モーリスと転落
「モーリス・シアッキを、騎士団から除名する」
騎士団宿舎内。
ぶつけられた言葉に、モーリスは慌てて宰相にすがりつく。
「ま、待ってください! あれはあの使用人が仕掛けた罠なんです! 私はハメられたんです!」
それに白帝魔豹を式典に持ち込むという企図自体は、宰相が言い出したことではないか。
モーリスは出かかった言葉を飲み込む。
「白帝は必ず捕まえてみせます! ですから除名だけは……除名だけはッ!」
「だがね。師団はもちろん、来賓の貴族たちからも責任を問う声が上がっているんだよ」
宰相は何の感情もない淡々とした声で続ける。
「起きてしまったことには、誰かが責任を取らなければならない。そうだろう?」
それはまさしく、モーリスがレージを追い出だした時に投げかけた言葉だった。
「それはそうですが……っ」
「すでにこの件については、各所に伝達済みだ」
そう言い残して立ち去っていく宰相はもう、モーリスを見ようともしない。
「そ、そんな……」
「そうだ。君の言っていた剣の得意な貴族を代わりに入れるのもいいかもしれないな。今回”空いた”ところに」
頭をハンマーで叩かれたような衝撃。
その場に取り残されたモーリスはやがてフラフラと、定まらぬ足取りで宿舎を後にした。
改修工事が始まったばかりの宿舎前を通り城下へ出ると、そのまま幽鬼のようなおぼつかない足取りで右へ左へ。
最終的にたどり着いたのは、一軒の酒場だった。
「……片っ端から持ってこい」
モーリスは度数の強いものを選んでは、異常な速さで飲み干していく。
そして、トイレに行こうと立ち上がったところで――。
「ッ!」
店にやって来たばかりの若い男たちと正面からぶつかった。
「おい……どこに目ぇつけて歩いてんだテメエらはァ!!」
「ああ?」
振り返った若い男たちが、モーリスをにらみつける。
しかしモーリスは止まらない。
「汚ねえガキどもが、貴族様に気安く触れてんじゃねえぞ?」
「……おい、テメエ今なんて言った?」
「ああ? ガキども誰に口きいてんだ! 頭下げんのが先だろうがァ!!」
「……表出ろ」
「上等だ。マヌケなガキどもに礼儀ってもんを教えてやるよ」
立ち上がったモーリスは目の前の男を突き飛ばすと、そのまま酒場の裏手に向かう。
対する男たちは三人。
「せいぜいみっともなく泣きわめくんだな。かかって来いよガキどもがァァァァ!!」
そう叫んで気づく。
剣がない。
突然の除名通告に、モーリスは帯剣することすら忘れて宿舎を出てきていたのだった。
その事実に気が付いた瞬間、若い男の大雑把ながらもパワフルな拳が顔面に突き刺さっていた。
「ん、んん……」
気が付くと、モーリスは半裸でゴミ捨て場に放り込まれていた。
まだ酒が抜けてない状態のまま、千鳥足で歩き出す。
そして再び街の中へ戻って来ると――。
ドンッ。 その肩が誰かにぶつかった。
「おいテメエ! どこに目ぇつけて――」
叫ぶモーリスの目に映ったのは、さっきの若い男たち。
「――歩いてんだ! 俺はァァァァ!!」
猛ダッシュ。
追いかけて来る男たちから、半裸のまま街中を逃げまくる。
「……上等だよ。捕まえてみろよガキどもがぁぁぁぁ!!」
数十分後。
半裸を超え、3/4裸の状態でゴミ捨て場からはい出して来たモーリスは、ノロノロと歩き出した。
向かう先は、アルテンシアの中でも王城に近い区域。
そこには貴族の邸宅が多く立ち並んでいる。
モーリスが近所の住人たちにヒソヒソされながら自宅に戻って来ると、いつもはカギの開いている門がしっかりと閉じられていた。
「おい! 早く門を開けろ!」
モーリスが叫ぶと、シアッキ家に仕えるよぼよぼの爺さん執事が、曲がった腰でゆっくり門の外までやって来る。
「何やってんだ! 早く開けろ! モタモタしてんじゃねえ!」
「申し訳ありません。大旦那様からの言伝で、モーリス様を家に上げるなとのことです」
「なんだってぇ!? いったいどういうことだ!」
「この度の式典の件で、アーリア家との婚約は破談となりました」
「……は?」
「アーリア家との婚約は、シアッキ家にとってアルテンシアで生きていくための命綱です。今回の件、大旦那様はモーリス様を勘当することで許しを得るという形をお選びになったのです」
そう言って一礼すると、執事は踵を返した。
「お、おい待て! 待てって!」
しかし爺さん執事は、モーリスの声を無視して歩を進めていく。
「テメエ……待てって言ってんだろがァァァァ!!」
立ち去ろうとする執事に、襲い掛かるモーリス。
「使用人風情が、俺様にたてついてんじゃねえぞコラァァァァ!!」
勢いのまま、その手を腰のベルトに伸ばして――。
「剣が……ねえ」
次の瞬間。腰の曲がったよぼよぼ爺さん執事の軽快でいて力強い右拳が、モーリスの顔面に突き刺さった。
◆
モーリスが師団宿舎を出て行った後。
宰相と呼ばれる老齢の男は、自らの執務室に戻って来ていた。
「士師団は白帝の暴走により半壊……特に大物の魔獣に相対した事による恐怖で、精神的な衰弱が激しい」
現状を確認するように一人つぶやく。
目下士師団は、動ける団員を総動員して業務を行わせている状態だ。
すべてが手薄になってしまったと言っていい。
「狂った白帝が姿を消したっきりになったのは予想外だったが……成果は上々。バカな貴族を利用して追放した転移者があの場にいたのは予定外だったが、ヤツは部外者。街にいる限りは問題あるまい」
王城の執務室から見えるアルテンシアの街並み。
平和な城下を見下ろしながら、宰相はその目を鋭く細めた。
「動くなら……今か」
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