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車両内での暴力行為はおやめください(魔法もダメ)

 俺たちは口を阿呆のように開け、立ち尽くした。

 ドアが締まり、車両が動き出す。次の駅まで、ここは密室だ。逃げ場などない。

 アレクトーは無言で光の剣を生成した。

「先生!」紅城(あかぎ)の声に、俺はやっと我に返る。

 振り下ろされる一撃。

 紅城が後ろに追いやり、俺は転がるようにアレクトーから距離を取る。さっきまでいた場所の金属製の手すりが寸断され、火花を散らした。

 物音に驚いた乗客たちは振り返る。彼らはアレクトーの姿に、その手の剣に、そしてひしゃげた手すりに視線を漂わせ、ざわめいた。

 きょろきょろと周囲を見渡している人もいるけど、きっとカメラを探してるんだろう。

 期待に沿えず申し訳ないけど、これは自主製作映画の撮影じゃないんだ。

 ああ、わかるよ。まるで現実感がないだろう。

 これ、一歩間違えたらホントに死ぬ展開じゃないか。


 ハッ、と笑っているようにも聞こえる気合いの声とともに、アレクトーは次々に斬撃を繰り出した。

 乗客の間から悲鳴が上がる。意味も分からないまま、みんな、前後の車両へと避難してゆく。

 紅城は攻撃を尽くよけたものの、何も好転しない。チッと舌打ちして彼はつぶやいた。


「先生! もう暴力なしってわけにはいかないぜ」


 そしてポケットから何かを取り出す。あれは、百円ライターか?

 俺の返事を待たず、紅城は火花とともにライターを灯し、短く叫んだ。


「アルカ・オリン・スパウダ! 焼き払え!」


 瞬間、ライターの炎が猛火と化してアレクトーに襲いかかる。

 魔法は、何もないところから炎を出すより、既にある炎を操り増幅する方が詠唱が短く魔力の消費も少ない。そういう設定だった。

 この魔法は、異世界で一番ありふれている攻撃魔法「火炎投射」だ。火はどこでも手に入り、イメージしやすく、ダメージも大きい。だから、どんな魔法使いも最初に覚える魔法の一つとなっている。作中の魔法使いは敵味方関係なく、頻繁に使用していた。異世界なら松明を片手にこの魔法を唱える人が多いけど、現世ならライターが適当だろうな。

 ライターを見た瞬間からアレクトーは紅城の次の手を予想していたようだ。彼女は大きく後ろに飛び、熱から逃げた。


「それは、この世界のカラクリだな。瞬時に炎がつくとは便利で、厄介だな」


 紅城とアレクトーは睨み合う。炎の方が間合いは長い。代わりに、外したときの隙も大きい。

 次にどちらかが動いた瞬間に、勝負がついてしまうだろう。


「なあ、アレクトー」

 と、俺は紅城の背後から顔だけ出して、勝負に割り込んだ。アレクトーに隙を作りたかったのもあるが、彼女に聞いておきたいことがあった。

 アレクトーは紅城から目線を外すことなく、短く「なんだ?」と、言葉を返した。


「なんでお前は俺を殺したいんだ?」

「お前は死ぬべきだからだ」

「だから、その理由を聞きたいんだよ」

「私は知っている。私のいた世界は、お前という不完全な神が創造したのだと。お前を殺せば、私はもはや誰の支配も受けずに済むのだ」


 こいつは、小説の登場人物のはずだ。作者の俺の存在に気が付いたとでもいうのか。

 彼女は続けた。


「遺跡が起動し、この異世界に来て、私はずっと神の居場所を突き止めるために活動していた。そして、アカギが有名人になりつつあることを知った。アカギは神と接触したという。ならば、アカギのいる所に網を張れば神も見つかるはずだと思った――」


 そして今まさに、神の喉笛に剣が届く距離までたどりついたというわけか。俺が動画に出演してしまったことは、この女に顔を知られる原因にもなったわけだ。


「視聴者参加企画が仇になったんだな」

 紅城がつぶやく。フンと笑い、アレクトーは剣を構えなおす。

「さあ、終わりだ」


 アレクトーは羽織っていたパーカーを脱ぎ、紅城の視界を覆うように投げつけた。

 紅城はそれを避けるため後ろに下がる。その動きを待っていたように、アレクトーは大きく跳躍して、必殺の突きを繰り出した。紅城は炎を放とうとするが、もう間合いが近すぎた。


 アレクトーの剣が、紅城を貫くかと思われたその瞬間、耳障りな音がして、ブレーキがかかった。

 紅城もアレクトーもバランスを崩して倒れる。俺は手すりにしがみついていた。車両が次の駅にたどり着いたのだ。


 俺は紅城の手を取って立ち上がらせた。

「さっさと逃げよう。人が来る。騒ぎになる前に、人ごみに紛れるんだよ」

 俺たちはドアを抜けて、車両から降りた。アレクトーの戦いぶりを見たであろう人たちが、不安そうな顔でホームを走っている。鉄道警察らしき制服の男たちが姿を見せた。俺たちは人の流れに身をまかせ、改札へと向かった。


 背後で、女が叫ぶ声がした。

「逃げるな! お前はここで死ね!」

 アレクトーが車両のドアから身を乗り出して、剣を振りかぶっていた。直後、彼女は剣をまっすぐ俺に向かって投げつけた。


 おい、こんなところで剣を投げて、通行人に当たったらどうする?

 人が死んだらどうする?

 俺の小説は―― 

 

 一瞬で、さまざまな不安が脳内に沸き起こった。だが、その懸念は無用のものだった。

 剣は狙いを外すことなく、胸を貫通していたのだ。

 ただ一人。俺の胸を。


 マジかよ?

 痛みを感じる時間はなかった。

 俺は意識を失った。



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