魔法使いおじさん(仮名) 後編
紅城に声をかけて、俺はポップアップに表示された動画再生ボタンをタッチした。
MooTubeの再生画面になり、魔法使いおじさんの最新の配信が開始される。 紅城は俺の横に並んで画面を覗き込んだ。
『はぁーい! 今回もお送りいたします、魔法使いおじさんちゃんねる! 今日も深淵なる魔法の世界に、みなさんと一緒に参りましょう! 今日は特別に、召喚魔法を試してみようと思います!』
召喚魔法?? そういえば、そんなのがあったな。俺は紅城に聞いてみた。
「なぁ、紅城くん。俺の作中に何度か召喚魔法が登場したけど、現世に戻ってから、この魔法を自分で試したことはある?」
「いや、ない」紅城は答えた。「召喚魔法は、魔獣を召喚したうえで契約しないと使役できないって設定だったろ。手間もリスクも大きすぎるから一度も使ってない。だいたい作中でも数えるほどしか使わなかったじゃないか」
うん。そうだ。
召喚を手間暇かかる魔法にしたのは、もちろん理由がある。
簡単お手軽に召喚魔法が使えると、紅城が自分で冒険する必要がなくなってしまう。つまり、物語が虚無になってしまうわけだ。それに、強力な魔獣を召喚するには、それなりのリスクがあるという設定じゃないと説得力がない。
だから、召喚と契約の二段階を踏むようにしたのだ。
「ここで魔法使いおじさんが、何か召喚に成功しちゃったら、次の瞬間、この人死んじゃうんじゃないか? 使える攻撃魔法が火炎投射しかないし」
「先生、あんまり悲観的になるなよ。そもそも召喚魔法は難度が高い設定だろ。昨日今日、火炎投射がやっと使えるようになったヤツが、召喚なんてできるわけないって」
紅城は笑っている。確かにそうだ。そうだろう……。
でも、なんだ、この胸騒ぎは。
なんだかこの魔法使いおじさんって、得体が知れない。常識を超えて何かやらかしそうな、そんな雰囲気があるんだよな。
MooTubeの再生画面で、魔法使いおじさんがハイテンションに叫んだ!
『さぁて、話題の小説、「異世界転生! 魔法使いだらけの世界で、俺が成り上がるまで」を、僕もざっと読んでみました!』
ざっとで済ますな。ざっとで。
『ありがちな筋書きですが、魔法の呪文は本物ってことで、大変助かります!』
ありがちは余計だ。さっさと進めろよ。もう。
『この小説によると、召喚魔法は光と闇の精霊に祈りをささげたのちに、自分の名前を唱え、魔獣の名前を唱えて、召喚の言葉を言えばいいみたいです。それでは、適当な魔獣でひとつ、試してみますねー! まずは……』
まずは……? 何を呼ぶつもりだろうか?
確か俺の小説で紅城が召喚したのはヒポグリフだったか。上半身は鷹、下半身は馬で空を飛べる幻獣だ。これを召喚して、契約をして、そのあと険しい山脈を空から迂回するための空の足にするって展開が序盤にあったはずだ。
そこら辺の、見栄えのいいモンスターを呼ぶのかな? あるいは、いかにもファンタジーなゴブリンとか。これなら火炎投射しか使えなくても支配下に置けるだろう。
ところが、魔法使いおじさんの次のセリフに、俺たちは凍り付くことになった。
『うん、これにします! 死者たちの王! リッチキングのルフバルドル!』
「なんじゃそりゃあ!」
俺はツッコミを入れる。隣で、紅城は口から水を噴き出していた。
ルフバルドルは最終決戦手前の敵で、しかも紅城が戦わずに逃げた相手なのだ。
それは、古代遺跡に続く古の王国の廃墟に潜むアンデッド。かつて自分の王国の臣民をすべて生贄として不老不死の怪物になった大王だ。千の死せる怪物たちを従えて、今は自らの巨大な墓となった地下王国を徘徊している……という設定だ。
圧倒的な魔力を持ち、ただ指さすだけで定命の存在(つまり寿命がある全生物)の命を奪うことができる。しかも本人には魔法が通じない。紅城からすれば最悪の相手だ。
そんなもの召喚されたら、大惨事じゃないのか?
「やめろバカ! なにやってんだ!」
紅城がタブレットを両手でつかんで振っている。落ち着け、向こうに声は聞こえてない。動画配信なんだから、チャット使えばいいだろう。
だいたい成功するわけがない。成功するわけがないんだ。
ルフバルドルの召喚なんて!




