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元勇者と決戦

 一瞬で、間合いを詰める。


「ッ!?」


 ギアを上げた俺の急な速度変化に、虚を突かれるアグニテレーズ。

 振り上げに来た脚をかわして、斬りつける。


「グッ!」


 斬った部分が弾け飛び、傷となる。

 着足に出るわずかなフラつきを狙って放つ横薙ぎ。

 アグニテレーズが跳び下がった。

 それでギリギリで避けたつもりだろ?


「ッ!?」


 剣圧が腕を斬り裂いていく。

 ギアを上げれば、剣自体を当てなくてもこれくらいは容易い。


「よ……くもッ!!」


 輝く光輪。突き出して来た赤熱の手。

 腕部分を下から弾くと中空に火花が散り、爆発が起きた。

 ここだ!

 早い踏み込みから放つ一撃。

 今だ体勢を直し切れていないアグニテレーズに、体重を乗せた袈裟斬りが大きな傷を刻み込む!


「グアア――ッ!!」


 まだ終わらない。

 そのまま身体を一回転、放つ切り上げで首を取りにいく!

 身体を強引に後方へ倒すアグニテレーズ。

 そのあごを剣の切っ先が斬り裂いた。


「グッ! だガ、この距離ならッ!!」


 突き出された掌から噴き出す豪炎を軽く斬り払い、俺はそのままたたみかけに――。


「……ッ!!」


 直後、背後に感じる熱。

 顔だけで振り返るとそこには――。


「――――喰らいつけ、紅炎狼ッ!」


 俺に向かって飛び掛かる、二頭の巨大な狼がいた。

 全身が燃え盛る炎で作られた狼は、左右から挟み込むようにして喰いつきに来る。

 ……二頭の距離、位置を確認。

 一頭目をしっかり引き付けて放つ、振り返りざまの斬り払い。

 振り払った剣の生む烈風が、一振りで二頭の炎狼を霧散させる。

 しかしこの大振りによる隙を、アグニテレーズは見逃さない。

 振り下ろしに来た手を、俺が剣で弾くと――。


「ッ!?」


 赤光が走る。起きた小爆発に剣を持った手が強く弾かれた。

 そこへ迫る左腕、その手に閃くまばゆい魔力の輝き。


「取ッタ!!」

「――――いいや」


 迫る左腕を、左手で抜いたアレンの剣で弾き返す。


「ナ……にッ!?」


 まさかの反撃にアグニテレーズが体勢を大きく崩した。

 俺はそのまま二本の剣を手に、距離を詰める!

 放つは十連続の斬撃。

 流れるように放つ剣閃の全てが、硬質な身体を斬り裂いていく。


「オラァァァァ!!」


 そして勢いに乗った最後の一撃が、アグニテレーズを弾き飛ばした。

 俺はそっと、アレンの剣を鞘に納める。


「バ、バカな……」


 ヒザを突き、胸から腹にかけて刻まれた剣傷に触れながら、アグニテレーズはわなわなと震え出す。


「この私に……これホドの深手を……ッ」


 その赤い目で、俺を射殺さん勢いでにらみつけてくる。

 ……なんだ?

 背負った光輪が輝きを増し、火の粉を発し出す。

 全身を走る赤線が煌々とした光を灯し、炎を含んだ風がロビーの気温を上げていく。


「……この私に本気を出サセるとはタいしたものダ……しカし、勝敗は変わらヌ」


 巻き起こる爆炎は、橙から紅色へ。

 その勢いに押される形で、一瞬で目前にッ!?

 熱波と共に驚異的な速度で迫って来たアグニテレーズが、振り降ろす腕。

 それをギリギリで避けると、続けざまに放たれる蹴り。

 これもどうにかかわす。すると背にしていた大きな石柱が爆発して砕け散った。


「くっ!」


 俺は吹き荒れる爆風と強烈な熱波に、地面を転がる。

 見れば崩れ落ちた石柱が、ロビーの床に大穴をあけていた。


「なんつー威力だ……まさかもう一段ギアを上げてくるとは……」

「言っタはずダ。ヤズーたちとは格ガ違う。これで理解しタか? 貴様と私にも、詰めるコトのできない格の差ガあるということを」


 驚きと共に立ち上がる。

 そんな俺を見て、アグニテレーズがその口元をゆがませた。


「転移者ヨ……士団に戻る気はないカ?」

「……は?」

「ここでミジメに命乞いをすれば、我ガ手下として生かしてやると言っているのダ。貴様ならあのバカな女や白帝よりも少しは使えそうダからなぁ」

「……つまんねえ冗談だな」

「ならば騎士団を追われタ腹いせに来て、無様に返り討ちを喰らっタ男として葬ってヤろう。死しテなお恥をさらすガいい。下等な人ニンゲンよ!」


 放たれた強烈な炎風に、思わず顔を背ける。

 すると目の前に、アグニテレーズの手があった。


「ッ!!」


 どうにか剣を挟むも、小爆発の勢いに弾き飛ばされた。

 アグニテレーズは早い踏み込みから、さらに剛腕を振り上げてくる。

 身体を引くことでこれをかわすも、足元から突き立った炎の柱に再び吹き飛ばされた。


「ぐああっ!!」

「かツて魔族を追い詰めた転移者たちには皆、恐るべき武器があった。ダが貴様の魔剣エルフリーデは今、城の地下深くに封じられている」


 なるほど、どうりでモーリスのヤツが持ってなかったわけだ。


「ケヒヒヒヒ。仮に魔剣を失っていなくとも、貴様なんぞに負ける理由はないのダガな。いかな転移者とは言え、しょせんはニンゲンに過ぎぬ」


 明確な力の差に、笑うアグニテレーズ。

 舞い散る火の粉が、頬を焦がしていく。


「……なあ、どうしても気になってたことがあるんだが、聞かせてくれねえか?」


 ヒザを突いたまま、俺は問う。


「ケヒヒヒヒ、いいダろう。タダし質問はヨク選べ。それが貴様の――――遺言になるのダからな」

「ああ、分かった」


 戦いの大勢が決し、アグニテレーズはあからさまに俺を見下していた。


「一連のアルテンシア進攻は全て、お前の策略だったのか?」

「当然だ。貴様を始末しタ後、この国は我がものとなる。少しずつ魔族を集め、軟弱者ばカりの士師団や貴族を蹂躙。ここアルテンシアを起点に、我ガ覇道ガ始まるのダ」


「……そっか、確認できて良かった。それじゃあ最後にもう一つ」


 勝利を確信する炎の魔族に、俺は問う。


「お前……俺が全力で戦ってたと思ってんだろ?」


「……ナニ?」

「策を弄するタイプの魔族は、勝ちを確信すると途端に饒舌になる」


 そう。相手を見下しながら、勝利宣言代わりのご高説を始めるヤツが多いんだよ。


「おかげで聞きたいことは聞けた。もう十分だ」


 他の魔族は絡んでない。

 こいつを倒せば、一連の事件にカタが付くってわけだ。


「さあ、行くぞ」


 吹き付ける熱波を斬り払い、大きく息をつく。

 そしてゆっくりと、剣をアグニテレーズに向ける。


「ここからは――――本気だ」


 次の瞬間。最速の跳躍から振り降ろす剣が、その軌跡を胸元に深々と刻み込んだ。


「グアアアアッ!!」


 アグニテレーズの赤い目が、驚愕に点滅する。

 着地した俺を狙い、突き出される左腕。

 ……もう、避ける必要もない。


「ッ!?」


 全力の切り上げで、そのまま斬り飛ばす。


「――――咲ケ! 焔花!!」


 前方、石畳の上に現れた炎の花弁が俺を飲み込もうと口を閉じる。

 放つは十字斬り。

 生まれた剣圧により、四枚の炎花が散り散りになって消える。

 遅れてさっき切り離したアグニテレーズの腕が、床に落ちて音を鳴らした。


「な、なんダ!? 一体……何ガ起こっているッ!?」


 追い迫る俺に向けた右腕も、続けて宙を舞う。


「グアアッ! こ、これが貴様の実力ダというのか? ニンゲンの分際でこんな……い、いくら転移者とイえど強すぎるッ!!」


 驚愕する暇すら与えない。

 一瞬で両腕を失ったアグニテレーズを、さらに追い迫る。


「ま、まさカ……」


 もはや闇雲でしかない噛みつきをかわし、胸元にもう一太刀。


「まさカ貴様は……十年前に姿を消しタという――――!」


 先ほどの傷に重ねる形で放った斬撃は、致命傷となる。

 アグニテレーズがついに、その深すぎる傷口から砂となって崩れ落ち始めた。


「ああ、よく気づいたな」


 俺がその、姿を消した勇者だよ。

 俺はすでに足を止めていた。

 全身を走る赤い線がその輝きを失い、背にした光輪も霧散していく。



「だが残念――――もう遅い」



 最後の一撃は、斬り抜け。

 もう、振り返る必要もない。

 俺は剣を一度払ってから、ゆっくりと鞘に納めた。

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