調子に乗ってる奴が危険をまねくこと
次に俺が目を覚ましたのは、どこかの病室だった。
最初に視界に入るのは白い天井。ベッド脇に目を向けると、馬鹿でかい生体情報モニターと、その他、名前も機能もわからない医療機器が置かれている。ここはいわゆる集中治療室という奴だろうか。
幸いなことに、人工呼吸器は接続されていない。
そうか、そこまでの大怪我ではなかったか。何しろ、胸を剣で貫かれただけ……え?
胸を剣で貫かれた?
なんで俺は生きているんだ?
ベッドの上に身を起こす。身体中が痛むが、疲労感に近い。これは長い間ベッドに横たわっていたせいであって、怪我とは関係ないだろう。
着せられていた病院のものらしいパジャマをまくって、自分の胸を触ってみる。記憶通りの、剣の断面に近い形の傷があるが、塞がっている。
なんだ。助かったのか俺? 絶対に死んだと思ったのに?
今の日本の医療技術って凄いんだなぁ。まるで魔法みたいなことができるんだ。
自分の身体を触って、感覚がちゃんとあることを確かめる。生きているという実感がわいてきて、思わずベッドの上で笑い声をあげてしまう。
不意にドアが開いて女性の看護士が顔を見せた。
彼女はまるで幽霊を見たかのような凍り付いた表情を浮かべ、すぐに引っ込む。それから、急ぎ足の音が幾つか聞こえて、こっちに近づいてきた。
「信じられん。本当に治っていたのか?」
黒縁眼鏡をかけた年配の医者が、病室に入るなり言った。
「絶対に目を覚ますことはないと思っていたのに? こんな無茶苦茶があるものなのか?」
なんだそりゃ。それが医者のいう台詞かよ。そんなに自分たちの手術を信じてないのかよ。
それから入れ替わり立ち代わり白衣の連中がやってきて、検査を始めた。ケガから復活した俺の知能に問題が無いかどうかを確認したいんだと。
知能検査らしきものが進むにつれて、医者たちの驚嘆の様に別の色が加わってきた。
「心肺停止による脳機能の低下は見られないようだ。君、今の自分が奇跡的存在だとわかるかね?」
最初に姿を見せた黒縁眼鏡の医者が、興奮気味の口調でそう言った。なんだ? 何か変なところでもあるのか?
「奇跡って、どういう意味です?」
「ケガをした時のことを覚えているかね? 君は、心臓を、剣と思われる刃物に貫通されて、心肺停止状態でここに運び込まれたんだよ。君は自力呼吸もできず、都合よく移植用の心臓も無かったから、医者にできることは、死亡診断書を用意することくらいだった」
「そんな怪我で、良く生きてますね俺。凄い名医がいたんですか?」
「違うよ。医者じゃない。やったのは君の友達だ。救急車に、君の付き添いとして乗って来たらしい。その彼が傷を塞いで見せたんだよ。自分の目で見たんだが、とても信じられないような技術だった。あれは何なんだ?」
「ちょっと! あなた、まだお見舞いは駄目ですよ! お帰り下さい!」
さっきの看護士の怒る声が聞こえた。彼女を押しのけて、一人の男が病室に顔を見せた。
「先生!」紅城は満面の笑顔を浮かべた。「先生! 生き返ってくれたんだな。良かった」
「紅城くん。なんかお医者様が驚いてるんだけど、どういうことなの? 君が何かやったの?」
俺がそう聞くと、紅城は、ああ、と面倒くさそうに笑った。
「先生の怪我は医者じゃ治せないって話だったからな。しょうがないから、俺が手術室まで乗り込んで、治癒魔法で傷をくっつけたんだ。なーに、軽いもんさ」
横で、黒縁の医者が眼鏡の位置を直す。
「君ね、あんな傷を指一本で治すもんかね。医学の常識がひっくり返るぞ。だいたい魔法って何だね? ゲームのやり過ぎかね?」
紅城がやったことは人助けだが、医者としては納得できかねる話らしい。その場にいた医者たちの顔に、困惑と疑念が浮かんでいる。
「え? 俺、なんかやっちゃいました?」
なんだか芝居っぽい言い方で紅城は言葉を返す。おい、明らかに医者たちがイラッとしてるぞ。
「俺は、何を隠そう魔法が使えるんです。魔法。ほら、RPGで僧侶が使うようなヤツだ」
ニヤニヤという笑い。自慢してるのがはっきりとわかる口調。
黒縁の医者の表情はみるみる曇る。彼は怒っていた。
「なんだそれは? 人を馬鹿にするんじゃない。君は、あれか? ゲームにでてくるケアルとか、ホイミとか、ディアとか、ライフアップみたいなのが使えるとでもいうのか?」
やめろ。文字を書く俺の身にもなれ。マジモンの著作権がありそうな言葉を使うなよ。だいたいなんだこの人ゲームに詳しすぎないか?
「そうだよ」
腰に手を当てて、紅城はにっこりと笑って見せた。ああ、駄目だコイツ。
俺の内心のツッコミを知ってか知らずか、彼は俺を指差した。
「じゃあ、そこにいる鏡先生がこうして生きていることをどう説明するんですか?」
「鏡先生? それは誰だね?」
「あの」俺は慌てて声を上げた。「鏡ってのは、俺のペンネームです。小説家なんで」
「ああ、そういうことか」
医者はつまらないものを見る目で、俺を一瞥した。いかにも、悪趣味なジョークに付き合わされている被害者という顔だ。そして、俺のパジャマの隙間からわずかに露出した胸の傷跡に目を止めて、何か考えるように腕組みした。
黒縁の医者はもごもごと口ごもる。頬を膨らませて機嫌悪そうに、彼は言い訳した。
「君に何か治療の技術があることは認める。我々医者にできない何かができるようだ。だが、その技術を、比喩ではなく、本当に魔法として認めろと言われてもな」
「おいおい、俺はあんたの目の前で魔法を使っただろ?」
紅城の方も、イラついてるらしい。口調が投げやりになってきた。ついでに、こんなことを言い出した。
「患者一人あたり三十秒あればいい。ガンや白血病は無理みたいだが、物理的な傷なら魔法で一発だ。嘘だと思うならついてきな。この病院にいる患者全員、俺が救ってやるぜ!」
そうして、紅城は廊下へと出て行った。
その後に起きたことは、筆舌に尽くしがたい。
彼は本当に、片っ端から病室に飛び込んで、そこにいる患者に容体を聞き出し、骨折や外傷、外科手術の痕を、治癒魔法で治してしまったのだ。
あとで聞いた話では、脊髄に損傷があって全身マヒのまま十年以上も寝たきりだったという患者も数十秒で治したとかなんとか。
病院のあちらこちらから、感嘆と歓喜の声が聞こえてきた。医者たちは右往左往しながら、お互いの担当する患者の容体を確認し、唖然とした。
「先生! 俺、やったぜ!」
一通りの仕事を終えて、紅城は晴れ晴れとしていた。
「ああ、なんか人助けしたんだな。すごいな」
俺は小学生みたいな反応を返すしかない。水を差すようで悪いが、紅城は重大な事実を忘れていた。
「おい、アレクトーはどうするんだよ? こんなに目立つことをしたら、すぐにアイツはここを突き止めて襲ってくるぞ」
俺は自分のスマホを手にした。さっき看護士の一人に頼んで、入院時の自分の持ち物を取り戻しておいたのだ。
ネットの主要なSNSから検索をかけてみると、案の定、紅城がやったことが、患者本人やその家族と思われる人物のアカウントから報告されていた。
魔法の実在に驚く人や、疑う人、紅城を称える人が投稿を繰り広げている。中には、病院と患者を特定しようと調査をしている人もいる。
そのうち、SNSに掲載された写真や証言などの断片的な情報を手がかりに、病院名はあっけなく判明した。まずい、この病院での出来事だって知れ渡ってるじゃないか。
ふと俺は、正体不明のアカウントの一つに目を留めた。紅城の目撃情報に食らいついて、場所を特定しようとレスを繰り返している女性がいるのだ。誰だこれは?
そのアカウントの過去の投稿を見ると、どれも紅城の動画について触れたものばかりだ。紅城のストーカー……いや、これって、アレクトーなんじゃないか?
「やばいよ。ここを離れた方がいいよ。あいつが来る」
スマホを見せると、紅城はフンと鼻の穴をふくらませた。人助けで気分が大きくなっているみたいだ。いや、今何を考えたお前。
「よーし、逃げ回るのも面倒だ。アレクトーが来るのを待とう。迎え撃ってやろうぜ」
ほらやっぱり。
うんざりしながらも、俺は確認した。
「本気で言ってんのか?」
「本気と書いてマジと読む。俺はマジだよ、先生」
ここは、冗談だよと答えて欲しかったなぁ……




