運営と折半して、税金も払って、ドラゴンを倒した報酬としては割に合うのかな?」

「先生。金の話は無粋だよ。現代世界でドラゴン退治。このロマンに替えられるものはない。俺はこれで満足してるんだ」

「そんなもんかね」

 まぁ、言われてみれば、今の世の中で熊を退治したって報酬はたかが知れてるし、別に誰かが感謝してくれるわけでもない。それを考えれば、動画のネタにしてお金を稼げるだけでも、ドラゴン退治の方がマシなんだろうか。


 遠くから救急車の音が近づいてくる。

 その音で我に返った。ドラゴンがいなくなって大分たつ。避難していた人たちが戻ってきたのだろうか、ちらほらと人影が見える。もう警官たちも職務質問なんかしていない。今なら自由に動けるぞ。

「どうする? 紅城くん。撤収しようか」

「いや、先生。忘れちゃダメだ。フォージの召喚者を見つけなきゃ」

 そういえば、そういう問題があったな。フォージの召喚者は魔法使いおじさんだ。そして、ここの近所に住んでいる。

 救急車が近くの道路を通過する。

「あれを追うぞ、先生」と、紅城はそう言うとヘルメットをかぶり直し、バイクにまたがった。エンジンが始動する。俺は慌てて後部席に乗った。

「救急車が来るってことは、怪我人でも出たのかな?」

「だとしたらさ、きっとアイツだぜ」

 紅城のバイクは救急車のサイレンを追い、走り出した。


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